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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第68話

 小太りの肉塊が、玉座の上で、豪奢な衣装をまとっている。

 そして、何事かを呟いている。

 聞き取れない。聞き取ったところで、意味はない。


 この人物は、すでに現実を見失っている。

 自身にしか認識出来ない何者かと、会話をしているのだ。


 私は、声をかけた。

「父上……陛下……」


 ヴィスガルド王国国王エリオール・シオン・ヴィスケーノは、何も応えてはくれない。

 ただ、ぶつぶつと無意味な何事かを呟くのみだ。


 不健康そのものの顔面に埋まった両の眼球は、何も見つめてはいない。

 この謁見の間を飾り立てる、豪勢な調度品・装飾品の数々も。

 息子たる、私の姿さえも。

 この世に存在するもの、何もかもを見ていない。


 元より、確かに無気力な人物ではあった。


 そなたが、今日から私の息子となるのか。

 初対面の私に、まずは言葉をかけてくれた。


 まあ肩の力を抜く事だ。民衆は、煌びやかなものしか見ようとせぬ。そなたは、ただひたすら華やかに振る舞えば良い。そなたが本当に王太子アラム・エアリス・ヴィスケーノであるかどうかなど、気にする者などおらぬ。


 私は、本来であれば天地ほどにも身分差のある人物に対し、不遜にも親愛の情に近いものを抱いていた。

 愛する妻アイリ・カナンと共にいるよりも、この父親と会話をしている時の方が、心安らかになれた。


 そう。私の父は、この無気力極まる国王エリオール・シオン・ヴィスケーノ。

 母は、十年ほど前に他界した王妃クランディア・エアリス。

 そして妻は、二年前に花嫁選びの祭典を勝ち抜いた、平民出身の王太子妃アイリ・カナン。


「あら……このような所に、いらしたのね。アラム様」

 そのアイリ王太子妃が、謁見の間に歩み入って来た。


 美しい。華美なドレスが、似合っている。

 似合い過ぎる、美し過ぎる。


 ボーゼル・ゴルマーの叛乱を鎮圧した……という体で、私がここ王都ガルドラントに帰還した時。

 アイリは、出迎えてくれた。


 その時の彼女は、今ここにいる王太子妃と比べ、美しくはなかった。地味な若妻だった。


 だが、眼差しは強く輝いていた。私は、目を合わせる事が出来なかった。


 あの時アイリ妃は、しかし私に、目を逸らせる事を許してはくれなかった。


 貴方は、誰。

 それだけを彼女は、私に言った。

 私は、答える事が出来なかった。


 そしてアイリは、王宮から姿を消した。


 代わりに現れたのが今、私の目の前にいる、華美な女である。

 大きく開いたドレスの胸元に、赤ん坊を抱いている。


 フェルナー・カナン・ヴィスケーノ。

 私とアイリの息子。そして、玉座上で何事かを呟く人物の、孫である。

 そのような事に、なっているのだ。


「……国王陛下の御前である。このような所、などと言ってはいけない」

 私は精一杯、口調を厳しくして見せた。


 アイリは、しかし鼻で笑うだけだ。

「国王陛下……ねえ? ヴィスガルドの民は不幸ですわ。このような御方を、君主として戴かなければいけないなんて」

「アイリ……」


「ふふん。まあ、国王陛下……義父上、とは呼んで差し上げましょうか。ねえ義父上? 民のためにも御自身のためにも、その玉座と王冠。アラム様に、お譲りなさいませ」


「控えろ、アイリ!」

 私は怒鳴りつけた。


 アイリは、ちらりと私を見て微笑んだ。

 美しい口元で微笑み、冷たい両眼で見据えてくる。


 本物のアイリ妃の、強く輝く眼差しとは全く違う。

 ただ相手を、威圧するだけの眼光。


「……貴方のためのお話、ですのよ? ねえ、アラム様」


 他人を威圧し、虐げる。

 アイリ・カナン王太子妃となる前まで、そのような生き方をしてきた娘なのであろう。

 二年前、花嫁選びの祭典では、かなりの所まで勝ち抜いた令嬢。であるらしい。


 栄達を果たすために手段を選ばぬ祭典出場者の顔が、露わになりつつある。


「何も、義父上に無礼を働こうと言うのではありませんわ。御覧の通り今、この方にとって国王の地位はあまりにも重荷……どこか空気の綺麗な地方で、穏やかに余生をお過ごしいただくのが忠孝の道というもの。そしてアラム様、貴方は国王陛下! 私は王妃ぴぎゃっ……う……」


 光が生じた。雷鳴を伴う、激烈な輝き。


 アイリに抱かれた赤ん坊が、小さな全身から電光を発していた。

 母親の役割を担っている元令嬢を、至近距離から電熱の嵐で灼いたのだ。


 華美なドレスが半分近く焦げて消し飛び、白く美しい肌が所々、焼失して肉が見える。骨も見える。


 そんな様を晒しながらアイリ・カナン王太子妃は吹っ飛んで床に激突し、表記不可能な悲鳴を垂れ流す。


 放り出された赤ん坊は、空中に浮いていた。

 小さな全身に、パリパリと電光をまとっている。


「学究の道、探究の道……失敗なくして歩んでゆけるものではない。とは言え」

 帯電する赤ん坊が、流暢な言葉を発している。


「こうも出来損ないばかりが生まれるようでは……な。辛い、切ない。悲しくなってしまう」


「ひぎ……いぃぃ……ジュラード、さまぁあ……」

 全身の半分を電光で灼かれた王太子妃が、泣き怯える。


 高慢な美貌は焼けただれ、ただれた皮膚と肉が剥がれ落ち、頭蓋骨が露出している。


 激痛は、あるだろう。

 それよりも、恐怖心が勝っている様子だ。

「お許しを……どうか、お助け下さいませ……」


「建国より五百年、このヴィスガルドという国を私は調べて回った。探し回ったのだ」

 何を、探したのか。

 それを、赤ん坊は言おうとしない。


「五百年のうち、少なくとも半分は戦乱の時代であった。そのせいで、私がどれほど難儀をしたか……愚か者どもが戦を起こしては、私の探索の邪魔をする。私の探し求めるものが戦火で損なわれてしまった、かも知れぬと思うとな。はらわたが煮える」

