第2話 新宿二丁目
ゲイバーの世界を知ってから、私は完全に二丁目にのめり込んでしまった。
二丁目の中には、女性入店お断りと完全男性のみのお店もあるが、このお店は老若男女ウェルカムな気さくなお店だった。
ゲイ8割ノンケ2割といったところ。
はじめはお姉さま方について一緒に行っていたが、そのうちに一人でも飲みに行けるようになった。
ゲイということで、女に興味がないし、身の危険を感じないので気楽に飲めた。
足を運ぶうちにだんだんと顔なじみになり、知り合いも除々に増えゲイの友達もできた。
中国出身のヨン。
携帯会社のサポートセンターで通訳の仕事をしている。
通訳に就いているだけあって、流暢な日本語でカラオケも上手だった。
そこ等にいる日本人よりレパートリーが広く、Jポップからムード歌謡までよく知っている。
若い子の歌よりも、古い曲を好んで歌っていた。
切ない曲が多く、たそがれマイ・ラブ、ミスティ・トワイライト、9月の雨。
高田みづえも良く歌っていた。
いつそんな歌覚えたのよ?
って歌が多かったが、私も昔の曲のほうが好き。
昔の曲は、詩がなんとも切ない。
水商売経験もそこそこ長くなり、お客様の歌声を数多く聞いてきたが、女性の歌をこんなに見事に歌い上げる人に出会ったことがなかった。
明るく人当たりの良いヨンだが、たまにフッと見せる寂しげな目が彼の内に秘めた何か言い知れぬ悲しみを現していた。
どちらからともなく、連絡先を交換し、時間が合えばご飯を食べに行く仲になった。
腹ごしらえをしてから、二丁目に繰り出した。
アジア料理が好みな私たちは、タイ、韓国、中華料理をよく食べに行った。
ヨンたち中国人の間で評判の、中華料理の隠れた名店にも連れて行ってもらった。
中国人のヨンがなぜ東京に出てきのか、出会って間もないうちにヨンから話してくれた。
ヨンは中国で貿易会社をしている一人息子だった。
実家は裕福で何の苦労もなく育だち、絵に描いたようなお坊ちゃま。
教育熱心で真面目な両親に育てられたヨンは、豊かな教育を受け、海外留学の経験もある。
日本語と英語は高校を卒業するまでに習得していた。
食べることに困ることもなければ、一生お金に困ることもない。
不自由なく育ってきたヨンだが、たった一つ彼を苦しめていたものがあった。
ヨンは自分が小学生の頃に、性同一性障害だと自覚した。
幼い頃は、自分は変なんだ、普通じゃないんだと責めたこともあったという。
成長するにつれ、自分の気持ちが抑えきれなくなる。
日本の東京には、新宿二丁目というゲイスポットがあることをネットの情報で知る。
居ても立ってもいられなくなり、すぐさま日本へ発つ準備をし、新宿二丁目を訪れた。
日本には何のツテも知り合いもいなかったが、二丁目に来ればみな同じ人種が集まった仲間。
日本語がペラペラなヨンはすぐ友人ができた。
ほどなくして、中国人のオーナーが経営している、中国人のお店に出入りするようになり、そこで働いていた同じ中国人の恋人ができた。
恋人は中国の田舎出身で貧しい育ちだったが、ヨンは貧しかろうがお金がなかろうが、お金を持ってるほうが出せばいい。という考え方で、そんなことは一切気にしなかった。
恋人は年上だったが、デート代はすべてヨンが払い、街を歩いていて素敵な服やアクセサリーを見かければ、誕生日やイベント以外でも購入し、恋人にプレゼントした。
時にはブランドの財布やサングラス、愛情が行き過ぎたプレゼントもあった。
ヨンはレベルの高い豊かな教育を受け、知識と教養がある。
一方、貧しく田舎出身の恋人。
片言の日本語を話すのが精一杯。
ヨンは流暢な日本語で冗談も言い、誰とでもコミニュケーションが図れる。
日本に来てから、コミュニケーションで不便さを感じたことのないヨンに比べ、恋人は不便なことだらけ。
夜のバイトで、日本人相手にまだよくわからない日本語を使うのは、相当なストレスだったことだろう。
日本語が流暢でリッチなヨンという恋人ができ、最初は心強く嬉しく思っていたはずが、だんだんと疎ましくプレゼントにも重圧を感じていった。
そしてヨンの好意が除々に嫉妬に変わり、ジレンマを感じていたのかもしれない。
年齢が上だったこともあり、収入格差にもプライドが傷ついたのだろう。
貧富の差が激しい中国。
育った環境ではなく、人に与える愛情の矛盾が誤解を生む。
それが物質的なものなのか、実体のないものかは人それぞれなのかもしれない。
