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クエスト名称:哀惜のファンファーレ

 一瞬、狐につままれた。


 なぜお前がそこにいるのか、なぜ宿屋の階下がラストダンジョンなのか、なぜ僕はレベル29なのか。

 もの凄い速さで考えを巡らせた結果、思考が蹉跌をきたしてことばが出て来ない。

 僕の思考回路がショートした。


 同様に呆然としている真衣に向かって、ガープが、従えている手兵のモンスターに、

「勇者どもを生きてかえすな! かかれ!!」

 と、下知した。

 たちまち、怒声のような雄叫びが湧き起こる。


 はっと正気にもどった真衣が、

「ユッキー! 四天王よ! 闘って!!」

 言いさして、煌焔ファルガサーベルを抜く手も見えぬ早業で、


《亜人超モンスター・パワーファイター。体術に長けた筋骨隆々の格闘家》


 飛びかかって来たこれを、袈裟懸けに斬って捨てた。

「雑兵から倒せ!」

 と雑兵に言われた僕は、カチンときた。

「ユッキー! ビシバシやっちゃうのら!」

「任せとけ!! こいつらでレベルを上げてやる! 敵は、えーと。1、2、3、4……」

 敵モンスターを数えていると、


《擬態偽装モンスター・ゾンビハンド。屍に紛れており、近づいてきた者に襲いかかる腐食手》


 足首を掴まれ、

「ぎゃああああ!」

 予想外のグロさに肝が潰れた。

 反射的に僕は、賢者のセプター改の杖先で、

「えいっ! えいっ!」

 刺突する。

 ちょちょも噛みついて、一緒に攻撃する。


「雑魚相手になにやってんの! パワーファイターを倒しなさい!!」

 敵を2体、重ね斬りにした真衣が叫ぶ。

「わ、わかってるよ! よーしっ!!」

 杖を構えた僕に、

 ――キエエエ!

 飛び蹴りをかましてくるパワーファイター。


「バリガ!!」

 慌てて僕は保護魔法を唱える。

 転瞬、白光の壁に弾き飛ばされたパワーファイターを、

「たあっ!」

 サーベルを肩で担ぐように上段に構えた真衣が叩き切る。

 切って、体勢を立て直す真衣の隙を狙って、

「勇者さまが危ないのら!」

 背後から襲いかかる別のパワーファイターに気づき、保護魔法を解除して僕は、

「サンディア!!」

 電撃を打ち込む。


 パワーファイターはガルバーニの蛙の実験のごとく、筋骨隆々の体がビクビク痺れ、瞬く間に感電死。

 結構、残酷だ……と感じるヒマもなく、敵が次から次へと、命をかなぐり捨てるように襲いかかって来る。

 これら捨て身覚悟の雑兵を一掃したとき。


 四天王ガープが、背丈ほどに長い杖を手にして、

「……クズでは勇者を倒せぬか……だが、捨て石にしては体力を削いだな」

 と、言った。

 その口調はまるで、自ら率いる兵を奴隷としか見ていないようだった。


「お前……自分の仲間をなんだと思ってんだ! 情けはないのか! 必死に闘った仲間に報いてやることばもないのか!」

「ハッ! 情けというなら、貴様らが死ねばよい! やつらの命を奪ったのは貴様らだ!」

「なんてやつ……!!」

 真衣も、苦虫を噛み潰したような顔で言い放つ。

 ガープはむしろ、堂々と立ちはだかって、

「敵戦力を削ってから、迎え撃つ! 戦術ひとつ理解できない貴様らに説くこともない!!」

 手にした杖を、打ちふるった。


 その刹那。

 杖先から白く濁った霧が噴出し、あたりに立ち籠めた。

「むわっ、なんだ、この霧は!?」

「ガープが姿を消したわ!」

 急速に濃さを増した霧……。

 前に出した手の先すら見えない濃霧だ。

 これに姿を隠したガープ。


「くそっ、卑怯なやつだ! 出て来い!」

 と叫んだ、まさにそのとき。

 雲と雲の狭間から空が覗けるとおなじく、濃霧の切れ間に、四天王ガープの姿を発見した。

「そこかっ! 喰らえ、サンディア!!」

 魔方陣から青紫の雷光がほとばしる!


