雨降る日と最上階の図書室
それは珍しく、フェノール王国に雨が降っている日のことだった。
スフェーン塔のある部屋には紅茶とお菓子を食べながら、本を読んでいるフィリアの姿があった。
衝撃的な事実の告白をされた、あの日からはもう数日たっていた。
フィリアはあの日から、毎晩、トワの元へ通っている。
トワはあれからシュヴァリエについても、その他のことについても、語ろうとはしなかった。
フィリアも無理に聞き出そうとはしなかったので、その話は結局うやむやになってしまったのである。
その代わりに、フィリアとトワはたわいもない話をして毎晩過ごしている。
トワは主にヴァンパイアという種族について、フィリアに教えてくれた。
ヴァンパイアの寿命は永遠などではなく、およそ、三百年から五百年ほどが一般的であるらしい。
ヴァンパイアという種族は生まれながらに身体能力と治癒能力が高い。
そして、瞬間移動、飛行などの特殊能力を生まれつき持っている。
時折、ヴァンパイアが魔法も使わず一瞬で消えるのは、この能力を使っているからなのだとフィリアは納得した。
(もともと身体能力が高く、魔力が多いのに加えて特殊能力まで……なんというハイスペック種族なんでしょう。よく、人間はヴァンパイアと戦争なんてしようと思ったものです。)
フィリアは、新たな本のページを開いた。
ちなみに先ほどまで読んでいたのは『世界の種族大辞典 〜ヴァンパイア編〜 』である。
これは人間の国にはなかったので、フィリアは初めて読んだ。
これが人間の国にあったら、きっとこんなにもヴァンパイアについて無知のままではなかっただろう。
その本は、それほどに分かりやすく、ヴァンパイアについて書かれていた。
(ヴァンパイアのことについては、本当に知らないことばかりです……。もっと勉強しないといけないですね……。)
部屋の中には多くの古い本が積み重なっている。
これらは全て、第二図書館から借りてきたものだ。
内容はフェノール王国の歴史やヴァンパイアという種族について。
さすが、大陸最大の王国と言うべきだろうか。
結構な数の本を読んできたフィリアでも、初めて見るような本がこの国には多く存在していた。
ヴァンパイアやこの国について知ろうと思ったきっかけは、トワの話を聞くようになって気づいたからだ。
フィリアはフェノール王国に住んでいるにも関わらず、この国やヴァンパイアについて何も知らない、ということを。
人間の国にはヴァンパイアに関係する本はほとんど存在していなかった。
でも、ここはヴァンパイアの王国だ。
フェノール王国やヴァンパイアに関する本は山ほどあった。
逆に人間に関する本は全くと言っていいほどないのだが。
(ふむふむ……血はヴァンパイアにとって嗜好品である。このへんは話に聞いた通りですね。)
コンコンッ
フィリアがもう十数冊目を読んでいる時。
不意にフィリアの自室の扉が叩かれた。
しばらくして、ギルバートの声がする。
「フィリア様、お客様がいらっしゃいました。」
以前まで部屋の前に護衛などいなかったのだが、あの【血に狂った者たち】の件がきっかけでギルバートが外出以外の時も部屋の前で見張りをしてくれるようになった。
正直、フィリアは部屋にいる時まで護衛をしてくれなくてもいいと思うのだが、ギルバートは「仕事ですから。」の一点張りなので結局フィリアの方が折れることになった。
(毎回思うんですけど、ギルバートが敬語ってすっごい違和感あるんですよねぇ……。というかギルバートって敬語使えたんですね……。)
フィリアはどうでもいいことを考えながら、一度読書を中断して返事をする。
「はい、どうぞ。」
扉が開いたそこには、カナが立っていた。
「こんにちは、フィリア。いきなり押しかけてごめんなさい。」
席についたカナは、謝罪に来たのだと言った。
そういえば、カナに最後に会ったのはあの事件の時が最後だったような気がする。
あれから色々あってドタバタしているうちに結構な時間がたってしまっていた。
「あの時、私が助けを求めなかったらフィリアが巻き込まれることもなかった。本当にごめんなさい!!本当はすぐに謝りにくるつもりだったんだけど、あの時のが結構トラウマで最近まで部屋を出られなかったの。」
そう涙を浮かべながらうつむくカナは、心なしか前に会った時より痩せているように見える。
そうとうあの事件がショックだったのだろう。
正直、フィリアはシュヴァリエに言われたことが衝撃的すぎて、あまり事件のことはあまり印象に残っていなかった。
首を絞められかけたというのに、何というか我ながら図太い。
まあ、それでもあれからはフィリアも自分のことに精一杯で、カナを気にかけることもしなかったし、お互い様だろう。
「いいえ、こちらこそごめんなさい。結局あの時、助けてあげられなくて。怖い目にあったのでしょう?トラウマはもう大丈夫なのですか?」
