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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
三章【天上の子・後編】
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◆第七話『幻影騎士』

「さてどうするかの、エリアス・ログナート。お前といま、ここでやりおうてもいいのだが、わしとしては一刻も早く機巧人形の整備に向かいたい。そちらが引くと言うのなら、いまは追わんでおいてやるぞ」


 なんとも不遜な物言いだが、いまは数的に見て相手の方が優位なのは間違いなかった。なによりこのガルヌという男、底が知れない不気味さがある。

 ティゴーグの援軍が迫っていることも考えれば、いまは引くしかない。


「全員、飛空船まで後退っ! 殿はリヴェティア王城騎士が務めます!」


 そう叫び、エリアスは飛翔した。

 リンカの部隊も含め、奇襲に当たっていた連合の騎士が敵本体から撤退していく。

 ティーア、ガルヌから追撃されなかったことがせめてもの救いだが、ティゴーグが帝国の援軍として来たいま、状況は最悪だ。


 それが……表面に出ないようにずっと押さえつけてきた。

 だが絶望的な状況を前にして、ついにはっきりと脳裏に現れてしまう。


 勝ち目がない、と。


   ◆◇◆◇◆


 ベルリオット・トレスティングは人形部隊の上空に神の種(メテオ・リーテース)を作った。空中維持の意識を切り離すと、巨大な結晶塊が、周囲の空気を巻き込みながら落下していく。


 本来の破壊力を余すことなくぶつけられたら、人形を押しつぶすことは容易だろう。

 だがそうはならない。《神の種》はある境界で落下の勢いが弱まった。徐々に小さくなっていき、人形に到達するときには、その大きさは実に半分以下になってしまった。

 轟音とともに《神の種》が地表に落下した。

 食らった人形は三体ほどだ。


 砂塵が収まったとき、《神の種》を食らった人形は五体満足でその場にいた。膝を折っているものもいたが、損傷は軽微といったところだ。

 正直、人形相手では《神の種》ですら足止めにしかならない。もちろん足止めが今の自分の役目ではあるが、精神的な疲労を考慮すれば割に合わなかった。

 結晶塊を複数個造れるなら話は別だろうが、自分ではせいぜい一個が限界だ。


 身に纏っていた青の光が、黄の光へと変色した。

 人形が近くまで来たのだ。

 見下ろせば、跳躍した人形が間近まで迫っていた。その下からもう一体。ベルリオットは巨大な盾を作り出し、一体目の頭上にぶつけた。そこに飛び乗り、あとから来る人形にあわせ、剣を振り下ろす。人形の右腕に刃が触れる。がががっという振動音が終わると、敵の胴体から右腕が離れていた。


 足もとから突き上げるような衝撃に見舞われる。

 下敷きにしていた人形が、盾の下から攻撃してきたのだ。

 ベルリオットは蹴りつけるようにして人形を下方へと押し出すと、相手にした人形二体から距離をとった。

 纏う燐光の色が、青へと戻る。


「はぁ……はぁ……くそ、キリがないっ!」


 地上では、依然として多くの人形がうごめいていた。

 水路から溢れた水によって動きを鈍らせてはいるものの、それ以上の効果はない。

 部分的に損傷させた人形の数は多いが、戦闘不能にまで追いやった数は少なかった。おそらく十体にも満たない。


 ふいに敵本陣側の空が光点で埋め尽くされた。

 人形部隊の後方に配置された敵部隊からの遠隔攻撃だ。

 無数の光が矢となり迫ってくる。それらを即座に造った盾で受けていく。盾を貫かれることはない。しかし衝撃は、たしかに盾を徹して体に響く。


 腹の傷がうずいた。

 ベルリオットは思わず硬直してしまう。その瞬間、纏う光が、青から黄へとまた変色した。背後の風が乱れたのを感じる。振り向くと、そこには人形の姿が間近にあった。


 敵の左手が迫る。

 避けられない。

 光線を防ぐために使っていた盾をとっさに割り込ませる。間に合った――が、盾を徹して伝わった衝撃に、ベルリオットは空中から弾かれるようにして飛び、地上に激突した。地表を何度か跳ねたあと勢いは止まる。


