表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
67/161

◆第二十五話『リンカ・アシュテッド』

 リンカは、地面の上に横たえた身体を震わせていた。

 見つめる先。

 夜空には、幾つもの青い光の線が様々な軌道で引かれては消え、また引かれていた。


 青の線を引いているのはベルリオットだ。

 未知のシグル――ドリアークと戦いながら、青の光を流星のごとくあちこちに放ち続け、防壁から溢れ出たシグルを斃している。

 その強さは、とても人とは思えない。

 本物の化け物と言っても過言ではない。


 なのに。

 どうしてそんなに必死な顔をしてるの。

 一匹足りとも見逃がさんとばかりに、彼は止まることなく頭を振り続けていた。

 血走った眼で周囲に視線を巡らせるその姿は、ぞっとするほど恐ろしく、また異様なまでの執着を覚えさせられる。


 それだけじゃない。

 どうしてそんなにぼろぼろになってるの。

 彼の騎士服は、ドリアークの風の鎧によってあちこちが切り刻まれていた。

 そこから覗く肌からは鮮血が飛び散り続け、また残った騎士服を赤に染めている。


 そして。

 どうしてそこまでして戦えるの。

 動いているから体に支障はないかもしれない。

 だが、とっくに動けなくなってもおかしくないほどの痛手を負っているはずだ。


 なのに。

 なのに、どうして……!


