エアリアーナの決意
三人は再び穏やかな応接室で座っている。
先ほど三人で、キルトランスの部屋と決まった一階奥の部屋に足を運び、中の様子を確かめた所であった。
そこは元々来客用の客間であったが、使われなくなって久しく、手入れもされていなかったために中には埃がたまり、ベッドの準備も全くされていなかった。
中の様子が見えないアリアであっても、その空気の淀んだ「すえた」臭いと、埃には気が付いたために急遽大掃除となった。
レッタが埃をはたき軽く乾拭きをして、現在は窓と扉を開け放って数年ぶりの換気中となっている。
キルトランスとしてはこの対応は非常に助かった。
ドラゴンの世界は基本的に高温多湿である。故に埃とは無縁な環境であり、生物的に乾燥や埃が苦手なのだ。
「そういえば、キルトランスってどうやって寝るの?」
ふと思いついたようにレッタが尋ねる。
「どうと聞かれても…どう説明すれば…。」
キルトランスは少々思案したが、仕方なく実演する事にした。
床にうずくまり体を丸くしてその姿勢をとった。
「こうだ。」
「あーそっか。背中に翼があるから仰向けには寝られないのか。大変だねぇ。」
アリアは寝ているキルトランスを撫でて様子を確認している。
「なんか…猫さんみたいです。」
そう言いながら微笑むアリア。
「いやいや、そんな可愛いもんじゃないでしょ。」
と言って笑うレッタ。少女二人にいいようにされて複雑な顔のキルトランス。
「でもそれだったらベッドはいらないんじゃ?」
「いや、ドラゴンの世界でも基本的には自分専用の寝る場所は作るものだ。」
アリアが手を引いたのを確認して、キルトランスはゆっくりと起き上る。
「木の枝や草を下に大量に敷いて柔らかくして、その上に寝るのが普通だな。」
そう言って再び椅子に座る三人。
「そっか。じゃ、やっぱ欲しいか。」
このように寝る方法一つにしても、人間とドラゴンとは異なるのだ。
これから生活するにあたって、どれだけの文化の相違を埋めなければならないのかは想像もつかない。
とりあえずは、昼食の素材を買って持ってくるであろうホートライドを待ちながら、三人はこれからの生活の決まり事を話し合った。
とは言ってもキルトランスが守る内容がほとんどで、基本的には二人の生活スタイルに合わせる、という内容がほとんどであった。
なにせ実質アリアの生活のほとんどはレッタの介助あってのものなので、単にレッタの負担が増えただけになってしまうからだ。
そこでレッタの提案で、キルトランスも徐々に色々と覚えて、出来る事は手伝う事になった。
「居候なんだからやれる事くらい手伝いなさいよ。」
というレッタの言葉にキルトランスも素直に同意した。
そもそも人間を見下してはいないキルトランスであったし、新しい事を覚えるのも嫌いではないのだ。
どうせなら色々と覚えてみるのもいい暇つぶしにはなると思い、手伝いには同意をした。
話が進むにつれて、二人の少女とキルトランスの間にあった種族に対する、先入観や偏見はかなり融和していった。
彼は人間となんら変わらない思考を持ち、ちゃんと話せば通じるし、対等な提案であれば普通に受け入れられる。なんなら分からず屋の人間よりもよっぽど楽だ、とレッタは思った。
「ねえレッタ。」
ふとアリアが口を開く。二人はアリアの方を見る。
「私にも出来る事はないかしら?」
「え?」
突然の申し出にキョトンとするレッタ。
「なんだかレッタにばかり、迷惑をかけてるような気がして…。」
「そ、そんな事ないよ?アリアと一緒に居るの楽しいし!」
なんだかアリアがレッタに迷惑をかけているように捉えられてしまったのだろうか。
だがアリアがそう思い至ったのも致し方ない事なのかもしれない。
生活の細かい部分の話をした事によって、彼女がどれだけ普段の生活の中でレッタに依存していたのかを再認識させてしまったのだ。
ましてやそこに、客人から居候という立場に変わったキルトランスが、自分でやれる事は自分でやる方向に話が進めば、盲目という事情があるにしろ、世話になりっぱなしのアリアが引け目に感じても当然だった。
「私…すごくレッタに甘えてた気がするの。」
「ええええ?!そんな事ないよ?もっと甘えていいんだよ?!アタシぜんぜん負担じゃないし!」
なぜか異常に慌てふためくレッタ。
「ありがとうレッタ。でも、そういう意味じゃなくて…もっと色々自分で出来るようになれば、楽しい事が増えるような気がするの。」
それを聞いて萎れるレッタ。
「それにどう頑張ったって、私が全部自分の事を自分で出来るようになるわけないじゃない。」
少し自嘲気味に笑うアリア。それを黙って肯くレッタ。
「だからこれからも、やっぱりレッタにはお世話にならないと生きていけないわ。」
「大丈夫!アタシもアリアがいないと生きていけないから!」
この少女何を言っているのだろう。レッタはアリアの手を握り力強く見つめる。
「それでも、やっぱり自分で出来る事が多くなりたいの。」
アリアの声からははっきりとした意志が伝わる。レッタは無言で首を振りまくる。
「それにキルトランス様は私のお客様ですもの。何か一つくらいは私がしてあげる事がありたいわ。」
「え、うん。…まあ…そうかもねぇ…。」
アリアの膝に崩れ落ちるレッタ。
「でもキルトランスのために頑張るって…なんか複雑…。」
アリアのスカートに顔をうずめたまま小声でつぶやくレッタ。
その時、キルトランスとアリアが同時に振り向いて窓の外を見た。
見ると、ホートライドが両手に荷物をさげて門の入口に立っていた。隣にはジャルバ団長もいる。
どうやらレッタに言われたとおりに昼食の準備を持ってきたようだ。