 確かな手応えを感じたら、

「なにすんのよっ!」

「えっ!? その声は真衣?」

 また、濃霧が立ち籠める。

「ゴメン! いま、ガープに見えたんだ! ウソじゃない!」


 言ったとたん、

「やあっ!」

 真衣のや声がきこえるのと同時に、

 ズバババ!

 煌焔ファルガサーベルの刃が、僕の背中を斬った。


「ぎゃああああ! あついいいいいいいいい!!」


「え、ウソ!? いまのユッキー? ガープじゃなの!?」

「勇者さまが敵に見えたのら! ユッキーも敵に見えたのら! どっちも敵なのら?」


 なにがどういうことだ?

 僕があいつで、あいつが僕か!?


「しまった! まんまと罠にはまったわ!」

 濃霧の中に、真衣の声が響く。


「ガープは、幻術使いよ!」

「……げん……じゅつ……?」

「まぼろしなのら?」

「そう。あいつの持ってる杖から噴出した霧が、私たちに幻覚を見せてるのよ! だからユッキーには、私がガープに見えたし、私も、ユッキーがガープに見えたのよ!!」


「そうなのか! ますます卑怯なやつだ! 同士討ちをさせるなんて!」

 と、そのときである。


 スッと晴れた濃霧の中から、真衣が出て来た。

「あ、真衣! よかった、はぐれちゃって心配した」

 近寄って行った瞬間、


「ウォーディア」

 真衣が水魔法最上の名を唱え、刹那に魔方陣から激流がうねり噴き出した!

 咄嗟の判断でちょちょを抱き上げたが、

「ぶわわわ!!」

 あっという間に呑み込まれてしまい、押し流されて、天井へ突き上げられた転瞬、


「ぐえっ!」

 真っ逆さまに床へ叩き付けられた。


「ユッキー! 大丈夫なのら!?」

 水を飲んだ僕は、ゲホゲホ咳き込み、

「おかしい! 真衣は水魔法を修得していない! だけど、ウォーディアを唱えたぞ!!」

「落ち着きなさい! 私に化けてるのよ、ガープのやつ!!」

「なんだって!?」


 真衣だと思ったらガープで!?

 ガープだと思ったら真衣で!?


「これじゃ手も足も出ないぞ!」

「下手に攻撃できないわ。でも……」

 真衣の言わんとする事がわかった。

 僕に化けたガープに攻撃されるかもしれないし、攻撃したら、本物の僕だった、ということだってあり得る。


 僕だって、おんなじことだ。真衣を攻撃してしまう。現に、攻撃してしまったし、攻撃された。

「どうすればいいんだ……」


「ハハハ!! お互いに攻撃し合え、盆暗ども! じわりじわり甚振ってやろう! 覚悟しろ」


「ば、バカにしやがって! いますぐ倒してやる!」

 言いかえすけれど、やせ我慢にしか過ぎない。

「くそぉ……! この霧さえ晴れてくれれば、真衣と間違えないで、ガープを攻撃できるのに!!」

 手のひらに爪を食い込ませ、僕は突破口がないか考えるが、なにもできない。


 すると、僕の足下にいたちょちょが、

「ユッキー。ひとつだけ、方法があるのら……」

 つぶらな瞳で僕を見上げていた。

「ちょちょ、それ本当か!? この状況を打破する考えがあるのか!?」

「あるのら。それには、ユッキーが大賢者になって、第三の眼を開眼する必要があるのら。第三の眼は、『偽りを暴き、真実を見抜く』のら」

「だけど……僕はまだ、レベル29だ」

「そうなのら。でも……ユッキーはあと、小さいモンスターを1体、倒せば……レベル30になるのら」

「そんな小さいモンスターいねーよ! ゾンビハンドだって倒しちゃったし」


「……ここにいるのら」

 体ひとつ前に歩み出たちょちょが、


「ユッキー、おいらを、おいらを倒すのら! そうすれば、レベル30になるのら!!」


 僕は、自分の耳を疑った。

「な……なにバカなこと、」

「このままだとユッキーが死んじゃうのら!」

 ちょちょの瞳は、本気だった。


「勇者さまも、死んじゃうのら! 全滅しちゃうのら! おいら、ユッキーの力になりたいのら!!」

 言って、ちょちょは瞳をつぶり、体をまるくした。

 僕が毛を刈ってしまったその肌は、すこし日に焼けて、赤茶けていた。


「僕にちょちょは倒せない……! ムリだ!」

 だって、ちょちょは僕に一番懐いてくれて、コールドビークの凍える寒気の中では一緒に暖を取った仲だし、知恵の塔では一緒に首をひねって、1階まで落っこちた。ナスカーサに来てからだって、一緒に暑い暑いと愚痴を言ったじゃないか。

