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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第56話

 ここヴィスガルド王国には、かつて英傑が2人いた。


 シグルム・ライアット侯爵と、宰相ログレム・ゴルディアック。

 共に、旧帝国系貴族である。


 かつて、この地が『帝国』と呼ばれる巨大国家の一部であった時代から、貴族であり続けていた者たち。

 それが、旧帝国系貴族だ。


 およそ五百年前。

 帝国は、アルス・レイドックという1人の雑兵によって滅ぼされた。


 彼は、帝国の最高権力者ヴェノーラ・ゲントリウスを討ち倒し、ヴィスガルド王国を作り上げて最初の国王となった。

 帝国の貴族たちは、雑兵出身の成り上がり者に仕える事となったのだ。


 シグルム侯もログレム宰相も、しかし雑兵の末裔である国王を、よく補佐してくれた。


 自分は、補佐され、祭り上げられる国王で、一向に構わなかったのだ。

 エリオール・シオン・ヴィスケーノは、そう思っている。


 有能な指導者、などでは断じてない国王。

 無能な国王。

 そんな自分を、エリオールは受け入れていた。はずであった。


 今、英傑は1人しかいない。


 2年前に行われた、花嫁選びの祭典の直後。

 シグルム・ライアット侯爵は、怪死を遂げた。

 王宮の庭園の片隅で、腐乱死体となって発見されたのだ。


 その腐乱死体は確かに、シグルム侯の衣服を着用していた。2本の長剣を、帯びていた。


 左右2本の剣を振るい、シグルムは国王エリオールを守ってくれていたものだ。

 紛れもない、王国最強の剣士であった。


 だが、殺された。


 毒矢を用いる暗殺者の仕業であろう、というのが近衛騎士レオゲルド・ディラン伯爵の見立てである。

 王国最強の剣士を、毒矢があれば容易に殺せるものではない。

 その暗殺者が、恐るべき手練れであるのは確かだ。


 ともかく、シグルム・ライアットは殺された。


 結果、宰相ログレムが、権力をほぼ一手に握る事となった……わけでは、なかった。


 エリオールの実弟。

 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵。


 生前のシグルムは、この男を最も警戒していた。


 シグルムの死後、この弟は、重石を失ったかのように浮上し、宰相ログレムと共に国政における双璧を成した。

 シグルムの地位を、奪った。

 そう見る事も、不可能ではなかった。


 巨大に肥え太った弟ベレオヌスには遠く及ばぬ、中途半端に肥満した肉体を玉座に収めたまま、エリオールは思う。


 自分の周りには、有能な人間しかいない。


 ログレム宰相も弟ベレオヌスも、飾り物の国王とは比べ物にならぬ傑物である。


「私は……」

 呟いてみる。


「……居なくとも良い、国王。それが、私ではないのか……」


 何を今更、とは思う。

 それとも。自分は、無能な国王である事を、実は受け入れていないのか。


 だから、黒薔薇党などという敗北者の集団に、後ろ盾を気取って肩入れをする。

 自分には、何かに対する影響力がある。

 その自己満足に、浸るためにだ。


 黒薔薇党。

 あの無様な者たちを見ていると、何やら安心が出来るのは事実であった。


 先程も、サリック・トーランド伯爵の屋敷で集会が行われた。

 エリオールも顔を出した。


 今まで聖女として振る舞っていた、振る舞わされていた、健気で哀れな少女ミリエラ・コルベムの代わりに、召喚士マローヌ・レネクが集会を取り仕切っていた。


 黒薔薇党の者たちが唱える戯言……帝国の大魔女ヴェノーラ・ゲントリウスの復活という滑稽な夢が、いくらかは現実味を帯びたように感じられたのは確かである。


 マローヌの力は、何しろエリオールも目の当たりにしている。

 彼女なら、大魔女の復活にも等しい災厄を、引き起こしてくれるかも知れない。


 そして。マローヌは、とある何者かに仕えているという。

 その何者かは、残念ながら本日の集会にはいなかった。


「ふん……まあ、会えるのを楽しみにしておこう。怪物が複数いる、なかなかに心躍る状況ではある」


 国王の独り言に、応える者はいない。

 お追従をしてくれる者が、周囲にいない。


 護衛は、いる。

 謁見の間、あちこちに控える近衛騎士団。


 何が起ころうと国王の身を守ってくれる、ヴィスガルド最強の戦闘集団……と、エリオールとしては思いたいところである。

 だがエリオールは、知ってもいる。


 近衛騎士たちの中でも本当に有能な者は、例えばレオゲルド伯爵のように多忙であり、飾り物の国王を四六時中、護衛する暇などない。


「とは言え。お前たちを、無能とは思わぬ」

 近衛騎士団に、エリオールは語りかけた。

「現に、こうして……己の務めを、果たしつつあるのだからな」


 国王より誉め言葉を賜りながら、しかし近衛騎士たちは平伏もせず、何も応えず、ただ無言で玉座に歩み迫って来る。

 全員、剣を抜いていた。

 務めを、果たそうとしているのだ。


「ベレオヌス……では、ないな」

 エリオールは、玉座から立ち上がる努力を放棄した。

 自分が何かをして、助かる状況ではない。


「ログレム宰相……いや、ゼビエル大老か? そなたら近衛騎士団の中にも、旧帝国系貴族は大勢いる。ゴルディアック家には、逆らえまいな」


 雑兵の家系。

 旧帝国系最大の名族たるゴルディアック家にしてみれば、ヴィスガルド王家など、その程度のものでしかない。


「だが……良いのか? 私を殺して」

 エリオールは、不敵に笑って見せた。


「私が死ねば……わかっていような? アラムが国王となるのだぞ。あれは、私など問題にならぬほど手強い。そなたら旧帝国系勢力にとって、好ましからざる事態となるであろう」