身分違いの恋は叶わないものなのか。
最後別れるとき、今まで言われたことのない酷い言葉で罵られ、傷つけられたとヨンは言った。
生まれてはじめて、罵倒された。
その相手が、日本へ来てはじめてできた恋人だった。
立ち直るのに、随分時間がかかったと言っていたが、きっとまだヨンの心の傷は癒えていない。
あの時々見せる目が、そう物語っていた。
ヨンだけではなく、二丁目にはきっと人には言えない心に傷を負った人々が沢山いることだろう。
そして、色々な事情を抱えた人々も、二丁目という不思議な街の魔力に吸い込まれるように、ここに流れ着くのかもしれない。
知れば知るほど、二丁目は奥が深い。
夏の間だけ、ジェットのメンバーとして良く会う仲間。
お姉さんのパトロン1が連れてくる、よく動く若者たち。
その中の一人がなぜか私を気に入ってくれた。
顔が某俳優さんに似ていて、背が高く、シュッとしたいい男だった。
ジェットの時だけ会う人だし、何をやってる人かは聞いたことがない。
名前もうる覚えで、彼のことはほとんど知らなかった。
全然興味はなかったのだが、連絡先を聞かれ、彼からよく誘われるようになった。
はじめのうちは、誘われて迷惑ではなかったので、お互い時間が合う時にデートと言うか、食事に行った。
いままで知らなかったお洒落なお店に連れて行ってくれた。
彼は私の名前を知っていて、はじめてジェットで会ったときから気になっていたらしい。
ふーん。
そういうことって、私の中ではあり得ないことだから、不思議だった。
いつかのジェットでかぶっていた帽子を、可愛かったね。
ネイルを見て、そのデザイン似合ってる。
デートに行く度、服装や髪型を褒めてくれた。
そして、顔が好みだとも言われた。
褒められて、嫌な気持ちになる人はいないと思う。
女の子がくすぐられるツボを知っている、慣れた感じの人だった。
小奇麗にしているし、車もレンジローバーに乗っていた。
相変わらず何屋さんか知らないけど、多分、そこそこ収入はある人なんだろう。
ってことぐらいしか思わなかった。
ジェットで知り合ってるので、私が夜やっていることは知っている。
昼の業種は言ってないけど、OLしてるぐらいは話してた。
やっぱり多少遊んでる人だから、女の扱いもよく知ってるので飽きさせない。
たまのデート、退屈することはかった。
ただ、好きとかの感情はないし、ボーイフレンドという感じ。
たまに会うのがちょうどいい。
彼はすごくマメな人で、頻繁にメールが来た。
しつこくされると、どうにも引いてしまう。
次のデートを催促してくるようになった。
数回目に会ったときに、新宿の高層ビルの上にあるバーに連れて行かれた。
そこで告白され、交際を申し込まれるわけだけども。
申し訳ないが、私はそんな気持ちがまったくなかった。
まだ知り合って間もないし、お互いのこと全然知らない。
デートして、数回目。
この時点で告白する人って、本当によく分からない。
丁重にお断りすると、彼は当たり前だよね。
といった様子で、落ち込んでる素振りはない。
「思ったこと言わないと気が済まない性格なんだよね。」
と言われ、妙に納得。
なんとなく、これまでの言動を見ていてうなずけた。
ちょっと危ない人だな。
と思ったけど、丁重にお断りしたし、良ければまたご飯でも食べようってことになり、家まで送ってもらいその日は別れた。
けど、彼からのメールは止まない。
次の朝。
「おはよう。
今日はいい天気だね!
天気がいい日は仕事が捗りそうだね。
今日も一日頑張ろうね!」
は??
まるで日記のようなつぶやきメール。
昨日の告白とか、まったくなかったことになってるんですけど。
別にいいんだけど、なんかモヤっとさせる。
まったく無視はできないから、3回に1回ぐらい返信してた。
昼は仕事あるし、夜もバイトがあるし、忙しくないわけではなかったから、その後特に約束はしなかった。
メールは週3ペースぐらいできてたけど、そのまま特に返信はしなかった。
そんなに日は経ってないと思う。
期末で仕事が立て込んでいて、残業してかなり疲れていた。
混んでる電車で立ちっぱなし。
クッタクタになって、顔もテカテカ。
疲れが体と顔全体に表れていたと思う。
やっと家に着く、あの曲がり角を曲がったら、家だ。
と思ったら、家の前に見覚えのあるレンジローバーが停まってるのが見えた。
まさかだよね?
