宴の灯りと夜の風
歓声を上げて二匹のガットユールの元へ駆けつけたジャルバ団長と自警団はその予想外の光景に絶句した。
地域でも最強の部類に入る魔獣は、二匹とも首を落とされて絶命していた。
辺りは血の海になっており、その匂いに団員たちは顔をしかめた。
恐る恐る覗き込んだその切り口は鋭利であり、巨大な鎌で刈られたようであった。
あの時、あのドラゴンは何をしたのだろうか?
誰の目から見ても指二本で宙を斬っただけにしか見えなかった。
たったそれだけにも関わらず、あの距離から、魔獣の首を、斬り落としたのだ。
「…強い…いや、強いなんてもんじゃねえ…。」
乾いたジャルバ・ミランドールの声が漏れる。
「恐ろしい魔物ですね。さすが伝説に語り継がれるドラゴン族と言ったところでしょうか…。」
冷静なモルティ・ダラゴが呟く。
「団長…。」
ホートライドがかすれた声で話しかけると、ジャルバは振り向いた。
「あの時、魔力を封印してもらって良かったですね。」
それはアリアの家でキルトランスとホートライドが模擬戦をした時の事だ。
「そ、そうだな。魔力を封印してもらって手も足も出なかったのに、魔力なんて使われた日には…ただの虐殺だ。」
乾いた笑いが二人から漏れる。
「でも…よ!」
団長らしくジャルバは空元気を振り絞って団員たちに呼びかけた。
「こんな出鱈目に強い奴がオレ達の味方になってくれるなんて最高に頼もしいじゃねーか!!」
その言葉に団員たちの表情が明るくなった。
再び歓声が上がると、団員たちは手を取り合って喜んだ。
ジャルバ団長は一つの危惧をしていた。せっかく友好的な雰囲気でなんとか村に馴染めそうな方向に進み始めた矢先に、再び恐怖に支配されたら元の木阿弥になってしまう。だからこそ驚きの方向性を変えたかった。
そう、彼は味方なのだと印象付けたかったのだ。
だが副団長のモルティはいつも通りの顔で(やれやれ、見事な人心掌握術です。私にはとても真似できそうもない。)とその真意を見抜いていた。
その後、自警団は大忙しであった。
ガットユールの死体をみんなの力で村へ運び込み解体したからである。
その巨体二匹を運ぶのは自警団だけでも骨が折れ、村人の男たちも駆り出されての大仕事になったからだ。
魔獣は魔力を持っているだけで基本はやはり獣なので、仕留めたあかつきには肉は各家庭にふるまわれ、その皮や骨に至るまで残らず有効に利用する。
特に骨と皮は強度にすぐれ、村の設備のいたるところに有効活用される。
肉に関しては少し硬いし牛ほどの美味ではないのだが、それでも贅沢は言えない田舎なので味付けに工夫をしながら食べたり保存したりと重宝する。
そして広場では喜びの酒宴が行われる。解体された肉はそこでも振る舞われ、村人は新鮮な肉を食べることが出来るのだ。
夕暮れ近くになると、自警団は広場でかがり火をおこして宴の用意を始めて、団員たちは村中を走り回って宴の開催を告げた。
村人たちは最初は恐る恐る家から出てきたが、広場にいくとその豪勢な様子に湧きたち喜ぶのであった。
キルトランスの来訪からずっと死に絶えたように静かだった村に、再び活気が戻ってきたのだ。
村人たちは宴の中で、キルトランスの活躍を自警団から聞かされた。先日自警団の者たちが「あのドラゴンは安全だから普通に家から出ても大丈夫だ」と言って回った時にはいまいち信じられていなかった言葉も、このように村の宿敵とも言えるガットユールを成敗してくれた事で信じる者も増えた。
キルトランスの初仕事は一気に村人たちとの距離を詰めることに一役買ったのであった。
「アリア、キルトランス。肉の差し入れに来たよ。」
ランプ片手のホートライドが門から入ってきた。。
左手には大皿からこぼれんばかりの肉が積まれていた。たき火で焼かれた肉からは香ばしい香りが漂ってくる。
宴の主役になるはずのキルトランスは、オレガノ邸の玄関に座っていた。
