表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/195

第101話

 地水火風。

 今のルチア・バルファドールは、それら全てを操る存在だった。


 滑らかな甲殻をまとう繊手をゆらりと振るうだけで、冷気が巻き起こって吹き荒れ、氷が生じ、鋭利な雹の嵐と化す。


 白銀色の髪と共に揺らめく触角が、雷鳴を立てて放電し、稲妻を放つ。


 優美な背中から広がった光の翅が、炎の鱗粉を撒き散らす。

 外骨格の長靴を履いた美脚が、大地を揺るがす。


 森羅万象に魔力を及ばせる。

 魔法使いの、完成形か。


 そんな事を思いながらシェルミーネ・グラークは、細身の長剣を一閃させた。

 絶大なる魔力で、組成された刃。

 その斬撃が、襲い来る電光を打ち砕く。

 一度、二度。


 不安定な、石の足場で、シェルミーネは斬撃の舞いを披露していた。


 アドランの山林を、地下から破壊しつつ隆起して来た、様々な巨石。

 長らく地中にあった、石材の塊。


 帝国陵墓の、一部であった。

 ルチアの引き起こした地震によって地上に現れ、出来損ないの石舞台と化している。


 その上でシェルミーネは、ひたすらに防御の剣技を繰り出していた。


「貴女は、もう……私が何をしたところで、喜んでも下さらない。身の程知らずに、私を咎める事もない……」

 この場にいない、この世にいない、もはや永遠に失われてしまった相手に、語りかけてみる。

「それを私も……わかっていたはず、ですのにね。アイリさん……」


 なのに自分は、あまりにも愚かしい言葉を、ルチアに投げつけてしまったのだ。

 そんな事をしてもアイリは喜ばない、と。


 いくらか離れた所でも、地下陵墓の一部が隆起し、城壁の如くそびえ立っている。

 その上からルチアは、地水火風の魔法攻撃を投げつけてくる。

 まっすぐに見据え、シェルミーネは言った。


「貴女が怒るのも当然……謝っても許して下さらないでしょうから私、謝りませんわよルチア・バルファドール!」


 長剣を振るい、雹を打ち砕く。

 様々な方向から降り注ぐ、氷の嵐。

 鋭利な氷塊が無数、縦横無尽に飛び交い、シェルミーネを切り刻もうとする。


 同じく縦横無尽の斬撃で、シェルミーネは対処した。


 氷の矢、氷の刃、氷の投槍、とでも言うべき雹を、細身の長剣で片っ端から切り砕く。


 氷の破片が、すぐさま蒸気に変わる。

 熱が、押し寄せて来ていた。


 乱舞する炎の鱗粉が、ことごとく巨大化して火球となり、ぶつかって来る。


 炎熱を物ともせず襲い来る雹の嵐を、斬撃で防ぎ砕きながら、シェルミーネは防御を念じた。


 いくつもの光の盾が、シェルミーネの周囲を浮遊旋回する。

 そこへ火球たちが激突し、砕け散って火の粉に変わる。


 舞い散る火の粉を蹴散らして、雷が来た。


「シェルミーネ・グラーク……あんたが謝るのはね、命乞いの時よ」

 言葉に合わせ、ルチアの触角から電光が迸ったのだ。


「それを聞きながらねぇ、私は! あんたを、ぶち殺す!」

「楽しそう、ですわねっ」


 長剣で、シェルミーネは電撃を受け止めた。

 細身の刀身に、バチバチと音を立てて電光が絡み付いている。


「やっと……捕まえました、わよ。魔法令嬢……貴女の、荒ぶる魔力を」

「あんた……!」


 シェルミーネの周囲では、いくつもの光の盾が、火球と雹を防ぎ砕いている。

 火球は火の粉に、雹は氷の破片に、変わってゆく。

 そして、光の盾に吸い込まれる。


 吸い込まれたものが、シェルミーネの体内で、純然たる魔力に戻りつつあった。


 細身の長剣に絡み付いた電光も、刀身から柄へ、掌から体内へと吸引され、魔力へと戻ってゆく。


 元々はルチアの攻撃魔法であった魔力の嵐が、シェルミーネの中で暴れ続ける。


 右手で剣を保持したまま、シェルミーネは左手をルチアに向けた。

「本当に……荒ぶる、魔力……!」


 無理矢理に微笑みながら、シェルミーネは血を吐いた。

「私の、身体の中を……ズタズタにしながら、荒れ狂う……早急に、お返し致しますわ! こんなものッ!」


 形良い五指に囲まれた掌が、光を放つ。

 轟音を伴う、魔力の輝き。


 体内で荒れ狂うものを、シェルミーネは左手から放出していた。


 左の五指で、爪が剥がれた。

 血飛沫が、光の中で蒸発した。


 並びの綺麗な歯で激痛を噛み殺しながら、シェルミーネは今。左手から、虹の塊にも似た多色の光線を射出している。

 炎とも雷とも氷とも違う。

 純粋な破壊力と化した、魔力の光線。


 それが、ルチアを直撃した。

 否。

 ルチアの眼前に飛び込んで来た何者かを、直撃していた。


「ぐっ……ぁああああ……る、ルチアお嬢様……」

「イルベリオ先生……!」


 イルベリオ・テッドは、持てる全ての魔力で、防御を行っているようであった。

 魔力の防護膜もろとも、しかしイルベリオの細身は、巨大な多色の光線に灼き砕かれてゆく。


 燃え盛る虹の塊が、イルベリオを食い尽くそうとしている、ようにも見えた。


