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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第三章】ドラゴンと少女と村の人々
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北の山の果実園亭にて

 家々の連なる大通りを歩いてキルトランス達は広場の南にある本部に向かった。

 この南への道は「魚街道」と呼ばれ、一日ほど歩くと海沿いの漁村「マナラベ」に辿りつく。この村で食べられている海産物の多くはマナラベとの交易で得ているものだ。

 見れば魚の絵が描いてある看板の家が散見され、ここが魚街道と呼ばれている由縁も一目でわかるものだが、キルトランスには当然意味は分からずただ何か絵が描いてあるとしか思ってはいない。

 広場から北へ向かう道は「(くろがね)街道」と呼ばれ、平均標高千四百メートルの南ラクメヴィア山脈の(ふもと)の街「ノナ」へと続く。

 ノナは南ラクメヴィア山脈中腹の鉱山から取れる鉄鉱石を中心とした鉱物資源と山の幸を交易資源としており、金属製品と食料をタタカナルにもたらす。

 そしてタタカナルは東のハパナルド河がもたらす肥沃な土による農耕・牧畜が盛んであり、「ノナ」「タタカナル」「マナラベ」の交易の要となっている。

 しかし東の大都市ドーンと国境の防衛都市ミナレパの主たる交易ルートからは外れているために、都で流行の高級品やエンチャントを主に扱う大型隊商が通る事はあまり無く、交易の中心はあくまでも生活必需品レベルである。


 広場から魚街道をしばらく歩いたところに「北の山の果実園亭」はあった。

 なぜここの店がタタカナル自警団の本部と呼ばれているのかと言うと、この店の先代の店長がタタカナル自警団の前副団長で、元々の稼業であった酒場に大量の団員が居座っていたためにいつのまにか事実上の本部になってしまったのだ。

 正式な本部は一応村の北西、村長の家の近くにあることはあるのだが、たいして大きくもない家のために団員が全員集まるには少々狭く、今は事務仕事のためにモルティがたまに行く程度の家になってしまっている。


 酒場の入口に立つ門番がジャルバ団長一行を見つけると、やはり一瞬キルトランスを見てぎょっとはしたが、すぐに店の中に向かって何かを叫んだ。

 すると店の中からどよめきが聞こえた。

 「今から自警団の連中にキルトランス殿を紹介するから、まあ仲良くやってくれよ。」

 そう言ってキルトランスに笑いかけると、キルトランスも少々面倒くさそうにうなずいた。もともと人口の少ないドラゴン界にいたキルトランスは人ごみが苦手であり、大人数に囲まれると疲れるのだ。

 ホートライドがアリアの様子を見ると、彼女もあまり浮かない顔をしている。彼女もまた人ごみが得意ではない。彼女は眼が見えないぶん聴覚・嗅覚・触覚に頼って周囲を感知している。そのためにあまりに多数に囲まれると情報量が多すぎて混乱してしまうのだ。

 また自警団の本部内は椅子や机などが多く、彼女一人で歩くことは難しい。過去に何度か本部にレッタと来たことはあるが、彼女は基本的に店には入らず入口で待っている事が多かった。

 「アリア、大丈夫。俺が付いてあげるから、入口のテーブルで待とう。」

 そう小さく耳打ちすると、アリアは小さくお礼を言った。こういう気遣いが出来るのはレッタとホートライドだけなのだ。


 酒場の入口に着くと、気の早い数人の団員が出していた顔を引っ込めて慌てて中に戻った。

 「ジャルバ団長、モルティ副団長、戻られました!」

 門番がわざとらしく直立不動で声を張って報告すると店の中から喝采が湧く。

 「おう、お前ら戻ったぞ!」

 そう言って入口の扉の前に仁王立ちになる。

 店の中を見回すと、ほぼ満席で三十人ほどの自警団員が好奇心に満ちた目でこちらを見ていた。実際にはこの倍の団員数なのだが、彼らは村の四方に建てられた物見櫓(ものみやぐら)で監視の仕事をしているためにここにはいない。

 ジャルバ団長はキルトランスを連れてくる事を事前に言っていたので、それを見たがった団員たちが詰めかけたのである。

 故に今現在村の中には自警団がほとんどおらず警備が手薄になっているのは問題と言えば問題なのだが、そこは田舎独特のゆるさであろう。どのみち村人はほとんど家に隠れて外には出ていないのだ。

