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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第100話

●

 ルチア・バルファドールは、幼虫であった。

 毒針を全身に生やした、醜悪にして凶暴な毛虫であった。


 近寄る者、全てを突き刺し、抉り、毒で侵す。

 そんな少女が、あのバルファドール家という環境では育ってしまったのだ。


 凶悪な幼虫が今、蛹の状態を経て、美しき成虫へと羽化を遂げたのか。


「……否、まだです」

 イルベリオ・テッドは、呟いた。

「ルチアお嬢様……まだ、貴女はお強くなられる……」


 脳髄を揺るがすような雷鳴が、轟き渡る。

 心地良かった。


 ルチアの額の辺りから生えた触角が、轟音を発しながら光り輝いている。

 電光だった。


 横向きの落雷とも言える稲妻の嵐が、シェルミーネ・グラークを猛襲する。


 そして、直撃した。

 シェルミーネの眼前に生じて浮かんだ、大型の盾をだ。


 それは、光で出来た大盾であった。

 電光の嵐が、そこに激突し、飛散する。


 その盾の陰から、シェルミーネは飛び出していた。

 踏み込み、魔剣を一閃させる。


 大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの魔力で組成された、細身の長剣。

 光の大盾が、この魔剣より発生している力の一部である事が、イルベリオにはわかった。


 盾を従えた、魔法の剣。

 その斬撃が、空中に閃光の弧を描きつつ、ルチアを強襲し、だが弾けて消えた。


 ルチアの背中から生え広がった、光の翅。

 それがマントの如く揺らめき、黒魔法令嬢のしなやかな裸身を守り包んでいる。


 そこへ魔剣の斬撃が幾度も激突し、ことごとく跳ね返されていた。

 光の鱗粉が、キラキラと散った。


「くっ…………!」

 シェルミーネは、後方に跳びながら魔剣を振るった。


 鱗粉の一粒一粒が、巨大化しながら燃え上がったのだ。

 無数の、火球だった。


 それらが一斉にシェルミーネを襲い、だが魔剣の一閃で薙ぎ払われ、砕け散る。

 火の粉が、大量に舞う。


 それを蹴散らして、冷たく輝くものが飛翔した。


「ね、シェルミーネ・グラーク……やらかして実家に引きこもってた奴が、何だか急に動き出した。どうしてかな、って思っちゃうわよ。それは」


 氷だった。


 黒い甲殻に包まれた繊手を、ルチアはシェルミーネに向けている。

 固く鋭利な五指の周囲で、冷気が生じ、渦巻きながら固まって、巨大な氷塊と化す。


 それが、射出されたのだ。


「アイリがね、あんたを頼ってドルムトへ向かった」


 光の大盾が、シェルミーネの眼前にフワリと回り込んで浮かぶ。

 そこに、氷塊が激突した。


「……ドルムトで一体、何があったのかって話になるワケだけど」


 氷塊は、砕け散った。

 無数の氷の破片が、空中に浮かんだ。


「ねえ悪役令嬢? あんた、自分がアイリを殺した……なぁんて言ってたけど。ま、それは世迷い言であるとして」


 全て、固く鋭利な氷柱であった。

 人体に、刺傷と凍傷を同時に負わせる、飛翔凶器。


「何があったのか、って言ったら…………アイリが、死んだのよね」


 無数の氷柱が、様々な方向から、シェルミーネに向かって降り注ぐ。


「あんた……アイリを、看取ったんじゃないの?」


 光の大盾が、シェルミーネの周囲を飛翔旋回した。

 旋回しながら、分裂していた。


 いくらか小さな光の盾が、無数。

 シェルミーネを取り巻いて浮揚しつつ、氷柱の雨を防いで砕く。


 その防御の中で、シェルミーネは魔剣を振るった。

 斜めに宙を切り裂く、一閃。

 斬撃の弧が、大きく描き出され、射出される。


 三日月が、飛翔する。そんな様だった。


 光の翅、による防御は間に合わなかった。

 ルチアの白い細身に、飛翔する三日月が激突する。


 大量の血飛沫が、空中に咲いた。

 光の翅を広げた人外の裸身が、斜めに叩き斬られて美しい断面を晒す。

 ほぼ、両断されている。


 そう見えた時には、滑らかな断面と断面がぶつかり合い、密着し、癒合していた。


 再生。

 シェルミーネの斬撃など、最初から無かった事になっていた。


 無傷の裸身を堂々と晒しながら、ルチアはなおも言う。

「アイリを殺した奴を、あんたは取り逃がした。だから追っている……もしくは」


 触角が一瞬バチッ! と烈しい放電を起こした。


「アイリを殺した奴を……仕留めたはいいけど、背後関係を聞き出せなかった。だから今、色々と調べて回ってると。こっちじゃないかなって気がする。あんたの動き、この国のお偉い様方に出来るだけ近付こうとしてる、ようにしか見えないのよねえシェルミーネ・グラーク。要するに、黒幕を捜してるって事でしょ?」


「…………私から貴女に言える事。一つだけ、でしてよ。ルチア・バルファドール」

 シェルミーネは言った。


「復讐は……最低限に、とどめておきなさい。人を大勢、殺すなど……国を、滅ぼすなど」


「一人か二人、殺すのは? いいって?」

 ルチアは微笑んだ。


「直接アイリを殺した奴は、もうこの世にいないとして……あんた、そいつの命だけで済ませるつもりがないから、こんな所にいるのよね。で、黒幕を見つけたら、どうするの? とりあえず話でも聞く? 何か政治的な事情があって、アイリが生きてたら大勢の国民の安全が脅かされる、だから殺さなきゃいけなかった……そんな理由を語られたら、そいつを許しちゃうわけ?」


