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043 カウンター、なのかもしれない

「戻ったか。おまえが一晩かかるとは珍しい」

「何かと物騒でね。だが頼まれた分は持ってきた」


 一夜明け、日が高くなったころ。

 ソルドは昨日持ち帰りそびれていた『おつかい』を完了しに汚染湖ほとりのスタームァの工房に戻ってきていた。


「俺の腕の完成はいつになりそうなんだ?」

「正直に言えば、やや難航している。構造に関するアイデアはあるが、留学生が要らないおせっかいをしたがるんだ。だがまあ……もうひとつ閃いたら、後は早いだろう」

「留学生、トールか。あいつを放って一人で進めるわけにはいかないのか?」

「あいにくだが。領主には借りがあるんだ。こんな廃材置き場のような作業場でも森に居た頃よりは何百倍もマシだから、文句も言えない」


 スタームァは作業をしている手元から少しも目を離さずにぽつ、ぽつと語る。


(生まれ育った社会を捨てても別の社会に取り込まれるだけ。世知辛いもんだ)


 ソルドがふぅ、と吐いたため息がスタームァと偶然シンクロしたその時、工房の奥からひょこ、と背の低い女が姿を現した。

 女ドワーフの留学生、トールだ。


「お、ソルドだ。なんか今アタシの話してなかった?」

「ああ。あんたがちょっかいを出すから腕の完成が遅れているって愚痴を聞いていた」

「えー! 師匠ひどい! せっかくアタシが新機軸の提案をたっくさんしてあげているのに! でも安心して、理解しているから。師匠はずっとムスッとしているけど、心の奥ではアタシのことをありがたく思っているって」

「ソルド、だったよな。おまえは責任を取るべきだ」


 背中にまとわりつく女ドワーフを押しのけながらスタームァは言う。


「腕の完成を急ぎたいなら、余計なことを言った責任を取ってこの女を連れ出してくれ。半日でいい」


 手元に釘付けになっていたその眠たげな視線は、空気の読めないサイボーグの双眸を分かりづらくも確実に睨んでいた。


 ーーーーー


「で、選ばれたのはお買い物デートでしたか」

「他に行く当てもないんでな。あんたには俺の個人的な買い物に付き合ってもらおう」


 ソルドは傍らのトールには目もくれず、怪しげな露天商から金色のネックレスを購入した。

 本物の金だよ! とアピールする露天商はかなり怪しかったが、スキャンの結果を見るにネックレスの金は一応本物らしかった。


「ほお、なんかイメージとは違うものを買うんだね。そういえば格好もあの貴族の付き人全開の執事スタイルから変わっている?」

「ご指摘の通り、あんまり『らしさ』全開だと絡まれて面倒なんでな。ここらのストリートに溶け込むための特注装備だ」


 サイボーグは購入した金のネックレスを首にかけて、わざとらしくジャラジャラと鳴らした。

 今の彼は粗悪な布地に派手なガラのカラーシャツを着て、下はファッションではなく実際にダメージが入っているストレートパンツ、足元はサンダルという誰がどう見てもチンピラな恰好をしているので、派手すぎる金色の(しかも、魔力によってカラフルに発光する機能らしい)ネックレスもそのままチンピラ感の中に溶け込んでしまっている。


