059 蛮勇
「そこのお前、止まれ!」
「ここはタインルフェ商会の私有地だ!」
そびえ立つのはどこかアジア風にも見える塔。
ガレットの最上層、タインルフェ商会本部。
巨大なロゴが掲げられた入り口に現れた男はまったく悪びれずに「もちろん知ってるさ」と苦笑する。
「あんたらのボスに用事があってな。アポは取っていないんだが」
「何をふざけた……お、お前はっ!」
ソルドが背に隠していた銀の腕を……すでに血に濡れている右腕を見せた瞬間に入り口のガードは警棒のようなものを抜いたが、既に手遅れ。
サイボーグの戦闘モードはとっくに起動済み。臨戦判断サブルーチンによって思考時間のラグすら最小にした戦闘行動によって手早く、そして静かに二人の男を片付ける。
「さて今さらの確認だが……ステラ、あんたはただ後ろからついてくるだけでいい。戦力としてはハナからカウントしていないし、こんな事態になっては俺から離れさせる方が危険だからついてこさせている。理解しているな?」
「……ええ」
ソルドの冷たい確認に少女はうつむいたまま返事をすると、手にしたメイスの柄をぎゅっと握りしめた。
(やっぱり冷静ではないな。たった数日共に過ごしただけであの女にこんなにも入れ込むとは、ずいぶん懐柔されやすい)
内心呆れつつ、ソルドはそれも仕方がない事か、とため息を吐いた。
ストリートで暮らす連中も単純な仲間意識で群れてはそのうちの一人を殺されるだけでくだらない抗争を引き起こし続けていた。
その抗争で味方が殺されれば当然更に激怒し、抗争は無秩序に拡大する。
そういう殺し合いの果てに生き残った最期のひとりだけが、肉親でもないクズ仲間のひとりやふたり殺されたくらいで激怒するなど無益だと悟るのだ。
まあ、どちらかと言えばそんな思考にたどり着くまで殺しを続ける方がおかしいのだが。
「目標はふたつだ。デトロスの殺害と、トールの救出。あのオタク女に関しては生かされているだろうが、先に確保しねえと人質に使われるリスクがあるから先に探すぞ。殺されていたら、まあ、その時は残りの連中を地獄へ送るのに集中すればいい。というわけで、始めていいか?」
「……」
サイボーグの問いかけに、ステラは顔を上げ、涙を拭って、叫ぶ。
「ええ、これより第三の復讐を執行する! 悪魔ソルドよ、邪魔者は全て排除してっ!」
「了解」
静かな返事と共にソルドは塔の両開きの扉を蹴破った。
ほぼ同時、既に異常を察知していた商会の者たちが一斉に群がってくる。
「やっぱり本部だと数が多いな」
スキャンを走らせつつ、サイボーグは銀に輝く右腕に仕込まれたブレードを展開する。
「下ろしたての改造部品の試運転を続行させてもらうとしよう」
ソルドが言った次の瞬間、侵入者を最前列で迎え討とうとした男たちの胸に血の華が咲いた。
力を失って倒れた身体が床を打つ金属質の音に、続く者たちの動きが一瞬硬直する。
決して音に驚いたわけではない。
刃が通らぬよう鎖帷子を服の内側に着込んでいたはずの味方が、いとも簡単に斬り裂かれた事実に怯んでしまったのだ。
人間の思考速度を超えて動くソルドにとってはその一瞬で十分。
続けざまに二人、三人と、次々斬り殺していく。
「な、あんなに血まみれでなまくらになっているハズなのに、何でまだ斬れる!?」
斬られるばかりの哀れな男たちのひとりが叫んだ。
「何でって、魔力に関しては俺なんかよりあんたらの方がなじみがあるんじゃないのか」
その答えを聞く前に絶命した男が倒れた後、ソルドは呆れながら呟く。
「まあ聞かせてやる義理も無いが」
哀れな犠牲者を順番に血の海に沈めていくサイボーグがやっていることは至極単純だ。
ソルドに新たに取りつけられた『銀の腕』はスタームァが言った通り、魔力に対する反応速度が仮で取りつけられていた腕よりも何倍も良くなっていた。
これにより、未知のエネルギーである魔力に関して電気の亜種的な振る舞いを暫定定義していたソルドの戦闘モードおよび臨戦判断サブルーチンの精度も伴って上昇。
結果として最適化が完了した「刃が相手に接触する瞬間に魔力を流して切断性能を上昇させる」行為が、「攻撃の直前にスキャンした相手の防具素材に対して丁度切断可能になるだけの魔力で刃を強化する」戦闘行動へと昇華したのだ。
「魔力を使った仕掛けの無い防具しか着込んでいないなら今すぐこの塔を出た方がいいぞ」
返り血で赤く染まったサイボーグは冷徹な声で告げる。
「命を捨てたいなら、俺が今すぐ地獄へ送ってやるが」
男たちの行動はふたつに割れた。
恐怖にすくみ上り、転びながら塔の出口から逃げ出して行く者。
忠誠心からか激高し、侵入者に挑みかかる者。
前者がその後どのような運命を辿るのかは不明瞭だが、後者に関しては明白。
「ハァ……逃げるが勝ち、って聞いたことないか?」
不機嫌そうな低い声が言う。
それが、銀の腕を振るうサイボーグに斬りかかった者たちが最期に聞いた言葉となった。
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