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Code 0  作者: ひのひと
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破壊と崩壊

 目前に突き付けられた銃口に、花はもはや何も考えることはできなかった。映画か何かの創作でしかなかったその世界は、今まさに彼女の前に現実として存在していた。闇は一層深くなり、月明かりは光を与えるというよりもむしろそれを際立てているように感じられた。静かだった。静止画のように、暫く両者は死んでいた。静寂を破り、目の前の男は声をかけた。その声は相変わらず恐ろしく冷たかったが、僅かに緩んでいた。張り詰めた空気はほんの少しほぐれた。

「名は」

「鈴村花・・・です」

空気の僅かな緩みを本能は理解していたかのように、花は自分が想像したよりははっきりと答えることができた。再び風が吹き始めた。壁にかけたカレンダーがパラパラと音を立てる。指先は寒さですっかり感覚を失っていた。花は恐る恐る自分に拳銃を突き付ける男の顔を仰いだ。むろん月を背後にその男の顔は漆黒の影となっており、表情など見えるはずもなかった。しかしそれでも、敵の顔を拝むということは大切だった。彼女は思い出していた。それは幼い時、習っていた空手の先生が何度も繰り返した、相手をよく見ろという言葉だった。空手を始めたのは両親がやっていたというただそれだけの動機によるものだったが、武道は多くを教えてくれた。身体というよりも精神を。武術というより生きる術を。そんなことを考えるうちに、花は自身を縛り付ける縄が徐々に解かれるのを感じていた。自分でも驚くことに、次に言葉を発したのは花のほうだった。

「お父さんとお母さんは・・・」

純粋な疑問と、心の底にくすぶっている怒り。人の部屋に土足で踏み入り、訳もわからぬままに銃口を向けられ、両親のいる一階は惨状となったに違いない。彼女の言葉には相手を責めるような響きさえあった。もはや恐怖はさほど感じていなかった。どうせ撃たれれば死ぬ、そう受け入れていた。

「お前の両親は死んだ」

沈黙があった。

「ついてこい、お前はまだ死ぬべきじゃない」

機械のような、感情の無い声だった。花は魂の抜けたように座り込むだけだった。その時、葵から電話がかかってきた。その音にはっと現実に引き戻される。机の上で携帯が光り、お気楽な着信メロディーが流れるか否かのところで、男の拳銃が火を噴いた。よく映画で使われている音が出にくい部類の銃らしい。それでも身体に電撃をくらわせるような音がした。携帯は壊れて飛び散った。男は片耳に手を当てると、無線らしきものに何かをつぶやいた。この男は自分を助けに来たのだろうか、花にはわけがわからなかった。両親が死んだという事実も、信じられなかった。目の前の男はゆっくりと銃をしまった。

「俺の後にこの窓から飛べ。人間は二階からなら飛び降りても死なない」

そういうと彼は躊躇せず窓枠に足をかけ、さっと目の前からいなくなった。本当に消えたのかと思うほど、着地する音は一切聞こえなかった。目の前には月光の差し込む窓だけが残されていた。脅威は去った、そう感じた。ひとまず目の前から武器をもった不審者はいなくなったのだ。興奮状態の頭で必死に状況を整理していると突然窓の外がパッと明るくなった。月の白い光ではなかった。窓枠が、その一瞬で周囲を明るくした光を反射して赤く燃えていた。慌てて窓から身を乗り出して下を見る。一階が燃えていた。早くも煙の臭いが自室のドアの下から入り込んできていた。窓の外はすぐ路地となっている。見下ろすと男が路地の向かいで待っていた。飛び降りるしかない。煙と共に感じられる熱気が、階段を下りる選択肢がないことを告げていた。花は決意を固めた。改めて下を見れば、途方もなく地面が遠い。風に煽られて再び心臓が掴まれたような恐怖を感じた。死なない、その言葉を信じるより他はない。花は飛び降りた。落ちる時間は思ったより数倍は長く、着地した足には自身の体重が何倍にも感じられるほどの重圧がのしかかった。痛みは無かった。息をつく間もなく、男は歩き出していた。暗い路地の先へ先へと進み、幾度となく曲がった。男の歩く速度は以上に早く、花は時に走りながら必死についていく必要があった。この男について行ってよいのかと自問自答しようとしたが当然そんなことを考える気力もなく、また両親のほかに身寄りのない彼女に他の選択肢があるわけでもなかった。いったいどれほど歩いたのだろうか、男は不意に立ち止った。そこには小さな雑貨屋があった。ずいぶん前に廃業したらしく、入口にはシャッターが下ろされており、ガラスのショウウィンドウからは中の薄暗く埃っぽい部屋がうかがえた。男はシャッターを開けた。見た目とは裏腹に、さほど大きな音を立てるわけでも、きしんだりするわけでもなく開いた。中は予想どおり乾いた埃臭い空気で満たされていた。光といえばショウウィンドウから入る街灯の白い光だけだった。置物にこびりついた埃がその光に輝いていた。

