木津ヒイラギも考える
品子が部屋を出て、五分ほど経過した。
その間にヒイラギは、頼まれていた荷物を先に第三駐車場の草むらに隠しておいた。
大きく伸びをした後、眠っているつぐみの方を見ながら呟く。
「草むらに置いた鞄にアリとか入っちゃうかもしれないけど、まぁ仕方ないよな。恨むんなら品子にしてくれよ」
時間を確認しようとヒイラギはスマホを覗く。
あと五分程で、この部屋を出る時間のようだ。
椅子で、すやすやと眠るつぐみに近づき、改めてその姿を見つめる。
見事な間抜け面だな。
失礼だとは思いつつ、そんな印象を抱く。
幼さが垣間見える、つぐみの無防備なその寝顔。
この姿に、年上という事実をヒイラギはどうも受け入れがたい。
「品子は気を付けろって言ったけど……。どう見たってこの人が要注意人物には見えないんだよなぁ。あの時、子供みたいにおろおろしてたと思ったら、なんか勝手に怪我してるし。しかも人の心配して、また怪我を増やしてたし」
だが、シヤの名前を言い当てられた時。
その際には彼女の観察眼には驚かされたのもヒイラギにとっては事実。
彼はそのまましゃがみ込むと、つぐみの顔を覗き込んだ。
緊張感のかけらもない顔をして、つぐみは眠り続けている。
「千堂沙十美と比べれば、綺麗っていうタイプではないよなぁ」
さらに失礼だとは思いつつ、ヒイラギは駅前で会った彼女達をつい見比べてしまう。
カラフルなワンピースにブルーのヒールサンダルをするりと着こなしていた千堂沙十美。
例えるのならば、鮮やかな彩りを持ちあわせたバラの花束のような存在だ。
誰もが彼女の美しさには、目を引かれずにはいられないだろう。
対して、この冬野つぐみ。
ガーネットのTシャツに白の半袖シャツ。
ライトブルーのクロップドパンツというおしゃれさよりも動きやすさを重視したその姿。
並んでしまえば、どうしても二人の違いに目が向かう。
大抵の人間は、千堂に目を奪われることだろう。
だけど柔らかな輪郭や優し気な彼女の顔立ち。
それらに好感を持つものも少なくないだろうことも、ヒイラギは理解している。
その彼女の左腕の内側には、絆創膏からはみ出た赤い線のような傷が見える。
自分のためでなく他者を思い、負ってしまった傷にヒイラギは小さなため息をつく。
「誰もそんなことを、求めてないのに。もっと自分をしっかりしてから、他人に関わればいいのに」
ヒイラギの脳裏に、自身の母の姿が浮かぶ。
「大体、損しかしないのに。損して、利用されて、最後は、……消えちゃうんだ」
突然、ポケットで暴れるように動くスマホの振動にヒイラギは我に返る。
この部屋を出る時間が来たようだ。
ヒイラギは、つぐみを抱きかかえドアの前に立つ。
目を閉じて辺りの様子をうかがう。
――この部屋の前の廊下には、今は誰もいない。
シヤよりもさすがに重いなと、どうでもいいことを考えながら、静かに扉を開きヒイラギは廊下に出る。
一旦、抱きかかえていたつぐみをそっと廊下に座らせる。
品子から借りた鍵で部屋を施錠し、再びつぐみを抱え直す。
熟睡しているようで、これだけ揺らされていても彼女は全く起きる気配はない。
目を閉じ集中する。
道が、見える。
大きく息を吐いた後、床を蹴り目的地へと向かう。
眠り続ける彼女を抱えながらヒイラギは呟く。
「品子は……。品子はこの人を、利用するつもりなのだろうか?」




