017 口は災いの元とはよく言ったもので
「へぇ、このデカブツがギアーゴ・ドルエン? 元から太っちょだったけどずいぶん肥えたね」
「こいつの言い分を素直に受け取ればそうなる。デカい爬虫類が人語を話している時点で意味不明だというのに、頭が痛くなってくる……」
遅れて合流したヴィーナに説明するソルドは額に手を当てて嘆いた。
戦闘モードにおいては体内システムが痛覚を抑制するので実際に頭痛がするわけじゃないが、召喚されて以来彼が経験したファンタジー的現象の中でも群を抜いて理屈が分からない現象なのは確かだ。
「ドルエン! あなたが本当に本人ならわたくしのことは覚えていますでしょう? 仮にあなたが忘れていても、わたくしはあなたに受けた侮辱を忘れていない! 報いを受けるときが来たのよ、覚悟しなさい!」
弛緩し始めた場の空気に緊張感を与えようと思ったのか、ドルエンを名乗る竜が現れた時からずっと黙っていたステラが啖呵を切る。
だが彼女が三匹の下等竜を前に出しつつ自身はソルドの後ろに隠れながら言ったので、白けた雰囲気はますます悪化してしまう。
没落令嬢以外の全員の視線から「どうすんだよこれ、何とかしろよ」と無言の圧力をかけられたドルエンを名乗る竜は「わ、分かった。ワタシが話す番だな。話すとも」と怯えながら口を開いた。
「まずワタシがギアーゴ・ドルエンである証拠になるかは分からないが言っておこう。ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト、ああ覚えているとも。ワタシは滅多なことでは人の顔を忘れん。特に、良い商品になるだろうと思った女はな」
「お褒めに預かり光栄ですわ!」
「ステラ、今のは賞賛とはちょっと違う気がするぞ」
「そ、そうでしたか?」
「いいや褒めている。身体と性格は幼稚だが、商いの理屈で数年揉まれればカドも取れてそこらの村娘では到底かなわない銀貨を稼ぐはずだ。宝石を磨かずに原石のまま転がしているようなものだよ、勿体ない」
「ほら!」
「あんたがそれでいいならいいが」
「でも、それとお父様とお母様を侮辱した罪は別の問題です。しかも金で貴族の地位を買って銀を掘っていただなんて……ギアーゴ・ドルエン、あなたもウォルムハルト家を陥れる陰謀に一枚噛んでいるのでしょう!? 痛い目に遭う前に白状しなさい!」
「陰謀? 何の話だね」
四つ足の竜は呆れてフゥー、とため息を吐いた。
それだけで嵐が来たかと思うほどの強風が吹き荒れ、せっかくエンジンがかかってきていたステラは悲鳴を上げて再びソルドの陰に引っ込んだ。
「……ひとまず、ワタシはこんな姿だがギアーゴ・ドルエンだ。念のため、残りの知っている者に関しても言っておくと、キミは現場責任者のドワーフだな。トーガン、覚えているぞ。そこの女騎士にも見覚えがあるな。領主のところにいた女騎士だろう?」
「ほぉー、流石人売りのドルエン。私のようなじゃがいも娘まで覚えているとは関心するねぇ」
ヴィーナは巨大な竜に指を差されても全く動じずに一歩前に歩み出た。
「で、貴様は何しにこんなところへ? 竜になっている理由は後でいいから、なぜこんな銀鉱山の奥まで自らやって来たのかを聞かせてもらうか」
「ワタシは仮にも貴族になったのだから、騎士のキミにそんな物言いで接せられるのは少し腹が立つが……まあそうだな。元よりそのつもりだ。いきさつも話そう」
ドルエンは静かに目を閉じる。
遠い昔の思い出に浸るような雰囲気だ。
「ワタシは国王様に提案する銀の新たな採掘方法の、更なる改善案の実地検証に来ていたのだ」
「それは把握しているよん。で、具体的には何をしてたの?」
「試薬を試しに来ていたのだ。竜どもを大人しくする試薬をな」
「今でも十分飼いならせているのに?」
「十分? バカを言うな、まだ不完全だ。ステラ嬢が握りしめているリードがいい証拠だな」
長い爪を持つ指先がステラの方へ向いたので、ソルドはまだ様子を伺って顔を出していたステラを片手で背中へと隠した。
首を傾げていたヴィーナはそれを見て苦笑しつつ、再びドルエンの方へ向き直る。
「じゃあその試薬ってのは竜を完全に支配するとか、そういうやつね」
「その通り。試薬を嗅がせた竜たちは首輪を付けずとも人に従い、銀に対してより貪欲になる。そうすれば現場の作業員は竜の見張りを交代シフトに組み込む必要が無くなり、より少人数でより効率的に採掘が可能になるはずだった。トーガンよ、キミが今踏んでいる辺りにワタシのカバンがある。試薬はその中に入っているから、後で確かめるがいい」
「お、おう。これか」
トーガンがカバンを拾ったのを確認したドルエンは再びため息を吐いた。
「だが、少々問題があってな……ワタシの身体がこうなってしまった今となっては隠す意味もないが、試薬には幻覚バラから抽出した成分を使っているのだ」
「お、ばっちり違法じゃん。ドワーフの雇用に禁止薬物の製造と使用。縛り首ですな」
