第10話 お出かけ
「おお、いろんな種類があるんだな」
「……迷う」
放課後。天王寺に貰ったクレープの引換券を使うために、奏と駅前のデパートに来ていた。フードコートの一画にある店だが、豊富な品揃えと価格帯の低さから女子高校生には人気の店らしい。
「ベリーベリー美味しそう……でも、チョコも捨てがたい」
むむ、と眉をひそめて奏は考え込んでいる。先ほどからずっとこの調子だ。
(ほんとに甘いの好きだよなあ)
誘ったとき、目を輝かせて「行く!」と食い気味に迫ってきたのを思い出し、弓弦は苦笑を浮かべる。
普段は無表情な奏がこれほどまでに感情を露わにするのがクレープというのは、女子の甘い物に対するこだわりを見せつけられた気分だ。
とはいえ、流石に十分以上店の前で迷っているのはいかがなものかと思う。
「おい奏? 店の迷惑にもなるし、そろそろ決めろよ」
「うう……」
急かすと、奏は苦渋の決断といった様子で「4種のベリーベリークレープ」を注文した。お店の人からクレープを手渡されると一転して嬉しそうな顔になったのだから、なんとも現金な話だ。
じゃあ俺は、と一番無難そうな「チョコバナナクレープ」を注文する。出来立てのクレープを口に運ぶと、冷たい生クリームと温かいクレープ生地が絶妙な美味しさを感じさせる。
もぐもぐとクレープを味わっていると、隣に立つ奏からの視線を感じた。
「……どうした」
「弓弦のそれ、チョコ味?」
奏の視線は正確には、弓弦の持つクレープに固定されている。
「……まあチョコバナナだから、チョコ味ではあるな」
「……じー」
チョコ味も食べたい、という欲望を隠しもせず見つめてくる奏に根負けし、弓弦は肩を竦める。
「一口だけだぞ」
「……いいの?」
「見られたままじゃ食べづらいし」
言いながら、クレープを奏の方に差し出す。てっきり受け取って食べるだろうと思っていたら、奏は目を輝かせ、差し出されたクレープにはむっとかぶりついた。
「おい、奏!?」
抗議の声を上げるも、チョコを堪能している奏は知らん顔だ。実際、気にしていないのだろう。
(これ、学校の奴らに見られたら……)
どう見ても、弓弦が奏に「あーん」としているようにしか見えない。
一人慌てている弓弦を見ると、奏は何を勘違いしたのか、自分の持っていた「4種のベリーベリークレープ」を差し出してくる。
「……弓弦もいる?」
「いらんわ!」
思わず怒声になってしまったのもやむ無しである。
*
「……あ、悪い奏。先帰っててくれるか?」
クレープを食べ終わりフードコートで時間を潰していたとき、あることを思い出した。
「用事?」
「最近、寒くなってきただろ。寝るとき冷えるから、毛布を買おうと思ってたんだよ」
今はまだ初秋だが、もうじき冬がやってくる。一人暮らし初年度ということもあり、「必要なものは適宜買ってなんとかしろ」と親からは多めに仕送りを貰っていた。
(風邪なんか引いたら、うちの母親は絶対押し掛けてくるからなあ)
高校生にもなって親に看病されるのは気恥ずかしいにも程がある。そのため、体調管理だけはしっかりしようと弓弦は心に決めていた。
「つーわけで、俺はちょっと別のとこ寄ってから帰るから」
「……私も、一緒に行っていい?」
「いや、ダメではないけどさ……」
周りを見回しても、家族連れの姿はほとんど見られない。スマホで時刻を確認すると、18時を少し回ったところだった。買い物をしてから帰ると、家につくのはおそらく20時近くになってしまうだろう。
「奏、夕飯はどうすんだ?」
「冷蔵庫にあるもの、適当に食べるから平気」
「……せめて親に一報入れといた方が」
「必要ない」
両親に心配をかけるのも良くないだろう、という思いからの弓弦の提案だったが、返ってきたのは強い拒絶だった。
(こいつ……)
出会ってからまだ一週間も経っていないが、言葉の端々から奏が両親と上手くいっていないのは弓弦も察している。ただ、これほど明確に親との確執を弓弦に伝えたのは初めてではないだろうか。
一瞬硬直した弓弦を見て、奏は焦ったように首を振った。
「ち、違う。弓弦に言ったんじゃなくて……」
「……それは大丈夫だ。分かってる」
「……ごめんなさい」
しゅん、と俯いてしまった奏は、しかしそれ以上言葉を重ねてこない。
そんな奏の頭をくしゃりと撫でてやると、驚いたようにこちらを見上げてきた。
(せめて一緒にいるときくらいは、気にさせないようにしなきゃな)
そう心に決め、奏に手を差し出す。
「ほら、大丈夫なんだったら行くぞ。ちょっと歩くけど平気か?」
「……! う、うん」