 むせ返った。

 いつからか口の中は血の味で満たされていた。

 この場にうずくまりたい。

 今すぐにでも苦しいと叫びたい。

 だが、そんな暇はない。


 人形の拳が頭上からふってきた。地の上を転がり、避ける。先ほどまでいた場所に敵の拳が突き刺さり、轟音とともに大穴があいた。恐怖する暇もなく、人形が群がってくる。

 たまらず上空へと逃げ延びた。


 また光の線が飛んでくるかと思い、すぐさま身構えた。

 だが、いくら待っても飛んで来ない。

 ちらりと地上の、水路の周辺をうかがった。

 先ほどまで渓谷を飛び越えようとしていた人形が、いまは一体もいない。

 それどころか渓谷から距離をとり始めた。

 やがてすべての人形が、敵本陣側へと移動を開始する。


「撤退してるのか……?」


 いま、味方の奇襲部隊が敵本陣にいるのだ。

 人形たちを戻らせるわけにはいかない。

 敵の退路を塞ぐべく、ベルリオットは翔けようとした。

 そのときだった。


 濃紫の光を纏った何者かが、猛烈な勢いでこちらに迫ってきた。

 止まる気配がない。

 遠くからでも伝わってくる並々ならぬ気迫。

 危険だ、と本能的に悟った。

 ベルリオットは接近する相手を敵だと認識し、剣を構えた。直後――、


 激突。

 鈍い金属音とともに衝撃が周囲に散った。

 あおられた前髪がふわりと浮く。

 獲物越しに、老齢の男が映っている。

 禿げた頭頂部、白いあごひげが特徴的なその顔には見覚えがあった。


「トレスティングの倅よ、わしと手合わせ願おうか」

「どうしてあんたが……っ!」


 ティゴーグの騎士アヌ・ヴァロン。

 その実力は、ライジェル・トレスティングが現れるまで全大陸中最強の騎士と謳われていたほどだ。


 ベルリオットは押し込む力を強めた。

 相手の剣にわずかな亀裂が入る。

 直後、ヴァロンが剣を捻るように弾き、こちらから距離をとった。


「ふむ……やはり長くは持たんか」


 言って、ヴァロンは破損した剣を放り捨て、新たに剣を造り出した。

 その飄々とした振る舞いに、ベルリオットは思わず苛立ってしまう。


「答えろ、アヌ・ヴァロン!」

「そうかっかするな。すぐにわかる」


 ヴァロンの発言から間もなく、敵本陣側から迫りくる無数の光が目に入った。先ほどまで放たれていた光線ではない。近づくにつれ、それらが人であること視認できるようになる。

 帝国の騎士かと思ったが、そうではない。

 茶と黒色を基調したその騎士服は――。


「ティゴーグ……」

「見ての通りじゃ。我々ティゴーグは帝国と同盟を結んだ」

「なっ」


 信じたくはなかったが、目の前の光景がなによりの証拠だった。

 ティゴーグの騎士が水路先で構える連合軍本体と衝突した。

 わずかに敵の方が数が多い。そのうえ光線を放つ部隊の標的が、ベルリオットから連合軍本体へと変わったようだった。

 大量の光線が放たれる中、連合軍は迂闊に空を飛ぶことが出来ず、押され気味だ。


「わかってるのか! 帝国は自分の利益だけを考えてこんな戦争をしかけてるんだぞ! そんな国と手を組むなんかどうかしてる!!」

「利益を求めているのは、帝国だけではないだろう」

「だからって人間同士で争うなんて……これじゃ人は生き残れないぞ!」

「なにを言っても無駄じゃ。わしは、王の決定に従うまで」

「そんだけ生きてて言いなりかよ……!」

「長生きすれば色々ある。代わりといってはなんだが、この歳まで生きた証……わしのすべてを込めた剣を披露するとしよう」


 大上段に構えたヴァロンがそのまま向かってくる。

 隙だらけの突撃。

 これが過去、最強と謳われた騎士の実力なのか――。


 そう落胆の気持ちをこめつつ、ベルリオットは自身の剣を敵に合わせて薙いだ。切り刃が敵の右腹を捉える、瞬間。敵の身体が一瞬にして色をなくしていき、最後には薄い紫色の結晶塊へと変化した。

 ベルリオットの剣は勢いのまま進み、ヴァロンだった結晶を斬り裂く。

 大した抵抗もなかった。

 上半身と下半身にわかれた結晶が霧散していく。


 いったいどうなっているのか。

 ヴァロンが結晶になったのか? この結晶がヴァロンだったのか?

