蝶は誘引する
「探し始めたのはいいんだけど。やっぱり何もわかんないなぁ」
思わず言葉がこぼれてしまう。
強い気持ちということで、品子が言っていた「店！ 見つけてやるぞ！ この野郎！」と心の中で呟き、たまに実際に唱えながら、つぐみは駅の周りを調べていく。
周辺をぐるぐると、もう数十分は歩き回っただろうか。
それなのに店の場所は、全くわからない。
「暑ーい。もー疲れたーっ！」
限界だ。
木陰のあるベンチを見つけ、そこでいったん休憩を取ることにする。
座って一息つくと、気が緩んだのか空腹感が襲ってきた。
「そういえば今日は、まだ何も食べてないや」
腹をさすりながら辺りを見渡し、つぐみは食事の候補を考える。
「歩きながら食べられるように、パンとか買おうかなぁ。それともがっつり体力つけて歩き回るために、ヘビー系のランチ？ うーむ、なかなか悩ましいですな」
目を閉じて考えていると、頬に何か触れる。
驚いて目を開けると、一匹の蝶がつぐみの周りをふわふわと飛んでいた。
「わぁ、アゲハチョウだ。人に当たるなんて、私に似てうっかりな蝶だなぁ」
親近感が沸き、つぐみはそっと手を伸ばしてみた。
驚いたことにその蝶は逃げることなく、指先の方へと向かってくる。
「わ、すごい。こんな間近で蝶が見れるなんて！」
蝶はつぐみの手に止まると、羽を小刻みに揺らしながら、ストローのような口を伸ばし指先に付けている。
「いや、悪いけど汗ぐらいしか出ないよ。私は」
くすくすと笑いながら眺めていると、ちくりとした痛みが指先にはしった。
「え？ 蝶って、針なんてあったっけ？」
言葉を発してすぐ、覚えたのは違和感。
体の自由が次第に、利かなくなっていくではないか。
（え、嘘？ なにこれ？）
自分の意志ではない、なにかの力により自分の手が動かされる。
そのまま鞄を肩に掛けると足が勝手に立ち上がり、体は前へと進んでいく。
（そんな！ どうして体の自由が利かないの？）
「あ、嘘。どう、……して？」
かろうじてだが、声は出せている。
助けを求めようと、つぐみは口を開いた。
「誰か、助けてくだ……」
そこで声が途切れてしまう。
口が強い力で押さえられるかのように、唇が閉ざされてしまうのだ。
「むぐっ、むうう」
自分の意思では、唸り声のような声しか出せない。
そうしているうちに、つぐみの足は細い路地の方へと向かっていく。
周りに誰も人がいない所を狙って、歩かされている。
何とかしなければ。
とりあえず前に進むのを拒むように、全身に力を入れてみる。
「……放してっ！」
感情に任せ、押さえられた口を開きながら抵抗を試みた。
一瞬だけなら、動きを止めることは出来る。
しかしすぐさま、体の自由は奪われ、ぎこちない動きで前へ勝手に進んで行ってしまうのだ。
こんな怪しい歩き方をしていたら、誰か気付いて声を掛けてくれるかもしれない。
必死に抵抗するが、つぐみが動きを止められるのは一時的なもの。
そうしている間にも、さらに人通りが全くない細い道を、どんどん歩かされている。
間違いなくこれは、沙十美をさらった存在の仕業だ。
（何とかして、この状況を先生達に伝えなければ！）
今、思いつくのはシヤの力。
彼女はつぐみが離れていても、声が聞こえると言っていた。
今までの動きを観察している限り、話す力と体を動かす力を同時に相手は抑え込むことは出来ない。
ならばどちらかに集中して、この操られた状態を打破していくべきだ。
歩くのが遅れたところで、いずれそいつの所に連れていかれてしまう。
（なら、こちらでいくしかない。お願い、シヤちゃんに聞こえていますように！）
つぐみはゆっくりと、だが確実に声を出しながら前へと進んでいく。
「し、やちゃん。きい、て」