 「もったいつけてないで、とっとと入ってください。」

 淡々と話しながらジャルバ団長の脇を通り抜けてモルティ副団長が店に入る。

 「なんだよ、つまらんヤツだな…。」

 文句を言いながらも続いて店の中に一歩踏み入れる。

 「こちらが例のドラゴン、キルトランス殿だ!」

 声高に宣言して手を入口に向けると、キルトランスの隣にいたホートライドが「入ってください。」と苦笑しながら(うなが)す。

 どうしたものかと困ったキルトランスではあるが、言われたとおりに団長の後を追って酒場の入口に入った。

 入口ギリギリの体の大きなキルトランスが見えると酒場がどよめいた。角がぶつからないように少しだけ身と翼を畳んで酒場に入ると彼の眼下に大勢の自警団員が見えた。

 中に入るとキルトランスはその強烈な匂いに困惑した。嗅いだことのない料理の匂い、慣れない酒の匂い、そして煙草の匂いだ。

 酒は魔世界に無い事はない。ただドラゴン界ではほとんどなく、それを好むドラゴンも寡聞にして知らない。そして煙草に至ってはキルトランスは見た事も聞いたこともなかった。草を焼いた匂いだという事はなんとなく分かったが、この場所で草を燃やしている理由はよく分からなかった。

 ちなみにアルビでは酒は日常的な飲料であり、生水がそのまま飲めない土地では重要な保存飲料として老若男女問わず飲まれている。

 タタカナルは幸い水には恵まれており、沸騰させれば飲める水であったためにお茶の愛飲者も多く、アリアの家ではお茶を飲むのが普通であった。

 突然の匂いに困惑したキルトランスではあったが、あまり狼狽(うろた)えるのは良くないと思い平静を装った。

 そしてどうすればよいのかと考える前にジャルバ団長が「こっちに来てくれ。」と手招きした。

 ジャルバ団長が店の奥に進むと、団員たちが潮が引くように道をあけ一本の通路が出来た。キルトランスが黙ってそこを付いて行こうとすると、巨躯の彼を避けるようにさらに道が広がった。椅子を動かす音が酒場に響く。

 そのまま一番奥のテーブルにつくと、ジャルバは上座の席にキルトランスを案内した。ここからは酒場の全貌を見ることができ、誰からでもキルトランスが見える席であった。

 振り返り酒場を見渡すと、その人の多さに改めてげんなりするキルトランスではあったが態度には出さなかった。

 見れば酒場の入口のカウンターにアリアとホートライドが立っていた。団員から守るように壁際にアリアを立たせて、ホートライドがその隣に立っている。

 基本的に女性客が入る事が少ない酒場では女が入るとそれだけで好奇の目を引くものだが、今は全員がキルトランスに釘付けになっているために誰もアリアが店に入った事に気が付いていなかった。


 全員が椅子を戻し少し落ち着いたのを見計らって、ジャルバ団長が手を挙げると酒場が一瞬にして静寂になった。キルトランスはなるほどなかなかの統率力だと感心した。

 「諸君。彼がこのたび我がタタカナル自警団に協力を申し出てくれたキルトランス殿だ。」

 演説めいた言い方で彼を紹介すると、酒場は割れんばかりの拍手で満たされた。

 (ああ…アリアの家に帰って静かに時間を過ごしたい…。)

