私が村長です。
一行は広場を抜け、すぐ奥にある村長の家の前に向かった。
村長の家はオレガノ邸と同じくらいの大きさで、高めの生け垣に囲まれていた。その門の前には一人の自警団員が警備のために立っている。
年の頃はホートライドと同じくらいであろうか、その若い自警団員はジャルバ団長が見えると背筋を伸ばし気合いを入れたが、すぐ後ろに見えたキルトランスを見て思わず後ずさった。
それでも持ち場から逃げなかったのは彼の自警団の誇りか、それともその後に続いたモルティ副団長とホートライドが見えた安心感からか。
「お疲れ。」
そう言ってジャルバ団長が軽い敬礼をすると、その団員は背筋を伸ばし敬礼を返す。モルティ副団長も敬礼で返し、ホートライドはしっかりと敬礼をして返す。やはりこう見ると常に団長と共に行動をしていたように見えたホートライドも、やはり組織の中では若手なのだというのが見て取ることが出来る。
キルトランスはそのやりとりを見ながら内心では(これは私も真似をした方が良いのだろうか…?)と考えていたが、四人の軽快な所作を見てるうちにタイミングを逃してしまい、結局はやれずじまいであった。
「村長さんはいるかい?」
「はっ!村長様は在宅中であります!」
団長が問うと、団員は元気よく返事をした。形式上はしっかりとしたやりとりに見えたが、その団員の目はずっとキルトランスに釘付けである。その視線は恐怖と興味が入り混じったものであった。
ジャルバは団員の肩をポンポンと叩いてから門をくぐり玄関に向かって歩き始めた。その後に続く一行。アリアは少しだけ会釈して「ありがとうございます。」と言った。
一行が彼の横を通り過ぎると、団員は振り返ってそれを見送った。彼の口から「すげえ…本当にドラゴンかよ…。」と小さな呟きが漏れた。
玄関に立つとジャルバ団長は扉をノックして少し大きな声で言った。
「村長様。自警団団長ジャルバ・ミランドールです。ドラゴンの件で参りました。」
そしてそのまましばらく待つ。キルトランスたちは団長に言われたとおりに階段の前で待機していた。
さして待たずに玄関の扉が少し開いて、中から老婆が顔を出した。村長の奥さんである。彼女はジャルバを見て何か口を開きかけたその時、ぎょっとして目を見開き謎の声を出した。キルトランスを見つけたからである。
しばらく固まっていた老婆にジャルバ団長は苦笑しながら
「先日村長様にお話しした件で、ドラゴンが挨拶に来てると伝えてくださいませんか?」
と柔らかく言うと、我に返って「あ、ああ。」とだけ返事をしてすぐに首をひっこめた。少々乱暴に扉を閉めると、あたりは再び静まり返った。
ジャルバは振り返ると肩をすくめてみせた。その行為の意味はキルトランスには伝わらなかったが、それでも何かを言いたいのだろうとは汲み取れた。
「キルトランスさん、気を悪くしないでください。村人みんなが慣れるまでは、しばらくはああいう反応もたくさんされるだろうし…。」
ホートライドが申し訳なさそうに口添えをする。
「ああ、別に気にしてはいない。」
キルトランスはさらりと返す。先ほどアリアの家からここに来る間も、人の姿はいくつも見たが、そのほとんどが逃げるように隠れたところを見てきたからだ。今さら手厚く歓迎してくれるだなんて甘い考えは毛頭ないし、別にそれを望んでもいなかった。
ホートライドはふと傍らに立つアリアに目を落とした。
やはり彼女の表情は暗い。彼は(今、気にかけるべきはキルトランスよりもアリアかもな…)と思って少しだけ彼女の前に出た。
その時、玄関がゆっくりと開き一人の男性が顔を出した。
「どうも。おはよう。」
キルトランスはその声色に少しだけ落胆した。てっきり村長だと言うのだから、威厳のある人間が出てくるのだと勝手に思い込んでいた。それこそドラゴンニュート族の長老のような。
小太りの初老の男性は玄関から一歩前に出ると後ろ手に玄関を締めた。
「私が村長です。」
そう言うと少し胸を張った。だがその様子も威厳とはかけ離れたものであった。
彼の予想外の行動にジャルバ団長もあわてて一歩引いて村長に前を譲った。ジャルバはてっきり村長の家の中に入って挨拶をして話をしたりすると思ったからだ。今、扉を閉めたということは家に入れる気はないという意味であろうか。
そして村長はおもむろに視線をキルトランスに移すと口を開いた。
「キミがこの前、村に来たドラゴンだね?」
そう言って値踏みをするような目つきでキルトランスの全身を見回した。
「ああ。名はキルトランスと言う。」
