むかしのはなし
もう十年も前のことになる。
当時ヒイラギは六歳、シヤは四歳だった。
頭が痛い。
誰かの声がする。
目を開けたヒイラギの前には品子がいる。
家に帰らずに、そのまま駆けつけたのだろう。
セーラー服を着た彼女は、体中に怒りをみなぎらせている。
三つ編みを揺らしながら、彼女は大声で、目の前の大人達にくってかかっていた。
「どういうおつもりなのですか? この子達はまだこんなに幼い子供なのに! 見せる必要なんてどこにあったのですか?」
ぼんやりとした頭で、品子が怒っているのをヒイラギは見つめる。
「必要だろう? この二人はマキエ様の子供だ。母親の最期くらい見ておいた方がいいと思ったんでな。それにこちらも本当に困っているのだよ。後継者もまだなのに、亡くなられてしまったのだから」
対する相手は、彼女の怒りに全く動じていない。
その言葉に、さきほど見せられた母親の最期を思い出す。
「……あ、あああっ! おかあさん、おかあさんが」
「っ、ヒイラギっ!」
自分の叫び声に、品子が駆け寄り、強く抱きしめてくる。
「しなお姉ちゃん、どうしよう、おかあさんがきえちゃう。ねぇ、しなお姉ちゃん、たすけて」
「ごめん、ヒイラギごめん」
品子はただ謝ってくるだけだ。
そのことに、ヒイラギは悲しみを覚えてならない。
「ねぇ、どうして? あやまらなくていいから。しなお姉ちゃんもぼくをたすけてくれないの? おかあさんをたすけてくれないの?」
ヒイラギの口からは、言葉が止まらない。
「ねぇ、じゃあだれがたすけてくれるの? ねぇ? おねえちゃん!」
そう叫ぶヒイラギの目が、品子の背中越しにいるシヤを捉える。
先に目を覚ましていたであろうシヤは、ただこちらを見ていた。
だが、何も言わない。
目は開いているのに。
まばたきだけを、ただ繰り返している。
ただ、いきをしてるだけ。
ただ、生きてるだけ。
泣きながら自分を抱きしめる品子のしゃくりあげる声を聞きながら、ヒイラギもシヤの姿をただ見つめ続けていた。




