クエスト名称:知恵熱にご用心
ちょちょの助言が功を奏した。
もう一踏ん張りするべきか、宿に帰るべきかの見極めに、非常に役に立った。
僕はレベル20に、真衣はレベル26に到達した。
お金もそこそこ貯まったので、魔法の書物を購入。
僕が修得した魔法は、
炎魔法『ファルガ』の上位であり、炎魔法最上の『ファディア』
保護魔法『バリア』の上位である『バリガ』
戦闘時、敵の攻撃力を低下させる弱体魔法『ハンマーダウン』
このほかに、回復アイテムとして、
ヒットポイントが回復する〔煎じ薬2倍濃縮〕〔煎じ薬3倍濃縮〕
疲労度が回復する大鷲製薬販売の〔ファイト一発!〕
キャンプセットは購入できなかった。これで我慢するしかない。
「よーし! やっと知恵の塔に挑戦できる!」
意気込んで、塔へ向かう。
何階建てなのか不明だが、改めて見上げると、恐ろしく高い。
「これを……頂上まで……てっぺんが見えんぞ……帰ろうぜ……」
「戦意喪失早過ぎ、ユッキー」
「勇者まさ! 扉を! ユッキー、頑張るのら!」
ぴょん、とジャンプして飛び込んで来るちょちょを抱っこして僕は、
「行くか……」
塔の扉をあけた真衣のうしろに続く。
塔内は、広々として、また、閑散としていた。
たとえるなら、夜逃げあとの貸しビルのワンフロア……という感じだ。静まり返っている。
1階は挑戦者も多かったと見えて、兵どもが夢の跡。至る所に屍が転がっている。
「たくさんの亡き骸が……ここで早くも力尽きたのか?」
「さあね。どうやって2階に登るのかしら?」
あたりを見まわすと、ちょちょが、
「ユッキー! 勇者さま! あそこに鉄格子があるのら!」
ぴょこぴょこ駆けてゆく。
フロアの奥の方だ。
その鉄格子には、艶やかな彫刻で縁取りした楕円形の鏡が掛けられていた。
「なんだ? この鏡……?」
言うともなく口にすると、
「先へ進まんとするならば……」
鏡面にゆらゆら波紋がひろがり、はっきりとはわからないが、女性の顔が浮かんで、
「問題を解きなさい」
僕たちに言った。
「おお!? 鏡よ鏡よ鏡さん、だ」
「静かにっ。問題だって」
真衣に小突かれて、口をつぐむ。
鏡が出題する問いに答えないと、次のフロアへは行けないようだ。
『問題に答えなさい。1+1=□?』
「「は?」」
僕と真衣は不意をつかれて呆然とした。
次に、何とも言えないおかしさがこみ上げて来て、噴き出してしまった。
「ぷぷぷ、こんなの問題じゃないし! 真衣、答えてやってよ、ぷぷぷぅー!!」
「答え? ふふ、答えは、2」
ガチャリ。
鉄格子の錠が落ち、上階に続く階段が登れるようになった。
「こんな簡単な問題で、こいつら力尽きたのか?」
転がっている屍を尻目に、僕たちは上階へ向かう。
そこにも、屍があって、1階とおなじように、
『問題に答えなさい。1−1=□?』
鏡は、小学生レベルを出題する。
「このゲーム世界の住人は、算数とか習っていないのか?」
「どうなのかしら? 魔法学校はあったけど、普通教育の学校を見た事ないわね……」
「こんな感じでサクサク進んで、〔知恵のしるし〕を持ち帰ろうぜ」
「そうね。てっきり、モンスターが1階ごとにいて、倒さなくちゃ先に進めないのかと心配したけど、そんなことないみたい」
真衣が、そう言った矢先だ。
サササッ、と素早く走るモンスターが現れた!
