第12話
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かつて『帝国』と呼ばれる巨大国家が存在した。
帝国は滅びた。
その広大な領土を分割する形で、いくつもの王国が現在ある。
ヴィスガルド王国も、その1つだ。
初代国王アルス・ヴィスケーノは、帝国の下位戦士階級……と言うより雑兵に等しい身分から成り上がった人物であったようである。
そんな男が、帝国末期の混乱に乗じて国を作った。
その国は、五百年近く続いている。
雑兵出身の成り上がり者が残した血筋も、五百年続けば、高貴で触れるベからざる王家の血統となる。
滑稽な話だと思わないか、メレス。
成り上がり者の子孫アラム・ヴィスケーノ王子が、そんな事を、かつて言っていた。
血統とは何なのだろうな。
触れてはならない高貴な血筋。触れようとする者、刃向かおうとする者は全て悪逆無道の賊徒であるから、滅ぼして良い。
そういう事にしておけば平和が保たれる、という一面は確かにあるのだろうな……とも、彼は言っていた。
「高貴な血統を否定してはならない、と私は思うよ。アラム」
この場にいない親友に語りかけながら、メレス・ライアットは踏み込んだ。
陰影の兵士たちが多方向から槍を繰り出す、その真っただ中へと向かってだ。
「民は、王に従う。王を力で排除して自身が次の王になる事など、許されない。王となるべき者は、王の血を引く者のみ……それで守られる平和は、確かにある!」
無数の槍先が、豪奢な甲冑のあちこちをかすめる。
軽い衝撃を全身各所に感じながら、メレスは長剣を振るった。
気合いを帯びた刃が、縦横斜めに閃いた。
その閃光が、陰影の兵士たちを叩き斬ってゆく。槍も、鎧兜も、その中身たる闇の塊も、全て一緒くたに両断してゆく。
「民は……しかし王でも何でもない、私のような凡百貴族の言う事は、なかなか聞いてくれない」
メレスは苦笑し、兵士たちの消えゆく破片を蹴散らした。
「私には、だから民衆を安心させるだけの実績が必要だ。君たちには役に立ってもらうぞ!」
正面、左右、斜め前方。様々な方向から突き込まれる槍を切り落とし、それらを持つ兵士たちに斬撃を見舞う。
材質不明の鎧兜が裂け、陰影が血飛沫のように噴出し霧散する。
後方からの敵襲には、対処出来ない。
シェルミーネ・グラークに、一任するしかなかった。
「私どもグラーク家が……貴方に、どうやら厄介なお荷物を丸投げしてしまった事」
光を、メレスは背中で感じた。
光の斬撃が、陰影の兵士たちを薙ぎ払い斬り散らす。それが、背中で感じられる。
「……それだけは、お詫び申し上げますわ。メレス・ライアット侯爵閣下」
「何の、それしきの事」
闘志みなぎる美貌。馬の尾の形に束ねられ、ふわりと弧を描く金髪。
美しく鍛え込まれた肢体から繰り出される、光の斬撃。
シェルミーネの戦う姿を、見る事が出来ない。
自分の背中や後頭部に眼がない事を、メレスは一瞬、呪わしく思った。
「ゲンペスト城には、決して手を触れぬように……引き継ぎの書類には、そのように記されていた」
「私の兄、ネリオ・グラークが書き残したものですわね。それは」
シェルミーネの言葉に合わせ、またしても光の斬撃が閃いたようだ。
陰影の兵士たちが切り刻まれ消滅する様を、メレスは視界の隅に捉えた。
「この城に何が隠されてあるのか……オズワード・グラーク侯爵閣下は、教えては下さらなかった」
言いつつ、メレスは長剣を一閃させた。陰影の兵士を数体まとめて斬り砕き、消滅させた。
自分は自分で、こうしてシェルミーネの背中を守らなければならない。
「……そう言えば貴方、わざわざジルバレスト城まで御足労下さいましたのよね」
メレスと背中を合わせたまま、シェルミーネはぴたりと動きを止めた。
そこは、石造りの回廊ではなかった。
大広間である。
調度品の類は朽ち果て、かつては豪壮であったのだろう雰囲気の名残のみが、幽霊の如く漂っている。
領主の、謁見の間。
戦い、動き回っているうちに、いつの間にか入り込んでいたようだ。
「そう。貴女に直に求婚を、と思いましてね」
メレスは言った。
陰影の兵士たちは、あれだけ斃しても一向に減った様子なく群れている。
「残念ながら、その時は貴女にお会いする事が出来なかった」
「父は、何と?」
「本人と話をせよ、とのみ」
メレスは微笑み、思い返した。
娘を使って、ヴェルジア地方を取り戻す。
オズワード侯爵は、そのような浅はかな政略に飛び付くような甘い人物ではなかった。
