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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女と慌ただしい最初の日
15/149

ドラゴンの伝説

 「本当は怖かったです…とても…怖かったです。」

 彼女の肩が震える。あの時の事を思い出したのであろう。

 私は黙って聴くことにした。


 「でも本当に怖かったのは、たぶん周囲の狂騒でした…。」

 「突然みんなが叫びだして、ドラゴ…キルトランス様が襲っ…来たって。」

 別にそこまで言葉に気をつかう必要はないのだが…。まあその辺は追々言っていこう。

 「誰かがどんどんぶつかって来て、転んでも誰も助けてくれなくて…。何人かに体を踏まれて…。」

 彼女の震えが強くなり再び涙が零れた。

 「キルトランス様が来たことよりも、私が知ってる村の人たちが突然豹変(ひょうへん)した事がよっぽど怖かったです…。」

 それは分かる気がする。私だって同じ状況になれば恐怖するだろう。

 「いつもだったら、すぐに助けてくれるレッタもちょうどいなくて…。」

 彼女の瞳から涙がぽろぽろと(こぼ)れだす。

 ああ、もうこれはレッタが帰ってきたら、完全に私が襲われる状況だな…と思いながらも諦めた。

 いざとなったら実力で止めればいいのだ。

 「周りが静かになって…誰もいないって事に気が付いて…。ああ、もう私は殺されるんだって覚悟しました。」

 「そうしたらキルトランス様が話しかけてくれました。」

 そう言ってエアリアーナは微笑む。

 「最初はすごくびっくりしたんですよ。その…人間と違う声がしたので。」

 「ああ、そうだな…。」

 人間とドラゴンでは喉の構造が違うので、それにしたがって出る声も異なるのだ。

 「でも、実は…少し安心したんです。」

 「ほう?」

 予想外の言葉に思わず声が出る。

 「問答無用で殺されるかと思ったら、話しかけられて…。」

 「たぶんその時に私、感じたんです。キルトランス様は優しい人だって。」

 いわゆる直感と言うものだろう。それに根拠などあるまい。

 だが、私自身が周囲から「優しい」と評価されたことはほとんどないので、その言葉はなんだかむず痒かった。

 「話せば話すほど、キルトランス様は悪い魔物なんかじゃない、って直感が確信に変わりました。」

 「ですから、キルトランス様のいう事を信じて、家にお迎えしたのです。」

 エアリアーナは涙を拭って微笑む。



 魔物という呼称はアルビ独特の方言だ。

 魔世界の住人はそれぞれの種族の名前があり、一括りで言うのなら「人」もしくは「人類」と言うのが一般的だ。

 魔世界の人と言うのならば「魔者(まもの)」という言い方が正しいのかもしれない。

 キルトランスからすれば魔物呼ばわりされて気分の良いものではないが、ここはアルビであり、そこの言い方をいちいち反論しても仕方あるまい。

 魔世界でも世界ごとに言い方が違ったり、卑語があったりするものだ。

 ついでに言うとエアリアーナの心の動きは、極限の恐怖状態に置かれて優しくされた事。

 しかも人間の敵であるはずの魔世界の住人に優しくされたことによって、過剰に彼女の心が反応したという一面も無くはないはずだ。



 「そうだったのか…ありがとう。」

 話を聞いて素直にこの言葉が出た。

 「突然の来訪者である、私のわがままを聞いてくれる人間がいてくれて助かった。」

 そう言って首をかしげた。

 先ほどからエアリアーナが礼を言う時に行う行動を模してみたのだが、よく考えたら彼女が見えるはずもない。だが気持ちを行動にして悪い事はあるまい。

 「でも、こうやって話をしていて感じたのですが…。」

 そう言ってエアリアーナは言い淀む。

 「キルトランス様は私の聞いたことのある魔界…魔世界って言った方が良いですか?」

 「そうだな、その方が気分はいい。」

 この時とばかりに訂正を入れておく。

 「魔世界の人たちの、ドラゴンの話と全然違うんです。」