 暗い笑顔にしか、ならなかった。

「……あやつが生きておれば、の話だがな」


 アラム・エアリス・ヴィスケーノ。

 本当に、有能な息子であった。


 その母クランディア・エアリス・ヴィスケーノも、聡明な王妃であった。


 無能な国王の周りには、有能な人間しかいなかったのだ。


 10年ほど前に、妻クランディアを亡くした時。

 エリオールは、安堵に近いものを覚えた。

 劣等感に苛まれる日々から、解放される。そう思ったのだ。


「…………御免」

 近衛騎士の1人が、それだけを言った。

 全員が、斬りかかって来た。突きかかって来た。


 にゃーん……と、猫の鳴き声が聞こえた。


 人影が、2つ。国王の左右に、音もなく着地していた。

 片方は大柄、片方は細身である。


 前者は、獣だった。


 たくましく柔軟な全身が、縞模様の獣毛をなびかせ、獰猛に躍動する。視認不可能な速度でだ。


 嵐が、吹き荒れている。

 エリオールには、そのようにしか見えなかった。


 国王を切り刻む寸前だった多数の長剣が、嵐に薙ぎ払われて折れ飛んだ。

 近衛騎士たちが、甲冑もろともグシャリと歪み潰れ、血飛沫をぶちまける。


 どうやら、獣人である。

 重武装した人間たちを、いかなる得物で虐殺しているのか。

 いや、徒手空拳ではないのか。


 にゃーん……と鳴き声が発生する度、近衛騎士が1人2人と、人体の残骸に変わってゆく。

 死と破壊の、嵐であった。


 ただ、さすがは近衛騎士団である。

 何人かが、破壊の嵐を迂回するようにして、素早くエリオールに肉迫していた。

 何本もの長剣が、国王を襲う。


 そして、弾き返される。

 焦げ臭い火花が、玉座を取り囲むようにして、大量に飛散した


 1本の刃。いくらか湾曲した、片刃の長剣。

 その斬撃が、近衛騎士たちの刃を片っ端から弾き返したのだ。


「いやあ……人望、無いっすねえ。国王陛下」

 細身の若者だった。

 片刃の長剣をくるりと構え直し、エリオールを背後に庇う。


「お城の中で、こんな堂々と襲われて、誰も助けに来てくれないとか。あり得ないっしょ! 護衛のし甲斐あり過ぎだっつぅううううの!」

 端整だが軽薄そうな顔に、喜悦の表情が浮かぶ。


「てなワケで黒薔薇党から来ました! 護衛任務開始っスよ国王陛下。あ、自分リオネール・ガルファって者っす。そっちは親友のクルルグ君、よろしくー!」

 名乗りながら、若者は踏み込んだ。


 疾風、としかエリオールには思えなかった。


 近衛騎士たちが、疾風を迎え撃とうとして鮮血を噴き、絶命しながら倒れ伏す。

 生首を転がす者もいた。


 速い。呆然とエリオールは、そう思った。


 速さだけであれば、シグルム・ライアットに匹敵しうるか。さすがに、あの男には及ばぬか。

 にしても、恐るべき剣士である。黒薔薇党に、これほどの戦闘者がいたとは。


 いや、とエリオールは思い直した。

「そなたら……マローヌ・レネクの仲間か?」


「えっへへへ、その通り。超絶ムカつく事にねえ! 俺ら、あのド腐れゲテモノ女の仲間なんスよおおおッ!」

 笑いながら激怒しながらリオネール・ガルファは、襲い来る近衛騎士団の斬撃・刺突を、疾風の速度でくぐり抜けた。


 そして、片刃の剣を一閃させる。

 その一閃で、近衛騎士の生首が3つ、4つ、宙を舞った。


「あのクソバカ女まじブッ殺してぇーけど、殺しても死なねーし!」


 特に大柄な近衛騎士が、脳天から真っ二つになっていた。

 リオネールの、その凄まじい斬撃を見物しながら、エリオールは言った。


「サリック伯爵の館から……ずっと私に、ついて来ていたのだな? まるで影の如く」

「俺ら2人とも、そーゆうの得意なんで」

 リオネールが言った。


 クルルグと呼ばれた獣人は、にゃー、とだけ声を発した。

 近衛騎士の最後の1人が、彼の蹴りで真っ二つにちぎれたところである。


「ま、見ての通りっす。国王陛下はね、俺らが守りますから」

 リオネールの軽薄そうな笑顔は、返り血にまみれていた。


「……だからね。陛下には、うちのお嬢様のお役に立ってもらうっす。拒否権ないッス」

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