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ヒュダトスミュトス  作者: ْ
二幕 地上
10/20

五節

 長老方。文字通り、村の中での老年の人々であり、村の運営に関する事の決定。また、村人達の問題解決のアドバイザーを担う役割である。


 この村の人口はそこそこ多いが、老人の割合は低い。村は外界からほぼ隔離状態で、外の文化や技術があまり入ってこない関係で、最新の医療技術などなく外の世界に比べて村人の平均寿命は短い。


 つまり、老人はそれだけ珍しく、長く生きている分、様々な事態や出来事を経験してきている。また、歳の分だけ多くを学んできている。つまり老人は皆、賢者であり、村人からの尊敬を受けている。 


 外の世界では、単純に平均寿命も伸びて、老人などただ生きているだけでなれる為、ろくに学ぶ事もせずに空っぽのまま歳だけとって時代に取り残らせた愚物、老害と若者に軽蔑を受けているのと比べると皮肉である。


 「なるほどねぇ、村の外に出た者について知りたいのかい」


 安楽椅子に座って、コーンパイプで煙草を燻らせながらリラックスする、柔和だが麗俐そうな老婆が答える。ちょっとした仕草はまだ矍鑠(かくしゃく)としていた。


 アイテルが話を聞く相手として選んだ長老方の一人がこの老婆だった。厳しいところもあるけれども、それも愛情の裏返し。村の若者達を自分の子供のように愛しており、非常に親しみやすく、皆に好かれる人だった。なるほど、少々憚られるような事も聞きやすい人選だ。