 リンカはぎゅっと目を瞑り、下唇を思いきり噛んだ。

 本当は全部わかっている。

 どれもこれも、彼が、周囲に横たわる騎士たちを護っているからだ。


 騎士たちを見捨てればもっと楽に戦えるだろう。

 だが彼はそれをしない。

 しようとしない。

 どれだけ厳しい戦いになったとしても、きっとしない。

 先ほどの彼の叫びから、それだけの覚悟と意志をリンカは本能的に感じ取っていた。


「なんなの……最悪な奴のままでいてよ……中途半端なのよ……あんたがそんなんじゃ恨めないじゃんか……」


 本当は自分の方が勝手なことを言ってるのはわかっていた。

 今の彼は、周りの騎士も護ってくれているのだ。

 なのに心ないことを言ってしまうのは、どうしてもあのときの――現女王誕生祭での出来事が脳裏に映像となって浮かび上がり、邪魔するからだった。


 命の恩人であり、憧れの存在であり、騎士を目指すきっかけを作った人。

 ライジェル・トレスティング。

 その息子であるというのに、ベルリオットが見せた戦いはまったく周囲を顧みない自分勝手なもので。

 それが許せなくて、腹が立った。

 親の反対を押し切ってまで、騎士の道を歩んできた自分の人生をすべて否定されたような気がしたのだ。


 ただ――。

 本当に許せなかったのは自分の弱さだ。

 誰かを護るためにと頑張ってきたのに、今回も含め、結局いつもなにもできなかった。

 それが悔しくて。

 自分の無力さにいらついて。

 それを彼に……ベルリオットにぶつけていただけだ。

 自覚した途端、溢れ出てきた涙が視界をぼやけさせた。


 周囲のシグルは、ベルリオットの攻撃によって一掃されていた。

 しばらくすればまた防壁から出てくるかもしれないが、今はドリアークだけだ。

 ドリアークの動きが緩やかになった。

 旋回しながら、まるでベルリオットを品定めするかのごとく、じろじろと見つめている。

 と、その尖った特徴的な顔がリンカに向いた。

 無造作に大口を開け、黒球を放ってくる。


 ドリアークは、ベルリオットが周囲の騎士を護りながら戦っていることに気づいたのだ。

 なかなか攻撃を当てられない彼に攻撃するよりも、動けない騎士――リンカを狙った方が効果的だ、と判断したのだ。

 そうすればきっとベルリオットがかばうだろう、と。


 ベルリオットが弾かれるようにして持っていた剣を投げ、黒球へとぶつけ、破壊した。

 すぐあとに、リンカとドリアークの間の空中に割って入る。

 狙いがリンカであることに、彼も気づいたのだろう。

 ドリアークがここぞばかりに黒球を連続して放ってくる。

 ベルリオットが瞬時に厚く巨大な盾を造りだし、両手と肩で支える。

 黒球が、盾にぶつかっては弾けていく。


「く――っ!」


 これまで上空で戦っていたとき、彼は黒球を受け流していた。

 だが、真後ろに護る対象のリンカがいる状態では、下手に流せば当たる可能性がある。

 だから彼はすべてを受け止めているのだ。


 凄まじい衝撃音が何度も何度もひびく。

 その度にベルリオットの背中がこちらへと近づいてくる。

 後ろからではわからないが、彼の顔はきっと苦痛に歪んでいることだろう。

 視界がさらにぼやけ、なにがなんだかわからなくなってきた。

 悔し涙だ。悔しい。なにもできないことが悔しかった。


「もういい! もういいから! あなたが違うってわかったから! 化け物なんかじゃないってわかったから! だからもういいの! そんなに頑張らなくていいの! だからっ!」


 もう助けてもらうのが嫌だからじゃない。

 彼の足手まといになりたくなかった。

 誰かを護るどころか、護られるばかりで。

 それならいっそ、切り捨ててもらった方が楽になれると思ったのだ。


 ドリアークが自身の放った黒球のあとに続いて、突撃を開始した。

 ベルリオットの盾によって黒球が四散した直後、ドリアークが激突する。

 黒球とは比べ物にならないほどの轟音。

 周囲の空気を切り刻む音に混じり、がりがりと荒々しい音が耳を刺激してくる。


 その風の鎧を前にしては青の結晶ですら長く持たないのか。

 盾の中心に亀裂が入り、外へ外へと徐々に広がっていく。

 猛烈な風の流れによって周囲の砂が、土が巻き上がる。

 ドリアークが勝利を確信したかのように咆哮を上げた。

 さらにベルリオットが押し込まれ、リンカの間近にまで迫る。


 これ以上受け続ければ盾は破壊される。

 そうなれば、ベルリオットの体はあの風の鎧によって切り刻まれ――。

 想像した途端、張り裂けそうなほど胸が痛くなった。

 自分がこんなところで倒れているばかりに彼までも命を奪われる。

 耐えられない。


「お願いだから……やめてよ。あたしのせいで誰かが死ぬとか嫌なの……もう、覚悟はできてるから。だから……だから――


 もう、あたしを死なせて」


 彼から返ってきたのは大気を震わさんばかりの雄叫びだった。

 盾が破壊される。

 きらきらと煌く四散した青の結晶。

 それらを散らしながら、ドリアークの獰猛な顔が現れる。

 風の鎧に切り裂かれる中、ベルリオットが大剣を造りだし横に構えた。

 咆哮とともに全身を使って振り切る。

 鈍い衝撃音。

 ドリアークの体が遥か後方――防壁側へと吹っ飛んでいく。


 目の前の光景にリンカは圧倒され、思わず目を瞠った。

 先ほどまでは荒れ狂っていた周囲の風が、徐々にその勢いをなくしていく。

 すべてが収まったとき、今が戦闘中であることを忘れさせられるほど静かな空気が辺りを覆う。


 そんな中、蒼翼を背負いし騎士が緩やかに地上へと下り立った。

 後ろから微かに窺えた彼の横顔。

 そこには揺るがぬ意志を宿した瞳があった。

 肩越しに告げられる。


「大丈夫。あなたは俺が護る」


 瞬間、時が止まったような感覚にリンカは陥った。

 にじんだ視界の中、色あせた映像が割り込んでくる。

 忘れもしない。

 それは幼き日、ライジェルに助けてもらったときの映像だ。


 どうして、今、あのときの光景が……。


 視界の中、現れたライジェルの背中が、ベルリオットの背中へ移動していき、


 ――もう大丈夫だ、嬢ちゃん。お前は俺が護ってやる


 ぴたりと重なった。

 あの人とは違って、ベルリオットの背中はぼろぼろだ。

 とても頼もしいとは言えない。

 でも。

 なにも違わない。

 あのときの背中となにも違わない。


 昔も今も、この背中は、またあたしを護ってくれてるんだ。


 胸の中が温かいもので満たされていく。

 訪れた安らぎが、全身に感じていた痛みを取り払っていく。

 今、眠れと言われればすぐに眠れるのではないか。

 そう思えるほどの安堵が押し寄せてくる。


 護って……くれてる?


