↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/238

第55話

●

 隕石が、際限なく降り注いで来る。


 かわす、と言うより逃げるしかなかった。

 ひたすら、ヒューゼル・ネイオンは逃げ続けた。


 周囲では、兵士たちが次々と、隕石に潰されてゆく。

 様々なものを飛び散らせ、原形なき屍に変わってゆく。


 皆、自分を守ってくれているのではないか。

 ぼんやりと、ヒューゼルは思い出した。

 この兵士たちは、自分の盾となってくれている、のではないのか。


 自分は彼らを死なせ、生き延びるのか。

 彼らを守るため、戦うべきなのか。

 隕石を降らせ続ける、この怪物と。


 大男だった。

 暴力そのものが、巨大な筋肉と化している。そう見えた。


 凶暴に高らかに笑いながら暴風をまとい、歩み迫って来る。

 その剛腕が鎖を振るい、暴風を巻き起こしているのだ。


 隕石に、見えたもの。

 それは鎖を引きずって飛翔・旋回する、鉄球であった。


 大男の哄笑に合わせて、兵士たちが3人、5人と砕け散ってゆく。


 やめろ。

 自分を狙え、相手になってやる。


 そう言い放つ事が、ヒューゼルには出来なかった。

 口から出るものは、悲鳴だけだ。


「ヒューゼルさん……」


 微かな声で、ヒューゼルは気付いた。我に返った。


 隕石を振るう怪物など、いない。

 いるのは、儚げな母娘である。


 杖を必要とする身体を、ぐったりと椅子に沈めた母親。

 じっとヒューゼルを見つめている娘。

 ロルカ地方領主ペギル・ゲラール侯爵の、家族である。


 地方執政府ケルティア城の一室。

 領主の娘ラウラと孫娘フェアリエの身辺警護が、ヒューゼルの任務であった。


 ぐったりと座ったラウラの眼前で今、ヒューゼルは跪いている。

 跪いたまま、夢を見せられていた。


 フェアリエが、声をかけてくる。

「…………大丈夫? ヒューゼルさん……」


「ああ……平気です。お気遣い、どうも」

 軽く頭を押さえ、ヒューゼルは言った。

「……それより、ラウラ様が」


「私も大丈夫よ……」

 椅子の上で弱々しく、ラウラは片手を上げた。


「……私、魔法を使えると言っても大したものではないから。人の心に少しだけ触れて……何かを思い出す、お手伝いが出来るかどうか。その程度よ……気力や体力を消耗するものでもなし」


「すいません……本当に。俺のために」

「やると言ったのは、私の方からよ」

 ラウラは微笑む。

「……それでヒューゼル殿。何か、思い出したものはあった?」


「俺……どうも、バケモノに殺されかけてたみたいですね」

 あれは、幻覚ではない。

 確かな記憶である、とヒューゼルは何となく確信していた。


「鎖と鉄球、振り回してる大男……ありえない強さでした。アレはもう人間じゃないです。俺の仲間たちが、まるで隕石でも当たったみたいに殺されて」


「ボーゼル・ゴルマーだな」

 ペギル・ゲラール侯爵が、いつの間にか、そこにいた。


「そなた、やはりあの戦に出ていたのだな。そして、あの男と戦い、生き延びた。まさに悪運よ」

「はあ……あれが、ボーゼル・ゴルマー侯爵ですか」


「あの男はな、鎖鉄球を己の手足のように振るう。その戦いぶりは、戦場に隕石を降らせるが如し……技は、息女ベルクリスに受け継がれている」


 祖父が口にした名を聞いて、フェアリエが俯いた。

 ペギルが、なおも語る。


「あの戦。アラム・ヴィスケーノ王子の率いる王国正規軍が、確かに勝利を収めはした。が……王都に凱旋した兵士たちは皆、さながら敗残兵のようであったという」

「ボロボロだった、って事ですか?」

「肉体よりも、心の方がな」


 剛腕で鎖を振るい、暴風を起こし、隕石を降らせ続ける怪物。

 あの戦場にいたのであれば、恐怖のあまり心を病んでもおかしくはない、とヒューゼルは思う。

 自分とて、完全に記憶を取り戻したら、恐ろしさで発狂するかも知れない。


「あの……お祖父様……」

 おずおずと、フェアリエが訊いた。

「……ベルクリスの、行方を……ご存じ、ありませんか?」


「あの娘は、父親とは別の戦場にいた。ボーゼルの死が伝わった、その時点では存命であったようだ。生きて逃げ延びた、と信じる事だ」


 自分も逃げ延びたのか、とヒューゼルは思う。

 ボーゼル・ゴルマーは、死亡した。ならば、もう逃げる必要はないのか。


(…………いや。俺は今、何かから逃げてる最中……って気がする……)


