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第10話:真実



 私の頭であれこれ考えたって、最良の答えは見つからない。

 エレノア・ユンカースの記憶を持ちながら、魔族のイザベラ・ベールとして生まれた意味なんて、残念な脳みそで考えたってどうしようもなかったのだ。

 ただ、今の私はそんな残念さに反して、とても強欲な願いを持っている。


 魔族も、人間も、誰も傷つけたくない。仲良く、暮らして欲しい。


 そしてこの考えは、きっと……目の前の魔王も同じなのではないかと、思っている。

 もしも違ったなら――私は、この人に殺されるのかもしれない。それでもいい……という事は無いが、本当は傍で守りたいと思っているけれど、受け入れられなければ、大人しくこの城を出ていく。そして陰から魔族を守ろう。それが、ひいてはこの人を守る事に、繋がるはずだから。




 私は、イザベラ・ベールとして生まれ変わるまでを含めて、全てを魔王に話した。彼は私の話を遮る事も無く、その身から溢れる魔力で私を締め上げる事も無く、ただ静かに話を聞いてくれた。


 全てを話し終え、すっかり冷めた紅茶で喉を潤す。

 涙はいつの間にか引っ込んだ。でもいくら紅茶を流し込んでも、喉の渇きが癒せない。カップをソーサーに戻す手が震えている。


「魔王様。私には、魔族も、人間も、害する事はできません。信じて頂けるかは分かりませんが、貴方を守りたいと思うこの気持ちに、偽りはありません。ですが、勇者が貴方に聖剣を突きつけたとしても、私には勇者を殺して止める事はできない」


 私が勇者パーティーの一員だった頃、誰を守るのか、という基準が明確にあったし、それは勇者以外全員が一致していただろう。

 ――何があっても勇者を守る。

 その一点が決まっていたから、私は躊躇いなく勇者を守って死んだのだ。

 迷いは一瞬の思考停止を生む。その一瞬が命取りになりかねないから、大事な一線を決めた。勇者だけは納得していなかったが、普段は口喧嘩ばかりしていた騎士ともその点にズレはなかった。


 でも、今の私はその一線を決められない。

 魔王も、勇者も、マルコも、騎士も、ヴィタリも、僧侶も、エレノアでありベールである今の私には、誰一人死んで欲しくないのだ。


「私は、どうすればいいのでしょうか」


 残念でズルイ私は、見つけられない答えを、目の前のこの人に求めている。


「私が、私になった意味は、なんなのでしょうか」


 人に答えを求めるなんて、呆れる程の思考停止だ。でも、もう悠長に考えていられる時間は無い。

 勇者は聖剣を手にし、この城を目指して進んでいる。私の腹が決まるまでなんて、待ってはくれない。


 止まった筈の涙が、ポロリと頬を伝う。それを見せたくなくて俯けば、魔王の長い指が頬に添えられる。


「ベール……いや、ユンカースと言った方がいいのかな?」


 その言葉に、思わず顔を上げる。魔王は、いつもと変わらず穏やかに微笑んでいた。


「君は、難しく考えすぎているんじゃないかな?」

「え……」

「生きている意味なんて誰も知らないし、守りたい人が沢山いるのは誰だってそうだろう。私だって、マルコと君の二人が危険な状態で、助けられるのは一人だけだったとしたら……咄嗟には選べないだろうな」


 私の中身が元人間だと知っていて、そう言ってくれる魔王の――魔王様の優しさが、私の涙腺を刺激する。


「君が正直に話してくれたから言うのだけれど、本当はベールの中身が変わったという事は気づいていたんだ。魂の質が変わったからね」

「じゃあ、どうして」

「元人間だという事までは流石に分からなかったし、しばらく様子を見ていようと思って。もちろん、君が魔族に危害を加えれば対処するつもりではいたけれど……それは無駄な心配だった。現に、君は言い難いだろう事を話してくれて、魔族も人間も大事だと言ってくれた」


