霧のような悪意
食事を終えて四人分のお茶をホートライドが煎れていると、ジャルバが改まって口を開いた。
「こっからが今日の本題なんだけどよ…。」
キルトランスは眼だけ向けて、アリアはかしこまって姿勢を正してジャルバの方を向いた。
ジャルバ団長はキルトランスの方を向いて話し始めた。
「一応今日で約束の三日が過ぎる。その間おとなしくしていてくれて助かった。」
そう言って軽く頭を下げた。
「こっちの報告としちゃ、結構いい感じで話は進んでる。」
そう笑顔で言うとキルトランスも嬉しそうに鼻を鳴らした。アリアの表情も明るくなった。
「意外な事に村長があっさり折れてくれてな。オレも意外だったが。」
お茶を注ぎながら肯くホートライド。アリアも意外そうな顔をした。
どうやら三人とも意外と感じるような人格の様だ。
「自警団の方も一応みんな納得してくれて、キルトランス殿の自警団協力も今のところ反論はあんまり無い。」
それを聞いてキルトランスは少し目を細めながら「うむ。」と答えた。実を言うと、そんな話があった事をすっかり忘れていただけなのだが。
「だから予定通り明日の朝からは村に出てもいいぜ。」
アリアが喜びの声を上げる。
「キルトランス様、良かったですね!これでやっと村をお見せできます。」
その笑顔は心の底からのもので、花が咲いたように可憐であった。思わず目が留まったホートライドであったが、恥ずかしそうに少し目を逸らした。
「ま、でも今日一日は最後の辛抱をしてくれ。俺たちもまだ話をしてない村人もいるからな。そっちは今日中に片付けるつもりだ。」
「分かった。なにドラゴンは気の長い種族だ。一日くらい気がつけば過ぎていてもおかしくは無い。」
キルトランスも少し嬉しいのか、珍しく軽口を叩いた。それを笑い返すジャルバ団長だったが、ふと真面目な顔に戻った。
「で、明日から屋敷から出るのは大丈夫になったって言った手前、本当に申し訳ないんだが…。」
首をかしげるアリア。
「しばらくは家から出る時は自警団の誰かを必ず連れて歩くようにしてくれ。」
そう言って再び頭を下げたジャルバ。続いてホートライドも頭を下げてキルトランスに願い出た。
元来、謝意や懇願に頭を下げる文化の無い世界にいたキルトランスは、当初人間が頭を下げる意味がよく分からなかったが、ここ数日でなんとなく意味合いが分かってきた。
「これはオレの独断で決めた案だが、一応村長や副団長の同意は得ている。」
言葉を続けるジャルバの顔は真剣そのものだ。
「キルトランス殿が数日大人しくオレガノ邸に居てくれたのは助かった。でもまだ村人でお前さんを怖がっている人はたくさんいる。」
「だから、村人がいつも通りに安心するくらいの間は、一応自警団の誰かが付いて少しは安心させてやりたいんだ。」
キルトランスはその言葉を聞いて納得した。なるほどその通りである。
ここ数日家の中で大人しくしていたが、それを見ていない村人からすれば「暴れるモンスターではない」という確証は持てるかもしれないが、それが「安全な龍だ」という安心にはつながらないのだろう。
「なるほど、分かった。いいだろう。」
キルトランスは静かにうなずいた。
「私もその方がいいと思います。」
聞いていたアリアも同意した。
「すまん。次から次へと不自由な注文ばかりして。」
そう言って頭をかくジャルバ団長。
「だが基本的にはオレかホートライド。もしくは副団長…モルティって言う奴なんだが、そいつは今度紹介するとして、この中の誰かにしようとは思っているが、もしダメだったら門の前で警備している自警団の奴に声をかけたら同行するように伝えてはおく。」
キルトランスが承諾すると、ジャルバはようやく肩の荷を下ろしたように気を抜いた。
「悪いな。オレも一応自警団の団長として、村の連中を安心させるってのも仕事のうちなのよ。」
そう言って笑った。キルトランスもそれに理解を示した。
そんな男たちの様子を伺いながら、少し手をあげてアリアがおずおずと尋ねた。
「あの…私はキルトランス様と一緒に歩いてもよろしいのでしょうか?」
その意外な質問に面食らったジャルバであったが、
「ああ、オレはいいんじゃね?と思うが…ホートライド、どうよ?」
と急に彼に話題を振った。
「え?ええっ?!…う~ん、俺も特に問題はないと思いますよ…?」
ホートライドは少し考え込んだが、腕を組んだ姿勢のまま答えた。
「じゃ、いいんじゃないのか。」
そう言って笑うジャルバ団長。
「どうせアリアちゃんがキルトランス殿と一緒にいるのは、もう村中が知ってるんだし。」
「そ、そうなんですか?」
少し慌てるアリア。まさか自分の事がそんな村中に知れ渡っているとは思いもよらなかったからだ。
「おう。戒厳令出してたのに、噂話ってのはモンスター以上に防ぎようがねえ。特におばちゃん連中はな。その日の夜には村全員が知っていたぜ。」
とはいえ大して大きくもない村なのだから、噂が広がるのに時間はかからないのは当たり前だ。
しかしジャルバが豪快に笑う陰に、少しだけ寂しそうな表情が混じっていたのだが、それに気が付く者はここにはいなかった。そしてホートライドも複雑な表情をしていた。
戒厳令に村を走り回っていた時、村人に村長の決定を伝達する時、ジャルバは村人の言葉から色々な言葉を聞いた。
もちろん、ドラゴンに連れ去られたというエアリアーナを心配する声が多かったのだが、中には自業自得だと罵る村人も少なからずいたのは事実なのだ。
しかも理由は眼が見えない悪魔の娘だからや、彼女の母親の出身であるガヴィーター帝国の卑しい血が混じったからなどという、中傷甚だしいただの罵詈雑言だ。
だがこの時代のアルビではそれが一般的な先天性障碍者への認識であり、それが差別だとも誰も思っていなかった。
もちろんジャルバもホートライドもその一般常識で生まれ育った男ではあるのだが、持ち前の正義感がどうしてもそれらの常識に違和感を覚えさせていた。
この少女がどんな悪い事をしたというのだ。悪魔かどうかなんて接してみれば分かるだろう。知りもしないのに迫害するな、という感情が彼の中で渦巻いていたが、それを口にすることは無くその場は流していた。
もっともホートライドはアリアに近しい人として知られていたために、彼にそこまで悪しざまな言葉を吐く者がいなかったのはもしかしたら幸いだったのかもしれない。
もちろんエアリアーナ自身、村人のその考えは薄々気が付いていたし、少なからずその悪意を受けた事もあった。しかしそれでも村内で過激化しなかったのは、一重にオレガノ家の力とレッタの努力が陰ながらあった。
霧の向こうで燻っていた偏見が今回の「ドラゴン襲来」によって刺激されたに過ぎない。
そんな雑念を振り払うように頭を振ってジャルバはアリアに笑いかけた。
「ま、気にしないで一緒にいればいいんじゃねえの?いざとなりゃ、キルトランス殿もオレ達もいるからよ。」
そんな彼らの気持ちには気づかずに、アリアは嬉しそうに微笑んだ。
キルトランスはその笑顔を見ながら、これから始まるであろう家の外の世界を楽しみにしていた。
その日は何事もなく終わり、二人は再び共に眠りについた。昨日よりはスムーズに。
そしてキルトランスの新しい生活が始まる。
これにてキルトランスの軟禁生活三日間が終わり、話は村へと移ります。
第二章でメイドを出すつもりだったのですが、未だに出てこられません。
それはたぶんレッタのせいです。




