13 だからこうする
それからいくつか質問を重ねたところ。薄々感じていたが、隣でのんきに馬に乗る今世の兄が前世の愛弟子だと確定しましたー。信じたくない。いったい私はどこで教育を間違えた。
いや別に、この変化が悪いことだとは思わないがな?貴族にとってはお世辞も立派な武器の一つなわけだし。こいつの歯が浮くような台詞だって、これ以上に甘く飾り立てられた口説き文句にしか思えない会話が普通に夜会とかで交わされていることもあるわけで。
―なぜ知っているか?ははは、たとえ平民上がりとはいえ王子の側近を夜会に招いてくる奴らは多かったんだよ。女性は恐ろしいということを身をもって知った。何も知らずに行ったらどうなっていたことやら。
そう、これは本来喜ばしいことのはずなんだ。次期侯爵家当主として、腹黒くドロドロとした貴族社会で通用するほどに成長したと思えばいいんだ。それだけなんだ。
...こいつが、ダンスの時に女性と手をつなぐことでさえ動揺するような初心な子だったと知っていなければ、弟子の成長を素直に喜べるんだけどな。
『し、師匠!師匠~!』
『どうした、ヴィル?そんなに顔を赤くして』
『師匠、知ってましたか!?ダンスの時って、その、お、女の子に触れるって...!』
『…そりゃあ、男女ペアになって踊るんだからな。リードするのに、全く触れないというのは難しいだろう』
『で、でも!女の子に触れるって、その、その...どうやって接すればいいんですか!?というか何を話せば!?』
『なーに恥ずかしがってんだよヴィル坊?んなもん、『お嬢さん綺麗だね!思わず見惚れちゃったよ☆』とでも言っときゃいいだろーが』
『というか、私だって一応貴族の御令嬢なんですけどー?少しくらい意識してくれても罰は当たらないと思うんだけどな?ほらほら、若いお姉さんのカラダ見て何か思うこととかなーい?』
『…あのな、ダン。お前みたいな遊び人とヴィルを一緒にするな。あと夜会とかでそんなことを言ってみろ、顰蹙を買うだけだ。そしてマチルダ、思春期の男子をそうからかってやるな。変にぎくしゃくされたら困る』
『別にからかってるつもりはないですよー、ほら、まずは身近な存在で慣れていけばいいと思っただけで』
『え、いや、マチルダ先輩は違うんですよ!僕が言っているのは、なんか触ったら折れちゃいそうなくらい細くて気の弱そうな女の子のことです!』
『なにそれ、私が図太いって言いたいわけー?喧嘩なら買ってやるわよこのクソガキ』
『ほら、そこまでにしておけ。お前ら今訓練の休憩時間だって分かってるよな?喧嘩する元気があるならさっさと戻れ』
『団長の言うとおりだよ。あとヴィルくん、そういうのは慣れだから。回数こなせば自然となんとかなるものだよ』
『なら、師匠も副団長みたいに慣れたんですか?僕も大人になれば、動揺することも無くなりますか!?』
『あーまあ、たぶん、そうだな。そうなるんじゃないか、きっと』
『じゃあ、僕も頑張ります!』
…こんな会話を交わした日もあったなと思い出す。結局、学園に入ってからもこいつが慣れることはなく、ダンスの授業がある度に私に泣きついてきて、似たような会話を繰り返したんだった。
ダンもマチルダも立派な騎士だったのだが、ダンは無類の女好き、マチルダはほぼ男所帯の騎士団では珍しい女性騎士で―ちなみに婚約から逃れるため騎士になったというご令嬢とは彼女のことだ―少年たちには少々刺激が強い女性で、まあなんとも青少年の教育に悪そうな部下たちだった。
だからこそ、余計にあの初心な弟子の存在が際立って見えていたのだ。内心では、そのまま真っ直ぐに育ってほしいと思っていた。…交際関係の縺れで問題を起こしてほしくなかったというのもあるが。
うん、まあ、だからなんとなく素直に喜べないし、こうやってうじうじと悩んでしまうのだろうな。
今私が何をしているのかというと、馬車で旅を始めて一日目、暗くなる前に街道沿いの宿場町につき、まあまあ高級そうな宿に宿泊したところだ。バーンスタイン家が領地と王都を行き来するの時は毎回ここに泊まっているという。
出発してから半日ほど馬車に乗っていたわけだが、その間ずっと弟子のことを考えていた。自分で言うのもなんだが、悩み過ぎだろう。初めて今世で会えた知り合いが自分の知っている時とは変わっていたのだから、仕方のないものなのだろうか?
