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第9話 学校にて

(練習通りにやれば、大丈夫だ……)


 月曜日。登校してきた弓弦ゆずるは、教室の扉の外に立っていた。


(『白い猫を拾ったんだけど、誰か引き取ってくれる奴いないか? うちで預かってるんだけど、これ以上置いとけなくて』......よし、いいぞ。なるべく笑顔で......)


 口角上げ、自分ができる最大の「笑顔」を浮かべる。台詞もばっちり準備してきた。


 時刻はホームルームが始まる5分前。クラスのほとんどの人は既に登校してきているだろう。そこで猫の貰い手を募集すれば、もしかしたら誰か手をあげてくれるかもしれない。

 

 そう考えた弓弦は、普段よりも早く(といっても、遅刻常連の弓弦にしてはだが)家を出て、こうして心を落ち着かせているのだ。


 朝練を終えて登校してきたクラスメイトたちが、一人突っ立っている弓弦に戸惑うような視線を投げかけてくる。あんまり長くこの場に居ると、教室内でまたいろいろな憶測おくそくが飛び交ってしまうかもしれない。


(……よし、いくぞっ!)


 心を決めると、弓弦は勢いよく扉を開け放った。談笑していたクラスメイトたちが驚いたように一斉にこっちを見てくる。


 三十人強の視線が当てられ、弓弦の心臓は大きく跳ね上がった。いつもは遠巻きに噂されているだけなので、ある意味新鮮な感覚である。


(雰囲気にのまれるなよ、俺。練習通り、練習通りだ……)


 そう自分に言い聞かせ、昨日寝る前に何度も鏡の前で練習した渾身の「笑顔」を浮かべた。そして、未だ硬直しているクラスメイトたちに向かって言葉を放つ。


白いの(・・・)を引き取ったんだけど、誰か引き取ってくれる奴はいないか!?」


 静寂に包まれた教室に、弓弦の声が響き渡った。


(……ん? 今、言葉が何か抜けたような)


 自分の発言を思い出そうとしていると、先頭の方に座っていたいかにもリア充っぽい見た目の女子――確か、山辺やまべだったか――が、強ばった顔で聞いてくる。


「さ、笹瀬川……あんた、ついにクスリ(・・・)にも手を出したの……?」

「は!?」

「白いのってクスリのことでしょ!? それを貰ってくれだなんて、あんた正気!?」


 あっ、と気づく。緊張のあまり、一番肝心な言葉が飛んだ。


「ち、違う! 猫の話だ、猫の! 拾ったんだけど、これ以上うちには置いとけないから――」

「拾った!? うちに置いとけない!? やっぱりクスリじゃない!」

「人の話聞かないなお前!?」


 ヒートアップした山辺はこちらの言い分を全く無視し、「みんな気を付けて! 水筒とか弁当にも、気づかれないうちにクスリを盛られるかもしれないわ!」と騒ぎ立てている。

 

 他のクラスメイトも最初は半信半疑だったようだが、あまりに熱く危険を説く山辺に影響されたのか、「変な味がしたらすぐぺってするんだぞ! ぺって!」「最近はラムネみたいなのもあるからね! 笹瀬川くんからお菓子を貰っても食べちゃダメだよ!」など次々に声を上げ始めた。


「違うんだって! 頼むから話を聞いてくれ!」という弓弦の懸命な抗議も、周りの喧騒けんそうにかき消されてしまう。


「おいお前らぁ! うっせえぞ!」


 そんな風に騒いでいると、担任が教室に入ってきてしまった。


「あ、先生聞いてよ! 笹瀬川がクスリを!」

「何ぃ!? 笹瀬川ぁ! お前、遅刻はしてもそっちには手を出さないって先生は信じてたのによぉ!」


 一瞬だけ仲裁を期待したが、その希望もあえなくついえる。


(すまん、奏。俺は無力だ……)


 詰め寄ってくる担任の視線から逃れるように、弓弦は窓の外へ視線を向ける。


 ふと「奏はうまくやれたのだろうか」という、自分の現状を棚に上げた心配が浮かんできた。


 それが現実逃避なのは、言うまでもないことだった。







「ぷくくく……良かったなぁ弓弦。不良からヤクザに格上げされて」

「笑い事じゃねえって……朝から大変な目に遭ったんだぞ」


 昼休み。こっちの気も知らず笑ってくる海斗かいとをじろっとにらむ。


「いやあ。なんか隣のクラスが騒がしいなーと思ってたら、お前がそんなことになってたとは。知ってれば見に行ったのに」

「ただ猫の貰い手をつのっただけなんだけどな……」

ただ(・・)ねえ。廊下ですれ違った奴らは『笹瀬川があくどい顔でクスリを売りつけてきた』って騒いでたけど?」

「うぐっ」


 渾身の笑顔ができたと思っていたのは自分だけだったらしい。がっくりと膝から崩れ落ちる。


 ちなみに、誤解だと説明するのに朝のホームルームをめいっぱい使ってしまった。担任からは「誤解される言動をした笹瀬川が悪い」と怒られたが、なんだか納得がいかない。騒動の発端になった山辺は、流石に気まずそうにしていたが。


