14:目的は何?
「セシル、無駄な抵抗はしないことだ。怪我はしたくないだろう?」
アンドリューに右腕をねじ上げられ、左手で口を押さえられた状態で、抵抗は……無理だった。
私は悪役令嬢であるが、戦闘スキルなんて持ち合わせていない。何よりねじ上げられた腕に激痛が走り、目に涙がにじんでいる。必死に頷くことでまず、口から手が離れた。
心臓がバクバクし、空気を欲していたので、手が離れた瞬間、何度も呼吸を繰り返していた。そうしている間にアンドリューは、私の両手を背中に回し、ロープで結わきあげている。
どうして馬車の中にロープが?
そこで気が付く。
最初から。
チャンスがあれば私をさらうつもりだった……?
「うっ、いや」
「騒がれると困るんだよ」
口に布をかまされ、完全に狭い馬車の中で拘束されてしまった。拘束を終えると、アンドリューは座席に腰をおろす。私はそのまま床に座りこんだ状態だった。
アンドリューは私をさらい、どうするつもりなの? まさか身代金を請求する? その可能性は……無きにしも非ず。お金が必要なのだ。こうなったら何でもするつもりなのかもしれない。
でもこれが誘拐で身代金を要求したとしても、私は犯人が誰だか分かっている。アンドリューが身代金を受け取って私を解放した後に、すぐに彼の犯行だとバレ……。
そこで息を飲む。
アンドリューは身代金が手に入ったら、私を……手に掛けるつもり……?
恐怖で震えながらアンドリューの顔を見ると。
彼は乱れた自身の髪や服を整えていた。それを終え、私の視線に気づくと、苦笑している。
「セシル、そんな怯えた顔をする必要はない。これからラングフォード公爵家が王都に所有する離れに向かう。小さな屋敷だが、周囲に他の屋敷はない。なんでこんな場所にそんな屋敷があるかって? 父上が愛人を囲っていたんだよ。お忍びで通いやすいように、周囲に建物がない場所を選んだのさ」
そこが……私が監禁される場所……。
王都の中心部、宮殿のある辺りは建物が密集している。でも今の話だと、周囲に屋敷がないということは……王都のはずれだ。つまり私のいとこが暮らす伯爵家の屋敷があるような場所だろう。周囲は森が広がっているとか、牧草地であるとか、そんな場所。
油断していた。
まさかこんな暴挙に出ると思っていなかった。
見送りにバトラーやマリに立ち会ってもらえば……。
でも私がアンドリューにさらわれたことは……そうだ。
すぐにバレる。
だって私は屋敷にいて、応接室でアンドリューと会っていることは、使用人は全員知っているのだから。誘拐して身代金を手に入れるなんて、最初から無理な話。
ではなぜ私をさらったの? どうしてそんな場所に連れて行くの……?
「助けはそう簡単に来ないと思うよ、セシル。何せ愛人を囲ってバレないような場所だから」
……。それは……そうだろう。
でも犯人はアンドリューだとバレている。
使用人は警察に通報するだろうし、私の家族も状況を知るだろう。
そうなれば、ラングフォード公爵に詰め寄るはずだ。
「お前のバカ息子は、うちの娘をどこに連れ去ったのか!」と。
そうなったらラングフォード公爵は、可能性のある場所を列挙するはず。
いや、でも……。
愛人を囲っていた屋敷については、絶対に話さない可能性がある。
そうなると、悔しいが、アンドリューが言う通り、助けはそう簡単に……来ない。
つまり私の家族も警察も「アンドリューが私をさらった。でもどこに連れ去ったかは不明。しかも目的も不明」となる。
一方の私は、どこに連れ去るかは分かっている。
でも目的が……。
こうやってさらわれているとなると、どうしたって誘拐としか思えない。
ただ身代金の要求をして、両親が応じたとしても、受け取った後に捕まることは明白。
ではなぜ、私をさらったのか?
そうなるとやはり、私のことを……。
「ほら、また、セシル。その怯えた顔。昔からそうだな。セシルは。ふとした瞬間に何かに怯えた顔をする。一体全体、君は何を恐れて生きてきたんだい? 君と比べると、ボニーはいつだって天真爛漫だよ」
アンドリューの言葉に、歯ぎしりしたい思いになる。
私だって好きでそうしていたわけではない。
悪役令嬢として、この世界に転生してしまったから。
断罪につながらないよう、懸命に生きてきた結果だ。
それをそんな言い方をしなくても……。
そしてヒロインであるボニーと比べるなんて。
ボニーが天真爛漫? 当然だろう。
ヒロインなのだから。
明るく天真爛漫で可愛らしい。
それで攻略対象の心を掴んでいくのだから。
「僕の母親も君に似ているよ、セシル。父上が愛人を囲っているのを知っていたから、いつ自分が屋敷から追い出されるのではないか、毒殺でもされるのではないかと怯えていた。父上は正妻をないがしろになんかしないのに。世間体があるから」
アンドリューはそう言うと、自身の肩に手を置き、首を回す。
「僕も同じだよ、セシル。ボニーが嘘をついていると分かった。その瞬間は君に対する情がある。だからボニーに対して『君はなんで嘘を?』と問い詰めたさ。そしてすぐに君の後を追った。それなのに君は……」
アンドリューは薄笑いを浮かべ、話し続ける。
「僕との婚約破棄を宣告した直後に、早速次の男漁りか。驚いたよ。しかも……。まあ、それはいい。そんな君とは、婚約破棄でもいいだろう。そう思ったが、事情が変わった。ラングフォード家は……父上には多額の借金があるのは事実。僕が借金を増やすわけにはいかない」
そこで言葉を切ると、今度は盛大にため息をつく。
「それに君に婚約破棄を撤回してもらわないと、困るんだよ。次期当主の座を継がせるわけにはいかないと、父上に言われている。だからどうしても君には婚約破棄を諦めてもらい、そしてこのまま結婚してもらう必要があるんだ。そうそう。結婚持参金の方も、たっぷりはずんでほしいな」
アンドリューはニッコリ笑顔で私を見るが、私の顔は、引きつるだけだ。