クエスト名称:アラビアン・ニャイト
レロ書店をあとにした僕たちは、腹ごしらえも兼ねて、酒場へ向かった。
食事をして、ムギムギビールという炭酸水に麦茶を加えたような味のするノンアルコール飲料を飲みながら、〔勇気のしるし〕について、酒場の主人や客に尋ねてまわる。
「あの、〔勇気のしるし〕って知ってます?」
と僕は、戦士の風体をした男性客に尋ねると、
「知らんな。きいたこともない」
「それじゃ……」
ここで、聞き込みテクニックを使う。
「このあたりのことを教えてほしい。なにか耳寄りな情報は?」
「あんた、この地は初めてか? だったら悪いことは言わん、南にあるピラミッドには近寄るなよ」
「……」
行けというメッセージだろ、これは……。
さらに突っ込んだ質問をしてみる。
「なぜ、近寄っちゃダメなんだ?」
「俺も、そう言われただけだ。詳しいことは、あそこにいる男にきいてみな」
酒場の隅で酒を呷っている男を、顎でしゃくってみせた。
ちょうど、真衣が聞き込みをしている最中だった。
近寄ると、会話を終えた真衣が、
「やったわ。有益な情報よ。ナスカーサから南に、幾つかピラミッドがあって、その中がダンジョンになっているそうよ。たぶん、そこに〔勇気のしるし〕がある」
「あの男は、なにか関係あるのか?」
真衣の肩越しに目をやる。男は、盗賊の身形をしている。
「ダンジョン奥にある財宝を狙って、盗みに行ったらしいわ。けど、尋常じゃないモンスターの数を前に、逃げて来たって」
と言って、真衣はすこし不満げな顔を浮かべた。
「たったこれだけの情報に60Gも使ったわ。信じらんない……!!」
歯ぎしりをして悔しがる真衣のうしろで、盗賊の男は酒を呷った。
有益な情報を持っているやつは皆、酒飲みらしい。
「教会で李里と通信してから、宿へ行きましょ」
カーニバルは最高潮に達している。
夜空を染める花火と、楽隊に合わせての路上パフォーマンス、祭りに興じる人々……。寝るのを忘れたように、ナスカーサは活気にあふれている。
「どんちゃん騒ぎに参加できないのはもったいないけど、今日も疲れたし、李里ちゃんの姿を見てから寝るとしますか。そうすりゃ、ぐっすりスリーピングだぜ」
僕がそう言うと、真衣は「うわあ……引くわぁ……」という表情で、
「ユッキーに通信させない理由はそれよ」
言い捨てるなり、すたすた教会へ歩いて行く。
「なにがそれなんだ?」
僕は首をひねって考えたが答えが出ない。
なので、足下にいるちょちょへ、
「いまの問題発言だったか?」
「わかんないのら。勇者さまに遅れるのら!」
真衣のうしろを追いかけて、ぴょこぴょこ駆け出した。
「まったく……女の子が怒るポイントは意味不明だな」
ぼやいて、ぼちぼち歩き出した僕に……。
「そこの。もし、そこの」
声をかけて来る美女がひとり。
見れば、アラビアンナイトのセクシーな服装を身に付けている。〔シャランポアのキワドい水着〕に、小麦色の肌がうっすら透けるレースパンツを穿き、耳と鼻筋から下をレースの顔飾りで隠している。美女の、大きくてパッチリとした目が、僕に向けられていた。
「な、なんすか……」
近寄って来られて、どきりとした。
美女は、イヤラシイ手つきで、僕の喉元から顎先までをしゅるりと撫でて、
「にゃんにゃん、しない? 一緒に、にゃんにゃんしましょう?」
「にゃ……にゃんにゃんとは……?」
ごくりと生唾を飲んで問うと、
「ふふっ。にゃんにゃんは、にゃんにゃんよ。……こういうのよ」
含み笑いをした美女が、レースパンツに施された深い切れ目のスリットから、キュッとしまった美脚を艶かしく晒して、
「こっちに来て、一緒に、にゃんにゃんしましょ?」
僕の脹ら脛や太ももに、肌をすりすりと擦りつけながら、とろけた甘い吐息を耳朶に吹きかける。
「ぼぼぼぼ、僕でもいいの? この世界では、女の子だけど!」
「大丈夫よ、心配しなくていいわ。ふふ、変わったお人ね」
僕の手を軽く握って、人影のまばらな場所へ、連れて行こうとする。
これってもしかして……!!
僕は、真衣とちょちょが歩いて行った方へ目をやった。
すでに、人混みに紛れてしまって、見失った。
僕はもう一度、生唾を飲み込んだ。
このまま、この美女について行ったら、教会での李里ちゃんとの通信に遅れてしまう。だが、美女について行けば、とても気持ちの良いことが待っているような気がする!
僕と李里ちゃんは、遠距離恋愛みたいな関係に近い。
だから、手を引っ張って行くこの美女と、1日限りの関係だったら、バレないと思う。
バレても、許されるべきである。
アバンチュールである!
アラビアンでトレビアンである!!
