表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

219/219

第219話

 帝国末期。

 大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスは、息子マルスディーノを飾り物の皇帝に立てて実権を握り、専横を極めたという。

 刃向かう者たちを、大いに殺戮したという。


 指先から切り刻む。

 生皮を剥ぐ。

 四肢を切断して、死ぬまで這わせる。

 生きたまま腹を裂き、臓物を露出させ、それを獣に食らわせる。

 そのような事を、平気で行っていたという。


 どこまでが真実であるかは不明だ。


 ただ一つを、フェオルンは確信した。

 特に根拠もなく、確信に至っていた。


「ヴェノーラ・ゲントリウスという女王様は……」

 軽口を、叩いてみる。

「多分……今の、あんたみたいな顔をしながら。人を殺しまくっていたんだろうなぁ、シェルミーネ・グラーク嬢」


 眼前の悪役令嬢は、会話をしてくれなかった。

 細身の長剣を無造作に構えたまま、静かに佇んでいる。

 殺戮の光景の、真っ只中に。


 王都ガルドラント。

 とある民家の周囲に、先程までは生きた人間であったものが散乱している。


 切り刻まれていた。

 断面の滑らかさ美しさは、惚れ惚れとするほどだ。


(僕が斬ったんじゃ……ここまで綺麗には、ならないなぁ)


 そんな事を思いつつ、フェオルンも武器を構えている。左右それぞれの手に、一つずつ。

 二本の、さほど長くはない剣。

 これで人間を切り刻み、滅多刺しにする仕事を、フェオルンも常日頃している。


 そうではない仕事を、主君バルフェノム・ゴルディアック侯爵より賜った。

 だから王都に入り、王宮に忍び込み、とある貴人と接触した。


 その貴人の要望を叶えるべく、フェオルンは奔走している最中であった。


「……名乗ってはいなかったかな。僕はフェオルン、まずは言い訳をさせてもらいたい」


 ある程度まで、真実を話す。

 この場を切り抜ける手段は、それしかない、とフェオルンは判断した。

 命乞いなど、した瞬間に殺される。


「僕も、やりたくてやってるわけじゃないんだよ。こんな事」

「わかって、おりますわ」

 シェルミーネは、今度は会話に応じてくれた。

 口調は、静やかなものである。


「よほどの事情がなければ、致しませんわよね。こんな……このような、愚かしい事」

「そうなんだよシェルミーネ嬢。王太子妃殿下が、どうしても御両親にお会いしたいと」


「そう……貴方、王太子妃殿下の御機嫌を取るお仕事を、なさってますのね」

 シェルミーネが、微笑んだ。


 この笑顔を浮かべながら。

 大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスは、逆らう人間の生皮を剥ぎ、あるいは四肢を切り落とし、臓物を引きずり出していたに違いない。

 フェオルンは、そう思った。


(そう……なんだよ、シェルミーネ嬢。こちとら、あのバカ女の機嫌を取らないと)

 口に出して、そう言ってしまうところだった。


「大変ですわね。本当に、お疲れ様」

 ヴェノーラ大皇妃もかくやと思わせる、殺戮の光景の中央で、シェルミーネは優しく微笑んでいる。

 フェオルンを、労ってくれる。


「それで。王太子妃殿下は何故、御両親にお会いしたいと思っておられるのかしら」

「親御さんの顔を見たい。それに理由が必要かな?」


「このような方々を、お使いになる理由」

 自身の作り出した殺戮の光景を、シェルミーネは一瞥した。

「……貴方のような剣呑なお人を、こうして差し向けなければならない理由。それを知りたいものですわ」


「仕方がないんだ。このヴィスガルドって国では何しろ、王家の人たちに権力が無い。元平民の王太子妃なら尚更だ。兵隊を動かす事なんて出来やしない。何か荒っぽい事をしようと思えば、金で動く連中を使うしかないんだよ」