送ってもらった時、家の前ではなく少し離れた場所で降ろしてもらったはずなのに、きっと私がマンションに入っていく姿を目撃したのだろう。
詰めが甘かった。
知らん顔するにも、マンション前の入り口に横付け。
車の前を通らないと、マンションに入れない。
歩調を緩め、短い時間に色々なことを想像する。
何しに来たんだろう?
返信しないから怒ってる?
この前送ってもらったとき、車の中に忘れ物でもした?
だったら、メールで教えてくれるよね?
何より、気味悪いよ。
普通、家まで来るか?
何て言おう・・・
車の前まで行くと、勝手に来たことを詫びるわけでもなく、
「どうしても話したいことがあって、ちょっとだけ時間いいかな?」
って車に乗るように言われた。
何時間待っていたのか知らないけど、会ってすぐ自分の思いを一方的にぶつける人。
(思ったこと言わないと気が済まない性格なんだよね。)
自分でそう言ってたけど、この時に苦手なタイプだと確信した。
車に乗るのはなんか怖かった。
「近くにあるファミレスで話さない?」
と誘ったら、二人で話したいという。
万が一の為に、夜お店で仕事中だろうが、ジェットのお姉さんにメールを打っておいた。
お姉さんには、デートしたことを報告してあった。
と言うか、はじめて一緒にジェットに行ったとき、お姉さんは
「あの人いいじゃん。」
って薦めてきた。
全っ然、検討違いでかなり押せ押せな人だったんですけど。
仕方なく車に乗り、近くの人気のない場所に車を停めた。
念の為、ロックは解除しておいた。
彼の話したかったことを要約すると、
とにかく私のことを好きになった。
こんなに好きになったのは何年かぶりだ。
全部がタイプだ。
私に気がないことは重々承知しているが、努力するから少しでも気持ちが向いたらまたデートしてくれないか。
ということだった。
話を聞きながら、これが好きな人から言われたらどんなに嬉しいだろうな。って想像した。
はじめから気のない人とデートをして、その気にさせた私が悪いかもしれない。
見る目もなかった。
けど、家の場所は教えてないしボカしてた。
それなのに、さも知ってるかのように家の前で待ち伏せする心理が私には理解できない。
相手の気持ちを考えず、自分の気持ちを抑えられず突っ走る。
努力をするって?
これからこの人を好きになれなんて、無茶な話だ。
残業で疲れた頭をフルに回転させ、真剣に考える。
こういうタイプの人には、はっきり伝えたほうがいいのだろうか?
だが、逆上して何をするかわからない。
私が出した結論は、
ちょっと考えさせて欲しい。
だった。
何か言わないと帰してもらえなさそうだったし、長期戦は避けたかった。
その場を逃げ切るには、この答えしか出なかった。
彼は、意外にもあっさりと帰してくれた。
家に着いて、ベッドになだれ込む。
たまの残業でただでさえ疲れてるのに、よりによってなんで今日なんだよ。
そのままベッドから動けずにいたら、携帯が鳴った。
あいつじゃないだろうな?
もう、あいつ呼ばわり。
着信は、ジェットのお姉さんからだった。
メールを読んで、心配してかけてきてくれたんだろう。
さっき起きた事の顛末をお姉さんに報告した。
お姉さんは、
「危ないね。
ストーカーじゃん。
もう一切連絡しなくていいから。
こっちで何とかするから。」
と言って、電話を切った。
お姉さんがどのように伝え、説き伏せたかは詳しく聞いてないが、それから彼からの連絡は途絶えた。
元々は、お姉さんのパトロン1の社長の部下?みたいな関係だったから。
縦の関係は絶対服従なんだろう。
社長に怒られてないだろうか。
お姉さんのことだから、下手なことしないだろうけど、それでも多少の不安は残る。
傷つけることだけはしたくない。
きちんと理解してくれるといいけど。
夏、ジェットに行くのはその年が最後になった。
週末、ヨンとご飯に行った。
最近、お互い忙しくなかなか時間が合わず、久しぶりの夜デートだった。
タイ料理を食べながら、話に花が咲く。
ヨンの面白い話を聞いていた。
「るりは最近どうだった?」
と聞かれ、話そうかどうしようか迷ったが、済んだことだし彼との出来事を話した。
説明の中で、彼が乗っている車種をポロっと言ったら、ヨンが眉を顰め、
「何色のレンジ?」
と聞き返された。
何に引っかかったんだろう。
車?
