恐怖を喰らったら最強になった件
はじめまして、またはお久しぶりです。
本作は「恐怖を喰らって強くなる主人公」が、絶望に満ちた異世界で成り上がっていくダークファンタジーです。
勇者でもなく、聖人でもなく、むしろ化け物に近い主人公が、自分や他人の恐怖を糧に進化していきます。
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それでは、第1話をお楽しみください。
「――おい海斗。お前、また進路希望調査を白紙で提出しただろ」
放課後の教室。夕日が斜めに差し込む窓際で、机に突っ伏していた俺の頭上から、呆れ果てたような声が降ってきた。
ゆっくりと顔を上げると、案の定、親友の大地が苦笑いを浮かべながらこちらを見下ろしている。その手には、丸めたプリントが握られていた。
「……別にいいだろ。あっちの世界のほうが、まだマシだと思ってさ」
「ははっ! またお前の異世界妄想かよ。まぁ、その気持ちもわからないでもないけどな」
大地はいつもの冗談だと受け止めて笑うけれど、俺の言葉は半分以上が本気だった。
なぜなら俺は昔から、他人の悪意や怯え、嫉妬といった負の感情が、まるで『肌を刺す冷気』みたいに生々しく伝わってくる変な体質だからだ。
今日もそうだ。進路に悩む優等生の焦り、あいつは生意気だと囁き合う不良グループの粘着質な悪意。そんな人間の嫌な部分ばかりが、頼んでもいないのに五感を通じて可視化されてしまう。
だからこそ、この狭くて息苦しい日常は、俺にとっては常に窒息しそうな檻でしかなかった。ここではないどこか、誰も俺を知らない遠い場所へ消えてしまいたいと、毎日そればかりを考えていた。
「じゃあな、大地。また明日」
「おう、チャイムが鳴ったら即下校かよ。気をつけて帰れよ!」
背後から飛んでくる大地の声を片手で受け流し、俺はカバンを肩にかけ直して教室を後にした。
早くこの騒がしい空間から離れたくて、帰路を急ぐ。学校の敷地を出て数分、俺はいつもの通学路にある、ビルとビルの隙間の薄暗い路地裏へ足を踏み入れた。そこは昼間でも薄暗く、人通りが全くないため、静寂を好む俺にとっては格好の近道だったのだ。
いつも通りの、退屈で鬱屈とした帰り道。
――のはずだった。その時までは。
路地裏の奥へ進み、曲がり角を曲がった、まさにその瞬間。
ガクンッ! と、世界が上下左右に強烈にひっくり返るような感覚に襲われた。
「うわっ……!? なんだこれ……っ、めまいか!?」
突然の激しい重力のエラーに吐き気を覚え、俺は思わず地面に両手を突いた。頭が激しく揺れ、視界がぐにゃりと歪んでいく。
だが、異変はそれだけにとどまらなかった。
手のひらに伝わるはずの、硬くて冷たいコンクリートのアスファルトの感触。それが、どういうわけかぐにゃりと湿った、泥と腐った落ち葉の生々しい感触に変わっているではないか。
驚きと違和感に襲われながら、俺は恐る恐る目を開けた。そして、その場に凍りついた。
「……は? 嘘だろ、どこだここ……」
目の前に広がっていたのは、見慣れた灰色のビルの壁ではなかった。
見上げる頭上に広がっているのは、不気味な紫色にどす黒く染まった、見たこともない禍々しい空。そこには、信じられないことに、大きさの違う巨大な二つの満月が並んで浮かんでいた。
さらに周囲を埋め尽くすのは、天を突くほどに巨大な、幹が捻じ曲がった未知の巨木がそびえ立つ深い森だ。
「夢か? いや、だけど肌を刺す風がめちゃくちゃ冷たい。匂いも、土と、何か獣臭い……。ってことは、マジで異世界にでも迷い込んだって言うのかよ……」
唖然としながら自分の手を何度も見つめ、現実を認識しようと呟いた、その瞬間だった。
背後にある、大人の背丈ほどもある奇妙な形の藪が、ガサリ、と大きく揺れ動いた。
「――っ!」
心臓がドクンと跳ね上がる。
生物としての本能が、最大級の警鐘を頭の中で鳴らし始めた。冷や汗が一気に背中を伝い落ちるのを感じながら、ゆっくりと、恐る恐る振り返った俺の目は、完全に点になった。
「う、嘘、だろ……何なんだよ、あいつは……!」
そこに佇んでいたのは、現代地球の生態系には絶対に存在し得ない、体長3メートルは裕に超える巨大な狼の化け物だった。
しかし、ただの狼ではない。その体毛は影そのものであるかのようにどす黒く波打っており、輪郭からは陽炎のような不気味な黒いモヤが立ち上っている。
何よりも異常で、おぞましかったのはその顔面だ。本来あるべき二つの目はなく、顔の真ん中に、血走った巨大な『一つ目』だけが鎮座していた。しかもその巨大な単眼は、完全に俺の姿を捉え、獲物としてロックオンしていた。
グルルルルル……!