「今……そんな事が、わかるはずありませんわ」

 シェルミーネの口調は、重く暗い。

「……貴女は、許さないのでしょうね」


「当然。そいつはもちろん、アイリが生きてるだけで脅かされる国民、なんて連中も……生かしておく、つもりはないわ」


「……最終的に、だから国を滅ぼすと?」

「さっきからねえ、そういうお話してるんだけど」


「…………そのような事、アイリさんが喜ぶはずありませんわ。私はね、そういうお話をしておりますのよ」


「何、当たり前の事を言っちゃってんのかしらねぇ。この悪役令嬢気取りな脳足りん田舎娘ときた日には」

 ルチアが、白銀色の髪をさらりと掻き上げながら苦笑する。


「アイリが喜んでくれるワケないじゃない? あの子はねえ、もう私が何やらかしたって喜んでくれない、泣いてもくれない、怒ってもくれない。お説教だって、しちゃくれない」

 ルチアは、呆れ果てているのか。


「それとも……ねえ、脳足りんのシェルミーネ。あんた、アイリが喜んでないのを見て確認でも出来るわけ? だったら私も、そこへ連れて行ってよ。私を、アイリに会わせなさいよ」


 否、とイルベリオは思った。

 ルチアは今、怒り狂っている。


「それが出来ないのに……何? アイリは喜んでないとか、得意げに……言っちゃう? この脳足りんは……この、ど腐れ悪役令嬢もどきは……脳足りんどころか、頭の中に脳髄じゃなくて家畜の糞でも詰まってる田舎娘は……」


 一歩、ルチアはシェルミーネに向かって踏み出した。

 軽やかな一歩、に見えた。


「…………死にたい、って事よねぇえ……ッッ!」


 アドラン地方の山林、全体が揺れた。


 地下の帝国陵墓で、またしても何か禍々しいものが覚醒したのか。

 地を突き破り、現れようとしているのか。


 いや。

 禍々しいものは今すでに、地上で覚醒を遂げている。


 ルチアの片足、甲殻のブーツに包まれた美脚が、大地を踏み砕いていた。

 山林のあちこちで地面が破裂し、大量の土が噴出する。


 木々を押しのけて、巨石が出現する。

 地中の、構造物。


 地下の帝国陵墓が一部、迫り上がって来ているのだ。


 陵墓の、天井か、壁や柱か、玄室そのものか。

 ともかく。巨大な石材の塊の上で、シェルミーネは身を起こしていた。

 そして、見上げる。


 少し離れた所では、陵墓のさらに巨大な部分が出現し、城郭の如くそびえ立っていた。


 その頂上で、ルチアは光の翅を広げ、傲然と佇んでいる。


 優美なる人外の裸身からは、魔力の揺らめきが立ち昇って風景を歪ませる。

 白銀色の髪が、風も無いのに揺らめき続ける。


 その美貌は憎悪と憤怒を漲らせ、シェルミーネを睨み据えていた。


「…………魔王……」

 地中より現れた石柱の陰で、呆然と、陶然と、イルベリオは呟いた。

「そうだ、何の事はない。私は…………これを見たかった、だけなのだ……」


 忌まわしきもの。

 この世に、あってはならぬもの。

 一度は、そう思い定めた。


 だが自分は、見つけてしまったのだ。


 魔王の、原材料を。

 この世にあってはならぬ力を、受け継ぐにふさわしい器を。


「ルチア・バルファドール……貴女にさえ、出会わなければ……」

 イルベリオは、涙を流していた。

「ヴェノーラ・ゲントリウスの、黒魔法を……私は、この世に残してしまった……受け継がせて、しまった……」


 自分が、泣いているのか、笑っているのか、イルベリオはわからなくなっていた。


「帝国の滅びが、五百年後の今……再現される…………否! ルチアお嬢様。貴女の力は、まだまだヴェノーラ・ゲントリウスには遠く及びません。これからです。怒りが、憎しみが、貴女を……いずれ、ヴェノーラ陛下を超える災厄へと成長させる……」


 右手に保持したものを、イルベリオは見つめた。

「……このようなもの、ルチアお嬢様には……もはや必要ない」


 闇よりも暗い光の、塊。

 ゲンペスト城にて入手した、怨念の塊である。


「君に、託す事にしましょう」

 背後に控えた巨体に、イルベリオは語りかけていた。


「さして珍しくもなき旧帝国系貴族エンドルム家の、取るに足らぬ怨みの念……人間に植え付けたところで、出来損ないの肉塊にしかなりません。が、君ならば」


 怨念の塊が、イルベリオの掌を離れて浮かび、吸い込まれてゆく。

 魔像ボルグロッケンの、石造りの胸板へと。


「君に、託します」

 もう一度、イルベリオは言った。

「私はもはや、ルチアお嬢様のお役には立てません……魔王を補佐するに、ふさわしい怪物へと進化して下さい」


 語りかけている相手は、ボルグロッケンだけではない。


 シェルミーネの足場となっている巨石。

 その陰で、マローヌ・レネクに抱き上げられている、屍同然あるいは屍となる寸前の、惨めな肉塊。


「君にも……期待を、させてもらいますよ。リオネール君……」

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