 そうして本当に嬉しそうに笑う魔王様の姿は、今まで見ていた姿とは違う無邪気な少年の様にも見えて、不覚にも胸が高鳴った。


「でも、君が生まれた意味を考えるなら……君は救世主なのかもしれない」

「え……?」


 笑顔を引っ込めると、魔王様はその濃い青の瞳で私を射抜く。


「私の話を聞いてくれるかい?」

「は、はい。私で良ければ」

「ありがとう」


 そう言うと、カップから紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。



◇◇◇


 長命な魔族にとって、人間との争いの歴史は実はそんなに長くない。三百年くらい昔の話だ。

 前任の魔王が治世していた頃、突然この魔王城の地下に魔力溜が発生した。そしてそこから次々と魔物が溢れ、すぐに各地に散らばっていった。

 当時の魔王はその身に、溢れる魔力を貯める事で魔力溜の暫定的な封印を行う事に成功したが、その間に散らばった魔物が魔族と人間を襲っていた。

 何となくその後の流れは想像がつくかもしれないけれど、なんとか魔物を討伐する事ができた後に、人間は魔族に攻撃をしてきたんだ。魔物を嗾けてきたのだろう、と言ってね。

 魔族は否定したのだけれど、魔力溜の封印の為に城から離れられなかった魔王を人間は信用してくれなかった。かと言って、証拠だからと封印を解除する事もできない。


 人間はいつどこで見つけたのかは分からないが、聖剣を手に入れた。聖剣については君の方が詳しいかもしれないね。

 聖剣は魔力を吸収する。魔族に取って魔力は血液に等しい。そんなもので斬りつけられれば、魔族は生きられない。

 そしてその当時、魔族は聖剣の存在を知らなかった。

 ……人間側とはだいぶ話が違うだろう。この先を信じるか信じないかは、君に任せよう。


 魔族は休戦協定を求めて何度か人間と交渉し続け、そしてこの城にて協定を結ぶという運びになった。人間側は城から動けない魔王の為に、この城に使者が来る事になったが、条件として魔王と二人きりでの会談を要求してきた。

 その結果、魔王は使者としてやってきた人間が持っていた聖剣によって殺され、魔王が死んだことによって魔力溜から飛び出した魔物による混乱の内に、聖剣を所持した男はこの城から去っていった。

 魔王を失った事と魔物による混乱によって魔族はかなり大打撃を受けたが、前任から引き継ぎ魔力溜を封印する事で、何とか落ち着きを取り戻した。


◇◇◇



「しかし、溢れた魔物が人間を襲い、それを人間は魔王の敵討ちと思って……そして今も因縁が続いている、という訳だ」

「私が聞いていた話とは……だいぶ、違います……」

「そうだろうね」


 魔王様は何でもないように頷く。

 だが、この話にはそんな軽く流せるようなものではない相違点がある。


 まず、人間側は最初に仕掛けてきたのは魔族だと思っているが、これは話の流れからして、魔物の襲撃を魔族によるものだと思っている事が原因だろう。しかし問題なのは、襲ってきたのは魔物では無く、魔族だとなっていた。

 次に、過去の魔王を倒したのは勇者"パーティー"だと言い伝えられており、決して一人で倒したなどと言う話ではない。

 魔王討伐の話は子供向けの絵本にもなっているぐらい馴染み深いものだが、私が聞いてきたのは勇者とその仲間達による冒険物語であって、政治的なあれこれとだまし討ちによる結末なんかでは無い。


「人間の寿命は大体六十くらいだろうが、魔族は五百年は生きているからね。昔の話を残すにも、当事者が生きているかどうかでだいぶ変わるだろう」

「この問題はそんな簡単に受け入れられるような誤差ではありません!」


 思わず椅子から立ち上がってしまったが、驚いた表情を浮かべる魔王様を見て咳払いしてから座り直す。


「人間は、自分達の良いように話を歪めています」

「魔物について訂正できず勘違いしているままだから、多少話を自分達寄りに変化させるのは致し方ない部分はあるだろうね」

「魔王様は、諦めが良すぎます。私はこんな理不尽、許せません」


 私がそう言えば、魔王様は何故か笑みを深める。

 怪訝な顔をしていたのか、すまないと一言謝られたが、口元の笑みが隠せていない。


「君が――元々人間だった君がそう言ってくれるのが、嬉しいんだ」

「それは……でも、魔王様が怒らな過ぎなんです」


 なんでこの人は、こんなに割り切れてしまうのだろう。

 先程の話を聞く限り、魔王様は三百年は生きている。その間に悟りでも開いているのだろうか。


「でも、君がそう言ってくれる人で良かった」


 そう言って魔王様が私の頭を撫ぜる。子供扱いされているのだなと、今なら分かった。ベールの肉体の年齢を知らないが、魔王様とは随分離れているのかもしれない。


「ユンカース、私は人間と停戦協定を結びたいんだ」

「その結果がどうなったのか、一つの答えを知っているのにですか?」


 随分刺々しい声が出てしまったが、魔王様は気にしていないのか微笑む。


「私も強欲なんだ」

「……何か、ズルイです」


 少し前に、クッキーを齧りながら言っていたマルコの気持ちが、分かった気がした。



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