「お、お気をつけなさい。ルチアお嬢様……シェルミーネ・グラークは、敵の魔力を吸収する者。魔法使いの、天敵と言うべき存在……」


 虹色の爆発が、起こった。


「天敵を、討ち滅ぼし……さらなる怪物へと……ヴェノーラ・ゲントリウスをも上回る、魔王へと……進化を遂げられませ……ルチアお嬢様……」


 多色の爆炎の中で、イルベリオの細い身体は灼け砕け、灰すら残らなかった。


 巨石の上で呆然と佇む、ルチアの姿だけが残っている。

「…………先生……」


 外骨格の手甲をまとう細腕で、師匠の屍を抱き上げようとしている。

 跡形もなく失われた、屍を。


「……貴方が、私を……化け物に、作り変えようとしていた。私で、化け物を作る実験をしていた。そんな事……わかっていたわよ、イルベリオ先生……」


 ルチアは、微笑んでいた。

 おぞましいほどに美しい、人外の笑顔が、シェルミーネに向けられる。


「……いいわ。魔王に、なって見せようじゃないの。アイリのいない世界なんて、どうなったって構わない」


 やめなさい、ルチア。

 そう叫ぼうとして、シェルミーネは血を吐いた。

 巨石の上で、倒れていた。


「その景気付けよ。死になさい、悪役令嬢」

 ルチアの触角がバチッ! と帯電し、光の翅が優雅に揺らめく。

「私の力、いくらでも吸収したらいいわ。その身体、砕け散って跡形も無くなるまで……ご馳走、してあげる」


「やめて……」

 弱々しい声。

 ミリエラ・コルベムの小さな姿が、シェルミーネの傍らにあった。


「……もう、おやめ下さい……ルチア嬢……」

 可憐な全身が、土にまみれている。血も滲んでいる。

 あちこちに、擦り傷を負っているようだ。


「……ミリエラ……さん……」

 無理矢理に、シェルミーネは声を発した。

「まさか……よじ登って、来られましたの? それは駄目……」


「……アイリ・カナン王太子妃殿下と、本当は仲良しだったんですね。シェルミーネ様」

 ミリエラは言った。

「花嫁選びの祭典……見ていて、本当は、そうなんじゃないかなって」


「そこを、おどきなさいな。ミリエラ嬢」

 ルチアが、いきなり電光や火球を放つ事はせず、声を投げてくる。


 ミリエラが、言葉を返す。

「ルチア嬢、貴女もアイリ殿下のお友達だったんでしょう? もう、やめて下さい……」


「アイリはねえ、いい奴だったけど、ろくな友達がいなかったって事よ」

 ルチアが苦笑する。

「ろくでなし同士の、殺し合い……貴女みたいに立派な子が、関わるもんじゃないわ」


 光の翅が、ふわりと鱗粉を散らす。


 脅しではない、とシェルミーネは確信した。

 ルチアは、巻き添えを気にかける事なく、シェルミーネを殺す気でいる。


 漂う鱗粉が、全て、火球に変わった。

 シェルミーネは身を起こそうとして失敗し、うつ伏せに倒れて吐血を散らせた。


「シェルミーネ様……!」

 ミリエラが、寄り添って来る。

 癒しの力を行使するつもり、なのだろうが、この傷が治る前に二人とも殺される。


 最後の力を振り絞り、この巨石の上からミリエラを突き落とすべきか。

 誰かが下で抱き止めてくれる事を、期待するしかない。


 そんな思考も、薄れてゆく。

 気が、遠くなった。


 だからシェルミーネは、気付かなかった。


 自分の傍らに、ミリエラがいる。

 それと同じくルチアの傍らにも今、誰かがいる。


 小太りの、不格好な人影。


 城壁の如き石材の塊を、懸命に、這い登ったのであろう。

 土まみれの、血まみれである。

 息を切らせ、今にも死んでしまいそうだ。


 そこへルチアが、冷ややかに声をかける。

「……何やってんのよ、貴方」

「で、出来る事など……ないので、あろうな……」

 息も絶え絶えに、小太りの男は言った。


「……ヴェノーラ・ゲントリウスそのもの、ではないにせよ……そなたはな、あの玄室に眠っていたものを……見事、蘇らせて見せた。私は……約束を、守らねばならぬ……」


 シェルミーネは、またしても気が遠くなった。

 だから、聞こえなかった。


 国王エリオール・シオン・ヴィスケーノが今、ルチアに何かを話している。

 小声である。ミリエラにも、聞こえていないのではないか。


「……………………何…………それ…………」

 ルチアの声が、低い。震えている。

「……そんな……ねえ? 国王陛下…………そんな事のために……」


「わからぬか?」

「…………わかる…………わかる、けど……いや本当に…………わかる…………」

「で、あろう。あやつの思い、わかってやって欲しい」

 ルチアに対し、エリオールは言う。


「無論、許してやれとは言わぬ。この王国を……いよいよ本当に、滅ぼしたくなったであろう? その手始めに……ルチア・バルファドールよ。そなたは、まず私を殺さなければならないはずだ」


 ミリエラとシェルミーネに対しても、エリオールは言っているのだ。

 今のうちに逃げろ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