するとカナは突然、ポッと頬を赤く染めてモジモジしながら小声で言う。
「う、うん。それは……大丈夫。ロベルトが毎日お見舞いに来てくれたし、ユリエスもまだ自分の怪我も治ってないのに毎日花を贈ってくれて……。」
どうやらフィリアの知らないところで、カナのハーレムの絆はさらに深まっていたようだった。
というか、毎日来ているなんて第一王子は暇なのだろうか。
いや、ここはカナがそれほど愛されていると言うべきか。
(まあでもとにかく、もう心配はいらないようですね……そもそもハーレムメンバーの彼らがいるのですから私の出る幕じゃないでしょう……。)
それからカナは30分ほど話して、帰って行った。
最後に興味深い一言を残して。
『そういえばフィリア知ってる?この塔の一番上には、小さな図書室があるんだって。ロベルトがこの前、教えてくれたの。でも鍵が掛かっていてどうしても扉が開かない、不思議な図書室なんだって。もしそこが使えたなら、フィリアもわざわざ図書館まで本を借りにいかなくてすむのにね。』
(この塔の最上階に図書室がある……そんな話は初めて聞きました。……行ってみましょうか。まだまだ雨は止まないようですし。)
窓の外を眺めると、相変わらず雨は降り続けていた。
薄暗い世界の中、静かに、静かに。
いつかの時のように、予感がしていた。
そこに何かがあるような、そんな根拠のない予感。
でもフィリアは自分の勘を信じて、とりあえず最上階まで行ってみることにした。
最上階までの階段はひどく長く続いていた。
魔法で体力強化をしても、疲れるほどに。
しかし、フィリアは長い時間をかけて何とか最上階にたどり着いた。
「はあっはあっ……やっと、着きました〜……この塔、どれだけ高いのでしょう。これじゃあ、図書室の存在なんて普通分かりませんよ……でも、おそらくこれが例の図書室ですね。」
正直、ここまで高い塔だったとは思わなかったので、かなり疲労してしまった。
しかし努力した甲斐があって現在、フィリアの目の前には確かに古めかしい木の扉が存在していた。
「でも、やはり扉は開きません、ね……。」
試しにノブを回してみるが、ガチャガチャと音がなるだけで扉は開かない。
カナの言っていたことは、事実であるようだった。
脇の方に灯された、橙色の光が揺れる。
フィリアはため息をついて、扉から離れると壁に寄りかかって目を閉じた。
(確かこのことは、ロベルト……つまり第一王子から聞いたと言っていましたね。でも、第一王子が扉は開かないと言ったのだとしたら、この塔の持ち主である王族の彼でもこの扉は開かないということになります。……それっておかしいですよね。これは木の扉。鍵が掛かっているなら壊せばいい。それが出来ないってことは、開かない理由は鍵だけではない……?)
ふっと風が吹いた気がした。
ここは室内で、どこにも窓はないのに、なぜか。
橙色の炎は静かに燃え続け、闇をかすかに照らしていた。
「塔の最上階……開かない図書室の扉…鍵ではなく、何かが原因で開かない扉。」
橙色の光に合わせて、フィリアの影が揺れる。
ゆらり、ゆらり、揺れる、揺れる。
キーンッと耳鳴りがして、視界が歪んだ。
遠くで、誰かの声がする。
『そういえばフィリア知ってる?この塔の一番上には、小さな図書室があるんだって。ロベルトがこの前、教えてくれたの。でも鍵が掛かっていてどうしても扉が開かない、不思議な図書室なんだってー……。』
カナの明るいソプラノの声。
『ねえ、フィリア……』
あれは……誰の声だった?
『そのーー…にはーーーーー…ているの。』
『ー……フィリア、忘れないで。』
懐かしい、あの声はいつ聞いたものだった……?
遠い遠い記憶が、少しずつ集まってパズルのピースを埋めていく。
世界のどこかに存在する塔。
宝石のように輝く星空が見える国。
永久不変。
塔の一番上の部屋。
永遠の世界への鍵。
扉を開く、その言葉。
それを、フィリアは知っていた。
そう……この国に来る、ずっとずっと前から知っていたのだ。
(ああ……あれは、あの秘密の場所は、ここのことだったのですね。……ふふ、なるほど、探しても探しても見つからないはずです。)
思わず、苦笑が唇からこぼれる。
だってまさかこんな場所にあるなんて誰が思うだろう。
私の家に代々伝えられてきた秘密。
母から受け継いだその話。
それが、ヴァンパイア国の【花嫁】の塔のことだなんて誰が気づくだろうか。
フィリアは古めかしい扉の前に立った。
トクン、と心臓の音がなるのを目を閉じて落ち着ける。
そして、フィリアは息を吸って囁いた。
それは、あの時聞いた言葉。
永遠の世界への扉を開く言葉。
『永遠の世界をあなたと共に』
さあ、どうか私に教えてほしい。
ー……隠されてきた、全ての真実を。




