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天国より上へ  作者: ruri
3/3

第3話 天国より上へ

水商売歴も年数が経過した頃、バイトしているお店が不景気の影響で人員整理することになった。

オープン当初から在籍している、古株と呼ばれるスタッフを姉妹店に異動させするという話しが出た。

売り上げの成績が悪いお姉さま方は容赦なく、減給されることになった。

銀座の街は、不景気で客足が遠のき、ここ数年で大分様変わりした。

老舗クラブが閉店し、大箱の低価格なキャバクラがオープンするようになった。

即戦力になるホステスが時給の高さに魅了され、引き抜かれてクラブからキャバクラへ移る人も少なくなかった。

声の掛かったお姉さま方が、岐路に立たされていた。

姉妹店に異動する人、他店へ移る人、そして静かに銀座を去る人、

私は今のお店に引き続き残る形になっていた。

時給は変わらず、基本ヘルプという形での契約なので、お姉さん達のようにノルマはない。


そんな中、翔子さんに自分のお店を始めようと思うと打ち明けられた。

飲んでいる時に、いつか自分でお店をやりたい。

少しの食事とカラオケを置いて、スナックぐらいの規模でやりたいんだよね。

漠然と密かな夢を聞いたことはあったが、こんなに早い段階で決まるとは思っていなかった。

翔子さん自身、こんな急にとは考えていなかったと思うが、人員整理が入ったことで翔子さんの気持ちを突き動かした。

このままお店に居座っても売り上げは伸びないだろうし、いつまでも雇われホステスでは将来性がない。

やるならこのタイミングがベストだと決意した。

オープンからいまのお店で一緒に勤めてきた、翔子さんと同じ年齢のお姉さん、たまきさんと一緒にはじめることになった。

私も手伝いたい。

と申し出たが、時給が変動せず異動もないということは、お店にとって必要な人材という意味。

今の条件ならこのまま居たほうが良い。

それに、銀座のような時給は払えないから。と・・・

お金は一番シビアな問題だ。

これによって人間関係も崩れていく。

意思の疎通が図れる私にお願いしたいのは山々だが、翔子さんはその部分は公私混同せず、きちんと割り切って先輩として適切なアドバイスをしてくれた。

こうして私はそのまま店に残ることになり、翔子さんはたまきさんと共に、開店に向け忙しく日々が始まった。



新店舗は、居抜きで立地条件の良い物件が見つかった。

カウンターにテーブルが二卓のこじんまりとしたお店だが、翔子さんが思い描いていた、スナックの形で何品か小料理を出す、親しみやすいお店が出来上がった。

お料理が得意で、おもてなしが上手な翔子さんにはピッタリのお店だ。

お店の内装も終わり、オープンに向け着々と進んで行った。

開店の3日間、翔子さんの古くからの友人と私もお手伝いすることになった。


いよいよ開店初日。

翔子さんのお店、『ダリヤ』がオープンした。

ダリヤの花言葉は「感謝」

常に心に持ち続けているのだろう。

実に翔子さんらしい店名だ。

翔子さんのお客様と、以前お世話になったお店のママや同僚も駆けつけお店は大繁盛だった。

狭い店内はギュウギュウ詰めで、席が空くまで廊下で待つお客様までいた。

花輪はフロアの廊下にずらーっと並び、エレベーターホールまで埋め尽くした。

翔子さんのこれまで築き上げた歴史と人柄が、反映されているようだった。

翔子さんも念願の自分のお店を持ち、銀座のクラブの時以上に、輝いて生き生きしていた。

順調に幕を開けた。

と、みんなが思っていたに違いない。



翔子さんに彼がいることはなんとなく知っていたが、具体的な話を聞いたわけではなかった。

高崎から上京したときに知り合ったお客さんで、まだ未成年だった何も知らない若い頃からお世話になり、いまもずっと続いている。

はじめて銀座で勤めたお店を紹介してくれたのも、その彼だったらしい。

時々、彼の話をする翔子さんは、少し照れ臭そうに、けど嬉しそうに話してくれた。

その時だけは、乙女の顔になっていた。

その彼が、お店の開店祝いに現れた。

はじめて会ったが、顔を見てすぐに翔子さんの彼だと気付いた。

ダリヤの花束を持って現れた彼に、耳元で何か囁いていた翔子さんの横顔はとても綺麗だった。

好きな人にだけ見せる顔。

恋をしている女性は内面から色気が漂う。

本当にその通りだと思う。



三日間、怒涛のオープンイベントを終え、打ち上げの席に翔子さんの彼がやって来た。

同じテーブルに座り、

お疲れ様!

