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冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


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来ない彼女とハンカチ

「痛ーい、痛いよぅ」


 爽やかとはあまり言えない、暑さで空調もあまり効いてくれない部屋で、つぐみは大騒ぎをしながら着替えている。

 品子に送ってもらい家に着いてから、左腕には大き目のばんそうこうを貼っておいた。

 傷は当然ながら癒(い)えることもなく、痛みを継続させている。


 その怪我の時に巻いてくれた、シヤのハンカチを手に取る。

 血が付いてしまっていたので、その場では返すことも出来ず、そのまま持って帰ってきてしまった。

 急いで洗ったおかげで、血の染みは分からない位にまで消えている。

 とはいえ、さすがにこれを返すのも申し訳ない。

 どうしようかと思いながら、彼女のハンカチを見つめる。


 青色の綿の生地に、二匹の子猫が音符と遊んでいる可愛らしい絵柄だ。

 ふんわりとした触り心地と、綺麗にアイロン掛けがされているハンカチ。

 これだけでも彼女がとても大切に使っていたのがわかる。


「こんなに大事に使っているならば、やはりこれは返すべきだよね。うん、あと貸してくれたお礼として、新しいハンカチも買ってプレゼントをした方がよさそう」


 今日の学校の帰りにでもプレゼントを買って、改めてこのハンカチにアイロンがけしたら彼女に返そうと決める。


「彼女の家は……、人出先生に聞けばいいよね。教えてもらえなかったら、先生から渡してもらえばいいし」


 やることが決まれば行動開始だ。

 時計の針は、そろそろ家を出なければいけない時間を指しつつある。

 鞄を抱え、学校に向かう。

 

「あ、そうだ。沙十美にきちんと、昨日の事を説明してあげなきゃ。シヤちゃん達のことを、誤解しているんだって教えてあげよう」


 そうして浮かんだあるアイデアに、つぐみはにんまりする。


「沙十美に、一緒にハンカチ選んでもらおう。きっと誤解が解けたら謝りたいって思うよね。一緒に買物にいけたら、嬉しいな」


 ほのかな期待を胸に、つぐみは学校へと向かう。

 だが沙十美はこの日、学校に来なかった。

 体調不良かと思いメッセージを送ったが、既読もつかず電話も出てくれない。


 二限が終わり休みに入ると、鈴木がつぐみの元にやって来て沙十美のことを聞いて来た。

 彼女の方も、同様に連絡が付かないようだ。

 滅多に話をしないつぐみのたどたどしい返事を気にすることなく、相手をした鈴木はにこやかに去っていく。


 沙十美は一人暮らしだ。

 万が一のことを考え、様子を見に行った方がいいかもしれない。

 講義が終わるとすぐ、彼女の家に向かおうと急いで片づけに入る。

 駅に向かうため学校の坂を下っていると、後ろから軽くクラクションが鳴らされた。

 振り返ると品子が、運転席から手を振っているのが見える。

 車をつぐみの横に寄せると、窓が開き、元気な声が聞こえてきた。


「やぁ、見つけた見つけた〜! 冬野君。……ってあれ、なんか急いでいる感じ?」

「あ、すみません人出先生。ちょっと用事があって」

「ん? 顔色がよくないが、何かあったのかい?」

「え、えっと。実は沙十美が今日は休みなんですけど、スマホに電話しても出ないのです。メッセージも既読が付かないので、今から家に寄ってみようかと思って。……ところで先生は何か私に?」

