第十一話 水遊び
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
草原を越えても馬車の跡は続いていた。山の麓の森に向かって。
山越えしなければならないかと思えばそういうことでもないらしく、斜面を避けるように道が曲がりくねっていた。
これを辿っていけば人里へ行き着くことは容易だな。それにある程度整備されているから、昨日のように創造神が転びまくることもないだろう。
――といっても、木々を切り倒した後を車輪で踏み固めただけのようだが。
その森の一本道を歩いていた俺の耳にザアァァという音が聞こえてくる。
水のせせらぎだ。
その音は間違いなく近くに川や滝といった水場が存在していることを示していた。ちょうどいい。
「創造神、ちょっと水を補給してきていいか?」
そう言いながら俺は、水筒(ガラス瓶に縄を括り付けて運びやすくしただけのもの)を背負っていた革袋の中から取り出す。
中身は既に空で、入っていたはずの水は一滴たりとも残っていない。
――全部、創造神が飲んじゃったからな。
喉が乾いていたらしいから仕方がないとは思うけど、もう少し計画的に飲んでほしい。
「寄り道は大歓迎ですから、許可します」
「そういえばそんなこと言ってたな」
創造神の許可を得た俺は、道をそれて茂みをかき分け、水の音がするほうへ真っ直ぐ進んでいく。
俺の耳が正常ならきっとすぐ近くに……あった、川が。
緩やかな斜面を下って河原に降り立ち、つづく創造神が危なげに降りてくるのを見届けた俺は、川辺にしゃがんで瓶を水面に沈めた。
「綺麗な川ですね」
すぐ隣にかがんで川の水を眺めていた創造神がそんな感想をもらした。
「せっかくだから少し休憩していくか」
いかにも水遊びしたそうな目だったので俺がそう言うと……
――ブーツを脱ぎ捨てた、創造神が川に突っ込んでいった。
陽光きらめく川をパシャパシャと音をたてながら。
「うー、破壊神、とっても冷たくて気持ちいいですよ!」
「温かくて気持ち悪い川なんてまずないだろ」
「なんですかその冗談? 相変わらずつまらないですよ」
裸足のままで川面を踊るようにステップを踏む女神さんは……やっぱり毒舌だ。
普段は優しいのに。
まあ、今に始まったことではないし、慣れてるけど。
それとは別に俺の冗談ってつまらないのか。
もしそれが本当ならもう少し頭を使って発言したほうがいいかもしれない。
冗談が面白ければ友達とかたくさんできるかもしれないし。
そんな言葉のナイフが刺さった俺は、水筒を川から引きあげ革袋に戻す。
今思ったけど、こんなにまったりしていていいのだろうか?
このままじゃ確実に星空を眺めながらの野宿になりそうだ。
「破壊神!」
「ん? どうしッ――」
水面に向かってため息をついていた俺がその声に顔を上げると……
――バシャッ!
突如、俺の顔面に冷たい水がかかった……というかかけられた。
「……創造神、とっても冷たいんだが。もしかして俺に恨みでもあるのか?」
「え⁉……いや、違います! これはその、仲の良い男女は水をかけ合う、と書物で読んだので実際にやってみたいなって」
なんだよその書物。偏った知識を創造神に吹き込みやがって。
これ以上こいつの頭がどうかしたらどうするんだよ。
そんな心配が止まらない俺は、蘇ったときに黒くなった髪をかき上げ、座ったまま創造神と同じように素足を水につける。
透き通ったその流れはひねくれた俺の心を清めるかのように冷たいが、創造神の言う通り気持ちいいな。ずっとダラダラしたくなるほどに。
ふぅ……
――ヤバい。もう俺ですら旅路を急ぐ必要がないと思い始めている。
「なあ、創造神。このままのんびりしていていいのかな?」
「ゆっくりでいいと思いますよ。長い旅になるのですから」
諭すように言いながら創造神が俺の横に座った。
確かに急ぐ旅ではないからグダグダしても……
いやだめだ。
冷水を顔にかけ思考を正しい方向に矯正したら、怠惰の心など流されて冷静な判断力が戻ってきた。それは悲しいまでに『歩け』と叫んでいる。
急ぐ必要がなくても、どんなにのろくても、歩かなければ目的は達成されない。
そう……目的。
まてよ、創造神は自分の創った世界を見て回りたいと言っていたが、その目的の根底にあるのは……
「そういえば創造神、お前が世界を見て回る目的って――観光だけじゃないよな?」
そうだ。そうだった。
「気づきましたか?」
懐かしい光景でも思い出すかのような表情で創造神がこちらを向く。
そんなコイツとは違って俺は忘れてはいけないことを……忘れないと決めたことを俺は忘れかけていたのだ。
――俺達が『神』なったあの日のことを。
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……根拠はないです。