●

 娘フェアリエ・ゲラールは、15歳。

 ヒューゼル・ネイオンは、20歳そこそこ、といった辺りであろう。

 少なくとも、年齢は釣り合う。


 庭園を歩く若い2人を見ていると、ラウラ・ゲラールは、そんな事を思ってしまう。


「お似合いと思いません? ねえ、お父様」

 同じく、露台の上から庭園を見下ろしている父ペギル・ゲラールに、ラウラは語りかけた。

「ヒューゼル殿は立派な方。フェアリエを……きっと、幸せにしてくれます」


「気が早いな。2人とも、出会ったばかりなのだぞ」

 そんな事を言うペギルの視線の先では、フェアリエが俯き加減に何かを言い、ヒューゼルが穏やかに受け応えている。


 フェアリエが微笑んでいる、ようにも見える。

 ゴルディアック家の令嬢として過ごしていた頃は、暗い顔ばかりしていた娘がだ。


「……ねえ、お父様。私はね、出会った事もなかった殿方のもとへ、お嫁に行かされたんですよ?」

「ふん。恨み言なら、いくらでも聞いてやる」


「今更、聞いていただく事などありません。ただ……フェアリエに、私のような思いはして欲しくありませんから」

「……心配するな。あの子に政略婚をさせてゲラール家を立て直そう、などとは考えておらぬ」


 ペギルは言った。

「私の代で、ゲラール家は終わりだ。それで良い。あの戦に敗れ、生き長らえただけで儲けものよ」


 盟友ボーゼル・ゴルマーと共に、死んでやれなかった。

 この父には、その思いがあるはずだった。


「……なあラウラよ。ヒューゼルの記憶、そなたの力で取り戻そうとしたのか?」

「せっかくの力ですもの。何かに、役立てたいわ」


 他人の心に、少しだけ触れる。

 ラウラの使える魔法は、それだけである。

 もう少し上手く役立てれば、夫カルネードの暴力から身を守る事が出来たかも知れない。


「……大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの用いていた魔法、か」

 みだりに口走るべきではない人名を、ペギルは口にした。


「かの大魔女の秘術を、受け継ぐ者たちに……師事していたのだったな、そなた」

「ほんの一時期、イルベリオ先生の私塾に入り浸っていただけです。お父様は、良い顔をして下さいませんでしたね」


 筋が良い、とイルベリオ・テッドは褒めてくれた。

 彼のもとで、本格的に魔法を学ぶ事は、しかし出来なかった。

 ゴルディアック家への輿入れが、決まったからだ。


「あのイルベリオ・テッドという男、そこそこは信頼の出来る人間ではあった」

 ペギルは言った。


「ボーゼルの戦に、力を貸してくれていれば……な。まあ、それは良い。ともかくラウラよ、ヒューゼルの記憶が戻る、きっかけ程度の事は出来たようだな」

「どうでしょうね……」


 引っ込み思案な一人娘が、記憶喪失中の青年と、控え目ながら楽しげに語らっている。

 その様を、ラウラは見つめた。


「何やら、随分と恐い目に遭った御様子でしたから……記憶が戻らない方が、あるいは幸せかも知れません」

「…………」

 腕組みをしたまま、ペギルは何も言わなくなった。


 知っているのか、とラウラは思った。

 ヒューゼル・ネイオンの、失われた記憶。正体。

 それに関する、何らかの心当たりが、この父にはあるのか。


「……ひとつ、恐ろしい話があるのだ」

 沈黙の後、ペギルは言った。


「知っての通り、私はボーゼルの戦に協力をしていたと言っても兵站の面からだ。戦場に出ていたわけではない。戦場で何が起こっていたのかを、実際に見たわけではないのだ。これは、だから噂話に過ぎぬ」


「噂話に過ぎないものを、お父様は胸の内に秘めておけなくなってしまわれた。相手が自分の娘とは言え、軽々しく話して良いものか、まだ迷っておられる。だから……それほどまでに前置きが長い、と」


 父の目を、ラウラは見据えた。

「他言無用であるのは承知しております。どうか、お聞かせ下さいな」


「……アラム王子が、ボーゼルと一騎打ちをしたという。目撃した兵士が、大勢いる」

 ペギルが、声を潜めた。

「その者たちが言うのだよ。壮絶な……相討ちであった、と」

「…………ボーゼル侯は、お亡くなりになったのでしょう? 間違いなく」


「屍が発見された。私も見た。ボーゼル・ゴルマーは、間違いなく死んでいる。本当に相討ちであったとしても、アラム王子の屍は見つかっていない。戦後処理を行い、王国正規軍を取りまとめて王都へ帰還させたのは、あらかじめ用意された王子の偽物である。と……そのような話だ」


「興味深い、お話です。ちょっと……興味深すぎるわ」

 人付き合いが得意ではない娘の、話し相手になってくれている青年を、ラウラは思わず見つめ観察した。


 秀麗な顔立ち、細身だが立派な体格。さり気なくフェアリエを気遣う、紳士的で気品ある物腰と笑顔。


 本当に何者なのだ、と思えてしまう。


 だが今のところ、この記憶なき青年と、父の語る根も葉もない噂話とを、結び付ける要素は何もなかった。


「アラム王子は、武芸百般……およそ武術に分類されるもの、全てに秀でているそうな」

 ヒューゼルの背負う、刃ある長弓を、ペギルは見つめた。


「中でも……弓の腕前は、神技と呼ぶべき領域に達しているという」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。