その隣にはアリアが寄り添って座っている。
日が沈んだ空には広場のかがり火の色が見え、立役者が不在の宴は盛り上がり、村人たちの大騒ぎの声も風にのって運ばれている。
「やっぱり参加はしないんだね。」
そう言ってホートライドはキルトランスの前に来ると、皿を彼の隣に置いた。
あの後、自警団たちが北の櫓に戻るとキルトランスとアリアの姿は見えなかった。
ホートライドが「たぶん家に戻っているんでしょう。」と言って探しに来るとはたして二人は家にいた。
これから大仕事になるという事と、宴があるから参加してくれと頼むとキルトランスは静かに断った。
だが色々話をしながら宴の内容を話しているうちに、キルトランスの気分は少しは晴れてきた。
あの二匹の魔獣は村人に有効活用されると知れば、自分した行為も無駄ではないと分かったからだ。
ドラゴンは自分が生きるために他の動物の命を喰う。そして人間も同じであった。
襲ってくる敵を殺すのは生きるために必要な行為だからそこに何の感傷も無い。しかしあの魔獣は戦う意思をなくして戻っていったところをキルトランスに命を絶たれたのだ。
もっとも魔世界ではそんな些末な事を気にする者は少数派であったが、キルトランスは嫌とまではいかないが複雑な気分になるのだ。
しかしそれでも、自分の殺した動物の肉が、他の人間の糧となって役に立つのであれば、その命は無為にはならない。沈んでいた気分も少しは戻るだろう。
そしてアリアは魔獣の襲撃以来、ずっと言葉少なであった。
家に戻って来てもあまり話をせず、ただでさえ寡黙なキルトランスとあわせほとんど会話の無い時間が続いた。
しかしずっとキルトランスと共にいたのだ。
「アリア。そう言えば、広場でレッタのお父さんに会ったよ。」
何も言わずに座っている二人に耐えられなかったのか、ホートライドが話題を変えた。
黙っていたアリアがようやく恐る恐る口を開いた。
「まだ…怒っていらっしゃいますか?」
ホートライドは苦笑で答えた。
「うーん、そうだな…。でもキルトランスの事は分かってもらえそうだったし、アリアの事も別にそんなに怒ってないみたいだった。」
「だからさ、明日になったらみんなでレッタの家に行って、許してもらえるように説得しにいってみないか?」
彼の声色を聞く限り、そんなに絶望的な状況ではないらしい。
アリアもようやく少し笑顔になって答えた。
「そうですね、お父さんお母さんにご心配をかけさせた事、私もお詫びしたかったのです。」
キルトランスは話を聞きながら(あれはレッタが勝手に行動して怒られただけなのではないのか?)とは思ったが黙っていた。それよりも、隣の皿から立ち昇る香ばしい湯気が気になったからだ。
話をする二人をよそに、キルトランスは皿からこぶし大の肉の塊をつまみあげると口に放りこんだ。飲み物と違いやはり肉は食べやすい。
その大口にホートライドは驚き、アリアは笑った。
人間には堅いと評される肉も彼にとっては程よい柔らかさであった。
中から溢れ出る血と肉汁は、彼が思った以上の美味であった。それは人間の工夫である塩と香辛料の塗り込みであったり、肉を叩いて繊維を柔らかくしたりする努力の賜物ではあるのだが、キルトランスには分からない。ただその味だけは分かった。
肉を焼いて食べるのはドラゴン界にもあったが、やはりアルビの肉は一味違うと感心した。料理については人間から習って一族の者に教えても良いかもしれないな、肉塊を咀嚼しながらキルトランスは考えた。
「じゃ、明日の昼くらいには来るからな。」
そう言っておやすみの挨拶をするとホートライドは広場に戻っていった。
残された二人が押し黙ると、再び夕暮れの風とそれに乗って聞こえてくる村人の声と料理の香りに包まれた。
そしてどのくらいの沈黙が二人を包んでいたであろうか、アリアのくしゃみをきっかけに二人は家の中に戻っていった。
タタカナルは春とはいえ、夜は少々冷えるのだ。