「おう、大有りさ。まず予告通り容器を返すぞ! 糸コンたくさん入れてくれてありがとな~」


 空になった容器をごそごそと自分の鞄から取り出し、つぐみへと差し出してくる。


「あ。でも今、渡されたら迷惑か? 千堂君のところに行くんだったな?」

「いえ、大丈夫ですよ。空だから重いわけでもないですし」


 そう答えるつぐみを、品子はじっと見つめてくる。


「なぁ、もしよかったら。肉じゃがのお礼に、千堂君の家の近くまで送ろうか? 場所を知らない私が言うのもなんだけどな」

「いえ、さすがにそれは申し訳ないですから」

「でも今、君は腕を怪我しているだろう? 学校の教材も重いだろうに。私も千堂君と連絡が取れないというのは、教師として心配だし」


 ここまで言ってもらい、無下(むげ)にするのも失礼であろう。

 そう判断したつぐみは品子の言葉に甘えて、沙十美の家まで一緒に向かうことにした。


 昨日と同様に品子へ道を案内する。

 違うところは、案内している場所と品子の態度だ。

 沙十美のことを心配しているからか、今日は口数が少ない。

 沈黙が気まずくなり、つぐみはシヤのハンカチのことを話すことにした。


「先生。実は私、この怪我の件でシヤちゃんにハンカチを借りたんです。返すつもりなのですけれど、お礼に新しいハンカチも一緒にプレゼントしたいんです。シヤちゃんのお家って長根町ですよね。もしよかったら場所を教えてもらってもいいですか?」

「……いやいや、いいぞ。そんなことまで気にしなくても。多分、シヤもあげたつもりで渡したんだろうし」


 やはり品子の声に、少しだけ緊張が感じられる。

 昨日の態度とのあまりの変わり具合に、戸惑いを覚えながらつぐみは続けた。

 

「いえ、私の気持ちが収まらないので。でも迷惑になりそうだったら、先生から渡してもらってもいいですか?」

「ん~、そうだな。たしかそろそろあいつ試験期間のはずだから。よかったら私が預かろうか?」

「いいですか? じゃあ、お願いしたいです」

「わかった。ではその際にはいつでも言ってくれ」

「はい。あ、あそこの広いところで止めてもらっていいですか? そこから見える茶色の屋根のアパートの一階が、彼女の家です」

「あぁ、あそこか。私が一緒に行くと彼女を驚かせるだろうから、車の中で待たせてもらおう。でも、報告は聞きたいな。一度こちらに戻るなり、彼女の家に留まるつもりなら連絡が欲しいね」

「はい、多分すぐ戻ってくると思います」


 つぐみが車を降りようとすると、品子は鞄からスマホを取り出してきた。


「すまないが冬野君。今だけでいいから私の番号を登録しておいてくれないか? スマホを手に持って、いつでも私にかけられる状態にしておいてくれ。大げさかもしれないが」

「ご心配いただきありがとうございます。では行ってきますね」


 少し歩き振り返ると、品子がこちらを見ていた。 

 その顔は心なしか青ざめて見える。

 何かにおびえるような表情に見え、得体のしれない恐怖がつぐみに起こる。


 スマホの画面に品子の番号が出ているのを確認し、沙十美の部屋のチャイムを鳴らす。

 しばらく待ってみるが、返事や彼女が出てくる気配はない。


 家にはいないのだろうか?

 それとも居留守?

 もしかして倒れている?

 そう頭を悩ませていると、持っていたスマホが鳴り出した。

 小さく悲鳴を上げ見つめた画面には、品子の名が表示されている。

 慌てて通話ボタンを押し、つぐみは状況を説明しはじめた。


「先生。チャイムを鳴らしてみましたが沙十美は出ません」

「……そうか。ならば今から電話を切るから、千堂君のスマホにかけてみてくれないか? そのドア越しから、部屋の中で彼女のスマホの呼び出しが聞こえるか、聞いてみたらどうだろう?」