地響きのような低い唸り声が森の空気を震わせ、それと同時に、肌を直接刃物で切りつけられるような、凶悪極まりない殺気が押し寄せてくる。
「ひ、あ……あ、っ」
おかしいくらいに足の震えが止まらない。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだ。脳は「逃げろ」と絶叫しているのに、全身の筋肉が恐怖で硬直して、どうしても一歩も動けないんだ。
バケモノが、長い爪の生えた前脚をゆっくりと前に踏み出す。その一歩ごとに、死が確実に近づいてくるのが分かった。
あぁ、死ぬ。ここで俺は、あのバケモノに生きたまま食い千切られて、引き裂かれるんだ。誰も助けに来てくれない。嫌だ、死にたくない、怖い、怖い、怖い……!
頭の中が、人生で経験したことのない極限の**【恐怖】**で爆発しそうになった、まさにその時だった。
パキィン! と、頭の中で何かが限界を迎えて粉々に砕ける音が響いた。
「……がはっ!? え、あ、なんだ……これ……っ?」
突如として、世界の色彩が完全に消え去り、コントラストの強いモノクロ一色の視界へと切り替わった。
それだけではない。驚くべきことに、自分の胸の奥から、どす黒く、しかし宝石のように怪しく輝く『霧』が、間欠泉のように勢いよく噴き出しているのが見えた。
これこそが、俺自身が今まさに感じ、溺れそうになっていた「死への恐怖」そのものが形を成したものだった。
普通の人間の精神なら、この異常事態に耐えきれずに発狂して終わっていただろう。
だけど、極限状態のパニックに陥った俺の脳は、すでにネジが何本も吹き飛んで、完全にトんでしまっていたらしい。
自分の胸から溢れ出る、そのおぞましいはずの「黒い恐怖の霧」を見つめた瞬間、俺の口から漏れ出たのは、正気とは思えない一言だった。
「……めちゃくちゃ、美味そう」
狂っているのは百も承知だ。自分でも頭がおかしくなったと確信している。
それでも、その霧が、飢え死に寸前の人間に差し出された極上の最高級ステーキのように、猛烈に食欲をそそる『完璧なごちそう』にしか見えなかったのだ。
「あは、はははははっ……!」
だから俺は、腹の底から込み上げてくる笑いを抑えきれずに吹き出しながら、自分の胸から立ち上る恐怖の霧を、両手で強引に掴み取った。そして、本能の赴くままに――口を開け、思い切りその霧を体内に吸い込み、貪り喰らった。
――ゴクンッ!!!
「、あ――う、おおおおおおおおおおおおっ!?」
その瞬間、胃袋の奥底から、全身の血管へ向かって爆発的な熱量が猛烈な勢いで流れ込んできた。
喰らったのは、俺自身の持つ純度百パーセントの恐怖。つまりこの能力は、ビビればビビるほど、絶望すればするほど、それが莫大な魔力と生命力になって、全身の細胞にあり得ないレベルのブーストをかけていく仕様らしい。
バキバキ、ボキボキと骨や筋肉が急速に強化される音が体内で鳴り響き、これまでに感じたことのない凄まじい力がみなぎっていく。
気がつけば、あれほど情けなくガタガタと震えていた体は、嘘のようにピタリと静まり返っていた。怯えは消え去り、代わりに脳を満たしたのは、目の前の化け物すら容易く捻り潰せるという強烈な全能感だ。
「……ふぅ。なんだ、これ。最高にすげえ、体が軽い……!」
熱い吐息を深く吐き出し、俺は改めて顔を上げた。
俺の瞳は、いまや暗闇の中で獣のそれよりもギラギラと、狂ったような漆黒の光を放っている。
「ガルル……?」
突如として、先ほどまでの獲物から自分以上の、底の知れない深淵の気配が立ち上り始めたの察して、巨大狼がピクリと動きを止めた。
そればかりか、化け物の血走った一つ目は、明らかな本能的困惑と、そして『恐怖』に小さく揺れていた。
すると、さらなる異変が俺の視界に映り込む。
巨大狼の全身の毛穴から、細く、しかし鮮やかな青白い霧がゆらゆらと立ち上り始めたのだ。
「へえ……。見える、見えるぞ。お前、さっきまで調子に乗ってたクセに、今は俺にビビってんじゃん」
確信した。あれは、化け物が俺に対して抱き始めた【恐怖】の味だ。
他人の感情に敏感だった俺の体質が、この世界に転移し、自身の恐怖を喰らったことで、完全にバグレベルのチート能力へと昇華されたわけだ。
「なぁんだ、お前もただの獣か」
俺は口元を大きく歪め、ニヤリと笑いながら、狼に向かって一歩、強く足を踏み出した。
対して、体長3メートルもあるはずの巨躯を持つ化け物は、情けない声を漏らし、怯えたように小さく鳴いて後ろへと一歩後退った。
これで立場は、完全に逆転したわけだ。
俺の胸の奥で、猛烈な飢餓感が疼き始める。
なぜなら、あの化け物の全身から溢れ出している青白い恐怖の霧は、先ほど喰った自分自身のものよりも、何倍もジューシーで、暴力的なほどに美味そうだったからだ。
「さぁ、ディナーの時間だ。――お前、めちゃくちゃ美味そうだな」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
第1話は主人公・海斗が異世界へ迷い込み、能力【恐怖捕食】に覚醒するまでのお話でした。
普通なら恐怖に飲み込まれて終わる場面ですが、この主人公は恐怖そのものを「ごちそう」として喰ってしまいます。
次回は、覚醒した海斗が最初の獲物と対峙します。
「あの巨大狼は本当に獲物になるのか?」 「恐怖を喰う力の正体とは?」
ぜひ続きをお楽しみください。
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