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激ヤバのネタ

「やべーな、これ」


 あっという間に酔いから醒める。スケキヨの持ってきたネタは本気でヤバかった。


 資料は一冊の本に出来そうなほどの量だった。この情報の濃さからして、内部の人間が協力しているとしか思えない。


 ページを捲るごとに、そのヤバさに震える。時間がないので斜め読みにはなったが、その概要は次のようだった。


 グラシアス・ヒル・コーポレーションには芸能部門がある。そこでは日本の有能な業界人を金の力で引っ張ってきて、彼らが総力を挙げることで世界のスターに仕上げる役割を担っている。


 やはり金の力で強引なこともしょっちゅうやるのだが、日本の芸能人を世界へと売り出すこと自体はまったく悪いことではない。むしろ夢を与えている事業と言えるだろう。


 だが、その裏側にはやはり闇がある。


 どんなに才能のある人間でも、世界へと売り出すとなると桁違いの金が必要になる。


 グラシアス・ヒル・コーポレーションは合衆国のようなシステムを採用しており、部門ごとに収支や給与、社会保険に福利厚生まで分けられている。ある意味別の会社と言っても差し支えのないほどの分断が部門ごとになされており、協力する時にだけ双方で予算を決めてプロジェクトを進める場合もある。そんな経営が上手くいくのも、度外れに優秀な社員ばかりをあちこちから引っ張ってきているからだ。


 話は逸れたが、部門ごとに統治がなされているということは、次のような事象が発生する可能性がある。


 例えば薬業部門が大儲けしても、芸能部門が大損をこいたとする。普通の会社であれば薬業部門の収益を芸能部門に補填して……という措置が取られるかと思われるが、グラシアス・ヒル・コーポレーションでそんなことはやらない。


 この会社では、下手を打った事業部門は消える。文字通りの意味だ。その事業の内部で儲かっている部門があったとしても容赦なく切り捨てになる。


 岡莉奈の祖父は創業者であり、峻厳さを持ち合わせたビジネスマンとしても知られていた。言い換えれば損切りが非常に早い。それでも圧倒的な経営手腕と溢れる金があったために上手くいっていた。


 煉獄のスケキヨはグラシアス・ヒル・コーポレーションのアキレス腱を見つけた。それが浮き沈みの激しい芸能部門だった。


 何らかの形でグラシアス・ヒル・コーポレーションお抱えのタレントはかなりの数がいる。一見無関係な事務所でも、筆頭株主を調べるとグラシアス・ヒル・コーポレーションの名前が並んでいる場合だと、その事務所のタレントは岡莉奈の祖父に頭が上がらない構図と言える。


 グラシアス・ヒル・コーポレーションは派手には動かず、粛々と他者の弱みや株式を握っていく。ステルス的にM&Aで大きくなっていくので、支配される側も気付いたら身動きの取れない状態になっていた、という場合がままある。


 グラシアス・ヒル・コーポレーションは強大さを持ちながら「寝技」も得意としていた。というよりは、プロジェクトごとに各部門の存亡が懸かっているため、天才だらけでも無茶な作戦を取りやすい誘発しやすい土壌があった。


 追い詰められれば人間は大抵どんな手を使ってでも生き残ろうとする。ある時「この一回だけ」と決めたはずの禁じ手が、気付けば常套手段になっている。歴史の中で何度でも繰り返されてきた光景だった。


 煉獄のスケキヨが掴んだのは、グラシアス・ヒル・コーポレーションの芸能部門が陰で行ってきた組織的な売春だ。もう少し言えば枕営業だった。


 芸能界で裏番長めいた存在にまで発展したグラシアス・ヒル・コーポレーションは、お抱えの芸能人を使って国内外の要人へ積極的に枕営業をやりはじめた。


 理由は単に、それが一番効率のいい方法だったからだ。


 不祥事はそれだけではない。


 グラシアス・ヒル・コーポレーションの芸能部門にはその下に育成部門も存在する。幼少期から芸を嗜み、将来的に世界を股にかけるアーティストを育てるためだ。


 ここから実際に多数スターも輩出されたものの、その裏側に「何者にもなれなかった人たち」がいるのを忘れてはいけない。ほとんど実力は変わらないのに、ある時はわずかな差で、多くは時の運で栄光を掴めずに去って行く。