「入れ」

いつの間にか開かれた隠し通路に困惑しつつ、花はその階段を下りて行った。その先に明かりを感じた。後ろから男がついてくる。階段を降りると、通路はずっとそのまま奥まで続いていた。規則正しく蛍光灯が並び、よくわからない金属光沢のある素材に囲まれた通路だった。何かの研究施設の地下通路かと思われるほど近代的なその見た目に驚きながら、彼女は歩き続けた。彼女は考えようとした、今日の出来事について。しかしあまりに情報は膨大で、心も体も疲弊しすぎていた。ひとまずは歩くだけしかできなかった。花の靴の音だけが通路に響き渡っていた。両者は無言だった。

「止まれ」

花はびくっとして止まった。よく見ると通路のそこだけは少し作りが違っていた。通路はまだ先へと続いていたが、先は緩いカーブとなっていて見えなかった。男は通路の壁に手を当てた。「指紋認証システムを完了しました」という音声の後に、目の前の壁が一枚上へと吸い込まれ、先へ上る階段が現れた。

「進め」

花はその通りに階段を上り始めた。そこでふと、今まで気づかなかったあることに気がついた。男の声は、確かに彼女にとってどこか聞いたことのあるものだった。まさかそんなはずはないとはわかっていたが、彼女はそれが気になり始めていた。階段が終わり、鉄製のドアへと突き当たった。

「あの・・・あなたは」

そう言いながら振り返ろうとしたその時だった。首に強い衝撃を感じて、花の意識はぼんやりと薄れていった。


2024年12月4日午前0時15分――警視庁公安部対CUT作戦班本部――

数人の男が円卓を囲んでいた。高級ホテルのラウンジのようなその場所は暖かく、広間には緑に茂った背の高い植木がいくつも置かれていた。床は絨毯のような素材で、美しい模様が描かれていた。窓はなかったが、窓枠らしきところには観葉植物や骨とう品などが並んでいた。そこへ、また一人若い男が入ってきた。

「そろったか。今日は少し、長くなりそうだね」

クレノと呼ばれるリーダーらしき中年の男が話を始めた。彼は若くはないが、鍛え上げられた全身や、普通の男性より明らかに広い肩幅、顔に刻まれはじめた険しいしわは、彼が凡人に非ざる強靭な男であることを物語っていた。その眼光は優しく寛大でありながら、深くに触れられない気を感じさせる威厳を放っていた。

「今日は、この警視庁公安部対CUT作戦班、まあいつも通りアルファと呼ぶことにしようか。この組織が一つ大きな山場を迎えた日だったわけだ。CUTはいよいよ国家を脅かす力を持ち始めている。そんな時、今回の作戦は彼らにとっても大きな痛手となっただろう。」