 「…そのようだな。どんな風に聞いていたのか教えてくれないか?」

 これは個人的に興味があるし、偵察目的の成果の一つにもなるだろう。

 エアリアーナは「怒らないでくださいね」と前置きをして話そうとする。

 どうやら私が怒ることを極端に恐れているらしい。

 「エアリアーナ。先ほどから私が怒る事を恐れているようだが、心配しなくていい。」

 先んじて言葉を挟むことにした。

 「私は君たち人間に何を言われても簡単に怒ることはない。もちろん敵としての言葉であったり、嘘や計略の言葉、嘲りの言葉であれば怒るかもしれないが…。」

 「単なる事実が、自分にとって不快であった程度で怒るような、度量の狭さではないと自負している。」

 これは自惚(うぬぼ)れでもなんでもなく、冷静な自己分析だと思っている。

 ドラゴンニュート族の中では単に「無関心」と評されることが多かったが、個人的にはしっかりと分析して検討した後の「放置」だと自負している。

 「だから君は安心して感じた事、思った事を言うべきだ。」

 彼女は驚いたように目を開いてこちらを向いた。

 そしてゆっくりとため息をつく。瞳に再び大粒の涙が浮かぶ。

 「ありがとうございます…。あれ…また涙が…。」

 そう言って彼女は目元をぬぐう。

 「…ただ、レッタにはちょっと怒った方が良いかもしれないな。」

 それを聞いてエアリアーナは眉をしかめて笑った。

 「ほんと、あの子は失礼なんだから…申し訳ございません。」

 そう言って深々と頭を下げる。

 「だから君が謝る事ではない。それよりも話を続けてくれ。」

 正直、意味もなく謝られるのは苦手なのだ。

 もちろん彼女の謝罪は意味が無くはないのだが、いまいち正当性に欠ける。

 だからこそ話を逸らして、このむず痒さから逃げたかった。

 「魔世界の人たちは…人間を無差別に襲って殺したり、連れ去ったりしていると聞いてました。」

 「…。」

 なんと返事をしたらいいのか分からない。

 しかし彼女の言ったことは恐らく真実なのだ。

 私もドラゴン界でその手の武勇伝は何度か聞いた事がある。街を一吹きで焼き尽くしただの、何百人もの人間ども相手に楽勝だっただのと。

 そんな事をしたら人間が恐れるに決まっている。人間に影響を与えるべき魔世界の使命を忘れて、人間を恐れさせてどうするの言うのだろう。

 「特にドラゴンは魔界…魔世界最強だと言われてました。」

 なんというか、決して悪い気はしない言われ方だ。


 ドラゴン界でもどのドラゴン族が最強かを語る奴らは多いし、たまに多種族間の勝負大会もある。私は参加した事はないが。

 そしてそれは他世界の種族ともおこなう時がある。

 その中でやはりドラゴン界の代表はなかなかの成績を出しているのだ。

 ダグラノディスに彼女の言葉を聞かせたら、鼻息を荒くして「当然だ!」と勝ち誇るだろう。

 だが実際には魔世界の王には手も足も出ないし、ドラゴン族よりも強い種族だって魔世界の中にいる。

 そういう強力な者は王直属の部隊であったり、幹部であったりして、人間界にまで来ることは無いだけなのだ。

 直属の精鋭部隊が出てきたら、そもそもこのアルビが消し飛んでもおかしくはないだろうし、そんな事態になったら天世界の連中だって黙ってはいまい。

 最終戦争の引き金になりかねない。


 だがそれをいちいち説明したところでどうしようもないし、ちょっと気分がいいのでこのまま黙っておくことにした。

 エアリアーナは不安げに言葉を続ける。

 「お城より大きな巨体で一息で王国を焼き尽くしたとか、南の帝国がドラゴン討伐に何百人もの聖騎士を送り込んだが壊滅したとか。」

 …どうやら昔、あいつらが自慢げに吹聴していた胡散臭(うさんくさ)い武勇伝には、どうやら事実も含まれているようだ。

 恐らく根掘り葉掘り聞いていけば、親父…ハシュタナの武勇伝も聞けるのかもしれない。だが聞きたくもないし、そもそもあっちで嫌と言うほど聞かされてきた。


 そして次の言葉をエアリアーナは少し嬉しそうに、でも私に気をつかったように言った。