と乾杯し、みんなで一緒にお酒を飲んだ。

翔子さんの隣に座っている彼を見ていて、なぜか違和感を感じた。

表現が難しいが、この人とは魂が違う。

深入りしてはいけない人だと思った。

大好きな翔子さんの彼にそんな風に思う自分が嫌で、心がざらついたのを覚えている。

翔子さんは開店前の準備から連日寝不足で疲れていたはずだが、彼の前でとても嬉しそうにはしゃいでいた。

目の前で楽しそうな翔子さんを見ながら、

(気のせいだ。)

と気を逸らすのが精一杯だった。



オープンから数ヶ月が経ち、お店は順調に稼動し、いつも繁盛していた。

私は会社が休みの土曜日、たまにお手伝いをしていた。

土曜日はお店付近にある企業も休みが多く、近辺の店も休みだった為、プライベートなお客様が多く、わりと空いていた。

平日は混んでいて、普通にお酒だけを売るスナックと違い、料理を出す翔子さんの店は人手が足りず、一杯一杯になっていた。

そんな時、翔子さんの彼がチーフとして、お店で一緒に働くことになったと聞いた。

主に、洗い物と会計が彼の役目。

それを聞いたとき、私は嫌な予感がした。

この予感が外れてくれたらいいのに。

翔子さんは自分の彼なので、当然信用して任せていた。

私の嫌な予感は当たらず、何事もなく数ヶ月が過ぎた頃。

土曜日だったその日、久しぶりに翔子さんのお店のお手伝いに向かった。

「おようございまーす。」

お店に入ったら、翔子さんとチーフの姿はなく、たまきさんだけがお店にいた。

「今日ね、翔子ちょっと遅くなるって。」

あ、そうなんだ。

まぁそんな日もあるかと、たまきさんと二人で準備をしていたら、

「最近、様子がおかしんだよね。」

と、たまきさんが言った。

ここ最近の翔子さんは、翔子さんらしさが欠けてしまったように元気がないらしい。

私はすぐチーフのことが頭に浮かんだ。

たまきさんと話していたら、お店の電話が鳴った。

たまきさんが電話に出て、少しの間話し込んでいた。

翔子さんからで、今日は体調が悪いのでお店を休むからと。

適当な時間にお店を閉めて、るりと帰ってとのことだった。

オープンしてから、翔子さんが休んだのはこの日がはじめてだった。

チーフからは何の連絡もなく、お店に来ることはなかった。

二人に何かが起きたのは明らかだ。

嫌な胸騒ぎがした。



明日、翔子さんに連絡するとたまきさんが言っていたので、私はたまきさんからの連絡を待つことにした。

次の日の夕方を過ぎ、夜になってもたまきさんから連絡はなかった。

私は落ち着かず、どうしようかと考えたが、たまきさんに電話してみた。

しばらくコールしたが出ない。

諦めて切ったら、折り返しかかってきた。

今、翔子さんの家にいるという。

心配で仕方なかった私は、

「私も行きたい。行ったらダメですか?」

とすかさず聞いた。

たまきさんが確認を取ってくれ、翔子さんが承諾してくれた。

すぐに家を出て、翔子さんの家に向かった。

玄関まで出てきて迎えてくれたのは、たまきさんだった。

「ちょっと取り乱してて、いまさっきちょうど落ち着いたところ。」

一言それだけ言うと、中に通してくれた。

薄暗い部屋の中で、ソファーに寄りかかる翔子さんのやつれた姿を見て、何と言葉を掛けていいか分からず、ただ立ちすくんでいた。

「るり、心配かけてごめんね・・・」

翔子さんが小さな声でそう言った。

いつも大きな声でガハハと笑う翔子さんとは、別人だった。

こんなに弱っている人が目の前にいるのに、私は何もすることができなかった。

優しい言葉一つかけられないくせに、ただ翔子さんのそばにいたかった。

たまきさんは黙って翔子さんをそばで見守っていた。

静かな時間を3人で過ごたした。