色?
でも、レンジローバー乗ってる人なんて東京には腐るほどいるだろうし。
「どこに住んでるの?」
とヨンに聞かれ、そういえばどこに住んでるとか聞いたっけ?
目黒?
どこだっけ?
ヨンの微妙な反応が気になったが、それ以上聞かれることはなく、その話は終わった。
2丁目には売り専と言って、男の子を買える店が存在する。
※「買う」という響きがダイレクト過ぎて表現がふさわしくないので、
ここでは「時間を買う」と捉えて欲しい。
簡単に言うと、店外デートをする。
同性同士出会いのない人、またはオープンに出来ない人らがお金を払ってプラトニックな関係を持つ。
如何わしい事をするわけではなく、一緒に食事したり、映画を観たり、普通にデートを楽しむ。
常時在籍している子以外にアルバムが用意してあって、そのアルバムを見てタイプの子を選ぶことができる。
ヨンが行っているお店は、見かけはバーだが売り専もやっていた。
タイ料理を食べた後、そのお店に連れて行かれた。
女の私が一緒に行くのは気が引けたが、表向きは普通のバーだから。
と促され、付いて行った。
飲みながら、ヨンは
「誰か新しい子入ったー?」
と言いながら、カウンターに置いてあるアルバムをペラペラ捲っていた。
ヨンの横に座り、ヨンが捲るページをチラチラ見て、思わず目が留まる。
彼に似ている人が写っていた。
人違いであって欲しい。
さり気なく、もう一度そのページを見せてもらう。
顔のアップ、上半身と全身の写真が3枚。
写真の横には、プロフィールが記述してあった。
苗字は知らないが、彼の名前が書いてあった。
そこに写っていたのは、見間違いではなくレンジローバーの彼だった。
写真を見ていた手が止まり、私の微妙な表情を感じ取ったのだろう。
ヨンがアルバムを指差して、
「これ?」
と一言聞いた。
「うん。」
と頷いた私に、
やっぱりな。と言った感じで、一呼吸して
ふぅー。
っと息を吐いた。
ヨンの知人が彼を気に入り、何度か買ったことがあったらしい。
慣れてきた頃、彼はレンジローバーに乗って待ち合わせ場所に現れた。
デート中、終始紳士で飽きさせない彼は、この業界でも人気があったという。
ヨンの話を聞いていて、ピンときた。
ジェットのお姉さまのパトロン1は、彼とこの街で出会い、彼を買った。
パトロン1は、恐らくバイセクシャル。
お金が有り余るパトロン1は、他でもさまざまな浮世離れした遊びをしていたのだろう。
気立てと顔がいい彼を気に入り、そのうちにプライベートでも付き合わせるようになった。
けど、彼はノンケ。
お小遣い欲しさがきっかけで、この業界に踏み込むが、想像以上のお金を稼げた。
抜けようと思っている内に、人気が出始め抜けられなくなってしまった。
女の子に縁がなかったわけではないが、たまたまジェットで私と出会う。
確かに、思い返すとフットワークの軽さとか、車を乗る時にドアを開けてくれたり、何でこんな細かいことまで気が付くの?って疑問だった。
やたら褒めてくれるのも、この業界で自然に身についたものだったのだろう。
デートして間もないのに、グイグイくるあの距離が量れない感じが今になって分かる。
この業界での付き合いが長く、男と女の恋愛経験は少なかったかもしれない。
ヨンの話しを詳しく聞くまでもなく、自分の中ですべてが繋がった。
本当は、他人任せにはしたくなかった。
私が未熟で上手く対応できなくて、申し訳なかったといまさらながら思う。
あと、あいつとかストーカー呼ばわりしたことも、謝りたい。
彼にしか分からない、苦悩があったはずなのに。
人には恋愛表現が上手な人と下手な人がいる。
彼は下手な人だった。
というより、知らなかった。という方が近いと思う。
何年かぶりに異性を好きになった。
いまこの思いを伝えなければ、いつまでもあの場所から抜けられない。
意を決して、思うがままに行動し家までやって来た。
彼の中では、自分を変えようと、ひょっとしたら一大決心だったかもしれない。
焦る気持ちが、結果、良い方向に導かれなかった。
今回の恋愛は、私だったから発展しなかった。
けど、私なんかより彼にはきっともっとお似合いの、彼にふさわしい彼女がきっと見つかるはず。
彼の恋がいつか成就することを祈っている。
そして、いつかこの街から卒業できる日が近く来ることを祈っている。