《小型草食獣・はぐりんちょ。逃げ足が早く、すぐ戦闘離脱。倒すと大量の経験値を得る》
「ちょちょの親戚だ! 大量の経験値だってさ!」
「逃げる前に倒すわよ!!」
「のらのら!?」
おどろくちょちょを放り投げて僕は、修得したばかりの炎魔法ファディアを唱えようとした、そのとたん。
しゅしゅしゅー!!
反復横飛びをするように、あっという間に姿を暗ました。
「うわっ、めっちゃ足が速い! 逃げられた!」
「うさぎだけに、脱兎ね」
「ユッキー! 勇者さま! ひどいのら! おいらの種族なのら!」
ムッキー!! と怒るちょちょ。
だけど、はぐりんちょを倒したときの経験値は魅力的だ。
5階か6階に到着したときも、はぐりんちょが現れた。が、逃げられた。
入れ替わりに現れたのが、
《大蟲獣・ゾンビードル。屍を巣にし、繁殖する。尻のドリルに付着毒は肉を腐らせる》
《爬虫獣・白雪大亀。鋭い牙で噛みついて、離さない。甲は物理攻撃や炎までも弾く》
「塔内にも普通にモンスターが出るんだな」
「呑気なこと言ってないで、闘うわよ!」
ゾンビードルはビードルの色違いとでも言おうか、ほとんどグラフィックの使いまわし。
ファルガサーベルを素早く抜刀した真衣は、ゾンビードルのぷっくりと膨れた後体節を、素早く切り割った。
瞬時に炎魔法ファルガの効果が発動し、後体節を含め、ゾンビードルの全身が燃え上がる。
僕は白雪大亀を相手にする。
「ちょちょ、僕のうしろに隠れてろ! 炎がダメなら、喰らえ、雷魔法サンルガ!!」
賢者のセプターを構えて唱える。
魔方陣から光芒が走り、白雪大亀を直撃……したのだが、白雪大亀は甲の内側に手足、首を引っ込めて、その甲で稲妻を弾く。
「これも弾くのか!? むむ、まだまだあ!!」
身を守っているけれど、すくながらすダメージは受けるはず。
稲妻をほとばしらせていると、甲の内側から、麻痺した手足が出て来た。
「ごり押しだあああ!!」
僕は、スタミナ消費、スタミナ量、スタミナ回復のステータスアップ効果によって、魔法を唱え続けられるほどになった。
身を守りながらビリビリ痺れている白雪大亀のダメージを削って、最終的に、サンルガで押し切った。
「はぁはぁ……うっぷ。イタチのシッポ・バージョン4がなかったら、キツい」
「……パンツ丸出しだけどね」
ファルガサーベルを鞘に収めた真衣が、残念な人を見守るような視線を僕にくれる。
「あのさ、真衣。間違いのないように言っておくけど、このアイテムを選択したのはお前なんだからな? 僕が望んで装着してるんじゃないから」
「ユッキー、似合ってるのら!」
「……ちょちょ……僕は変態賢者じゃないぞ?」
お尻に装着したイタチのシッポのせいで、衣装が捲れて、白と青の縞柄パンツが丸見え。
ステータスばかりに目がいった結果がこれだよ。
それでも……。
20階、30階と塔を登って、47階に到着した。
例のごとく、鏡からの問題だ。
今回の問題は、以前とは傾向が異なる。
『問題に答えなさい。
キャベツの詰め込まれた籠を持った農夫が、オオカミとヤギを連れて川岸まで来た。
舟で川をわたろうとしたが、舟には、農夫のほかに〔籠〕と〔オオカミ〕と〔ヤギ〕のどれか1つしか積むことができない。
すべてを対岸に運びたいが、農夫がいないとオオカミはヤギを食べてしまい、ヤギはキャベツを食べてしまう。
すべてを無事に運ぶにはどうするべきか?』
鏡面に、ゆらゆらと波紋が生じる。
「いままでの質問と系統がちがうぞ?」