どれだけ時間が経ったかわからない。


「お腹すいたよねー。なんか食べようよ。」

と、この空気を変えようと言わんばかりに、翔子さんが言った。

ご飯なんかきっと食べたくないだろうし、一人になりたかったかもしれない。

たまきさんは、普段通りに二人がいつもするような会話で、

「ほんとだ。

なんも食べてないもんね。

デリバリーでもしよっか。」

と言い、チャイナクイックでデリバリーを頼んだ。

たまきさんは、3人では食べきれないぐらいの量を注文した。

絶対、こんなに食べれないのに。

「食べるぞーー。」

と言って、まだ気持ちが切り替わらない私に、翔子さんは無理して笑わかせようとした。

たまきさんが、手際良くテーブルセッティングをし、ワインのコルクをポンッと開けた。

「飲もうよ。」

明るくそう言って、私にワインを注いでくれた。

二人のそんな様子を見て、私はまだまだ子供だなと痛感した。

二人のように振舞えるようになるのは、一体いつになるんだろう。

みんなで少し冷めた中華を食べた。

たまきさんはいつも通り、何事もなかったかのようにお酒をグビグビ飲んだ。

翔子さんも、少し元気が出てきたように見えた。



翔子さんと彼との間に起こったトラブル。


これまで翔子さんの口からはっきり聞いたことは一度もなかったが、私もいい大人だから、二人の関係は大体聞かなくてもわかっていた。

翔子さんと彼は不倫だった。

彼には奥さんと子供がいる。

翔子さんが若い頃、出会ったときにすでに結婚していた。

まだ子供だった翔子さんは、はじめて大人の男性を知り、上京して寂しかったのもあり彼を心の拠り所としていたのだろう。

それから10年、関係は続いていた。

いつか離婚するから一緒になろう。

と言われた言葉を信じて、翔子さんは離れられず別れられずにいた。

そしてお店を持つことになり、チーフとして一緒に働くことで今まで以上に沢山の時間を過ごせるようになった。

嬉しい反面、仕事となるとまた違った感情が芽生えてくる。

会計は任せっきりにしていた。

お酒やおしぼり、その他の仕入れから支払いまで、彼がほぼすべて担当していた。

月末、銀行へ行くと収支がどう計算しても合わない。

プライベートでは、翔子さんの誕生日にきちんと離婚して清算するから、それまで待ってくれと毎年言われ続けた。

翔子さんはその言葉を疑うことなく信じていた。

帳簿のズレはだんだんと広がり、三桁近く合わなくなってきた。

それを追求すると、彼は逆ギレしてきた。

仕事では金銭面で不信感を抱きはじめ、プライベートでは甘い言葉で翻弄されっ放し。

彼の支離滅裂な態度にイライラしっぱなしだった。


そんな時、熱っぽく身体がダルい日が続いた。

風邪かも。

お酒が全く美味しくない。

煙草が不味い。

トイレに入り、ハッと生理が遅れていることに気付く。

つわりが始まっていた。

妊娠検査薬はせずに、病院に向かった。

妊娠三ヶ月に入っていた。

翔子さんは生む決心をしていた。

堕ろすなんて考えられなかった。


お店が終わった後、最後のお客様を見送り、二人っきりになったお店の中で伝票をつけている彼に打ち明けた。

伝票をつけていた手が止まり、顔を上げた。

その顔は明らかに困惑していた。

けど、翔子さんは怯まず固い意思を告げる。


「私は生むから。」


そう言った後、今まで我慢していた不満が一気に爆発した翔子さんは、彼を責立てた。

激しいやりとりがあったらしいが、彼が何を言っていたかは覚えていない。

覚えているのは、カウンターから出てきた彼が


「すまん。頼むから堕ろしてくれ。」


土下座をして懇願された。