 その時キルトランスは心の底からそう思った。それでも紹介されるとキルトランスは一応自己紹介をする事にした。

 「え~…。」

 ジャルバ団長が再び手を挙げると団員たちが静かになる。静かになったらなったで、妙に緊張するのでそのままでも良かったと思ったキルトランスだった。

 「私の名はキルトランス。ドラゴンニュート族の者だ。」

 当たり障りのない自己紹介をすると、それだけで酒場は大喝采となった。

 そもそもドラゴンが喋るのを始めて聴くし、普通に言葉を喋るだけでも彼らにとっては驚きなのだ。

 もちろん自警団員も事前情報で普通に話す事が出来る魔族だとは聞いていたが、実際に話している所を聞くと感慨もひとしおなのだろう。

 「すげー!」

 「喋ったあああ!!」

 などの歓声があちらこちらで聞こえると、キルトランスはなんだか自分が見世物になったようで気分が悪かったが、なにせ初めて見るのだろうから致し方ない。

 ちらりとアリアを見ると、彼女も微笑みながら小さく手を叩いているのが分かり、それで少しキルトランスの心も落ち着いた。

 歓声が少し収まるとジャルバ団長は再び言葉を続ける。

 「彼は他の魔族とは違い、人間に危害を加えない。」

 おおお~…と団員たちがどよめく。

 (そちらから手を出さない限りはな…。)と内心付け加えるキルトランス。

 「そして強い!!」

 こぶしを振り上げ力強く宣言する。

 (人間と比べられても困るが…)どんなに強いと言っても世界最強な訳ではない。あまり期待をされると困るのだが…と内心困り果てるキルトランスであった。

 「その彼が、これからタタカナル自警団の一員として我々を助けてくれることになった。」

 「え?!」

 思わず素になってジャルバの方を向く。

 団員になるだなんて一言も聞いてないし言ってもいない。なんだか面倒くさそうな集団に勝手に入れられるなんてまっぴらごめんなのだ。

 喝采に湧く酒場でジャルバは少しキルトランスの方に向いて小声で「今だけ話を合わせてくれ。」と目配せした。

 やれやれ。大した男だとは思っていたが、どうやら口でもなかなかの策士のようで、話にうまく乗せられた感は否めないが、今は話を合わせておいた方が良さそうだ。

 アリアを見ると、彼女も「え…。」と言った感じの顔で不安そうだ。

 「それでは、キルトランス殿から一言。」

 手を挙げ一同を静めると、ジャルバ団長は話をキルトランスに渡した。

 もともとあまり話すのが得意ではないキルトランスは人前で話すのも苦手なのだ。ドラゴン界にいる時だって、一族の集まりで何かを話す事は極力避けていた。

 それでもここは一応ドラゴンニュートの代表として舐められるわけにもいくまいと思い、気合いを入れることにした。

 ふと先日、オレガノ邸の庭先でホートライドの仕組んだ茶番に乗った事を思い出すと、自然と口が動き出した。


 「ここにいるジャルバ団長の要請で自警団とやらの手伝いをする事になった。」

 微妙にジャルバの発言を修正するキルトランス。一同は静粛に聞いている。ジャルバは内心(さすがドラゴン。ちゃっかりしてやがる。)と笑った。

 「私に出来る事があれば、多少力は貸してやろう。」

 少しだけもったいつけて言うと一息溜める。

 「ただ、私の魔力は強大過ぎるが故に、使いどころは考えてもらわないとな。」

 少しだけ(にら)みを利かせて凄んでみる。個人的には力の誇示が嫌いなのは我慢することにした。

 「先日の魔力を知っている者もいるかもしれないが…。」

 そう言葉を続けると団員たちに緊張が走る。

 知っているも何も、あのキルトランスが生み出した火球の爆発による轟音は村中に響き渡り、ここにいる全ての者が驚いたのだ。

 そこでフッと力を抜いてキルトランスは言葉を続ける。

 「しかし…私は基本的には人間の生活を見てみたいがために、この村に来た。」

 おお~と言う声が広がる。

 「だから村の一員として生活する中で、自警団員の手伝いをするようにするから、お前たちも私を普通の村人と同じように接してくれることを望む。」

 キルトランスが言い終わると、再び喝采が飛び交う。そこには「ようこそ!」「歓迎するぜ!」などの好意的な言葉ばかりなのが救いであった。

 ジャルバ団長は少しキルトランスに添うと笑いながら「上手いこと言ったな。」と耳打ちした。「便利屋のように使われてたまるか」と言わんばかりにフン、と鼻で返すキルトランス。

 ジャルバ団長は両腕を広げると高らかに宣言した。

 「それでは、新しく加わった村人の歓迎を祝して、乾杯といこうじゃないか!!」

 ここで団員とは言わずに村人と言ったのはジャルバの多少の譲歩を意味していた。

 団員たちが一斉に立ち上がり拳を突き上げて呼応する。それと同時に女給と店主が一斉に動き始める。

 グラスを両手に器用に持ち、テーブルの間をどこにもぶつからずに運ぶ女たち。素早い手元で次々とグラスに色々な飲み物を注いでゆく店主。

 その様子はまるで手練(てだ)れの暗殺者のようであった。日頃の訓練の賜物(たまもの)なのだろうと少し感心しながら見ていたキルトランスは内心で、あの者たちの方がホートライドよりも強いのではないのか?と笑った。

 キルトランスは知らなかったが、酒場の店主は現役を引退したとはいえ元自警団副団長なのだ。その所作に淀みなく、流麗(りゅうれい)な手さばきは剣の達人のそれであった。


 ほどなくして全員の手元に酒が整った。

 それを片手で高々と掲げるジャルバ団長とモルティ副団長。

 その二人の様子を見て真似しようとしたキルトランスだが、グラスの取っ手が小さくて指を通すことが出来ない。

 仕方ないので、グラスをそのまま持つとその手の大きさに、驚きと笑いが生まれた。


 「それでは、新しき仲間に…乾杯!!」


 「「「乾杯!!」」」


 男たちの店が震えんばかりの号令と共に宴が始まった。

 その声は近隣に響き渡り、タタカナルの日常が戻ってきたことを村人たちに予感させ安心させたのだった。

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