 「でも…伝説の勇者様が、邪悪な龍を聖剣で討伐したとか。」

 え、それは初耳の話だ。どの種族だか知らないが、人間ごときに倒されたとか聞いた事が無い。

 さては一族の恥だと思って隠しているのだろうか。この話はそのうち詳しく聞いて、森のやつらの手土産話にしてやろう、と内心思った。

 「そうか。それは良かったな。」

 「…良かったのですか?」

 エアリアーナは私の返事がさも予想外だったように、怪訝(けげん)な声色で聞き返した。

 「人間たちが自力で敵を倒して、自分たちを守れたのであろう?良い事ではないか。」

 「それに勝手に喧嘩を売って、返り討ちにあったそのドラゴンが弱かっただけだ。そんな奴に同情する気にはなれない。」

 「は、はあ…そうなのですね…。」

 エアリアーナは煮え切らない返事をした。

 この辺も魔世界と人間界の常識のズレなのかもしれない。

 彼女は少しの間考え込んでいたようだが、ハッとして言葉を続けた。

 「ですから、私の聞いていたドラゴンのイメージと、キルトランス様があまりにも違っていたので困惑してたんです。」

 「なるほどな。納得できた。」

 エアリアーナは少し間を置くと、少し躊躇(ためら)いながら話を続けた。


 「それにまさか、魔世界の人から『ありがとう』という言葉が出るだなんて思ってなかったんです。」


 この言葉でようやく先ほどまでの、エアリアーナとレッタの反応に合点がいった。

 やれやれ。アルビでの身内の悪行がこれほどまでとは思っていなかった。

 道理でどこに行っても手荒な歓迎をされたわけだ。

 この辺の事実も王宮への報告案件になるであろう。王もこの事実を知らない可能性がある。

 「他の魔世界の連中は確かにそうだったかもしれないが、私は少なくとも違うと思う。」

 「はい。私もキルトランス様は違うと感じていました。」

 そう言って微笑むエアリアーナ。

 「そう言えば、こんな伝説もあるんです。」

 彼女はふと思い出したように言葉を紡いだ。

 「何百年も昔、大陸の北西の王国に人間の姿をした龍神様がいて、人間を守ってくれたり、色々な英知を授けてくださったりしたと。」

 「ほう…。」

 「ですから、キルトランス様は龍神様なのかもしれませんね。」

 少女は少し微笑んだ。

 「よしてくれ。私はそんなものではない。ただの一人のドラゴンニュートだ。」

 「そうなんですか…。私はもしキルトランス様が龍神様だったら嬉しかったです。」

 エアリアーナは少し残念そうな顔をする。

 「そいつも龍神なんてものではなく、ただの優しい奴だったのかもしれないぞ。」

 「魔世界にだって色々な性格の奴がいる。みんながみんな凶暴ではない。それは人間も同じではないのか?」

 「…そうですね…その通りです。」

 この時の彼女の表情の曇り方は少し気にかかった。何か思い当たる節があったのだろう。

 だが今はあまり踏み込んだ話をする時期でもないだろうと思い言及は避けた。

 「それにしても、人間の形をした龍神か…。気になるな…。」

 ドラゴン界広しと言えども、人間に形の似ている種族はそうそう多くは無い。

 もちろんその筆頭は恐らくドラゴンニュート族であろう。

 そしてもう一つ浮かんだのは、転移の間で出会ったフェアリードラゴン族だ。

 腕こそ羽根ではあるが、手足の感じは人間に近いし肌も人間に近い。

 知性は高いし人間に比べれば魔力だって格段に高いはずだ。

 …だが、性格を考えると神と(あが)められるだろうか…。

 と、名も知らぬフェアリードラゴンの様子を思い出し、その可能性を否定した。

 もしくは、他の人型の種族を龍だと勘違いした可能性も否定できないが…。

 と、一人で思索にふけっていると、廊下からけたたましい音が近づいてくるのに意識を取られた。

 「あの音は?」

 困った表情で苦笑いするエアリアーナ。

 「レッタですね。」


 二人のため息の音が重なると同時に、部屋の扉がけたたましく開かれた。

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