「だんだんと難しくなってるわね……」
「ファイトなのら! おいら、ちっともわからないのら! 助けられないのら!」
僕と真衣は、首をあっちにまげて、こっちへひねった。
と、鏡面がゆらいで、鏡は言った。
『未熟者。時間切れです。最初からやり直しなさい』
「「「え?」」」
鏡が言い終えるが早いか、僕たちの足下の床が、ドッキリ番組の仕掛けのように、
パカッ
とあいて、
「マジかよ」
「うそでしょぉ!?」
「のーらー!!」
僕たちは重力に従って、1階まで落ちた。
落ちた際のダメージはなかった。
けれど精神的ダメージは大きい。
「時間制限があるなら最初から言えよ、ちくしょうが!!」
「また登るの……うそよ……」
「足が疲れたのらぁ……」
1階で、がっくりと項垂れる僕たち。意気消沈する。
「わかったわ……どうして1階に、たくさんの屍があるのか……」
真衣は、あたりに目を向けて、
「ここにある屍の山は、いまの私たちみたいに落とされたにちがいない。それでも、幾度となく挑戦して、失敗して……1階に……」
これはまるで、ゴールの見えないすごろくで、振り出しにもどされるようなもの。
こんなのを幾日も繰り返していたら、精神的にまいってしまって青息吐息、神色黯然。気持ちが萎えて気息奄々の末、精も根も尽き果てて死んでしまう。
マジックシェアのマスターが言った、
『生きて帰って来た者は二度と挑戦しない』
ことばの意味が理解できた。
「この屍たちは、『1+1』の質問に答えられなかったわけじゃないのか……知恵の塔、恐るべし。とてもじゃないがこの塔、脳ミソまで筋肉タイプには攻略不可能だぜ……」
ゆえに、賢者の塔とも呼ばれるのであろう。
「ユッキー! ちょちょ!」
気力に充ちた声で真衣は、勃然として闘志を燃やし、
「この塔を絶対に攻略するわよ!! じゃないと〔知恵のしるし〕が手に入らないんだから!」
「お、おう……」
真衣の奮起に気後れしたけれど、うじうじやってたって、はじまらないのだ。
「うん!! 僕だって、李里ちゃんを助けたいからな! こんな塔なんか、しるしをゲットして、おさらばだ!」
「ユッキー! 勇者さま! ガッツなのら! おいらも頑張るのら!!」
鬨の声を上げて、気合いを入れる。
知恵の塔の攻略に捲土重来を期す!!
1階は『1+1』の算数問題から出題され、次第に数学問題となって……。
47階、先ほどの川渡り問題が出題される。
この答えは、
『1・ヤギを対岸へ』
『2・空でもどって、オオカミを対岸へ』
『3・ヤギをつれて、もどる』
『4・ヤギを降ろして、キャベツを持って対岸へ』
『5・空でもどって、ヤギを対岸へ』
これで、上階へ進むことができる。
しかし……。
塔を登るにしたがって、問題は更に難しくなる。
いまの川渡り問題に加えて、出題されるカテゴリーが増えた。
間違い探し、ジグソーパズル、迷路園、シチュエーションパズル、スライディングブロックパズル・別名箱入り娘、知恵の輪、ルービックキューブなど……。
これらには時間制限があり、クリアできなければ、1階からの再スタート。
しかも、迷路園のフロアでは、
「げえっ!? 前に来たときと、迷路の形がちがう!」
「迷路に慣れないように、道がリセットされるんだわ……」
「振り出しにもどるなのらぁ!?」
だがしかし、それでも精神を切らすことなく僕たちは、何度も挑戦し続けた。
頂上までのその途中、幾度もはぐりんちょが現れた。
「とりゃあ!!」
スババババッ!