 そんな思考が一瞬生まれたが、直感が告げる。

 ヴァロンは他にいる、と。


 直後、自身に影が差した。頭上後方――。

 そこには宙返りをしながら、こちらの背後に向かって剣を振り下ろす敵の姿があった。

 右肩から背中に向かって、刃を割り込ませる。不安定な体勢で競り合いをするのは得策ではない。接触と同時、ベルリオットは自ら前方へ飛び、衝撃を殺した。


「ほう、反応するか」

「あんな精緻な結晶……どうやって」


 ヴァロンが作りだした結晶は彼の外見と似ていた。

 いや、似ているなんてものではなく、そのものであるかのようだった。

 顔の皺や服の皺、浮き出た血管すらも再現されていたように思う。限界まで結晶であると認識できなかった理由はそこにある。


 おそらくメルザリッテですら、人ひとりの規模でヴァロンほどの精緻な結晶は造れないのではないか。それほどの完成度だった。

 ヴァロンが答える。


「その昔、我がヴァロン家はラヴィエーナの家系に仕えていた。この《幻影結晶》は、そのときに編み出された秘儀じゃよ」

「ラヴィエーナ……」


 古代の発明家ベッチェ・ラヴィエーナは、いかなる精巧な物でも結晶で再現する力を持っていたとされている。その技と知恵を参考にしというのなら、たしかに納得がいく。


「見せたのは、おぬしで二人目じゃがな」

「二人目……?」

「いくぞっ!」


 ヴァロンによって思考が断ち切られた。

 剣を横に流した構えから敵が突っ込んでくる。払い、払い、突き、突き、払い――。止むことなく繰り出される敵の攻撃は恐ろしく静かで鋭い。


 ベルリオットは後ろに下がりつつ、重心は動かさずに上半身だけを動かして避けていく。機を見計らい、敵の攻撃間に割り込むように剣を突き出し、または払う。当たらない無数の斬撃が、虚空を静かに切り裂いていく。


 やがて互いの攻撃の手数が、一定間隔において同数になったとき。

 剣がかち合った。

 たしかな感触。幻影などではなく、本物だ。互いに獲物を弾き、次の攻撃へと移る。敵は突き。こちらは下方からの振り上げで迎え撃つ。弾ける――と思ったが、ふっと敵の姿が霧散する。目の前にいたのは《幻影結晶》だった。


「またっ!」

「甘いぞっ!」


 右方からの突き。

 辛うじて剣で受け、弾く。


「ほれっ、まだまだいくぞっ!」


 ふたたび、ヴァロンの攻勢。

 軽い撃ちあいから、要所で《幻影結晶》を用いた攻撃が襲い来る。

 ベルリオットは、なんとか直撃を防ぐだけで精一杯だった。

 後手に回りすぎて、アウラの質で上回る優位性を活かしきれていない。

 またヴァロンの掴みどころのない性格も手伝ってか、《幻影結晶》が使われる機会も読みにくかった。

 何度目かによる《幻影結晶》によって裏をかかれ、ベルリオットは弾き飛ばされる。

 小休止とばかりにヴァロンが口を開く。


「なるほど、たしかにアウラの質、剣技ともに大したものだ。じゃが、それだけだ。どうした? これでは昔に対峙したライジェルの方が何倍も手ごわかったぞ? お?」

「親父を知ってるのか……?」

「もちろんだとも。唯一、すべてにおいてわしを負かした男だ。忘れるわけがなかろう」


 ヴァロンが偲ぶように軽く天をあおぐ。


「本当に大した男じゃった。それに比べて……息子はただの力馬鹿と見える」


 腹の奥底から熱いものがこみ上げた。

 だが、そこまでだった。


「挑発してるつもりなんだろうけど無駄だぜ」

「……ほう」

「親父がすげーってのは誰よりも俺が知ってる。親父が……俺より強いってことも理解してる」

「ふむ……ただの馬鹿ではないようだな」

「まあ、俺も若いときは色々あったけどな」

「なにが若いときは、じゃ! まだまだ若いわ小僧が!」


 父親のことを尊敬している、といまでは胸を張って言える。

 だが、そんな父親だからこそ、越えたいと思うようになった。

 戦争中であるというのに、父親の姿を思い出したことで、心が豊かな気持ちで満たされた。その余裕が、知らぬ間に狭まっていた視界を広げ、鮮明にさせてくれた。

 みたび始まった撃ちあいの中、ベルリオットは敵の姿を凝視する。


 さすがに何度も見てれば慣れてきたな……。


 これまでヴァロンが《幻影結晶》の使いどころを限ってきたのは、相手に慣れさせないことも理由にあったのだろう。

 ベルリオットが突きを繰り出した、瞬間。ヴァロンの輪郭が、わずかにぶれたのを捉えた。その場に残った輪郭から抜け出る影。それを追うように剣を振り上げる。


「ぬぅっ!?」


 敵の脛を斬った。

 血が流れたものの与えた傷は浅い。

 だが、《幻影結晶》を破った上での一撃だ。


 あと少し早く捉えられれば、いける――!


 防戦一方だった形勢が一気にひっくり返った。

 勢いに乗ったベルリオットが、老獪な騎士を追い詰めていく。



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