 この世界では何者かになれた人とそうでない者の落差があまりにも激しい。 勝者は輝きを手に入れ、敗者は誰に知られることもなく去っていく。


 あれだけの才能が、と誰もが惜しむ敗者も数多存在する。そういった残酷な現象が起こるのが人気稼業というものである。


 ――グラシアス・ヒル・コーポレーションはその闇の部分に目をつけた。


 ターゲットとなるのはゲームオーバー秒読みとなった、後のない者たち。彼らのうちいくらかは、どうやっても芸能の世界で生き抜こうとしている。


 人生の大半を輝くために浪費してきたのだ。そう簡単に諦められるはずがない。それこそが自然な姿だ。


 だから、彼らはあらゆる方法でのし上がろうと考える。そう、それこそどんな手を使ってでも――


 会社の放った刺客は彼らの耳にこう囁く――新しい仕事を始めてみないか、と。


 聞こえはいいが、言ってみればタレントを使った管理売春だ。仲介の怪しい人物を挟んで、見てくれだけがいいタレントの卵が要人のもとへ送られていく。


 人々を楽しませたかっただけなのに、夢の世界へといざないたかっただけなのに、現実はそれを許さない。


 夢を見続けるのには対価がいる。彼ら彼女らがそれに気付くのは、少しも愛していないクライアントと寝た時になる。


 だが、今さら戻ることも出来ない。「これぐらいは誰でもやっているものだ」と自分を騙して、商品にならないほど浪費されてから捨てられ、初めて挽回のチャンスなど端からどこにもなかったのだと悟る。


 被害を訴えても誰も耳を傾けない。とりわけ、もはや美しさを失った者には。ルッキズムはしばしば叩かれるが、やはり美しい者は救われる。これはどう足掻いても動かしがたい事実だ。


 かくして現代の性奴隷として芸能人の卵は国内外へと売られていく。ボロボロになるぐらいならまだマシだ。海外で散々オモチャにされた挙句、シャブ漬けの廃人になって戻ってくる者もいる。


 被害者の周囲は口を噤む。巻き込まれたくない。その一心で自己責任論を押し付ける。だから誰もが気付けるはずなのに、世界に名だたる大企業のやっている非人道的な「ビジネス」は糾弾されることがない。


 今度のネタはヤバい上に被害情報が大量にある。匿名プラットフォームのマジックミラーだけでなく、他のところからも一斉に情報が投稿される。


 後はいつもと同じだ。俺ら拡散を担当する班が相互に情報を世界中へと広めていき、足が付く前に呟きを消す。後は自分よりも少しだけ調子に乗った奴らがスケープゴートになる。


「これは、どうやって掴んだんだろうな……」


 誰にともなく呟く。


 煉獄のスケキヨの情報網は半端ではないというより、プロの週刊誌レベルの嗅覚と調査力を示している。内部にスパイでも潜入しているのか、集めてきた証拠のエグさが怖かった。


 今回のネタはダークウェブに保存されていた。


 ダークウェブとは、通常の検索エンジンでヒットしない文字通りネットの闇の部分だ。秘匿性が高く、犯罪にも利用されている。技術的な問題で警察などの捜査が及ばない犯罪者にとっての「聖域」でもある。


 なにせ今回のスキャンダルは途轍もない爆弾案件だ。煉獄のスケキヨも絶対に足が付かないよう根回しをしていたのだろう。裏切り者が出てきても作戦の進行を止めることは出来ないようになっているのだろう。


 つくづく恐ろしい奴だ。最初はネット有名人を炎上させて遊んでいるだけの暇人だと思っていたが、違う目的でもあったのだろうか。そうでもないとこの恐怖すら感じるプロジェクトが展開されている説明がつかない。


 ――まさかとは思うが、鮫島や真田の炎上プロジェクトはただの練習だったのか?


 嫌な気付き。背筋が寒くなる。


 ふざけた中二病のハンドルネームに騙されていたが、煉獄のスケキヨは至って計画的にグラシアス・ヒル・コーポレーションを攻撃する方策を練っていただけなのではないか。


 だとすると、理由は何だ?


 あの狂ったインテリがそうまでしたいこととは何なのだ?


 ただの遊びだけでは腑に落ちない気がする。一連の出来事の背後には、俺の知らない何かが隠されている。そんな気がする。


 まあいい。今それを考えたところでどうしようもない。


 明らかにヤバい奴なんだ。逆らって何になる。逆に俺が血祭りにあげられるだけだ。


 そうであれば今自分に出来ることをする。それ以外に道はない。


 さて、作戦開始まで時間がない。


 今日という日が俺にとってどんな記念日になるのか。皮肉なことに、それを知っているのは神だけなのだ。

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