真衣は、『はぐれ斬り』なる剣技を体得し、免許皆伝。何体かのはぐりんちょを斬った。
そんな真衣の姿を前にして、悲しい目をしていたちょちょ。
けれど、真衣のおかげで、かなりレベルアップした。
僕はレベル24になったし、真衣はレベル31に到達。
最高レベル50のこの世界で、ラスボスに挑めるレベルではないだろうか。
この塔の攻略で知恵を出しているのは勇者真衣で、賢者の僕はというと、極力、真衣の邪魔にならないように立ちまわることに専念している。真衣の太鼓持ちみたいな存在だ。
50回くらい再スタートしただろうか、
「このフロアで、664階だった?」
「682階じゃない? もう数えてないわ」
さすがに、疲労度が溜まって限界だ。キャンプセットがあれば……。
「ユッキー! 勇者さま! 扉があるのら!」
ちょちょが、ぴょこぴょぴょ駆けてゆき、
「いままでの鉄格子じゃないのら! ひょっとしたら、ここが、てっぺんかもなのら!!」
水遊びした犬みたいに体をぶるぶるさせた。興奮しているようだった。
ちょちょの示した黒塗りの扉は、どのような攻撃魔法にも耐え、絶対に開放させない雰囲気を醸し出していた。分厚そうで、頑強に補強されているのが見て取れる。
「ついに、ここまで……」
涙腺がゆるくなり、僕は思わず目頭を押さえた。
「泣くのは早いわよ、ユッキー。問題が解けてから泣きなさい」
キリリとした表情の真衣にも、こみ上げる感動が滲む。
「ユッキー! 勇者まさ!」
ちょちょに促されて、僕たちは鏡の前に立つ。
鏡面に女性の顔が浮かび、ゆらゆらと波紋がひろがって、
『最終問題』
と言った。
「やっぱり!」
「さ、早く出題しなさい」
鏡が、最後の難問を出題する。
『問題に答えなさい。「人生」とはなんでしょう?』
「……はい?」
真衣が、裏声を発して、むしろ聞き返した。
「私たち、人生ってこんなものだ、って言える年齢じゃないわよ」
この問題、超難問だわ……と力なくつぶやいた真衣は、その場にへたり込んでしまった。
だが、僕はどこかで……。
「あァ!!」
ピコーン! 脳裏に蘇る記憶ッ!! 2Gは損ではなかった!
「わかった! この超難問、僕が答える!」
「ユッキー……あんた、間違えたら、ただじゃ済まさないわよ……ここまでもどって来れるか、わかんないんだからね」
「ユッキー!? 大丈夫なのら!? 心配なのら!」
「大丈夫だって! ……たぶん」
「たぶん!? ああもういいわ、どうなっても……私もわかんないし」
言って、真衣は、へたへたと肩を落とす。
その傍らで、疲れ切ったちょちょが、虎の剥製みたいに手足を放り出して突っ伏した。
「まあ見てなって」
余裕をかまして僕は、背筋を伸ばし、自信満々に、
「人生とは、他人を疑って、他人を愛すること!」
ドヤ顔で言切る。
すると……。
鏡面の波紋が鎮まり、浮かんだ女性の顔が消えて、
ガチャリ。
解錠された。
「すごいじゃないユッキー! やっぱり信じててよかったわ!」
「賢者さまなのら! 世界一の賢者さまなのら!」
真衣とちょちょの疲れ切っていた顔が、一瞬にして、満面の笑みへと変わった。
「マジックシェアにいた、酔っ払い爺ちゃんのおかげだよ。尋ねておいて、正解だった」
でなければ、ここで詰んでいた。危ないところだった。
真衣とちょちょが喜びに沸いて、僕を誉め称えてくれる。
知恵の塔攻略の深い感動にひたっていた僕たちに、邪悪な欲望を孕んだ高笑いがかけられたのは、このときである。
扉がひらき、その内側から、荒れ狂う猛吹雪が吹きつける。
一瞬、気が動転した。
次の瞬間には、シニカルな笑いを浮かべた女と、その手の内にあるエンブレムを見て愕然とした。
「一足遅かったわね、勇者。〔知恵のしるし〕、イズリフが頂戴するわ」
甘く冷たい美声だった。