「うーん」

「どうした?」

「ストリートっていうか、この辺りに溶け込むにはちょっと顔が良すぎるかな……」

「成る程。あんたの師匠の工房でもっと薄汚くしておけばよかったか。廃油でもみつけたら顔に擦っておくとしよう」

「そういう意味ではないんだけどね」


 などと話しつつ、チンピラと化したソルドは他の露天商からギラギラとした指輪を追加で購入してチンピラ感をさらにグレードアップ。

 その様子を見ていたトールは「ふーむ」と唸って、ソルドの眼前に指を突きつけた。


「さてはステラ嬢と何かあったな?」

「何か、とはなんだ」

「すっとぼけても無駄だぜ鉄血のドラゴンスレイヤー。アタシの目には大切な主人に裏切られ、傷ついたかわいそうな召使いが映っている……!」

「くだらん……占い師ごっこでも始めるつもりか? どこの世界でも、どんなに科学が発展しても、弱者の精神的錯乱を利用して金を儲ける詐欺師は全くいなくなりやしない」

「占いとは失敬な。ただ情報を元に推理しただけだよ助手クン。ヤケクソのような購買行動、いきなり倒錯したファッションセンス、常に不機嫌そうな眉……」


 滔々(とうとう)と語ったトールはソルドがよくやるように肩をすくめた。


「ぶっちゃけ、お前の性格からして護衛対象をほっぽらかしてそこらをぶらつくとも思えないというか。しかもよく襲撃されていたし、昨晩は帰らなかったし。何かあったのかにゃーんと気になってね」

「……」

「どうせこの後もしばらく買い物でしょ。アタシを工房から連れ出した責任を取って話してくれよ、ドラゴンスレイヤーさん」

「その呼び方はやめろ。普通にソルドと呼べ」

「呼ぶから話を聞かせてね?」


 興味津々。

 表面にそう書かれているかのような両目に見つめられ、ソルドは観念して口を開いた。


 ーーーーー


 さかのぼること数時間前。

 ソルドは食卓について朝食を摂っていた。

 その朝食を誰が作ったかと言えば……


「ん、これおいしい! エクス、あなた料理もお上手なのね」

「恐縮です」


 ステラは新鮮なパンとこんがり焼けたベーコンとどこから調達したのか分からないくらい新鮮な野菜のサラダを頬張りながらその出来栄えを褒めちぎった。

 もちろん彼女が口にする前にソルドがスキャン済みだ。

 毒などは仕込まれていない、ただの美味な朝食だ。


「ソルドもエクスを見習うといいわ。あなたの作る料理もおいしいけれど、ちょっと濃い味なの。わたくし的には、これくらいの味付けの方が好み」

「善処する」


 ご機嫌な没落令嬢はよく眠れたようで、朝っぱらから元気ハツラツ。

 一方眉間にしわを寄せている護衛サイボーグは一晩中起きていた。

 なぜなら義体化済みの身体に睡眠が必要ないから……ではなく、寝たくなかったから。

 いくら主人が懐柔されているとはいえ、やはりどうしてもぽっと出の、しかも元襲撃者の女を信用する気にならなかったのだ。


(それが、呑気なご主人様は一瞬で胃袋を掴まれてやがる……味付けだって、有機物感の押し付けで俺にとっちゃ微妙だっての)


 もちろん内心は表に出さない。

 契約は契約、被雇用者(エンプロイー)雇用者(エンプロイヤー)の意のままに振舞うのみである。


「しかし、まさかあなたがお父様とお知り合いだったとはね。昨晩は本当に襲われたかと思ったのに」

「敵を欺くためとはいえ、無礼を働いたことをお詫びします。ただ私はご恩に報いたいだけでして」

「お詫びなんて良いの。こうして本当に良くしてくれているんだし」


 ステラの微笑みに、エクスが微笑み返す。


(よくもまあ、そんな見え透いた嘘で騙されるものだな)


 その隣で、ソルドは黙って朝食を口に運び続ける。


 昨晩、ステラが入浴を終えた後、エクスは自らを『ステラの父親に大恩があり、それを返すためにステラを探していた』と説明した。

 一方で、ソルドはまだ彼女が『処刑人』だとは明かしていない。

 加えてステラは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので相手が復讐相手その人である可能性を考慮すらしないし、むしろこうして懐いてしまっているのだ。


(この女の真の目的が見えない以上は泳がせるしかないが……クソッ、狂ってる。自分の護衛対象をよりにもよって襲撃してきた奴に懐柔されるバカがどこの世界に居るってんだよ)


