第11話:書庫
魔王様と私の望みがほぼ一致している事は分かったが、解決する方法は全く見つからない。
今の私は、見た目は完全に魔族だ。中身が人間だと言った所で、人間も魔族も、魔王様以外は誰も信じないだろう。
だから私が元人間だという事を活用できるのは、人間として生きてきた記憶くらいなのだが……生憎、私はその記憶を活用できるほど、できの良い頭をしていない事は自覚している。
うんうん唸る私を見て、魔王様は忍び笑いを漏らしながらも、すぐに答えの見つかるものではないからあまり根を詰めすぎない様に、というお小言を残し、執務室へと戻っていった。
まだまだ仕事があるのに付き合わせてしまったのだから、と手伝おうとしたが、それはやんわりと断られてしまった。
もしかして前回の時のあれやこれやで迷惑をかけたからかと落ち込んでいたら、その代りに歴代魔王のみが立ち入る事のできると言われている書庫の鍵を貰った。
――とても貴重なものなのでは?
信じられない気持ちで魔王様を見ていたが、ふんわりと微笑むだけで私の手に鍵を残したまま去っていった。
本来なら返すのが正解なのだろうが、書庫を活用して欲しいという魔王様の意思だろうと思い、翌日教えられた書庫へと向かう。場所は魔王城の地下にあり、誰の気配も無い場所にひっそりと、頑丈そうな扉が鎮座していた。
魔王様に借りた鍵を差し込めば、見た目とは反対に容易く扉が開く。誰も居ない事は分かっているが、そっと扉を押し開いて中の様子を伺う。
まず最初に目に飛び込んだのは、書庫であるはずなのに本よりも圧倒的な存在感を放つ床にある大きな穴だった。
魔族となったからか分からないが、人間時代よりも魔力に敏感になった今の私には、その大きな黒い穴から夥しい魔力が流れているのが分かる。
おそらく、これが先程魔王が話していた魔力溜なるものに違いない。
おそるおそる穴に近づく。よく見れば、地面に空いた穴というよりも、魔力によって空間が歪んでできた底無し沼のようなものに感じられる。
真っ黒な穴の底は一切の光を通さない、ただの闇。そこから溢れた魔力は上へ上へと立ち上っていく。おそらく魔王様へと流れているのだろう。だが、その量が尋常ではない。
人間にとっての血液のように、魔族にとって魔力は無くてはならないものだ。だが、それにも限度がある。過ぎたるは猶及ばざるが如しというもので、あまりに過剰な魔力は身を滅ぼす。
だがこれだけの魔力を浴びてなお、平然としていられる所が魔王様が魔王たる所以なのだろう。
とりあえず、下手に触れない様に一定の距離を保ちながら他の場所へと目を移す。魔王の執務室よりかは狭いこの部屋は、面積の半分は魔力溜に飲み込まれ、本はと言えば壁面いっぱいに並んでいる程度である。歴代魔王の秘密の書庫というのだからどれ程のものかと思っていたが、どちらかというと書庫というよりも魔力溜が大きすぎて、そちらの封印の為に魔王以外立ち入り禁止となっているのではないだろうか。
壁面の本棚に歩み寄り、適当に一冊を手に取りパラパラと中身を確認する。いつの時代か分からないが、過去の魔王の手記だった。おそらくこの時代は人間との争いは無かったのだろう、交流や交易についての話が度々出てくる。
私がエレノアとして生まれてからこの方、ずっと争い続けて居たのでいまいちピンとは来ないが、こんな時代もあったのかと息を飲む。もしかしたら、魔王様はこの時代を知っているからこそ、人間との停戦協定を結びたいのかもしれない。
手記を棚に戻し、書棚に並べられた本の背表紙をなぞる。その中に、魔力溜について纏められているらしいもの見つけて手に取り中身を確認する。