 「はい。そういった例もあったと聞きますのでその人達について教えて欲しいのです」


 「それを聞くという事は、三人とも村を出てみたい。という事かねぇ」


 「……はい」


 「私は特に」


 「俺も実はあまり」


 「ちょっ!貴方達今さら!?」


 老婆の問いかけに神妙に頷いたセクアナに対して、あとの二人はあんまり意欲が無さそうに答えたので、セクアナは突っ込んだ。


 「あっはっはっ、面白いねあんた達は」


 パイプの中で膨らんできた煙草をタンパーで押さえて火を落ち着かせながら、呵呵と笑った。


 「でも、話としては面白そうだし聞いてはみたいです」


 「俺も同じく」


 フォローではあるまいが、好奇心を見せるナイアスに、アイテルも同意する。元々、学術的な本を好むだけあって、ナイアスは識る事が好きだ。


 「まずもって言えば……」


 そこで老婆はパイプを咥え、吹き返しで弱くなった燃焼を促進してから、紫煙を吸ってふぅ、と一つ吐いた。


 「外の世界に憧れるのは分かる。だが、本当に出るのは辞めておきな。と私ゃいうね」


 「でも……」


 反論しかけたセクアナに手を向けて制する。まずは話を最後まで聞けという事か。


 「何となく知っているとは思うが、外の世界は文明社会さね。この村は言ってみれば世界の文明に取り残された集落さ」


 勿論全く関係がないというわけではないよ。と老婆は続ける。


 「うちの村から飛び出して外の世界へ行った所で、文明社会からしてみれば、突然文明の外にいた異邦人が突然現れた。というようなもんさね」


 ふぅ、とそこで紫煙を吐き、一つ間を置いて続けた。


 「この村は、外の世界に対して排他的すぎる。と批判する村のもんは多いんよ。まぁ、あんたら外の世界へ憧れる若いもんも、少なからずそう思っているだろうね」


 でもね、と老婆は言った。


 「排他的なのは、外の文明社会もだよ。むしろあっちの方が酷いかも知れない」


 ナイアスは、他の二人と神妙な面持ちで聞いていた。


 「文明社会の外から来た異邦人。それを歓迎してくれるような甘さはあの世界にはないんだよ」


 「右も左も分からない世界に出て、社会はむしろ邪魔者扱いする。そこには手を貸してくれる仲間はいない。酷いもんさね。もう少し優しくしてくれてもいいだろうにねぇ」


 ふぅ、と甘い薫りの煙草の煙混じりに嘆息して老婆は言った。


 「外の世界に出るなんざ(いばら)の道さね。だから辞めておきな。人には分相応ってもんがある。生まれに逆らっても幸せになれるわけじゃないんだ」


 「そもそも外の世界で生まれて外の文明で生きる人々が私らより幸福なのかい? ウチの村で生きる私達が幸福さで劣るとは私ゃ思わないね」


 ぐっ、とセクアナは詰まる。少なくとも外の世界は村人にとっての桃源郷(ザナドゥ)ではない事は老賢者からはっきりと告げられた。


 アイテルやナイアスは何も言わない。二人はむしろ、老婆の言う事は先刻承知だったのだろう。


 ナイアスは特に一度外の世界の人間と接触している。あの(けだもの)のような奴らと。なれば外の世界は獣の檻ではないか。


 でも、と老婆は続けた。


 「(いばら)の道であろうと、それでも踏破しようって気概があるなら、私ゃ止めはしない。可愛い子には旅させろというしねぇ。人の意思を人が縛る事なんて出来やしない」


 それは老婆が生きてきて学んだ事の一つだろうか。


 「それが、自由さ。自由とは厳しく苦しいもんさね。不自由の方が人はよっぽど楽さ」


 「さて、ここで帰るかい? それとも前例について聞くかい?」


 「聞かせて下さい」


 それに答えたのは、怯んでいたセクアナではなくアイテルだった。


 「まぁ、まずは聞いてみて、それからどうするか考えてみても遅くはないでしょ」


 くっ、と笑って言ってアイテルに、老婆は同じように笑った。


 「その通りさ、したたかな子だねぇ」


 まるで覚悟を試すかのような物言いで、単に話を聞くか聞かないかを、村を出るか留まるかの問題に前提をすり替えようとした所謂ダブルバインドに引っかからないアイテルに、嬉しそうに煙草をふかして言った。


 「じゃあ、前例について話そうかね」


 そう言って老婆は一同を睥睨した。


 それぞれの佇まいから、老賢者は思う。セクアナは前のめりで何処か危うさを感じさせる所がある。アイテルは逆に若さに似合わぬ落ち着きで、安心して見ていられる。


 だが、何だ? どうにも引っかかるのはナイアス、この何処か神秘的な美しさの少女。その物腰は何だかこの場の話を()()()()、なのに()()()()()()()ような捉え所のなさ。