「本題の話は、それで終わってしまった。ついでの雑談として私はさりげなく、ゲンペスト城の事を尋ねてみた……すまぬ、とオズワード侯は仰せられた」
「父が……貴方に謝罪を?」
「まだ確証が持てぬゆえ、明らかな事は言えぬ。ともかく、ゲンペスト城には手を触れぬよう、新たな御領主殿にはお願い申し上げる……と」
おかしな気配を、メレスは感じた。
朽ち果てた大広間を満たす、陰影の軍団。
その中に、おかしなものが混ざっている。
陰影の兵士、ではない何かが。
「……なるほど。私の思った通り、ですわね」
シェルミーネが言った。
「ここゲンペスト城に関して、グラーク家は代々、厄介事を先送りにしている……父を問い詰めるよりも、このお城を直に調べ上げた方が早く」
そこで、シェルミーネが息を呑んだ。
陰影の兵士たちを押しのけるようにして、それらがヌルリ、ずるり、と姿を現したところである。
メレスは右手で長剣を構えたまま、左手で口を押さえた。懸命に、嘔吐をこらえた。
それらが、人間であったからだ。
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手足がない。
溢れ出した臓物を蠢かせ、這いずっている。
もはや、それらは屍ですらなかった。
人体の、残骸。
数人分のそれらが集められ固まり、絡み合い融合し、巨大な肉塊を成している。
そして這いずり、進んで来る。
「人間の、成れの果て……ですわね」
シェルミーネは呟き、見回した。
人間の、成れの果て。
何体ものそれらが、シェルミーネとメレスを取り囲む陰影の兵団あちこちで、醜悪な巨体を鎮座させている。
口を、開いていた。
破裂した屍の集合体である肉塊が、ばっくりと縦に裂けている。その裂け目が牙を剥き、舌を躍らせ、そして光を吐く。
人の頭ほどもある光球が無数、吐き出され、あらゆる方向からシェルミーネとメレスに降り注いだ。
細身の剣を右手で休ませたまま、シェルミーネは左手をかざした。
形良い五指と掌から、魔力が解放された。
解放された光が、シェルミーネとメレスを半球状に包み込む。
魔力の、防壁。
そこに、無数の光球が激突する。
光球たちは、ことごとく潰れ散った。
半球形の防壁も、砕け散っていた。光の破片が、剣士2名の周囲をキラキラと舞う。
かざしていた左手を、シェルミーネは振り下ろした。
無数、舞い散る光の破片が、全て飛翔していた。
矢の如く、発射されていた。
鋭利な光の飛翔体たちが、何体もいる屍の塊に突き刺さる。
人体の成れの果て。
哀れなほどに醜悪な、その巨体たちが、光の破片に穿たれて硬直している。
見据えながらシェルミーネは、左手の人差し指と中指を眼前で立てた。
「人間の身体を使って、新しい生き物を作ってみたい……」
呟き、念ずる。
「ねえメレス侯爵、信じられまして? これ……花嫁選びの祭典の出場者、やんごとなき御令嬢のお口から出た言葉ですのよ」
光の破片が、突き刺さったまま膨張した。
膨張したものたちが、屍の塊を内部から灼きつつ破裂、いや爆発する。
人間の醜悪な成れの果てが、ことごとく砕け散り消滅した。
「いるのでしょう? 姿を、お見せなさい」
シェルミーネは、声を投げた。
「アイリさんがいなければ、何も出来なかった子が……アイリさんのいない所で、一体何をなさっているのやら」
「……そうね。アイリが、いなくなっちゃったのよね」
陰影の兵士たちが、ゆらりと道を空けた。
細い、青白い人影が、しずしずと歩み出て来た。
「一体、どこ行っちゃったのかなあ……ねえ? まさか、あんたが知ってるなんて事ないわよねえ」
花嫁選びの祭典も日程が進むと、脱落者が増えてくる。
脱落した令嬢たちは、脱落していない令嬢の周囲に集まり、勝者からのこぼれものを少しでも多く貪ろうと躍起になっていたものだ。
シェルミーネの周囲に集まっていた娘たちは、リアンナ・ラウディースをはじめ、そんな心根の敗北者ばかりであった。
一方。数は少ないものの、アイリ・カナンの周囲にも確かにいたのだ。勝者に望みを託さんとする脱落者たちが。
その筆頭か2番手か、という令嬢が今。陰影の兵士や屍の塊を引き連れて、シェルミーネの眼前に佇んでいる。
青白い美貌が、にっこりと歪んだ。
「祭典の間じゅう、ね……私があんたを、どんな目に遭わせてやりたかったか。アイリが止めるから出来なかった事、アイリのいないここで、してあげてもいいのよ? ねえ、悪役令嬢シェルミーネ・グラーク」
「アイリさんが今の貴女を見たら、どう思うか。少しくらいはお考えなさいな、魔法令嬢ルチア・バルファドール」