 ソルドは胃がキリキリと痛むのを感じた。

 余計な痛覚は身体システムがカットしているハズなのに、どうにも痛む気がするからたちが悪い。


「それでエクス、あなたも護衛に加わりたいということだけど、是非お願いするわ」

「ありがとうございます。それではこれからは……」

「ただし、わたくしたちがこの街に居る間だけよ」


 ステラは貴族らしい振る舞いを急に思い出したかのように、用意されたナプキンで口元を軽く拭った。


「王城にわたくしを狙う者がいて、その息がかかっているのがタインルフェ商会。彼らだけでなく、今の王政に反旗を翻す組織があって、その方々もわたくしを狙っている。昨日聞いたこのお話、一晩考えてみたけど嘘だとは思えなかった。いくらソルドがとても強いからと言って、ひとりじゃできることに限りがあります。だから、この街ではあなたの申し出はありがたい」

「なら……!」

「ただね、エクス。申し訳ないのだけど、わたくしにはまだやりたいことが残っているの」

「やりたいこと?」


 ステラは困惑顔のエクスの手を取って言う。


「あなたに保護されていては、きっと達成できないことなの。それにあなたは戦えるけど、根っこのところではすごく優しい人だと思う」

「……」

「だから、わたくしのやりたいことがすべて終わったら、その時にまた声を掛けさせてね」

「……はい。是非」


 エクスはステラの手を握り返して笑った。

 その表情は、ソルドから見て、昨日本物の殺気を放っていた黒衣の襲撃者と同じ人間だとは思えないほどに優しく、柔らかい笑顔だった。


「それで、どうするんだこれから。みんなで仲良くここに籠って、商会のほとぼりが冷めるのを待つか?」


 割り込んだソルドに、ステラではなくエクスが「私に考えがある」と返した。


「ソルド、君はいま商会にマークされている。君と、君が連れているハズのステラ嬢の姿が長時間見えなくなったら連中は血眼で探し始めて、このアジトまでたどり着かれるリスクが大きくなってしまう。だが逆に君だけが出歩いていれば、連中はステラ嬢をこのガレット全体から探すより()()()()()()()()を何とか倒してステラ嬢の居場所を聞き出そうとするはずだ。それに商会の後ろに居る者や反乱勢力の情報も欲しい。デトロスと鉢合わせないように気を付けつつ、調査してきてくれないか」

「成る程、あんたらがお留守番をしている間に俺が囮になって、同時に調査もすると。お安い御用さ」

「ありがとう。ガレットの住人達に溶け込めるように変装も用意しているから活用して欲しい。いくら囮になる必要があると言っても、その執事服では流石に目立ちすぎる」

「……」


 得意の皮肉をマジに受け取られてしまい、ソルドは文字通り閉口する。


「ソルド、どうしたの? もしかしてわたくしと離れるのは寂しい? 大丈夫、あなたならできるわ!」


 あげく、調子に乗った没落令嬢からギリギリ煽りに分類される声援も頂いたサイボーグは手早くチンピラスタイルに着替え、無言のままアジトを出たのであった。


 ーーーーー


 と、このような顛末を、ソルドは(アジトの場所やステラに真の目的があることはぼかしつつ)トールに聞かせてやった。

 もちろん他の誰にも聞かれないように場所は選んでいる。

 それで、聞き終わったトールはふんふんと頷いて、


「うんうん、それはステラ嬢が悪いね」

「あんたも俺にケンカを売っているのか?」

「いやいやまさかそんな。それで、いざとなったらその泥棒猫の居場所は特定できるんでしょ?」

「まあな」

「じゃあ安心して別行動できるってワケだ」


 言うと、トールはニッ、と笑った。


「その情報収集、アタシが協力するよ。暇だし」

「……お(ことわ)

「待って待って! アタシ、ずっと師匠のところに引きこもっていたから顔も割れていないし、使いやすいと思う! 二人いた方が便利な場面も多いでしょ?」


 パンッ、と手を合わせた女ドワーフは首を傾げて上目遣いに、


「白状すると、お前の身体が普段どういう風に動いているのか気になって仕方が無いんだ。見学ついでにさ、ダメ?」

「身体目的ってのをこうも直球で言ってくるのも珍しいな」


 呆れて言いつつ、ソルドは半ばヤケクソな気分で頷いた。


「……邪魔はするんじゃないぞ」

「やったぁ!」

読んでいただきありがとうございます!

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