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冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


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誘拐犯とドーナツを

「本部からの返答は待機だそうだ」


 惟之が伝えてきた言葉は、ヒイラギには理解しがたいものであった。


「どうして? 次の犠牲者になるかもしれないやつが、もう店にいるってのに!」

「落ち着け、ヒイラギ」


 品子が冷静にヒイラギをいさめる。


「本部としてはその対象の店を見つけたことでよし。後日、改めて発動者の確保を行えばいいという判断か。一般人なぞ、些末(さまつ)な犠牲といったところだろうな」

「だからって! 今、こんなに危険が迫っているじゃないか」


 ヒイラギの興奮をなだめるように、ゆっくりと惟之は話す。


「時期が悪かったと言うべきか。明後日に(はら)いがあるんだよ。だから必要以上に人が出せない」

「あ、祓いが……」


 ヒイラギは唇をかみしめていく。

 さすがに祓いの重要性は自分も理解している。


「待機場所として、先程の店に近いテナントの一室の使用許可が出ている。一度そちらに行こう」


 惟之はヒイラギの肩を軽く叩くと先を歩きはじめていく。

 待機場所と言われた部屋は、雑貨店のはす向かいのビルの二階だと惟之から説明を受ける。


 使用するはいいが、鍵はどうするのだ。

 ヒイラギは疑問を抱えつつ、指定の部屋へと向かう。


 ビルの二階のフロアには、三つの部屋が配置されていた。

 どの部屋にも人がいる気配はなく、しんと静まり返っている。

 指定先である一番奥の部屋へとヒイラギ達は向かう。

 片開きの上部にガラス製の窓が付いているドアの前に立つと、ヒイラギはドアノブをひねった。

 当然というべきか、鍵がかかっているので開くことは無い。


「ねぇ、惟之さん。鍵かかってるけど、どうやって入るの?」

「まぁ、急だったからな。当然、鍵は無いわけだ。そうなったらまぁ、……あれだな」


 惟之は、微妙な顔をしてただ立っているだけだ。


「一度、車に戻った方がいい?」

「いや、多分その必要はないと思う。……多分だが」

「おーまーたーせー!」


 後ろから品子の声が響いた。

 ヒイラギが振り返ると、見たことのない黒いリュックを持った品子が自分達へと向かってくる。


「品子、部屋に鍵がかかっていて入れないんだ。一度、車に戻った方がいいんじゃないのか?」

「あー、大丈夫。荷物取りに行ってて遅くなったけど今、開けるから!」


 品子は白い手袋をつけながらヒイラギに答えると、持ってきたリュックを床に置き、中から荷物を取り出していく。

 マイナスドライバー、ガムテープ。

 ヒイラギは惟之が微妙な顔をしていた理由をようやく理解する。


「それじゃあ、いっくよー」


 マイナスドライバーを手にした品子が、惟之のサングラスをいきなり奪う。

 そのままサングラスを自分に着けると、ガラスにドライバーを打ち付けていく。


「あぁ、ガラスが跳ね返るといけないから、惟之さんのサングラスを借りたのか。……って、いや違う! そんなレベルの話じゃない。こ、これって、……犯罪じゃないの?」


 ヒイラギが惟之に問いかけると、彼は苦々しい笑みを返して来る。

 何も言わないということは、惟之もこの行動を了承しているということだ。


 品子の三度目の打ち付けで、ガラスにひびが入る。

 それをドライバーで引っ掛け穴を開けると、品子は内側に腕を伸ばし錠を開いた。

 呆然と見ているヒイラギに向き直ると、品子は真顔で話しかけてくる。


「なぁ、ヒイラギ。覚えていてほしいんだ。もしこの件を誰かに聞かれたら『怪しいサングラスをした人物が侵入していました』って答えることをな」

「そんな話のために、俺のサングラスを取ったのかよ」


 惟之が呆れかえった様子でサングラスを取り返すと、ガムテープで落ちたガラスを集めていく。


「いや、その道具どっから手に入れたの?」


 問いかけるヒイラギに、品子は笑顔で返事をする。


「いや〜。昨日ね、拾ったんだよ。たまたま。なぁ、惟之!」

「あぁ。昨日、拾ったんだ。……たまたま」

「たまたま?」

 

