37:この大嘘つき!
私は理解することになる。
このお茶会の冒頭は、参加者全員が皇妃を褒めたたえ、そして招待の御礼を言うのね、と。
聞いている限り、褒める内容は被ってもいいらしい。
同じような内容を繰り返して聞かされ、何が楽しいのかしら?と思うが、それが皇妃主催のお茶会のルールのようなので、我慢して聞くことにする。
「ではセシル様。本日、初めてと思いますが、分かりますよね?」
「はい、皇妃様」
そう答えた私は、ウッド王国で有名な、美しい女性を女神に例えた詩を口ずさむ。それはこんな感じ。
「彼女の美しさは夜の闇を照らし、はるか山河の果てまで届くという。その美しさを見た夜の神々は、天から降り、地上の女神にひれ伏す――」
暗唱していた第五節まであるこの詩をすべて言い終えると、皇妃の頬は上気し、かなりご機嫌になったと分かる。
「素晴らしいわ、セシル様! こんな賛美を受けたのは初めて。感動的ね。皆さんに見習っていただきたいわ!」
また皇妃の懐に深く入り込めたと、自然と笑みが浮かぶ。
ウッド王国であれば、文字を覚える練習で覚える詩でもある。でも皇妃はそんなことを知らない。他の女性陣もしかり。
皇妃はご機嫌だったので、ガヴリール第三皇子の婚約者イザベラ、ライト第四皇子の婚約者であるマリアが、あまり気の利いた褒め言葉を出せなくても気にせず「さあ、お菓子を召し上がって」となり、しばしもぐもぐタイムになった。
そこからはフリートークになったが、皇妃の目的はやはり私のようだ。
焼き菓子を食べる私に尋ねた。
「セシル様、アケビってご存知かしら?」
アケビ!?
アケビと言えば、ウッド王国にてクラウスがこう言っていた。
――「セシル嬢、もしや妃教育で学んだのですか? いや、アイス皇国でもこの果実どころか、この植物は生息していません。こちらの果実は東方から伝来したもので、エドワード殿下が妹と二人、温室で栽培していたそうなんです」
そのアケビのこと……よね?
そう思いながら一応、皇妃に確認する。
「皇妃エリザベータ様、アケビというのは果実のあのアケビのことをお尋ねになっていますか?」
「ええ、そうですの。ご存知のようですわね」
「はい」
すると皇妃の口角がニヤリという感じで上がり、私は身構えることになる。
「アケビは東方伝来の果実で、寒さが厳しいこのアイス皇国では栽培が難しくて……。セシル様でしたら手に入るかしら?」
「アケビはウッド王国でも栽培は難しいようで、野山で自生しているわけではありません。入手するのが難しい果実と思いますが……」
「まあ、そうでしたの」
皇妃は驚いたという顔を……作っているように見えた。
「皇妃様はアケビをどこでお知りになったのですか? 召し上がったことがあるのですか?」
「それは……」
……? なぜここで口ごもる必要が?
その様子を見る限り。
入手しにくいと果実と言われ、困ってしまった……というように見える。
その瞬間。
私の中でひらめきが起きた。
まさか……。
「ただ、ウッド王国の王宮にある温室では、アケビを栽培しています。もしやそれを召し上がったことがあるのでは?」
あたかも助け舟のように私が言うと、皇妃は「ええ、そうですの」と笑顔になる。そしてこんなことを言い出した。
「わたくしにとっては義理になりますけど、可愛らしい皇女がもう一人いまして、セシル様はご存知かしら? 皇女ナスターシャ。ウッド王国の王太子様の婚約者として嫁いだのですけど……まだ若いのに馬車の事故で亡くなってしまったの」
皇妃は……自由に涙を流せるようだ。
取り出したハンカチで目元を拭っている。
「その可愛い皇女ナスターシャが、わたくしにアケビを贈ってくださったの。これを食べると元気になれますよ、お義母様、って。本当にいい子でしたわ」
ナスターシャ姫が、皇妃にアケビを贈っていた……?
「実際に食べて見ると、珍しい食感でほのかに甘みがあって。不思議とアケビを食べると肌艶がよくなって、なんだかむくみがとれるような気がしましたの。それにお腹の調子がよくなる気がして。ホント、アケビは女性に嬉しい果実と思っていましたのよ」
そこで皇妃は顔を曇らせる。
「でも皇女ナスターシャが亡くなり、アケビが届かなくなって……。残念だわ。あんなに可愛いくてまだ若い子が、馬車の事故に遭うなんて。脱輪が起きないよう、ウッド王国はちゃんと馬車のメンテナンスをすべきだったと思いますわ。……ともかくその事故で彼女がなくなってから、無性に思い出すの」
皇妃が金色の瞳を私に向けた。
「アケビの味を思い出し、皇女ナスターシャのことを恋しく思うのです」
「この大嘘つき!」と叫びたくなるのを堪える。
皇妃は、ナスターシャ姫の葬儀に参列することなく、クラウスが参列することも許さなかった。それなのに今の言い草は……!
馬車のメンテナンス不良でウッド王国を今さら責める?
ナスターシャ姫のことを恋しく思う?
絶対に違う。
皇妃はただ、アケビを食べたいだけだ。
ナスターシャ姫が、なぜ皇妃にアケビを贈っていたのか分からない。
でも本人の意志とは思えない。皇妃に半ば脅され、贈っていたのではないかしら。
皇妃は自身の美貌を支えるため、ありとあらゆることを試している気がした。
その中で、アケビを食べると肌艶がよくなったと感じた。
むくみがとれるような気がした。お腹の調子がよくなるように思った。
だからアケビが食べたい。
でもナスターシャ姫は亡くなってしまった。
でも食べたことがあるなら、種があるはず。
ただ、アイス皇国ではうまく育てられなかった。
そこでウッド王国から来た私に……。





























