…どうやって接するべきなのだろうな。今ここで私の正体をばらしたら、あいつはどんな反応を返すだろうか?『まさか師匠にまた会えるなんて思いませんでした!』と素直に喜んでくれるか。いくら私から話を振ったとはいえど、長々と思い出話を語ってくれたのだから、死んで数年がたった今でも私のことを想ってくれているのだと少しくらいうぬぼれても構わない、だろう。この本人でさえもよく分かっていない奇跡を受け入れてくれる、のだろうか。
それとも。『そんなこと起こるはずがない』と、受け入れてもらえないのか。記憶があるだけで、師匠本人じゃない!と、クリスティーナ=私ということを、認めてもらえないのだろうか。私を、私の存在を、拒否されるのか。
ああ、なるほど。
もしかしたら、私は怖いのかもしれない。
死んで、生き返って、性別も変わって。分かっていないことのほうが多くて、誰かに相談することもできずに。私ですら、私が私であると、絶対にそうだと信じ切れなくなっている。
―誰かに「お前はクリス・ハイドンではない、記憶があるだけの別人だ」と断言されたら、思わず受け入れてしまいそうなくらいには、もろい。
そしてそれが、互いに互いのことをよく知っている、愛弟子だったら。袋小路に入ってしまっている私よりも、よほどあいつの言葉の方が信頼できる。あいつが違うというのなら、本当に私は違うのだろうと、納得してしまう自分がいる。
でも、それでも。それを受け入れたくない。私は私だ、その前提をもとに、この人生を生きてきた。私は王子の側近だった、国内最強だった、だからこの程度のことなどたった一人で乗り越えて見せなくては。私は騎士として最期を迎えた、だから今世でも騎士になるために努力しなければ。それだけを頼りに、恐怖や不安と戦ってきた。
その前提がなくなったら、私はこれからいったい何を頼りに生きていけばいい?何もわからず、誰にも助けてもらえず、ただ恐怖に押しつぶされてしまう?そんなことは、それだけは、絶対に嫌だ!!!
なら…
でも…
それなら…
だが…
あーーーもう!!!!!
もういい、どうせ頭を捻って考えたところで情報が少なすぎるんだ、こんな状態で深く考えたところで、余計にこんがらがって自分の首を絞めてしまうだけだ。私がクリス・ハイドン本人だという確証がない?ならそれは私がクリス・ハイドン本人でないことを証明できないということとイコールだ、なら別に私が私を名乗っても構わないだろう。文句が言える奴なんていやしない。
思考を放棄したともいえるが、もうなんだっていい。そもそも私は今子供なんだ、なんか変な行動をとったところでも「子供だからよくわかんない」とでも言っときゃいいだろう。怪しまれたらその時はその時で。考えが一気に雑になった?うるせえどうせ私はどうせ脳筋だ、王宮で会議とかするよりも剣をふるって暴れるほうが性に合う。理論ぶって考えたたところで分からないのだ、騎士らしく行動に移してしまえ。
だからこうする。
「あの、お兄様。私に剣を教えてくださいますか?」
遅くなって本当にごめんなさい。部下とかこれから出てくるキャラとかの設定考えてたらいつの間にか時間がたってました...
クリスはどちらかと言えば脳筋です。頭は悪くないけど、考える時間があるなら動け!的な。騎士だし。庇護対象(弟子とか)が出来て責任とか取る立場になるにつれて、よりたくさんのものを守るためにより慎重に考えるようになりました。考えて考えて考え抜いて、でもわかんなくなってやけになってバーン!みたいな感じでキレて暴れ出します。でも地頭いいしそもそもつよい。