「わかりました。やってみます」

「とても教師が生徒に話す内容ではないが頼む」


 品子の電話を切り、沙十美に電話を掛ける。

 一回、二回とコールが鳴る。

 電源はまだ切られていないようだ。


 周りに人がいないのを確認して、部屋のドアに再び近づく。

 夏の暑さを閉じ込めたような熱を帯びたドア、苦労しながらそっと耳を当てる。

 耳をすませても、部屋の方からは何も聞こえてこない。

 心の中で沙十美に謝りながら、ドアに併設された郵便受けを開け、中の音が聞こえないかと聞き耳を立ててみる。


 室内からは人のいる気配や、スマホの呼び出し音も聞こえてこない。

 玄関から移動し、反対のベランダ側へと回りこむと、そちらにある窓にも耳を当てて同様に試してみる。

 だが、中からは何も音は聞こえない。

 部屋の中はどうだろうと思い窓を見るが、カーテンで隠されていて室内は見えなくなっていた。


「冬野君! どこだ? いないのか?」


 玄関側から、品子が呼んでいる声がする。


「すみません! 私、今は裏手の方にいます!」


 品子のいる方に戻りながらスマホを見ると、車を降りてから既に十分程の時間が経過していた。

 つぐみを見つけた品子は、ほっとした表情を浮かべている。


「車で待っていると言っていたのに悪かった。君に電話をしても繋がらないから、心配になってしまってね。ついこちらに来てしまったよ」

「すみません。ずっと沙十美のスマホに電話を掛けていたので」

「いや、気にするな。それで千堂君は?」


 額の汗を拭いながら、品子が聞いてくる。


「家にはいないみたいです。……どうしたんだろう」

「まぁ、どこかに出かけているみたいだね。このままここにいても仕方がない。君は家に帰った方がいいだろうね。もちろん送っていくよ」

「大丈夫です。自分で帰れますから」

「まぁ、そう遠慮するな。あまり言いたくないが、君の顔色は相当悪い。途中で倒れられたら、それこそ私がずっと後悔することになる。それでもいいのかい?」


 品子は真っ直ぐにつぐみを見すえている。

 確かに、ここで断って心配をかけるのも良くないだろう。


「……ありがとうございます。お言葉に甘えていいですか?」

「おう、どんどん甘えなさい。料理が上手で素直な子は先生、大好きだぞー」


 ポンポンとつぐみの頭に軽く触れながら、品子は笑う。

 彼女の優しさに、沈んだ心が少しだけ軽くなる。


「助かります。あ、そうだ! 昨日から作っておいた茄子の煮びたしがあるのです。よかったら食べませんか? 容器をそのまま使ってお渡ししま」

「……冬野君」


 品子の声のトーンが急に変わる。

 見上げた先には、とても真剣な表情。

 一昨日の、別れ際と同じだ。

 その時の言葉をつぐみは思い出す。


『……過ぎた好奇心には、気を付けた方がいいかもしれない』


 品子を見上げたまま、何も言えなくなってしまう。

 そんなつぐみの肩を、苦しそうに顔をゆがめた品子の両手が掴む。

 大きく息をつき品子はゆっくりと口を開いた。


「煮浸しを作ったのは昨日。つまりは二日目で味が染みていると」

「……え?」

「か、隠し味とかは使ってるのかい?」

「えっと、はい。さっぱりしたのが好きなので、生姜と叩いた梅干しを入れて作りました」

「……冬野君、いやここはあえて『冬野さん』と呼ばせて頂こう」


 両手をパンと合わせた品子が、つぐみを拝んでくる。


「二日連続でおすそわけを貰うなんていけない。それはわかっているんだ。だが君の煮びたしは、私の我慢をするという理性を、軽々と超える力技をもって私に襲い来る。しかも梅干しの隠し味だって! どんな味がするのかなぁって考えたらっ!」


 つまりあの苦しそうだった表情は、煮びたしのことを考えていたからなのか。

 あまりに予想外の答えに、張りつめていた空気が一気に緩みつぐみは思わず笑ってしまう。


「あはっ、あははは。先生! 味の保証はないですけど、たくさん作ってあるから持っていって下さい」


 その後、つぐみは家まで送ってもらい、約束通りに煮びたしを渡した。

 至福の笑みを浮かべ、容器に頬ずりをする品子を道路まで見送る。

 部屋に戻ったつぐみは、沙十美のスマホに電話をかけてみた。

 コール音が鳴ることなく、無機質な声で電源が切られていることを伝えるアナウンスが流れだす。


「どうしたんだろう、沙十美」


 不安と共に、つぐみの口からは言葉がこぼれていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヒイラギ、シヤ、品子は何者かの犠牲者? こいつらは悪者かと思っていたけれど、実は味方な可能性が浮上してきた? それとも、何者かの命令を聞かないといけない状況で近付いている? 謎が多いな…
[一言]  ストーリーの急展開、ついに役者も出揃った。という感じでしょうか。個性あふれる登場人物や友情の僅かな亀裂に暗躍する影。  私はこの作品に心拍数を持っていかれてます。おそらく健康診断したら確…
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