「めいど」誕生
「キルトランスは少しそこで待ちなさい。」
風呂屋から戻ると、アリアとレッタは二人で彼女の部屋に入っていった。
一人で応接室のソファーで座るキルトランス。その背中は少し寂しそうでもあった。
陽は未だ高く、応接室の窓から柔らかな日差しを投げかけ、部屋に濃い影を落としていた。
どのくらい経ったであろうか、二人の少女が部屋に戻ってきた。
レッタが扉を開けると
「じゃーん!!見なさいキルトランス!」
と謎の自信満々な笑みでアリアを迎え入れる。
すると廊下からアリアが少し恥ずかしそうに部屋の中に入ってきた。
彼女の服は先ほどまでのそれとは変わって、黒と白であった。
キルトランスの知識ではただの白黒服になってしまうので説明をすると、アリアは少しだけ藍の混じった黒のワンピースに白のエプロンをしている。
「あ、あの…私、今どんな服を着てるのでしょうか?」
恥ずかしそうに尋ねるアリア。なんと彼女自身も何を着せられているのか分からずにレッタの思うがままに遊ばれていたのだ。
「ええと…白と黒の服を着ているな。」
見た目通りの感想を言うキルトランス。そして慌てて
「か、かわいいと思うぞ。」
と付け加えた。先日、服を変えたアリアに対して無反応だった事をレッタに叱られた事を思い出したからだ。その努力の甲斐があってか、レッタは満足そうであった。
「でしょ?かわいいよね、アリアは。まあ、なに着てもかわいいんだけどさ。」
|(それならば服を変えるたびに感想を言う必要はないのではないのか?)とキルトランスは思ったが黙っている事にした。言ったら恐らくレッタが怒るからだ。
「白と黒…よく分かりません。」
困惑するアリア。それもそのはず、彼女は色が分からないのだから。
そんな困惑する二人を楽しむようにレッタは誇らしそうに宣言する。
「それはね…メイドさんの服なのです!」
「…?」
「…?…あ!」
ちなみに前者がキルトランスで後者がアリアの反応である。
「もしかして…私のために?」
「もちろん!!」
嬉しそうに尋ねるアリアと答えるレッタ。そして意味が分かっていないキルトランス。
「ほら、この前、アリアがキルトランスの世話をしたいって言ってたでしょ?」
「…ああ、そう言えばそうだったな。」
可哀想な人を見る目で解説を始めるレッタ。
「で、お世話と言えばメイドさん。」
「…そうなのか?」
「そうなのです。」
それが世界の常識なのだと言わんばかりの説明をされても、異世界のキルトランスにはさっぱり分からない。そこでレッタはメイドが何者なのかを説明した。
アリアはしげしげと服を触りながら人生初のメイド服を嬉しそうに堪能していた。
「今までやり慣れていない事をするわけだから、当然失敗もつきものでしょ?」
「そうですね、たぶん最初は二人にご迷惑をかけっぱなしになると思います…。」
苦笑しながらも彼女の意思は固い。
「だから、汚れてもいい服を作ったの。」
さも当然のように言うレッタにアリアは驚く。
「もしかして、そのためにわざわざ作ってくれたの?!」
「もちろん。」
笑顔で親指を立てて断言するレッタ。
「いやあ、だって家に捕まってる時に暇だったからさぁ。」
そう言って頭をかいて笑うレッタ。
彼女はさも当たり前のように言っているが、実は二日で服を一着仕上げるというのはかなりの裁縫技術が必要だ。そのことに二人は気が付いてはいないが。
むしろレッタは家事全般において非凡なる才能を持っていた。
容姿美麗にして才長けて家事万能ともなれば、村の男たちがこぞって求婚をしてもおかしくはない。ただ、いかんせん彼女の目がアリアにしか向いていないのが惜しまれるが、やはりレッタにはそんな事はどうでもいい。
なぜならこれらの家事は全てレッタの世話をするために磨いたものだからなのだ。
「だがエアリアーナが私の世話をするのを嫌がっていたではないか。」
「イヤに決まってるじゃない。」
ふと思い出した素朴な疑問に悪びれずに断言するレッタ。ここまではっきりと言われるといっそ気分がいい。
「でも、アリアがしたい事をさせてあげられないのもイヤなのよ。」
感極まって抱きついて頭を擦りつけるアリアの頭を撫でながら、レッタは優しい目で呟く。どのような経緯があって、レッタがこれほどまでにアリアに献身的なのかがキルトランスには分かるはずもない。それでも二人が互いになければならない存在だと言うことは分かった。