 小さな身体を包む電光が、雷鳴を発する。


「私には、探さねばならないものがある。おわかりか王太子妃よ? この国にはな、平穏であってもらわねばならんのだ。仮にも王族の人間が、国王に退位を要求するなど……王国の平穏を乱す原因にしかならぬと何故、わからない」


「助けて……ジュラード様、どうか……お許しを……」

 王太子妃は、ただ命乞いをしている。

 赤ん坊が語る事を、恐らくは何も聞いていない。


「幾度か申し上げたはずだな? 妃殿下よ。貴女の役割は、平和を愛する人格者アイリ・カナンで在り続ける事であると。夫たる王太子アラムを良く支え、父たる国王陛下には忠孝を尽くし奉る。その姿を、民に見せ続ける事であると。模範的な家族の在りようというものを、まずは王家の方々が示して下さらなければ国が乱れる。戦乱が起こる。私の目的の妨げとなる」


 語りつつ赤ん坊は、平和を愛する王太子妃アイリ・カナン……の役割を追わされた元令嬢の有り様を、じっと見つめている。


「お許し下さい……お助け、下さいませ……ジュラード様ぁあ……」

 灼け潰れ、頭蓋骨も露わになっていた顔面が、少しずつ表情筋に覆われてゆく。皮膚に、包まれてゆく。

 再生、であった。


「……大したものよ。花嫁選びの祭典、その成績上位者の執念たるや」

 赤ん坊が、ニヤリと笑った。


「数多いる競合者を蹴落とし、這い上がった……これが、令嬢という生き物か。ゴルディアック家の有象無象とは、妄執の格が違う。アイリ・カナンの代用品としては、明らかなる失敗作とは言え」


 雷鳴が、轟き渡った。

 赤ん坊の小さな全身から、電光が迸っていた。

 再生途中の、王太子妃に向かってだ。


「死せる肉体に、魔力を注ぎ込む……そのやり方では限界がある、と私は思っていたのだが」


 アイリ・カナンの代用品。

 そう呼ばれた娘の片腕と片足が、電光の直撃を受けて灼けちぎれた。

 悲痛極まる絶叫が、謁見の間に響き渡る。


 このような惨劇を目の当たりにしながらも、国王エリオールは玉座上で、無意味な何事かを呟くだけだ。

 惨劇を、見てもいない。


 同じ存在ではないのか、と私は思った。

 この国王も、電光に灼かれて死にきれずにいる王太子妃も。

 悪しき力によって作り出された代用品、ではないのか。

 そして、それを作った者は。


「……令嬢よ、そなたであれば」

 赤ん坊は、じっと観察している。


 灼けちぎれた細い手足が、床の上で焦げ崩れてゆく様を。

 王太子妃の身体から、新たな片腕と片足がメキメキと生えてくる様を。

 肉も骨も露わであった全身が、皮膚を完全再生させ、美しくたおやかな姿を取り戻してゆく様を。


「お許し……下さい……ジュラード様あぁ……」

 完全なる再生を遂げた、と思われた美貌に、電光が激突した。

「ぴぎゃああああああああああ!」


「これは……ふむ。死者が蘇る、という事とは違うか?」

 焦げ潰れた顔面を押さえ、のたうち回る王太子妃に、赤ん坊はさらなる電撃を浴びせてゆく。


「飽くまでも、より強靱な怪物を作り出す……という事にしか、ならぬか。それはそれで使い道はある。さあ、どこまで再生するものか。私に見せよ、リアンナ・ラウディース」


「やめろ……!」

 私の身体は、ほとんど勝手に動いていた。


 踏み込み、腰の長剣を抜く。

 抜き放った刃に、気力を流し込む。


 そして、一閃。


 気の輝きを宿す斬撃が、王太子妃を襲う電光を、全て切り砕いていた。光の飛沫が散った。


「ほう……」

 赤ん坊が、感嘆している。


 否、赤ん坊ではない。

 私の息子、という役割を与えられた、肉の道具である。


 道具を通じ、この場に力を及ぼしている者が、どこかにいる。

 その者が、赤ん坊の口で言う。


「思いのほか、やるではないか。良い腕をしている……そう、幼少の頃より鍛錬を積んできたのだな。アラム王子の、身代わりが務まる程度には」

「務まりはせんよ。あの御方には、遠く及ばぬ」


 泣き喚きながら再生を遂げてゆく、もはや王太子妃でも令嬢でも人間でもない何かを、私は背後に庇っていた。


「……すまない、妻よ。君は品性下劣なる者、夫として愛してやる事は出来ない。哀れんでやる事しか出来ない。憐憫、以上の想いを、君に抱く事が出来ないんだ。私には」


 私の妻、の形をしたものを背後に。

 私の息子、の形をしたものと対峙する。

 私の父親、の形をしたものの面前で。


 王宮、謁見の間に今、王家の人間は一人もいない。


 私はただ、白く淡く輝く剣を構えていた。

「せめて……この場では、君を守ろう。我が妻よ」

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