神経質な男と無神経な龍
盲目の少女エアリアーナ・オレガノと、ドラゴンニュートの若者キルトランスの二人は、朝食を食べていた。
それはホートライドが昨日の晩御飯の差し入れと、一緒に気を利かせて持ってきてくれた朝食の分であった。
「また来たな。」
彼女の家の門が開かれた音を聴きつけたキルトランスが、アリアに話しかける。その声は心なしか楽しそうであった。
「いよいよ外に出られますね。」
そう微笑む彼女もまた声の喜色が隠せない。
二人は玄関に向かうと、ジャルバとホートライドが扉を叩くよりも前に扉を開けた。
「よう。おはよう。なんだ?もう外に出たくてたまんないか?」
そう言って玄関の石段の前で止まったジャルバ団長と、優しく笑うホートライド。そしてキルトランスはホートライドの後ろにいる、初めて見かける男に気が付いた。
「その人間は?」
キルトランスが問うと、ジャルバ団長とホートライドは彼を紹介するべく体をよけた。
その銀髪にして、ホートライドよりもいくぶん痩身に見える男は、軽装ながら防具を身に着けていた。見ればジャルバもホートライドも帯剣のみで、防具は着ていなかった。それだけでも彼の気持ちのありようが分かるものだ。
「はじめまして。私はタタカナル村自警団副団長のモルティ・ダラゴと申します。」
少々堅いが抜けのいい声でモルティは自己紹介をすると、一歩進んで手を差し伸べた。
握手する習慣のないキルトランスは、意味が分からずにしばらく考えた。しかしジャルバに助け船を求める事となる。
「ジャルバよ。この場合はどうしたら良いのだ?」
ジャルバ団長もはじめは何の事か分かりかねた様子だったが、ふと思い当たって笑いながら言った。
「そういや、挨拶とかも知らなかったようだな。これがアルビでの初対面の挨拶の礼儀ってやつだよ。」
「名前を言って右手を出して握る。で、左手をそれに添える。」
実演を交えながら説明するジャルバを見てから、キルトランスは見よう見まねでモルティに手を出してみた。
「私はキルトランスだ。」
そして手を握ろうとして男たちは驚いた。もちろん一目見て大きいと分かる彼の手であったが、握手をしようとすると、指がかけられないほどに広い手であったからだ。それでもモルティは左手を添え挟むようにして手を振った。
「こりゃいい。どうせだからオレも握手してみたい。まだしたことなかったな。」
子供のような瞳のジャルバ団長が、オレもオレもと手を出して握手を求める。そしてその手の大きさに感動していた。ホートライドもそれに続く。
キルトランスはなんとなく流されながらも、なるほど人間は初対面の挨拶にこういうことをするのか、と思っていた。
「人間の礼儀は分かったが、これにはどんな意味があるのだ?」
ホートライドと握手をしながら、キルトランスはふと疑問を呈した。すると不思議な事に三人の男は固まった。
「…そういや、なんでだ?」
「さあ…みんなするのが当然だと思ってたから…。」
ジャルバ団長とホートライドが顔を見合わせる。するとモルティ副団長が話し出す。
「挨拶の握手は古来より、武器を持っていないという証明のために、両手を相手に預けたのが始まりと言われています。」
キルトランスも含めて、みんながなるほどと言った感嘆を示した。
しかしキルトランスは内心では、理由も分からずに「みんながやっているから」というだけで習慣化してしまう人間を見て、(それはどうなのだろうな…)とは思った。
しかしもちろん、魔世界にだって謎の風習は無くはないので、そこは似ている点なのかもしれない。
初めは理由があって始まった行為も、風習になってしまうほどの時間が経てば、理由は風化してしまうものだ。
「敵意を持っていないと証明するためのものですが…。」
モルティは少し間を置くと、キルトランスの方を鋭い目で見据えて言葉を続けた。
「私は少なくともキルトランスさん。あなたをまだ信用してはいません。」
ため息をつくホートライドと笑うジャルバ団長。しかしその嫌味を意に介さぬのか、そもそも嫌味だとは気づいていないのかキルトランスは平然と答えた。
「その通りだな。初対面なのにいきなり信用しろと言う方が無茶だ。これからお互いに信用に足るかは見極めればいい。」
そしてキルトランスは自警団と握手をした自分の手を見ながら呟いた。
「しかし…武器を持っていなくても魔力を使えば攻撃は出来るし、そもそも魔術の得意な相手だったら手を握った方が危ないのではないか?」
これは皮肉でもなんでもない思い付きで言ったつもりだが、モルティには意趣返し感じたらしく少々険のある顔をした。
だがやはり、そんな彼を気にもしていないキルトランスはそのまま話を続けた。
「呪いの類は触った相手に有効なものもあるし…。」
「ええ、私もその話は聞いた事があります。なんでも魔術師達は絶対に握手をしないとか何とか。」
そう言いながらも少し気になったのか、モルティは自分の先ほど握った手を見つめた。見た感じ変わったところはないし、体調もおかしくはない。
しかしモルティ含めてここにいる誰も呪いを受けた事はないので、どう判断したらいいのか迷っている。
その様子を見てキルトランスは「安心しろ。先ほどの握手に魔力は込めていない。初対面で敵意のない相手にそんな事をするわけないだろう。」と言って少し鼻で笑った。
するとからかわれたと思ったモルティの顔が赤くなった。
「はっはっはっ、これはキルトランス殿の方が一枚上手だな。」
団長に肩を叩かれ憮然とした表情のモルティ。
「ま、モルティはこんな奴だが悪い奴じゃない。これからよろしく頼むよ。」
そう言ってモルティの頭に手を置いて頭を下げさせようとするが、意地でも首を動かさない副団長。なかなかの偏屈な青年である。
「信用できるかどうかは、これからえーっと…モルスァ?」
「モルティ。モルティ・ダラゴだ。」
相変わらず名前を覚えるのが苦手なキルトランスに、そうとは知らないモルティは少々呆れた様子だった。
「モルティ自身で判断していってくれればいい。私も無理に信用しろとは言わない。」
そう言うとキルトランスは門へ向かって歩きはじめた。その様子を見てジャルバ団長たちも続く。
「じゃ、出かけるとしますか。キルトランス殿も早く村を見て回りたいだろうからな。」
ジャルバ団長がキルトランスの前に立った。そしてモルティ副団長はキルトランスの右後ろに着いた。
アリアも杖を片手に、キルトランスの方に歩こうとしたらホートライドが彼女の肩に手を添えた。
「あ、ホートライドさん、ありがとうございます。」
そう言うと彼女もホートライドと共にキルトランスの左後ろに着く。一行は門を目指して歩き始めた。一番遅いアリアに合わせてゆっくりと。