「ありがとう。レッタ、大好き!」
「アタシも大好き!」
そう言って互いに抱擁する少女たちを無言で見守るキルトランス。その無言は単にどうしたらいいものかを思案しているだけなのだが。
そしてアリアを抱きながら、ふと遠い目をするレッタ。
「…まあ単に、失敗するたびに毎回服を洗うアタシが大変だから、って理由もあるんだけどね…。」
キルトランスとしては一番納得できる理由であった。
アリアは苦笑しながら「いつもありがとう。」と言うのが精いっぱいであった。
ようやく二人が落ち着いてソファに座った時にキルトランスがポツリと呟いた。
「汚れるのが嫌ならば、最初から服を着なければいいのではないのか?」
そのドラゴンならではの簡素な疑問に、人間の少女は信じられないと言う反応をする。
「…え…?」
「はぁ?!バカじゃないの?!アリアに裸でいろって言うの?!そんな『恥ずかしいこと』出来るわけないじゃない!!」
頬を赤らめてまくし立てるレッタ。
「ちょ、ちょっとレッタ、言いすぎです!」
一瞬ポカンとしたアリアだったが、慌ててレッタを諌めようとする。
そしてその予想外の剣幕にキルトランスがきょとんとする。
「…恥ずかしい…?」
その声は心底理解が出来ないという様子で、それが結果的にレッタを冷静にさせた。
「そっか…キルトランスはずっと裸だもんね…。」
その言葉を聞いてアリアは少し頬を染めた。自分が昨夜キルトランスと一緒に寝た時に、彼が裸だったと自覚してしまったからだ。
「もしや、人間は恥ずかしいからという理由で服を着ているのか?」
キルトランスの言葉は本気であった。
「てっきり、体を守るために着ているのだと思っていたが…。」
少なくともドラゴン界で服を着ている種族はいないし、他世界で服を着ている種族はその脆弱な体を守るために着ているからだ。そのために強靭な肉体を持っている種族は、服と言う文化が無い場合が多い。
キルトランスはずっとこの魔世界の常識の中で考えていたのだ。
だがレッタは瞬時に彼の思考に寄り添った。この冷静さ柔軟さも彼女の魅力である。
「いや、もちろん体を守るためにも着るんだけどね。夏の太陽、冬の寒さ、ちょっとした怪我とかから守るためにさ。」
そう言いながらアリアの手を取る。
「特にアリアは転んだり、ちょっとぶつけたりする事も多いから、体を守るために服を着なきゃだ。」
「もう…!昔みたいに転んだり手をぶつけたりしなくなったもん…。」
少しふくれっ面で抗議するアリアを優しく撫でるレッタ。
「たぶん、人間が大昔に服を着た理由はそれだったのかもね。人間はキルトランスみたいに強くないし。」
「では、人間もキルトランス様みたいに強かったら服を着なかったのでしょうか?」
そうアリアが問うとレッタは少し考え込む。
「どうだろうね?やっぱり恥ずかしいから着たんじゃないかな?」
彼女はそう言って笑った。
羞恥とは、自分が所属する集団での「正常」から外れた場合に生まれる。
そんな状態であっても、それがその集団の正常であるのなら、そこに羞恥は生まれない。キルトランスはドラゴン界で生まれ育ったが故に裸に抵抗がないのだ。
そして精神的・経験的には未だ「アルビ」という集団に属していないために、彼は自分が裸である事に違和感を感じていないのだ。
人間は恥ずかしいから服を着たのではなく、服を着た事によって恥ずかしさを感じるようになったのであろう。
その後も服について三人は話し合ったが、長年の文化の溝はそうそう簡単に埋まるものではなかった。それでも少女二人はキルトランスの感覚を納得はしてくれたし、彼も人間の理由は理解はできた。
その歩み寄りが最も大切な交流であり、キルトランスが見聞を広めるためにアルビに来た収穫であろう。
一頻り話した後にレッタは何気なく言った。
「じゃ、そのうちキルトランスにも服を作ってあげる。…本当に暇で死にそうで困った時にだけど。」
アリアはそれに喜び、キルトランスは特に興味なさそうに返事をした。
気が付けば外は少しずつ夕焼け色に染まり始めていた。
その日からアリアはキルトランスの世話をするために、少しずつ色々な練習を始める事となる。
それは険しい道のりではあったが、今までされるがままだった彼女の人生において、自分から何かをするという歓びを得られる新しい人生の始まりであった。