 疑わし気なヒイラギの顔を見れないようで、惟之は目を逸らしながら話を続ける。


「まぁ、急な仕事があると、こういった事例も起こりうるんだ。これらの保証も組織がきちんとするから、お前は心配しなくていい」


 ドアを開け中に入ると、惟之が窓の方へ向かう。

 がらんとした部屋の中は何もない。

 夏の暑さを凝縮させたような熱がこもっている様子に、思わずヒイラギは顔をしかめた。

 先に入った惟之が、部屋の窓を次々と開けていく。


「ありがとう惟之さん。これで部屋の暑さも少しは落ち着くかな?」


 礼を伝えヒイラギは部屋を見渡す。

 奥の方に小さなミニキッチンがあるのが見える。

 水分等の補給は出来るだろうが、コップも何もない。


 七月の暑い中、ここで待つのはちょっと厳しいのではないだろうか。

 額の汗を拭い、ヒイラギは惟之の後ろから窓を覗き込む。


 多少、角度は悪いものの雑貨店の入り口が見える。


「すごいね。短時間でよくこんな所、確保できるものだなぁ。組織の力ってすごいんだね」


 ヒイラギが感心していると、振り返った惟之が品子に問いかけている。


「品子、シヤはどうしてるんだ?」

「あぁ。あの子は今、私の車で待機中。今の冬野君の声をスマホで録音してる。その作業に集中させたいからね。こちらの部屋が落ち着いたら、来てもらおうと思ってさ。それでそちらの準備の方は?」

「こっちは、取り急ぎ動ける人間に片っ端から協力を頼んでいる。後は出雲(いずも)が仕切ってるから、もう少しで物資等は届くはずだ」

「出雲君なら心配いらないね。おや、言ったそばから誰か来たみたいだ」


 部屋の外からバタバタと音がして「え、ガラス?」と慌てた声が聞こえてきた。

 この声にヒイラギは聞き覚えがある。

 先月の組織での研修を、一緒に受けていた人物だ。

 彼が二条所属であったことをヒイラギは思い出す。


連太郎(れんたろう)、そのまま入って来い」


 惟之が外の人物へと声を掛けている。


「あ、惟之様、こちらですね? 失礼します」


 ぺこりと礼をしながら、一人の少年が入って来る。

 両手に重そうなビニール袋を下げ連太郎と呼ばれた人物は、それらを部屋の中央に置く。


「すみません、自分が一番近いと聞いたので。まずは水や食料を、持ってきました」

「助かるよ。君は二条の子だね。急なのに来てくれてありがとう」


 品子は、持ってきた袋の中身を確認しながら少年をねぎらう。

 彼女の前で直立姿勢を維持している少年は、緊張気味に品子に返事をしている。


「品子様。二条の九重連太郎(ここのえれんたろう)です。今回のお仕事、三条も一緒なのですね。よろしくお願いします」


 惟之にしたように、連太郎は品子にも礼をする。


「はっはっは、可愛いねぇ。高校生位かな? 惟之。この子、私のお嫁さんにしていい?」


 品子は連太郎の頬に手を当て、さわさわと撫で始めている。


「お前はとうとう男を嫁扱いする人間になり果てたか。連太郎、毒される前に帰れ」

「っ、はい! 品子様、それでは失礼します」


 真っ赤な顔をしながら、ちらりと彼はヒイラギを見てきた。

 連太郎はヒイラギに会釈(えしゃく)をして部屋を出て行こうとしている。 


 会釈してくるだけ、彼はまだいい方だ。

 連太郎が出て行くのを見送りながらヒイラギは思う。


 気を許していないと感じる対応や言葉を母の死以降、ヒイラギは今までに十分すぎるほど受けてきた。

 そんな嫌な慣れもあり、いつもならあまり気にならない。

 だが今は、一連の出来事に触発されたのもあり、どうも心が落ち着かないのだ。

 その後も次々と人が入れ代わり立ち代わりで、荷物を運んでは去って行く。


「おー、だいぶ滞在できる準備が出来てるね。シヤを呼んできたよ」


 しばらくして、シヤが品子に連れられて部屋に入って来た。 

 長時間の発動で疲れてきているのだろう。

 彼女の顔色はあまりよくない。


「シヤ、少し休んだらどうだ?」

「大丈夫です。それよりつぐみさんですが、今はまだ無事です。声も聞き取れています」


 ほっとした様子でヒイラギはシヤに問いかける。


「今は! 今は、あいつどんな状況なんだ? 怪我してるのか? 泣いてないか?」

「……あの。今は犯人と思われる人物と、……ドーナツを食べようとしています」

「え?」


 シヤの口から出てくる単語が、あまりにもその場にそぐわずヒイラギの脳は理解を拒否する。


「な、あいつ馬鹿なの? 命の危険な時に何でドーナツなの?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々とヤバヤバな品子先生も大好きです。こんなノリは三代目の大泥棒しか出せない雰囲気ですねー。苦笑いだけで済ませる惟之さんの反応はもうその相棒そのものでした。 裏で色々と感情が絡んできました…
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