ほっとしたように手を取ってくる奏を見て、弓弦はどこかくすぐったい気持ちになった。
手を繋ぎながら、というより奏の手を引きながら、デパートから少し離れたところにある大型のホームセンターにたどりつく。
その間はお互いに無言だったが、時おり腕にすり寄ってきていたのは気づいていた。ただ、たまに弓弦が視線を向けると素知らぬ顔で離れてしまうのである。一体どういう心境なのか、理解に困る。
(なんか奏って……猫っぽいんだよな)
無表情でどこか近寄り難い気配があるにも関わらず、一度懐に入れた相手には意外と甘える。「気ままな猫」という印象がぴったりと当てはまるように思えた。
そんなことを考えながらホームセンターに入り、目的の「布団・毛布」のコーナーに向かう。
「ここか。えーっと、天然素材、化学繊維……? なんか色んなのがあるな」
「うん。さっきのクレープといい勝負」
奏も目を丸くし、いろんな毛布を手で触っている。「こっちはふわふわ。こっちは……もふふわ?」と何やら評価を下しているらしい。正直さっぱり伝わらないが。
奏にばかり任せるわけにもいかないので、弓弦もいくつかの毛布を触って確かめてみる。
どれも一緒だろ、なんて最初の方は思っていたが、確かに素材によって触り心地は(値段も)全然違う。せっかくの機会だし、と次第に熱が入り始めた。
「うーん、やっぱり手触りはカシミヤが一番だよなあ。でも洗濯の手間を考えるとフリースの方が使い勝手が……」
「弓弦、こっちきて」
少し離れたところに居た奏に呼ばれ、手に持っていたサンプルを棚に戻す。
「見て、『着る毛布』だって」
「着る……? へえ、こんなのもあるのか」
奏が指差したのは、毛布をそのまま羽織ったようなデザインのルームウェアだった。シンプルなものからフードが付いたものまで、実に多くの種類がある。そのほとんどは、女性向けに可愛らしく、ゆったりとした形にデザインされたものだった。
「とはいえ、俺が着るにはちょっとなあ」
「弓弦、可愛いくなれるかも?」
「絶対嫌だ。……お、奏ならこれとか似合うんじゃないか?」
たまたま見つけたのは、猫のデザインが施されたものだった。パーカーのフードには猫耳が、背中の部分にはしっぽのようなものがついている。さっき奏が猫に似ているなんて考えていたから、目に留まったのだろう。
さすがに中学生3年生でこのデザインは嫌がるかと思い、からかうつもりで差し出したのだが、奏はえらく真剣な面持ちで見つめている。
「……弓弦、ちょっと待ってて」
「へ? お、おい奏?」
止める間もなく、近くに居た店員の方へ駆け寄る奏。二言三言交わすと、頷いてこちらに戻ってきた。
「試着してもいいって」
「……」
「今、ちょうど合うサイズの持ってきてくれてる」
ふんす、と何故かやる気満々に報告してくる。すぐに店員の女性が「こちらがSサイズになります」と、奏が試着する用のものを持ってきてくれた。
「このまま羽織っても、平気ですか?」
「はい! あ、でもブレザーだけは脱いだ方が着やすいかもしれません」
「分かりました」
そんなやり取りをしながら、奏はいそいそと「猫耳付き着る毛布」に着替えている。せいぜいブレザーを脱いでいる程度なのだが、直視するのはなんとなく憚られ慌てて視線を逸らす。
「弓弦、どう?」
奏の声に振り向くと、猫耳フードまでしっかりと被った奏が小首をかしげて立っていた。
「……」
「まあ、可愛らしいですよ! サイズの方もぴったりですね! あとはここを……ほら、こうするとますます子猫のような愛らしさが出てると思いませんか?」
言葉が出なくなった弓弦とは対照に、女性店員は奏を褒めちぎる。リップサービスではなく、おそらく本心から子猫姿の奏を可愛いと思っているようだ。
(いや、これはまずい)
ただでさえ、弓弦の庇護欲を掻き立ててくるしぐさをすることが多い奏だ。ほっそりとした手を包むモコモコの袖は、小柄な奏には少し長かったのか、いわゆる「萌え袖」状態になっている。涼しい季節、あれだけ愛らしい姿の奏があたたかな毛布を纏って傍に来たら、抱きしめたいという欲求を抑えるのは至難だろう。
「弓弦?」
反応が無いのを不思議に思ったのか、奏は再度こてんと首を傾げた。それにあわせてフードについた猫耳も横に揺れ、弓弦の視線を否応なしに引き付ける。
あまりの可愛らしさに悶絶しそうになっている弓弦に気づくことなく、奏による精神攻撃はその後もしばらく続いたのだった。
次回、弓弦くんの自制心が試される!(大嘘)
次回更新は9月18日(水)の21時を予定しています。
着る毛布はいいぞ。ぬくもふの自給自足だ。