 この少女がよくわからない。


 パイプの中の灰を灰皿に落として、軽くふかして気を取りなおして、老婆は話し始めた。


 「といってもそんなに大した事は話せないね、確かに村を出て行った者は私の知る限り何人かいた。両手の指で数えられる程度さ」


 「その内、この村を出た後は消息不明の者の方が多いね。風の噂程度すらその後どうなったか分からないのさ」


 「さて、外で上手く食い繋いでいるのか? あるいはのたれ死んじまったのか? はたまた成功しているのか」


 パイプ煙草の煙を舌の上で転がし、風味を楽しみながら続ける。


 「便りのないのは元気な証拠。なんていうけど、私ゃおそらく野垂れ死にしている者の方が多いんじゃないかって気がするね」


 「じゃあ、消息が分かっているのは?」


 いきなり厳しい現実を突きつけられながらも、セクアナは問い返した。


 「三人、さ。三人は上手くとまでも行かずともそこそこやっていけているそうだ」


 ふぅ、と紫煙を吐いて答える。


 「まぁ、もっとも内二人はこの村に帰った事すらなくて、もう交流がないがねぇ」


 「という事は、外でやっていきながら、村ともまだ交流がある一人がいると?」


 「あぁ、そういう事になるね」


 アイテルが指摘すると、老婆は頷いた。


 「誰ですか、私達も知っている人?」


 「まぁ、知ってはいるんじゃないかね。あんたたちが話した事あるかは知らないけどね」


 誰だ? 村と交流がある人物。今までに村に訪れた外の人間? アイテルは考える。そして気がつく。


 「まさか」


 「()()さんかな? 毎年来てる」


 アイテルより一瞬早く、同じ答えを出したナイアスは言った。


 「その通りさ。この時期に最近は毎年来ている奴だよ」


 「まさか……()()()さん」


 驚愕を隠せずにセクアナは言った。毎年来るあの人、旅人と皆は言っていた。あるいは付き人と言われた。そして影では()()()と呼ぶ者もいる。


 よくわからない人物だった。旅人も何も、一体なんの用でこんな排他的な村に来るのか。しかし、この村人は一つの仕事をしてから去っていく。つまりその為にきているのだろう。


 それが神へ捧げる生贄の付き人だ。贄と共に湖へ行き、そして身を投げるのを見届ける役割。そして多分、人身御供が土壇場で恐れをなして逃げようとしたら、しっかりと()()()()()()()()。そういう仕事をしている。


 村の若者からすると死神みたいな存在だ。滞在期間も村人はその旅人を腫れ物のように扱っている。


 元は村の人間だったからなのか。そうアイテルは思った。 


 人身御供の最後の付き人という、何故あのような忌わしいが重要な役割を外部の人間にやらせていたのかが疑問だったのだ。何かあるとは踏んでいたが。


 「まぁ、そういう事さ。立場上あまり詳しくは言えないがね。彼はもう村の者ではない。それなのにあぁいう汚れ仕事みたいなのを押し付けちまって……申し訳ないとしか私らはいえないんだが」


 まぁ、白々しいだけだろうけどね。と老婆は自重した。


 何故あの人物がそんな事をやっているか、予想しか出来ないがアイテルは考えた。恐らくもう村の人間ではないが、村とは無関係ではないという立場が故なのだろう。


 同じ村の若い娘を自分で死地に追いやるという最後の仕事など村人はやりたがらないという心情も関係しているだろう。


 「とにかく、彼はそういう役回りなんだ。そして外の世界でもそういう、汚れ仕事に手をつけて食っていってるらしい」


 「そういう仕事くらいしか、ないからですか?」


 その立場を慮ってか顔を歪める老婆に、セクアナはそう尋ねた。


 「かも、知れないね。彼はあまり語りたがらないんだよ。どうしてそういう事に手をつけたのか。それしかなかったのかも知れないし、他の理由かも知れないさね」


 「では、他の二人は外でどんな仕事をしているのですか?」


 アイテルの質問に、老婆はさっぱりと手を挙げる。


 「なんとかやっていっているらしい。という風の噂で入ってきた程度で、具体的に何をやってるかは詳細不明なんだよ。真っ当な事かどうかもね」


 実際の所、外の世界にあるのは厳しい現実であろうという事くらいで、明晰な所が分からない。それにセクアナはどう判断するべきか困った。


 「だから、最初に言った通りで大した事は話せないのさ、悪いけどね」


 ふぅ、と紫煙を燻らせて続ける。


 「ただ、やはり言えるのは外に待っているのは(いばら)の道だろうという事さね」


 「もう一度言うと、村を出るのは私は勧められないね」


 歳をとると話が回りくどくなっていけない。と自嘲しつつ老婆は語った。


 「村にだって辛い事もあるけど、そう悪くない日々が送れるんだ。外の世界へ出たらもう明日も知れない日々になるかも分からない」


 「……例の()()()()に話を聞いてみるのはいけませんか?」


 アイテルの提案に、パイプを咥えたまま老婆は苦い顔をした。


 「……そっとしておいてやんなよ。あんまり話したくない事だって人間あるさね」


 相当後ろ暗い背景がある事を察してアイテルは閉口した。


 「また繰り返しになるけれど、それでも村を出るというなら、私は止められない。出来る事は無力な応援をする事と、村に帰ってきても出迎えてやる事だけさね」


 そう言って老婆は何処か寂しげに笑った。


 「あんた達だって、私の可愛い子供達なんだから」


 そう、そして、可愛い子供をまた一人生贄にしなければならない時期は、迫っていた——

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