 安堵で満たされていた心の中に、ぽつりとある疑問が生まれた。

 初めは小さかったそれが、段々と大きさを増していく。

 やがて安堵を超えた大きさを持ったそのとき、視界が現実のものへと切り替わった。


 ……違う。

 これじゃない。

 あの背中にあこがれて、自分も誰かを護れるような騎士になりたいって。

 そう思って騎士を目指したんだ。

 あの頃とは違う。

 今のあたしには力がある。

 誰かに護られるだけなんて、そんなのはいやだ。


 あたしの憧れた騎士は、こんなのじゃない!


 もう背中を眺めている側じゃない。

 もう護られる側じゃない。

 体が動かない?

 嘘だ。口が、指の先が動いてる。

 意識だってはっきりしてる。

 やれる。

 まだやれる。

 どうして倒れていたんだ。

 地に体を預けて、なにを休んでいたんだ。


 リンカは両腕を伸ばした。

 開いた手の平の先、すべての指に力を入れた。

 指の先が土にめり込む。

 切り傷があったのか、ひりつく痛みに脳が刺激される。

 構わずさらに力を入れる。

 全身が小刻みに揺れる中、僅かに腕の間接が上がった。

 次いで上半身が、頭が地から離れ持ち上がっていく。


「あたしは……まだ、やれる……」

「お、おい。なにを」


 動揺する声が耳に届く。

 リンカは構わずに震える体を動かし続ける。

 土を擦りながら、右膝を腹の方へと運ぶ。

 左膝も同じように持っていくと腹が持ち上がった。

 両肘、両膝を地につけた格好になる。

 地面を見つめながら、心へと檄を飛ばす。


 あと少しだ。

 立て……立て、リンカ!

 立って、並ぶんだ。

 あの背中に――。


 あの騎士の隣に並ぶんだ!