その姿を目にした翔子さんは、目の前で起きている状況が理解できず、体全身がガタガタと震えだし、パニックに陥る。

気が付いたら彼のネクタイを掴んで、力一杯絞めていた。

真っ赤になった彼の顔を見ても、手を緩めることをしなかった。


「助けて」


と苦しそうに彼が言った瞬間、さーっと血の気が引いた。


このままでは殺してしまう。


ネクタイから手を放そうとしたが、興奮状態で気が動転しているのか、手が硬直してほどけない。

やっとの思いで振りほどいた後、長い呪縛から開放されたように、目が醒めた。

殺しても何の解決にもならない。

こんな男を殺しても、一欠けらの価値もない。

ろくでもない男に騙され続けた、愚かな自分が悪い。

震えていた体と氷のように冷たくなった手に血が巡り、いまになってようやく麻痺していた頭がどんどん醒めていく感覚を覚えた。

それが彼との最後だった。



お金はこれまでの勉強代と割り切り、請求することはしなかった。

そんなことより、二度と顔も見たくない、関わりたくない。

お前と関わりたくない。

私の目の前から消えてくれ。

一つだけ後悔しているのは、授かった命。

もがき苦しみ悩んだが、この世に誕生することはなかった・・・



蕾から花開く、女の中で一番綺麗で大切な時期を一人の男に奪われた。

翔子さん本人が一番辛いのに、苦しくてやるせなくて、私は声を上げて泣いてしまった。

できることなら、私が翔子さんの仇をとりたい。

頭の中で、殴って蹴飛ばして踏みつけている場面を何度も想像し、歯を食いしばりながら泣いて泣いて泣き明かした。

神様は本当にいるのだろうか。

妹さんの死、恋人に傷つけられ、そして赤ちゃんまで・・・

なぜ、翔子さんばかりがこんな辛い目に遭わなければいけないのか。

こんなに優しくて、本物の愛情で接してくれる人はいない。

考えれば考えるほど切なくて、次から次へと涙がこぼれた。

子供のように泣きじゃくる私を、二人は優しく抱きしめてくれた。

二人の表情は見ていないが、翔子さんもたまきさんも泣いていたような気がする。

どうゆう風に翔子さんの家を後にしたか覚えていないが、一睡もできず朝を迎えた。

朝、鏡を見たら目がパンパンに腫れ、酷い顔をしていた。

その日は眼鏡をかけ通勤し、会社ではあまり人と接触せずに過ごした。

仕事が終わって携帯を見ると、翔子さんからメールが入っていた。

そのメールを読み、電車の中でまた涙が出そうになった。

立ち直れずにいた私を気遣う内容。

自分のことより、他人のことを優先できる人って、この世の中にどれぐらいいるだろう。



無理して明るく振舞っていたかもしれないけど、時の流れが翔子さんをいつもの翔子さんに戻してくれた。

お店は変わらず忙しく、余計なことを考えなくてちょうど良かったのかもしれない。

お客様もチーフが居なくなったことに触れる人はいなかった。

辞めても気にもされない。

それだけの値打ちの男だった。

ってことだ。

あれ以来、チーフのことを口にする人はいなくなった。



人生は、ほぼ平等にできていると聞いたことがある。

そうでなければいけないと、私も思う。

順風満帆に生きた人に、辛い思いをして欲しいとか、苦労をして欲しいということではない。

悲しみの数だけ幸せは訪れる。

ってよく聞くけど、そうであって欲しい。

人は死んだら、神様が天国へ連れてくという。

辛い経験や悲しい経験が多かった人は、天国より上に連れていって欲しい。

天国より上の場所では、悲しみなどない喜びで満ちた世界が広がっていると信じている。

神様、翔子さんにもうこれ以上悲しい思いをさせないでください。




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