――魔力溜は、何の前兆もなくある日突然地下に発生した。
――そして部屋の中で滞った魔力から、魔獣が生まれる。
――魔獣は人間も魔族も見境無しに襲ってきた。
――魔王はその身に魔力溜から溢れた力を受け止める事によって不老不死に近い存在になっている。
――魔力溜から魔王が離れすぎると、魔力が暴走して魔獣が生まれてしまう為、魔王は城から出られない。
――魔力溜の魔力を受け止められる事が、魔王として認められる条件。
魔王様から聞いた事や、聞いていなかった事が書いてあった。魔王様が城から出られない事や、魔力溜の封印が魔王になる条件になる事を私は知らなかったが、魔族に取っては常識だったのかもしれない。
不老不死に近い、という表現は、そんな魔王であっても聖剣には勝てないからだろう。本棚を確認してみたが、聖剣についての本は無かった。おそらく、魔族にとって聖剣は未知の存在なのだろう。
元人間の私に取っては、魔力溜よりかは聖剣についての知識の方があるだろうが……。
聖剣は、その誕生は詳細不明だ。
魔族に取っての魔力溜と同じくして、ある日突然発生した、と言えるだろう。一応絵本や勇者伝記によれば、神から遣わされたとか色々あるが、それを本当に鵜呑みにしているのは幼子ぐらいだろう。
聖剣は使い手を何らかの基準で選び、地面に刺さった聖剣を引き抜けたら勇者である。
王城内から繋がっている森の中に、聖剣がぶっ刺さっている場所があり、成人の儀式としてほとんどの人間が挑戦する……と言う事に表向きはなっているが、基本的には貴族のみが挑戦権を得ている。なんせ、平民は王城内に入る事ができないから。
私も一応貴族の一員だったので、成人した時に挑戦したが、地面と完全に一緒になっているのかと思うぐらいには全く動かなかった。それを勇者は軽々片手で抜き取ったというのだから、聖剣が持ち主を選んでいるというのは間違いないだろう。
だが、抜き取られた後の聖剣は勇者以外が持つことができないのか、と言えばそういう訳でも無い。脳筋馬鹿な騎士が勇者にお願いして触らせてもらっていた事があるが、両手で踏ん張って持ち上がる程度には触れていた。何かしらの魔力で弾かれるという事はないらしい。まぁ、振り回すなんてことは当然不可能なので、実質的にはやはり勇者専用にはなってしまうのだが。
私も触らせてもらったが、触れるだけなら特別な事は何もなかった。ただ、魔力は多少吸われたが。
聖剣が、何故対魔王に対して最終兵器なのかと言えば、その魔力を吸うという特性が大きい。
魔族にとって、魔力は血液だ。無ければ死んでしまう。その魔力を、聖剣は吸い取る。
そして聖剣によって受けた傷は、治癒魔法で治りにくい。
魔力と血液が垂れ流されるのだから、いくら魔力溜で強化された魔王も一溜りもないのだろう。
「魔力が溢れる魔力溜と、魔力を吸い取る聖剣、か……」
私の頭に、一つの考えが浮かぶ。
――魔力溜に聖剣ぶっ刺したらいいんじゃないの?
何者の思惑か知らないが、ある日突然同時期に現れた二つの現象。結び付けない方が可笑しいというものだ。
だが、今ではすっかり魔族になっている私が、勇者に聖剣を貸してくれと言った所で、バッサリ切り捨てられて終わりだ。中身が人間だといっても信じては貰えないだろうし、先日会った時も、勇者達に特段の反応は無かったのだから期待はできない。
「どうしたものか……」
思考の渦に沈み込みかけた所で、空気の読めない腹の虫が鳴いた。誰も居る筈がないのに慌てて周りを見回し、聞かれなかった事に安堵のため息を吐きだす。
とりあえず一人では解決法が見つかりそうにない問題なので、後で魔王様に相談してみようと思いながら、私は書庫を後にした。