 アウラを取り込むと同時――。

 リンカは一気に立ち上がった。

 砂が巻き上がる中、二の足でしかと立つ。

 不意に、外縁部側から光が漏れ出た。

 周囲を覆っていた暗闇が地表側から一気に明るみを増していく。

 夜が、明けたのだ。


 正直、今も身体中が痛い。

 口の中は血でいっぱいだし、視界は少しかすんでいる。

 脚だってがくがくと震えていた。

 一瞬でも気を抜けば、きっと途端にくずおれてしまうだろう。

 それでも立っていられるのはきっと――。

 隣に思い描いた騎士が立っているからだ。


 その騎士は、顔をしかめながら瞬きを繰り返している。


「だ、大丈夫なん……ですか」

「大丈夫じゃない」

「じゃあ無理しなくても」


 迷わずに答えたからか、彼も戸惑っていた。


「でも、護られるだけなんて嫌だから。あたしも戦う」


 とつとつとした語りになってしまう。

 全身から感じる痛みが、なめらかに話すことを許してくれなかった。

 だが意志は伝わったようだ。

 戸惑ってはいるものの、一緒に戦うことへの反論はなかった。


「隊長……」

「リンカ」

「は?」

「リンカでいいって言ってんの。あともう敬語使わないで。下手すぎにも……ほどがあるでしょ」


 今の状況下で、呼び方を変えさせるなどという話題は明らかに場違いだ。

 だが、今のリンカにとってはなによりも重要なことだった。

 ふぅと息をつきながら、彼は険しい顔つきから一転して柔らかな笑みを浮かべる。


「正直、面倒だったから助かる」

「やっぱ生意気」

「今さら戻すってのはなしだぜ」


 彼は口の端を吊り上げた。

 言われて一瞬で口調を変えられるのもどうかと思うが、それでもやはり荒々しい方が彼には似合っている気がした。


 防壁側へ飛んでいったドリアークが咆哮を上げた。

 その雄大な翼をはためかせながら、上空へと飛び上がっていく。

 そちらを見やりながら、リンカは騎士服の右腕部分を紐状になるようちぎった。

 両端を両手で持ち、皺を伸ばしてからぼさぼさになった髪を後ろで簡単に結い直す。

 そのとき肘が軋んだが、顔に出ないようぐっと堪えた。


「あれのこと知ってるみたいだったけど」

「ドリアークか。人から聞いただけから、俺もそこまで詳しくは」

「本体の硬度は?」

「たしかギガント程度って言ってたな。だから、本体に攻撃が届きさえすればどうにかなるんだが……」


 風の鎧が邪魔、か。

 ふと先ほどの戦いの中、ベルリオットの放った攻撃が一瞬だが風の鎧に穴を空けていたのを思い出した。


「あんた、さっきあれに穴空けてたでしょ。なんか、剣撃をそのまま飛ばしたようなの」

「飛閃のことか。でもあれも当てるの難しいんだよな。当たったところで穴がなくなるまでの時間もほとんどないから」

「あたしがあいつの動きを限定させるから狙い撃って。それで穴が空いたら、あたしが突っ込む」

「いや、そんなこと――」

「できる」


 彼の言葉を遮りながら、リンカは両手に剣を造り出した。

 昇った陽の光を反射し、切り刃の根元から切っ先がきらりと輝く。

 ベルリオットも剣を造り直し、二人してドリアークへと体を向ける。


「やっぱ逃げてくれってのはなし?」

「なし」

「正直、さっきの作戦だと危なすぎる」

「シグルと戦う限り、それはいつもでしょ」


 ふと彼の視線が、こちらの左眼に向けられているのに気づいた。

 そこには長めの前髪に隠れて、大きな傷跡がある。

 彼は負い目を感じているのだろう。

 だが、この傷を負ったのは彼のせいではなく、今ではリンカ自身の弱さが原因だと言いきれる。

 それを示すために。


「だから、こんな傷の一つぐらい」


 左側だけ長めに伸ばしていた前髪を剣で切った。

 はらり、と舞いながら髪が落ちていく。


「どうってことない」


 彼は目を瞠っていた。

 無理もない。

 いきなり目の前でこんなことをされたら誰だって驚く。

 ただ、その時間は長く続かない。

 ドリアークが咆哮を上げ、大口を開けた。


「くる!」


 二人して弾かれるように、上空へと飛び上がった。

 直後、先ほどまで立っていた場所に、ドリアークの放った黒球が激突し、大穴があけられる。


「いい? あたしがあいつの動きを一点に止めるから、それまでにあんたは――ベルはさっきの技の準備をしておいて!」


 空中を舞いながら、リンカは言い放った。

 ドリアークへと翔ける。

 奴もこちらに狙いを定めているようだ。

 予想通りだ。

 奴はリンカの方が弱いと判断しているのだ。


 実際、その通りだった。

 負傷しているのを抜いたとしても、たぶんベルリオットには勝てない。

 ただ彼に勝てなくとも別にどうでも良かった。

 なぜなら彼は戦う相手ではない。


 一緒に戦う仲間なのだから。


 そう意識すると心が軽くなった。

 気のせいか体も軽くなった気がした。

 アウラが体内を駆け巡る感覚。

 こんなにも鮮明に感じ取れるなんて初めてだ。

 体はまだ痛む。

 正直、自分でも動いているのが不思議なくらいだ。

 けれど戦っているのが一人じゃないという事実が力を何倍にもしてくれる。


 ドリアークが間近に迫った。

 なんの工夫もない頭からの突進。

 上方へ躱す。

 通り過ぎた奴が、すぐさま反転し再び飛びかかってくる。


 先ほどより遅い。

 突進ではなく連撃へ繋げてくるか。

 寸前で急停止した奴が右前足を、次いで左前足を振り下ろしてきた。

 予想通りの攻撃。

 身を躍らせ、難なく回避する。

 そこへすかさず左方からの尻尾薙ぎ払い。

 上方へ躱す。


 その瞬間、奴の口がわずかに開きかけていたのが見えた。

 黒球を放つ予兆だ。

 瞬時に奴の背後へと回る。

 先ほどまでリンカがいた場所へ黒球が放たれる。


 上手く回避できている。

 だが、これではだめだ。

 もっと近づかなければ奴の位置を固定できない。

 しかし風の鎧がこれ以上近づくことを許してくれない。


 肌に新たな傷が増えていく。

 すでにあった切り傷からは焼けつくような痛みが絶え間なく押し寄せてくる。

 悲鳴をあげそうになった。

 奥歯を噛みしめ、堪える。


 接近し続けていたからか、風の鎧にも流れがあるのを見つけた。

 この流れに沿わせながら躱せれば、傷を負うのを最小限に抑え、尚且つもっと近づけるかもしれない。

 だが風の流れはかなり速い上に、変則的だ。

 一瞬のためらいののち、リンカはドリアークとの距離をさらに縮めた。


 風の激流が全身を襲う。

 構わずに近づく。

 リンカは受けに特化した戦い方をしてきた。

 それが出来たのは動体視力が高かったからだ。


 もっと集中しろ。

 風の流れも読んでみせろ。

 そしてもっと速く、風のように翔けろ!