彼の声は低く重く、穏やかで、そして少し寂しげな響きを持っていた。彼は続けた。

「とはいえ、これはCUTによる陰謀の足を引っ張ったに過ぎない。アルファはこれまでになくCUTの計画の核心部に近づいている気がする。だからここで彼らを食い止めるしかない。警視庁公安部にはさらなる援助要請として武器支援と、情報部隊の工作員派遣を要請した。おそらく、これまで以上に我々の作戦は遂行しやすくなる。ただ、逆に言えばアルファにはそれだけの責任が伴うことになる。私たちはこの日本をCUTの計画から守る最後の盾になる。だからみんなには、あと少し、全力で頑張ってほしい。よろしく頼む」

その言葉に、アルファのメンバーはそれぞれうなずく。見ればその面々は様々であった。男もいれば女も。リーダーのクレノよりさらに年を重ねていると見える者もいれば、まだ高校生のような青年もいた。彼らは訓練された工作員とは気づけないほど普通であった。しかし彼らはもれなく、複数の組織から選別された精鋭で構成される国内最強の特殊部隊員であった。

「では、一応今日の作戦時について教えてほしい。私が行けず急に隊長を任せてすまないね、ユノ」

クレノはユノと呼ばれる女性に申し訳なさそうに作戦結果の説明を求めた。ユノはまだ若く、黒髪を短く縛った奇麗な女性だった。背はそれほど高くはなかったが、すらりとしており、アルファで最も近接戦闘の強い部隊員には到底見えない美しい容姿だった。彼女は明晰に作戦の結果を報告した。

「作戦については予定通り実行できました。鈴村瑛人、鈴村芽衣、娘の鈴村花の三名については排除しました。ただ、やはり鈴村瑛人と鈴村芽衣の二名は何も吐きませんでした・・・。しかし、二人は指紋照合の結果、間違いなく11月の東京都足立区での拳銃による暴力団関係者三名の殺害犯とわかりました。恐らくは武器取引中のトラブルが原因です。それと、彼らはCUTの創始メンバーのうちの二人です」

そこで水谷と呼ばれている眼鏡をかけた若い男が驚いたように言う。彼は元陸軍軍医であり、様々な事情があって今はアルファのドクターかつ予備戦闘員だった。

「てことはCUTの創始メンバーはもう既にいないってことになるよな?」

「いや、あと一人いる」

クレノは穏やかな表情こそ崩さなかったが、少し低い声で言った。

「シュノですね」

クレノはゆっくりと顔をあげた。答えたのは、まだ高校生ほどの若い青年だった。

「ああ・・・そうだ。正確には彼はCUTの創始メンバーではないが、今のCUTは彼によって創られたといっても過言ではない。シュノ以外の創始メンバーは、皆が知っての通り元はただの強盗殺人犯だった。だから指紋も取れていたし、足立区で足がついたおかげで追い詰めることができた。だがそれはシュノも警戒していただろう。恐らくシュノ以外のCUTの創始メンバーを排除したからといって彼にたどり着くことは容易ではない。ここからが大変になるだろうな・・・。とはいえ・・・エント、今日ここでお前が話すべきことがあるはずだ」

クレノの言葉に、エントと呼ばれた先ほどの青年は微かにうなずく。皆が彼に注目していた。

「まずは作戦時、勝手な行動に出たことを謝罪します」

エントは椅子から立ち上がってまず頭を下げた。

「いいよいいよ、まだ若いお前が頭を下げることは無い」

ハントと呼ばれる五十歳ほどの彼はエントを優しく座るよう促した。彼はこう見えてアルファで唯一の狙撃手であった。幾千もの戦を勝ち抜いた戦士のような面構えの大男は、しわの増えた顔で暖かく微笑んでいた。

「ああそうだ。お前が急に別行動したのは妙だとは思ったけどな、まあエントのことだ。何か理由があったのだろう?話してくれるのならば、それでいい」

水谷がそう言うと、エントは落ち着いた様子で次のように言った。それはエント本人、そして既に事情を知っているリーダーのクレノ以外には理解し難い言葉だった。


「鈴村花は、まだ生きています」


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