そう言いながらも微動だにしないキルトランス。どうやら先ほど習った人間の挨拶の仕方はすっかり忘れているようだ。とは言っても、なにせ数百年やってこなかった習慣が一朝一夕に身に付くものでもない。
「そうなんだ。そこのジャルバ君とモルティ君から話は聞いているよ。」
その様子を見ながらモルティ副団長は思った。先ほどから村長も名乗る気もなければ、握手を求める気もなさそうだ。先日村長と話した時から歓迎の意思はなさそうだったが、ここまであからさまにするのもどうなのだろうか、と思いはしたが口には出さなかった。
「キミ、この村に住みたいんだってね?」
「ああ。しばらく人間の生活を見てみたいと思っている。」
「オレガノ邸…そこのアリアちゃんの家に住むんだって聞いたけどそうなの?」
そう言いながら村長はじろりとアリアの方を見た。彼女はホートライドの陰に隠れ、半分ほどしか見えなかった。
彼女は村長が玄関から出てきた時からずっと俯いていて、今も村長の方を向いてはいない。
「ああ、彼女が住まわせてくれると言ったのでな。」
本来はアリアが応えるべき質問をキルトランスが答えた。それに少々不満そうな村長はアリアの方に視線を残しながらも顔だけはキルトランスの方を向いた。
「ま、オレガノ邸ならいいけどね。」
そう小声で言うと改めてキルトランスの方に向き直った。そして改めて後ろで手を組むと、少し偉そうな感じで話し始めた。
「私はタタカナルの村長としてキルトランスだっけ?キミにしばらくの間ここに住む許可を出そうと思ってる。」
そう言って見下すようにキルトランスを一瞥すると話を続ける。
「村の人間に危害を加えない事。迷惑をかけない事。それさえ守ってくれれば私はいいよ。」
彼の一見友好的なようで微妙に尊大な態度にキルトランスも少々辟易しているようだが、それでも曲がりなりにも「村長」という立場の人間を相手にしているのだから、受け答えはしっかりとすした。これがもしキルトランスではなく別のドラゴンニュートだったなら、この直後にタタカナルの村は半壊していてもおかしくはなかっただろう。
「…村人から私を襲ってこない限りは危害を加えないと約束しよう。」
平静を装って淡々と返事をするキルトランス。しかしその少々反抗的とも受け取れる言葉が気に障ったのか少し眉間にシワを寄せて肯いた。
「あとジャルバくんから聞いているが、自警団の仕事を手伝ってくれるそうだね。」
「ああ、出来る手助けはしようと思っている。」
実は彼自身も気が付いていないが、彼の尻尾の先端がピクピクと動いていた。これはドラゴンが気が立っている時の癖だ。表面的には取り繕っているつもりだが、こういう細かい部分はなかなか制御できないものだ。
もっともこの場にドラゴンの生態に精通している者がいなかったために、誰にもバレていないのが救いではあるのだが。
「頑張ってね。という訳で、キルトランス君の処遇は基本的にはジャルバ君に任せるからよろしく。」
そう言うと村長は踵を返して玄関を開けると家の中に戻ってしまった。
しばらく呆気にとられた感じで固まっていた一行は、ハッと気が付いたように門の方に戻り始めた。門をくぐるまでの短い間だったが、一行は終始無言であった。
門を出るとジャルバ団長は頭をかきながら呆れたように話し始めた。
「ま、まあそういう事で村長にも挨拶できたし許可も出たって事で、一応今からキルトランス殿は正式にこの村にいてもいい事になったわけだ。」
その声に喜色はいまいち感じられない。それはそうであろう、あんなおざなりな対応をされて素直に喜べるはずもない。
「…これからよろしく。」
小さくため息をついてキルトランスは一行に向かって言う。
エアリアーナは張りつめた息をようやくゆっくり吐いて深呼吸をすると、笑顔になってキルトランスに話しかけた。
「キルトランス様。これからもよろしくお願いいたしますね!」
彼女の笑顔を見てようやく気を取り直したのか、キルトランスの「ああ…よろしく。」という言葉にも精気が戻ってきた。
広場に戻る道すがらこのような事を話していた。
「オレも長い事村長は知ってるが、どうもイマイチ掴めない性格してるんだよなあ。」
とジャルバが言うと、モルティが
「性格は私もよく知りませんが、少なくとも村長としてはしっかり仕事はしているとは思います。」
と情報を付け加える。
一行はああだこうだと話しながら広場を通り抜けたが、結局は「よく分からない」という雰囲気を共有しただけであった。
アリアは終始無言であったが、その胸の内、キルトランスには分かる気がした。
そしてジャルバ団長はその足で通称「自警団本部」、正式名称「北の山の果実園亭」に向かい始めた。