「そう……御両親に対し、荒っぽい事をなさろうと……」


「荒っぽくならざるを得ない。御両親を正式に王宮へお招きする事を、禁止されてしまったからね。王太子アラム・エアリス・ヴィスケーノ殿下より御直々に」


「禁じられても、御両親にお会いしようとなさいますのね」

 シェルミーネは言った。


 細身の長剣から、炎の如き揺らめきが立ち昇っている。

 それが、静かに燃え上がる。


「……フェオルン殿、でしたわね。御両親の代わりに私を、王太子妃殿下の御もとへ連れて行って下さいませ」


「殴り込もうと言うのか、王宮に」

 声がした。


 人影が一つ、歩み寄って来る。

 マントとフードで姿形を覆い隠した、恐らくは若い男。

 フードが作り出す陰影の中に、端正な口元が辛うじて見て取れる。


「王太子妃アイリ・カナン・ヴィスケーノを……貴女は、殺害するおつもりであるな。それを阻む者ことごとくを、このような有り様に変えて」


 陰影の中から、その青年は見渡した。

 切り刻まれた人体の、散乱する光景を。

「……遅かったか」


「駆け付けて下さる、おつもりでしたのね。アラム・ヴィスケーノ王太子殿下」

 躊躇いもなく、シェルミーネは名を呼んだ。

「カナン家の御夫妻を、王宮へ行かせまいと……様々に、お手を打っていらっしゃる」


「貴女もだ、シェルミーネ嬢。貴女を、王宮へ行かせるわけにはいかない」

 王太子アラム・エアリス・ヴィスケーノは言った。

「あのような女でも……私の、妻なのだ」


 フェオルンの姿が、いつの間にか消え失せている。


 突如、現れた青年と、シェルミーネが僅かな会話を交わしている間。

 消失するかの如く、逃げ去ってしまったのだ。


「何とも……颯爽たる、逃げ足の速さ」

 魔剣・残月を、シェルミーネは鞘に収めた。

「あのような者が、我が物顔で王宮に出入りしている現状……把握して、いらっしゃいますの?」


「あまつさえ王太子妃の近辺を動き回っている。夫たる者が何をしているのか、と責められても反論は出来ないな」


 王太子アラム・エアリス・ヴィスケーノは、苦笑した。

 責めはせず、シェルミーネは訊いた。


「アラム殿下は……ヒューゼル・ネイオンという御方を、ご存じ?」

「ヒューゼル・ネイオンは、すでに死んでいる」

「そしてアラム・エアリス・ヴィスケーノとして生きる事を、強いられた……と。貴方も、同じではなくて?」


「そのような事どうでも良い。シェルミーネ嬢、貴女には言っておかねばならぬ事がある」

 殺戮の光景を、アラムは見渡した。


 フェオルンが引き連れていた、男たち。

 滑らかに切り刻まれ、路上に散乱している。


 ぽつりと、アラムは言った。

「……見事なものだ」

「私ではなく、この魔剣の力ですわ。もちろん、武器のせいにする気は毛頭ございませんけれど」


「ここが戦場ならば、貴女は英傑だ」

 フードの陰影の中から、厳格な眼差しがシェルミーネに向けられる。


「だが悲しいかな、ここは王都の街中である」

「……存じております。殺人の罰、お受け致しますわ」


「殺人。それは物騒な」

 アラムが、よくわからぬ事を言い始めた。

「捨て置けぬ。さあ、どこで殺人が行われているのであろうか? 何やら路面が汚れている、ようではあるが」


「アラム王子……! 貴方は……」

 シェルミーネが息を呑んでいる間。


 多数の人影が、あちこちから出現し、作業に取りかかっていた。

 路上に散らばるものを手際良く袋に詰め、運び去って行く。


「主にログレム宰相が使っている者たちだ。掃除を、専門としている」

 説明としては、それだけをアラムは言った。


 掃除、と称された作業は、すでに終わっていた。

 切り刻まれた人体の残骸は、欠片のひとつも残ってはいない。血の汚れも、路面から拭い取られている。


 作業をしていた者たちも、姿を消していた。

 人数は、よくわからなかった。数十名か。百名を、超えていたのか。

 半数近くは、恐らく獣人だった。


「と、いうわけだシェルミーネ嬢。この場では、何も起こらなかった」

 アラムは言った。

「王都は、本日も平穏である。それを乱してはいけない」


「……何も、起こらなかった……と」

 シェルミーネは呻いた。

 呻き声が、心の奥底から込み上げて来る。

「…………アイリ・カナンに関しても……何も、起こってはいない……と」


「アイリ・カナンは王宮にいる。平穏に暮らしている。私の妻である、妄言・暴言は御遠慮願いたい」

 アラムは、声を潜めた。


「今は……クラウド・カナン、エミリ・カナン。この両名の身の安全を、最優先で確保しなければならない。力を貸してもらうぞ、シェルミーネ嬢」


「……あの御夫妻のために、ずっと尽力しておられましたのね。アラム王子は」

 この青年が、今は王太子アラム・エアリス・ヴィスケーノなのだ。

 シェルミーネは、そう思い定めるしかなかった。


「貴女の、なさりようが……シェルミーネ嬢よ。結局のところ一番、正しいのかも知れない」

 アラムはなおも、意味不明な事を言っている。


「手っ取り早く、皆殺しにする……貴女がそれをしてくれたおかげで、カナン夫妻に一切、危害が及ばずに済んだ。ともあれ今後の事だが」


「御夫妻を、貴方が保護して下さるなら……と思ってしまいますわ。アラム殿下」

「王宮からは、可能な限り遠ざけたいのだ」

 アラムは言った。


「頼む、シェルミーネ嬢。王都郊外に住まう、とある人物のもとへ……カナン夫妻を、送り届けて欲しい。先方と話はついている」


「さすが人脈がおありですのね。無論お引き受け致しますけれど……この件、ログレム宰相閣下にお力添えいただくわけには参りませんの?」


「信頼が置けぬ」

 切り捨てるように、アラムは即答した。

「今のログレム・ゴルディアックは……信用が、出来ないのだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