オレガノ邸への帰り道にて
その後、一通りの話し合いが終わって、一行はアリアの家に向かう事になった。
ジャルバ団長とモルティ副団長は本部に残ると言い、付き添う自警団員はホートライドだけである。
道すがら村人と普通に挨拶をするキルトランスを見て、イルシュは感心していた。
「マジで普通に村に馴染んでるのな…。」
そして振り返ってアリアを見て再び感心する。
「目って見えなくても普通に歩けるんだな…。」
アリアはレッタと手を繋ぎながら一緒に歩いていた。
「いえ、あの…レッタに手を繋いでもらってる時点で、普通ではないと思いますけど…。」
恥ずかしそうに答えるアリアの言葉を聞いて、イルシュは意外そうな顔をした。
「え?それってお姉さまが繋ぎたくて繋いでるんじゃないの?」
イルシュの言葉にレッタの顔が少し赤くなる。
「な、なに言ってんの…そうに決まってるじゃない。」
全く否定していない。
「じゃ、その気になれば一人でも家に帰れるって事?」
イルシュに下心はない。単純に興味があるだけの疑問だ。
「まあ、時間はかかりますけど、広場から自宅くらいなら歩けないことはないです。実際、初めてキルトランス様とお会いした時は一人で帰りましたしね。」
アリアも微笑みながら返す。彼女の言葉に悪意があるわけでは無い事が分かるからだ。
それを聞いて頭の後ろで手を組んで素直に感心する。
「すごいなあ、人間やれば出来るもんだ。」
とてもキルトランスを監視に来た帝国軍人とは思えない暢気さである。
だがそのいい加減な言葉をアリアは思ったより深刻に聞いていた。
「そうですね…。ですから、私ももっと色々な事が自分で出来るように頑張りたいです。」
予想外の重い返事にイルシュは苦笑いしながら茶化した。
「そのためのメイド服だもんね。」
それでもアリアは大真面目に話す。
「我が家のお客様であるキルトランス様に、私は何もしてあげられないのです…。」
「ですから、練習して少しでもおもてなしっぽい事が出来るようになりたいです。」
そう言って顔をしっかりと前に見据えるアリア。
「だってさ。良かったねぇ。」
首だけ後ろを振り返ってキルトランスの方に話しかけるイルシュ。
「あ?…う、うむ。そうだな。」
突然話を振られて適当な返事をするキルトランス。
「それに私のわがままでキルトランス様に居ていただいているのに、レッタに手間が増えてしまっては申し訳ございませんし。」
自嘲するアリアの手を握りしめてレッタは否定する。
「アリアの世話は私が好きでやってるんだから気にしないで。それにね、キルトランスって実はあんまり手間がかからないんだ。」
自分の話が出て少しレッタの方を見るキルトランス。
「ほら、まず服着てないから洗濯いらないし。」
その言葉を聞いたイルシュが突然振り返ってキルトランスを凝視する。
「うわ…ホントだ…。裸で外歩いている変態がいる…。」
身じろぎをして若干引き気味の表情の彼女に、三者三様の言葉が降りかかる。
「え、いまさら?!」
「もともと着ていませんし…。」
「お前は服を着たドラゴンを見た事があるのか?」
もっともイルシュからしたら、こう言われる事を前提とした悪ふざけなので、予想通りの反応が返ってきてむしろ満足そうである。
「いや、それ以前にドラゴン見たのが生まれて初めてだし!」
そう言って笑うイルシュ。初めて会った時の反応が嘘のようである。
「ただな~、思ってたのと違ってたのが残念だった…。」
「あはは、やっぱりそう思うよね。俺も初めて見た時に少し迷った。」
ホートライドが同意する。
「ふむ…お前の思っていたドラゴンというのは、どういう姿をしていたのだ?」
よもやそこに食いつかれるとは思っていなかったイルシュは、意外そうな顔をしてキルトランスの方を見ると、子供の時に聞いたことのあるお話のドラゴンを思い出そうとしていた。
「うんとね…家よりも大きくて、首が長くて、口から炎吐いて…かな?」
キルトランスは少し残念そうな顔をする。やはりドラゴンニュートはアルビでは有名ではないらしい。
「まあ、確かにそういう種族もドラゴン界にはいる。そいつらの印象がよほど人間に残っているのだろう…。」
「キルトランスも炎を吐けんの?」
イルシュ興味津々といった感じでキルトランスの口元見つめる。
またそれか…とキルトランスは少々億劫に感じた。なにせここ最近でも村人たちに何度も尋ねられたからだ。
そんな彼の気持ちを代弁してか、レッタがイルシュに笑いかける。
「まあ、やっぱりみんなそれは知りたいよね。でも残念ながらキルトランスは炎は出せないよ。」
「えー、なんだよそれ、つまんねえ!」
子供のように文句を言うイルシュ。思ったことを口に出さずにはいられないのだろうか。それに呆れて相手にするのも面倒だ、と言わんばかりの態度を示すキルトランス。
「あ、でも魔術はすごいよ?」
キルトランスの面目躍如のためかどうかは分からないが、レッタが少し自慢げに言葉を付け足す。
すると意外な事にイルシュは特に驚いた様子もなく「へー、そうなんだ。」と流した。
「まあ、さっき魔術使って水を飲んでたから(あ~魔術は使うんだな)って思ってたし。」
ドラゴンが目の前に現れてあれだけ大騒ぎしたせいか、魔術程度では驚かなくなったのであろうか。
だがイルシュは予想外の言葉でレッタ達を驚かせた。
「それに魔術なんか私だって使えるしな。」
レッタとホートライドの歩みが止まる。アリアも慌ててレッタの腕にしがみついた。
キルトランスも三人が止まったのを見て立ち止まった。
(そういえばタタカナルの者は魔術に慣れていなかったな。やはり珍しいのか…。)
だが二人の驚き方が新鮮だったので、キルトランスも興味深く聞いてみることにした。
「すごい…アタシ、魔術使いって久しぶりに会うかも…。」
レッタの言葉にイルシュが振り返ると、腰に手を当てて胸を反らして自慢げに言う。
「チッチッチッ、私をそんな低級と同じにしてもらっちゃ困るな!」
その言葉で今度はホートライドがさらに驚く。
「も、もしかしてイルシュさんって魔術師なんですか…?!」
魔術師とは軍に所属する魔術使いの名称である。
戦場での魔力戦を主体とした部隊で、もちろん市井の一般マジシャンとの実力は雲泥の差である。
詳細は『第17部分 閑話休題 ~魔術に関して1~』をご参考いただきたい。
ホートライドの言葉にイルシュは慌てて訂正をする。
「え?あ、いや、ほら、私は諜報課だし。」
「あ、そうですよね…。」
どうやらホートライドはレッタの一件以来魔術に興味が出たらしく、イルティの言葉に少し残念がった。
ところがその態度が彼女の虚栄心をくすぐる。
「でも魔術は魔術師級だし、戦闘でも強いし!」
もちろん嘘である。
彼女の軍学校時代の魔術の成績は「C」であった。要は「普通」という意味である。
ただ魔術が発動出来るのは事実であるから、彼女が先ほど言った『それに魔術なんか私だって使えるしな』という話が嘘ではない事だけは信じてよい。
そして、この見栄のおかげで後で恥をかくことになるのは、彼女の自業自得である。
「ま、まあ後で見せるから、とりあえず行こうか!」
そう言って歩き出すイルシュをレッタが言葉で引き止める。
「あ、ごめんイルシュ。アリアの家ここ。」