「で、引き取ってくれる奴は見つかったのか?」

「全く。話しかけてくる奴すらいねえ……海斗、お前ちなみに」

「あー、わりい、うちの妹が猫アレルギーなんだわ」


 マジで申し訳ねえ、といった様子で謝ってくる。「それは仕方ないよな」と返事をしつつ、思わずため息が出てしまう。


「これであては全滅か。どうすっかな」

「いやお前の交友関係狭くね? ……って、そうでもないようだぞ」

「ん?」


 意味ありげに笑い後ろを振り返った海斗につられ、弓弦も顔を動かす。


「君たち、本当にりないわね……『立ち入り禁止』の札、見えてないの?」


 呆れたようにこちらへ歩いてくるのは、海斗のクラスの委員長である天王寺てんのうじだった。


「ちょうどいいとこに来たな、委員長。弓弦が頼みたいことがあるって」

「笹瀬川くんが?」


 どうしたの、と腕を組む天王寺。お説教は後回しにしてくれるようだ。


 ちなみに今の彼女は胸を強調する格好になっているわけだが、どうも本人は気づいていないらしい。微妙に視線をらしながら、弓弦は簡単に事情を説明した。


「……なるほどね。そういうことだったら、私の家族にも聞いてみるわ」

「本当か!?」

「ええ、もちろん。ただ、あんまり期待しすぎないで欲しいというか……やっぱり、命を預かるって大きな決断だし」


 申し訳なさそうな顔で付け足された言葉に、はっと気づかされる。


(そりゃ、そうだよな)


 動物の世話をするということは、玩具を買うこととは訳が違う。継続的にお金がかかることもそうだが、けがや病気、ストレスにだって気を使う必要がある。


「猫を引き取ってもらう」ということの重さを改めて実感し、身が引き締まる思いだった。


「いや、考えてくれるだけで助かる。ありがとな」

「どういたしまして……って、まだ何もしてないわよ?」


 天王寺は悪戯いたずらっぽく笑った。日頃のまじめな態度に加え、こういう茶目っ気があるところも人気の理由の一つなのだろう。


「それにしても、ちょっと意外だったわ」

「……何が?」

「面倒見がいいんだなって。笹瀬川くん、あんまり自分以外のことに関心なさそうだったから」


 おそらく天王寺が言っているのは猫と、そして奏のことだろう。拾った経緯を説明するときに、彼女のことも簡単に触れてある。一部、意図的に説明を省いたところもあるが。


「……なんか気になるんだよ。あいつのことが」

「おい弓弦!? まさかお前、本当に中学生に手を出そうと――」

「海斗はしばらく黙ってろ。……そういうのじゃなくて、なんつーかあいつ、中学生っぽく無いというか、重たい事情抱えてそうな気がして」

「奏ちゃん、だっけ?」

「ああ。あいつのこと考えたら、せめて猫の居場所を見つけるくらいは手伝ってやりたいって思ったんだ」


 捨て猫を撫でながら「自分と同じだ」と言った奏の表情は、今も弓弦の脳裏に焼き付いている。それは、弓弦が中学時代に見捨てて(・・・・)しまった友人と同じで、希望を失った、諦めの表情だった。


 浮かび上がってきた苦い記憶を振り払うように首を振り、「なんとなく放っておけなかった」と二人に伝える。


 天王寺はふうんと頷いていたが、ふと思い出したかのようにブレザーのポケットに手を入れ、財布を取り出した。


「そうだ! 笹瀬川くん、今日その子に会う予定ってある?」

「え? あ、ああ。たぶん今日も猫に会いに来ると思うけど」

「だったら、これあげるわ」


 そう言って天王寺が渡してきたのは、駅前のデパートに入っているクレープ屋の無料引換券だった。しかも二枚ある。


「期限今日までなんだけど、私は委員会があって行けないから。良かったら二人で行ったらどうかしら」

「なんでまた急に」

「その子の事情は分からないけど、甘い物でも食べたら少しは気分が晴れるんじゃないかなって」


 女の子はみんな甘い物好きだし、との天王寺の発言は妙に説得力があった。


(確かに、奏も幸せそうにプリン食べてたもんな)


 奏は受験生だが、昨日の模試を見る限り成績の心配は不要だろう。「本人が行きたいって言ったら連れてく」と、天王寺から引換券を受け取った。



次回更新は9月15日(日)の21時を予定してます。デート回がしばらく続く、かも?

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