 辛くても楽しい冒険の経験を分かち合って、共にここまで来たのに――


「ユッキー……楽しかったのら。短い間だったけど、おいらはユッキーと冒険できたことが、いままで一番、うれしい思い出なのら」

「うわあああああ! ちょちょ! 僕には、できないよ!」


「ユッキー! おいらのお墓、作ってほしいのら! 早く倒すのら! 勇者さまが大変なのら!!」


 瞬間、僕とちょちょのうしろで、真衣の悲鳴がきこえた。

 僕は、いや、それでも――


「おいらのこと、忘れないでほしいのら! ユッキー……さよなら、なのら……」

 ちょちょのことばに、僕の目から涙がこぼれた。

「ちょちょーーーーーー!! ゴメンよぉーーーーーー!!」

 レベルアップのファンファーレが鳴り響いた。


《女大賢者・ユッキー。レベル30》


 僕の額にある第三の眼が、開眼した。

 サークレットを外し、第三の眼で初見したのは、天へ舞い上がるちょちょの姿だった。


 そして……。

 次に見たのは、四天王ガープの姿だ。

「僕には見える! お前の姿が見えるぞ!」


「な、に……?」

 真衣に化けていたガープが後ずさりした。

 僕は唱える。

 大賢者になって扱える魔法——

「左にファディア、右にサンディア」


 炎魔法と雷魔法、2つの魔方陣が調和して重なり合い、

「喰らえ! 融合魔法、ファイアボルト!!」


 紫色に光輝く魔方陣から空気を引き裂いて射出する次元の異なるエネルギーが、うなりを上げて逆巻き、濃霧を蹴散らして霧散させた瞬間、スパークをまき散らした破壊エネルギーが、ガープの体を一直線に貫いた。

 まばゆい光芒に眼がくらむが、ちょちょのくれた第三の眼は、確実に、ガープを直視して離さない。

 ――喚き叫ぶガープのうめきが、闇の底へ沈んでゆく……。






 それから、しばらくして。

 ピラミッドの入り口から、すこし距離をおいた所に、僕はちょちょの墓を作った。


 ラストダンジョンから持ち帰った戦利品と〔勇気のしるし〕。

「ちょちょがいなかったら、〔勇気のしるし〕は手に入らなかった」

「そうね……うん。ちょちょはずっと、私たちの仲間よ」

 西の空が、あかね色に染まっている。

 僕は、ちょちょの墓の前に座り、虚脱を感じながらも妙に温かな、朗らかな感慨にひたっていた。

「ちょちょの犠牲はムダにしない。……絶対に魔王を倒す!!」

 立ち上がって、砂を払い落として僕は、

「魔王を倒して李里ちゃんを救い出す! そして、李里ちゃんに告白するんだ!」

 だから、悲しみはここに置いて行く。


「ユッキー、見て! 3つのしるしが発光してる!」

 真衣が手に持った〔力のしるし〕〔知恵のしるし〕〔勇気のしるし〕が、いま、神々しい光を放っている。

「李里が言ってたわ。『天に翳せば、魔王城が存在する島を聖なる光が示し、島のバリアを破壊する』……!!」

 言って、真衣は、僕にうなずいてみせた。


 僕だって、決心していた。

「真衣、翳すんだ。魔王城に行こう!」


 真衣が、3つのしるしを頭上高く掲げたとたん——

 しるしが真衣の手から離れて、ふわりと空に浮き、虹色の光を放った刹那。

 北西の方角へ、聖なる光が放射された。

「いまので島のバリアが!?」

「たぶん! 壊れたんだと思う! ……しるしが、変形していくわ!」

 熱せられて溶けた金属のように、3つのしるしが溶け混ざり合う。


 それがふわりふわりと落ちて来て、真衣の手のひらに収まるときには、3つのしるしは虹色に輝く涙滴型の石に変化していた。

 その石から放たれる、虹色の一筋の光が、

「北西を示してる……。魔王城を示してるんだわ!」

「これでやっと、攻め込むことができるのか……」


 僕はもう一度、そして最後に、ちょちょの墓を見て、声をかけた。

「行って来るよ、ちょちょ。さよなら。ありがとう」

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