冬野つぐみと千堂沙十美
「私達って『よく言えばおっとり。悪く言えば、ぼーっとしている』なのよね。人に合わせなきゃ、雰囲気を壊さないようにしなきゃって、今までは行動してきたけど」
掛けられた言葉に、冬野つぐみは隣に座る人物へと目を向けた。
並んで座る親友の千堂沙十美もまた、同じように課題を片付けながらつぐみを見つめ返してくる。
思わず微笑むつぐみに、眼鏡の奥の瞳を細め、彼女もまたくすくすと笑う。
沙十美はつぐみが大学に入って出来た初めての友達だ。
二人が通う鳥海大学。
ここは某政令指定都市から車で四十分ほどの距離の、戸世市にある自然豊かな学校だ。
自然豊かな学校と響きはいいが、つまりは山の中ということ。
そのため、学校まではそれなりの坂道を登らなければならない。
そんな場所で二人は出会った。
隣にいる沙十美を、つぐみはつい見つめてしまう。
さらさらの真っ直ぐな黒髪、小さな顔の輪郭から零れんばかりに溢れる笑顔は、本当に可愛らしい。
沙十美とは同じ学部ということ、人とかかわることが苦手という共通点もあり、自然と仲良くなった。
テキストの重さと課題の多さにうんざりしながらも、二人は学校生活を楽しんでいる。
「まだこうして出会って間もないのに、つぐみとはそんなこと考えなくていいのよねぇ。ここを卒業しても、あなたにはずっと友達でいて欲しいと思うわ」
沙十美はそう言って、つぐみの手を握ってくれる。
彼女の柔らかい手は、つぐみの手と心を温かく包み込んでくれるのだ。
「人」と触れ合えること。
「冬野つぐみ」として見てもらえる喜びを、沙十美は会うたびに教えてくれる。
彼女は自分に、幸せな日々を過ごしていいのだと教えてくれた大切な人だ。
そうして穏やかな時は優しく紡がれ、紫陽花が美しく雨に輝く頃。
誕生日が近い二人は小さなリボンのついたチャームを作り、それをイヤリングにして互いにプレゼントとして贈りあった。
「リボンのチャームって、お互いを結ぶ絆の証らしいよ。あー、つぐみが男の子だったらよかったのに!」
イヤリングを眺めながら呟く沙十美を見て、つぐみはくすくすと笑う。
「いや、男の子はイヤリングしないでしょ……」
つぐみは気づいている。
沙十美には、絆を結びたいと思っている男の子がいるのではないかということを。
その相手が自分の知っている人であるということも。
彼の名は坂田。
グループ課題の際に一緒になった男の子だ。
無邪気な笑顔と豪快な気質で、彼はグループをあっという間にまとめ上げていく。
彼は自分たち二人には資料集めなど、他人との関わりを持たなくて済むような仕事を自然に振ってくれた。
構内で会うたびに、いつも自分達へと穏やかに挨拶をしてくれる。
そんな彼に沙十美が惹かれていくのは、つぐみにも十分に理解が出来るものであった。
そんな彼の周りにはたくさんの人が、それこそ男女関係なく集まって来る。
その中に入ろうとするのを、沙十美は諦めているようにつぐみには見えた。
彼女の魅力が他の人に比べて、見劣りするというわけでは決してない。
あと一歩、彼女に勇気があれば。
ずっと一人きりだった自分を、見つけ出してくれた。
その温かくて見ているだけで凍えきった、寂しかった心をたちまちに溶かしてくれたその笑顔を。
そう、それをもっと他の人にも見せれば、十分にあの輪の中にも入ることができるというのに。
折につけて、つぐみは沙十美にそう進言する。
しかし彼女は顔を真っ赤にしてこう言うのだ。
「無理! えーっと、そう! この笑顔はつぐみ限定です。どうぞ大切にご鑑賞くださいませ」
沙十美は頬に手を当てながら、その限定をふわりと披露する。
そうしてまた、いつも自分はこの笑顔にごまかされてしまうのだ。
正直、もったいないとつぐみは思う。
だが限定のこの恩恵が嬉しくて、つい笑って終わらせてしまうのだ。
この笑顔を自分だけで独り占めをしたいという気持ちは我儘だろうか。
他の人から見たら、独りよがりと言われるものだろうか。
この時間は、幸せで大切な時間とよべるもの。
彼女が許してくれる限りこうしていたいと、つい願ってしまうのだ。
◇◇◇◇◇
「……でもね、つぐみはずるいと思うの」
ある日の昼食中に、弁当の卵焼きを一口でぱくりと食べ、沙十美はこう言ってきた。
「私の好きな気持ちすぐに気づいたし。観察力かなぁ? 他の人より鋭いよね。この間もクラスの佐藤さんと瀬尾君が付き合っているんじゃないか、というのも本当にそうだったし」
「うーん、それはたまたまそうかなぁって思っただけだよ」
「じゃぁ、そうかなぁって思った理由は?」
お茶に手を伸ばしながら、沙十美がつぐみに尋ねてくる。
「え、えーとまず。二人とも何かにつけて、目が合ってこっそり笑いあってるところだね。私達もそうだけど、一緒のものとか持っていたりするでしょう? ほら、例えばシャーペンとか。同じ種類じゃないんだけど、同じ色のものを二人とも使っているなぁっていう所を何日か見かけたん……」
沙十美の反応がないことに気付き、言葉を止める。
驚いた表情を浮かべる沙十美を見て、つぐみは自分の行動に後悔を抱く。
人とのかかわりが消極的な分、人の行動や言動を観察してしまう。
他の人が気付きにくいものを見る癖が、つぐみには出来てしまっているのだ。
「ご、ごめん。気持ち悪いよね?」
慌てて話しかける声に、沙十美はようやく我に返り首をぶんぶんと横に振った。
「いや、全然そんなことないよ! なんかそういう観察眼は坂田君もあるじゃない? つぐみも気づいたことを坂田君みたいに出していけば、もっと素敵になれると思う!」
彼女なりの精いっぱいのフォローに、つぐみは甘えさせてもらう。
「はいはい、ありがとう。頑張ってみるね。坂田君にもっていくあたり、本当に彼のことが好きなんだね」
不安そうな顔をしていた自分に、彼女は精一杯の優しさと言葉をくれる。
そんな行動に触れるたび、つぐみは彼女が掛けてくれた言葉を思い返すのだ。
『あなたにはずっと友達でいて欲しいって思うよ』
どれだけこの言葉に、自分は救われているだろう。
どうかいつまでも続きますように。
沙十美を見つめながら、つぐみは深く願うのだった。