頭がパンク寸前の僕を、美女は路地裏へと案内する。
「ふふふ、ここよ。そんなに緊張しないで」
とある建物に入り、とある一室に案内されて、
「服を脱いで、このベッドに横になって。灯りを消すわ。…………フッ」
ロウソクの火を吹き消した。
わわわ! これは本格的に、にゃんにゃんだ!!
腰のあたりをにゃんにゃん。
脹ら脛のあたりをにゃんにゃん。
背中から首筋をにゃんにゃん。
よく揉みほぐしてくれる。……揉み……ほぐして…………ん?
「あの……本番は?」
「ほっほっほっ、これが本番じゃよ」
暗闇に、老人の声がした。
「なんだ!? どどど、どういう事だ!? ファイア!」
ロウソクに火をつけると、
「さっきの美女は!?」
にゃんにゃんをしていたはずの美女が、シワシワの老人になっていた!
「はて? なんのことかな? ここはマッサージ店じゃよ」
「なんだって!? うわあっ! だ ま さ れ た !!」
慌てて僕は服を着て、マッサージ店から路地裏へ転がり出た。
そこへちょうど……。
「ああ! こんな所にいた! ユッキー、なにしてんの!?」
ちょちょを抱っこしている真衣が、僕を見つけて叫んだ。
「おいらの鼻で、ユッキーを探していたのら! どうしたのら?」
「どうしたもなにも! 僕はいま、ひどい目に遭ったんだ! ひと夏の経験をしようと思ったら、美女に替え玉喰らった!」
「はあ?」
眉根を寄せて、事情を呑み込めないでいる真衣のうしろに、
「へへへ、ちょろいもんだ」
と言わんばかりの態度で詐欺師の美女が、片手にお金をチャリンチャリンお手玉させて、路地を曲がって消えた。
え、ちょっと待てよ?
あのお金は、どっから出たんだ!?
「まさか……まさか……」
急いで、ヘソクリの入っている小さな布の袋を確認する。
「ああああああ! 減ってる! お金が減ってる!!」
100Gも減ってる! なんてこったい!
「ははーん。読めたわ。あんた、だまされたのね」
狼狽する僕の姿を、冷ややかに傍観して、名探偵勇者真衣は推理した。
「しかもRPGによくある手口で。まあ、アホらしい」
「くそっ! ……言われてみれば、クエクエにもこんなイベントがあった……」
ちょちょを地面におろした真衣が、ススススー、と音もなく忍び寄って、
「えいっ!」
「あ!」
僕の小さな布の袋をぶんどった。
「か、返してよ! その袋は僕のだぞ!」
「黙ってなさい。ユッキーに持たせたのが失敗だったわ」
真衣は、ガサゴソと中身を物色して、
「やっぱり! このお金はどうしたの? 371Gあるわね。お金のことは、私に相談する決まりでしょ?」
「ぐぅ……その言い方、まるでサラリーマンの旦那の小遣いを仕切る鬼嫁みないだな!」
「だっ、誰が鬼嫁よ!」
真衣は、一気にその顔を赤くした。
ボン! と音を立てて頭から湯気がでるみたいに。
「ユッキーの奥さんに、だだだ、だぁーれがなるもんですかっ! ふん! 頼まれてもイヤだし! でも、どうしてもっていうなら、1パーセントくらいは、考えてあげてもいいけどね!」
「真衣に、お願いするわけねーだろうが! 僕は李里ちゃんに告白するって言っただろ! そのヘソクリだって、教会で通信するために貯めてたんだからな!」
僕は面と向かって言い放つ。
と……。
「なんっ、もう一度言って……ふっ……ふーん? そう……」
赤面した真衣の顔から、すぅと赤色が引いてゆき、もとの白肌になる。と同時に、怒りのようなものが、その皮膚の下に確実に蠢いていて、静かに装ってみせる態度とは裏腹に、ただならぬ感情を押し止めており……、
「ユッキー? 李里に告白するって言ったのに、どんな詐欺にあったのかしら?」
つとめてさり気なく、無表情で問いつめる。
眼が笑っていない。
視線で人を殺せる。
……マジで恐怖。
テンションが急降下したかと思えば、妙なボルテージがどこからともなく湧いて出て、メーターをぶっ切っている。
「いや、えーと。どんな詐欺? ……マッサージ詐欺、かな」
「ふーん。で、その効果は?」
「こ、効果?」
ふと、僕はヒットポイントや疲労度が全回復している事に気づく。
「全快だ……! 全快してる!! にゃんにゃんしようって美女にだまされて受けた爺さんのマッサージが利いた!」
「へー、にゃんにゃん。美女に? だまされたんだ。へー、告白する相手がいるのに、美女に、にゃんにゃんしようって言われたら、ユッキーはついて行くんだ」
「は? ……ああ!! いまのなしだって! 誘導尋問じゃん!」
「あんたが勝手にしゃべったんでしょうが! バカじゃないの!? そんなのに引っかかって。 あり得ないんですけど! このお金は没収っ!」
指の関節をポキポキ鳴らして、真衣は、
「全快してんのなら、キツくお灸を据えても、大丈夫よね? 宿に泊まれば、また全快するんだし。私が修正してあげるわ!!」
「ひぃやあ、ぎゃああああ!!」
勇者による修正がはじまった。
「ユッキーが勇者さまに! 見ていられないのら! のらのらーー!!」