「フン、それくらい知っている。だからワタシが自ら現場に出てきて試す必要があったのだ。実用性を確かめたうえで、貴族の立場を利用して幻覚バラの加工だけでも解禁させ、それから国王様に試薬販売の独占許可を得るつもりだった。リスクを最小限にして最大のリターンを得る工夫だよ」
「見上げたビジネス精神だね。国王様が定める法を敬う気持ちは皆無みたいだけど」
「些末なことだ。薬物に頼らないと日々の正気も保てんような連中が多く居る地域の治安は多少混乱するかもしれんが、銀の産出量が増えれば最終的には国のためになる。それに、ウォルムハルト家のやらかしで銀の管理は国王様の負担になっているのだ。少ない人数で効率的に掘れるようになればその負担も減ずることができるはずだった」
「あなた、よくもぬけぬけとそんなことを……!」
ステラはヴィーナとドルエンの会話に割り込み激昂するが、ドルエンはそれを無視して続けた。
「だが異変が起きたのは坑道の半ばまで入ったところで起きた。突然熱が出て、めまいは歩けないほどだった。だから休憩のために少し寝たのだが……起きたら、もう手がバケモノになっていた。その時に引き返せばよかったものを、熱が見せる幻覚だと思ったワタシはもう一度寝てしまった……次に起きた時には、身体中に鱗が生えていた。この、忌々しい鱗がな」
ドルエンは握った拳でコンコン、と身体を叩いた。
松明の光が金色の鱗に反射してキラキラと輝く。
「そして身体の巨大化も始まった。他の者に見つかったら殺されると思いパニックになったワタシは必死で坑道の奥へと逃げた。掘り出した岩で来た道を塞ぎ、バケモノの手で奥へ奥へと掘り進んだ。連れて来ていた下等竜が行こうとしていた方向に掘り続けただけで、この大空洞に出たのは偶然。ここの入り口も塞いで、ワタシは神に祈りながら巨大化が止まるのを待った」
ドルエンは一気に喋ると、起こしていた身体を地面に横たえた。
大きく恐ろしいが、完全にふて寝の格好だ。
「こうしてワタシは竜となった。どうしようもなくて途方に暮れていたらキミらが来て、現在に至るわけだな……さて、話せることは話したからワタシからもキミらにお願いがあるのだが、聞いてくれるかね?」
「聞くわけないでしょう!」
静かに怒りを滾らせていたステラはソルドの陰から出て叫ぶ。
「わたくしたちは復讐をしに来たのよ! 今更命乞いをしたって遅いわ。ここに居るソルドは既に竜を一匹殺している。あなたがいくら巨大化していても、彼の手にかかれば……」
「そうか、それはよかった」
「えっ……?」
思わぬ割り込みにステラは困惑し、口をつぐむ。
一方で、割り込んだドルエンは静かに続けた。
「ワタシからの頼みはな、ワタシの殺害なのだ。殺す能力があると言うなら、頼もしい」
「ど、どうして!? あなたさっきは生き延びるために逃げたって……わたくしたちに会った時も殺さないでと言ったじゃない!」
「変身が始まった時にはパニックになっていたし、キミらがここに来た時点ではいま言ったことを何も伝えられていなかったから殺してほしくなかっただけだ。端的に言って、ワタシの生存が誰の利益にもならんと気がついたのだよ」
ドルエンは淡々と言う。
「身体の変化は止まったが、いつ理性までもが獣となるかは分からない。そうなればこの鉱山は閉鎖され、国王様の利益を害する。この奇病か、あるいは呪いの全貌が分からない以上、想定できるリスクは避けねばな」
「ちょっと、急にいい人ぶっても騙されないわ!」
「人、そう人だ。ワタシは人として死にたい。国王様の心配など、本心だが後付けに過ぎん。本当のところ、ワタシはもうイヤなのだ。暗闇で理性を失う恐怖に耐え続けることが。生存本能に従って砂とネズミを喰う日々が」
身体を横たえた竜は、静かに目を閉じる。
「だから殺せ。ステラ嬢、キミは復讐に来たと言っていたが……もし情けをかけてくれるのなら、なるべく痛みのない方法を望む」
「そ、そんな……ソ、ソルド? どうしたら……」
少女の想定に、復讐相手が竜と化しているうえに死にたがる展開など入っているはずもなく。
助けを求められたサイボーグは少し考え、口を開く。
「ドルエン、あんたを殺してやってもいいが、俺も仕事なのでな。ウォルムハルト家の信用を決定的に崩した偽の銀貨について、あんたが知っていることを何か話してくれないか」
「偽の銀貨……そうだな。国王様もきっと困っているだろう。ワタシが把握している限りではっ……!?」
ぐはっ、と、ドルエンが突如身体を震わせた。
苦しそうに喘ぎ、横たえていた身体を起こして痛みに耐える竜。
その身体の表面、鱗が、不気味に脈打ち始めたかと思うと、ぽろぽろと剥がれ落ち始めた。
「……いつ理性を失うか分からない、か」
ソルドは何が起きているのかを察し、苦笑する。
「俺ら傭兵の間じゃ常識だったんだがな。そういうことは言わない方がいいんだって、もっと広く啓蒙するべきか?」
傭兵
金で雇われた兵隊。ソルドの世界で言えば、企業が秘密裏に雇用した殺し屋もこの名前で呼ばれる。カッコイイのは名前の響きだけで、実際には明日生きているかもわからない不安定職業。
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