 風の激流に身を任せながら、ドリアークの周囲を飛び回る。

 リンカの翔けた軌跡が、無数の光の線となって奴を取り囲む。

 やがて動きについてこれなくなったドリアークが頭を振り回すだけになった。

 その身が、空中に固定される。


 今しかないっ!


「ベルッ!!」


 視界の端、巨大な青の剣を振り上げたベルリオットの姿が目に入る。

 振り下ろされると同時、青白く光る切り刃から極太の縦線が放たれる。

 飛閃。

 風を切り裂きながら、その青白い光の線がこちらに向かって飛んでくる。

 飛閃が近づくまで、リンカはドリアークに接近したままでいるつもりだった。


 まだ、まだだ。


 限界まで奴の周りを翔け回る。


 あと少し。


 と、ドリアークの視線が飛閃に向いた。


 気づかれた!?


 咄嗟に奴が飛閃から遠ざからんと背を向け、回避行動をとったその直後――。

 尻尾周辺の風の鎧に飛閃が衝突する。

 鈍い音が鳴ったのと同時、僅かだが穴が空いた。


「リンカッ!!」


 ベルリオットが叫ぶのと同時、リンカは風穴目掛けて突撃する。

 風の鎧に空いた穴は急速に閉じていく。


 絶対に間に合わせる――!


 哮りながら、リンカは穴を抜け、風の鎧を突破する。

 眼前に迫る黒の尻尾。

 敵の硬度はギガント程度と言っていた。

 ならば受けなど関係なく自分の剣でも力任せに砕ける。

 両手に握った剣を、奴の尻尾に当てめり込ませる。

 尻尾から背中、頭部を抉りながら翔け抜ける。


 接触を終え、離れた。

 ドリアークの慟哭がひびく中、振り返る。

 一撃で斃せなかった。

 だが、風の鎧が解けている。

 ドリアークを挟んで反対側、すでに攻撃態勢のベルリオットが目に入った。

 雄叫びとともに、ベルリオットがドリアークへと翔ける。

 リンカも重ねて叫び、再びドリアークへと翔ける。


「うぉおおおおおおおおおお!!」

「はぁああああああああああ!!」


 赤と青の二つの光が空に線を引きながら、黒の塊を斬り裂き、交差する。

 けたたましい慟哭があがる中、ドリアークとの接触を終えたリンカは、突撃の勢いがなくなると同時に振り返った。


 そこには切り刻まれたドリアークの体があった。

 体の部位が無造作に切り離され、弾け飛ぶ。

 陽のある世界の中、その黒の結晶がきらきらと散っていくさまは、夜とはまた違った美しさを持っていた。


「やったんだ……」


 長い戦いだった。

 全身の力が抜け、だらりと両腕を下げた。

 今すぐにでも休みたい。

 ただ、それよりも早く、この勝利をベルリオットとともに分かち合いたいと思った。

 視線をめぐらせ、ベルリオットの姿を捜し、すぐに見つける。

 と、なにやらどこかへ飛ぼうとしていた。

 すかさず彼のもとへと翔け寄る。


「……どこ行くの」

「いや、他の防衛線にもドリアークやモノセロスが湧いてるかもしれないだろ。大陸にアウラが注がれるまでは全部回らないと。まあ、とりあえずはそこの防衛線に溜まってるのをさくっと」

「さ、さくっとって……」


 たしかに彼なら大量のシグルを相手にしても、簡単に斃してしまうかもしれない。

 とはいえ、ドリアークとの激戦を終えた直後に、こんな思考をするなんてどうかしている。

 いや、騎士としては正しいのかもしれないが、だからといって一時も休むつもりがないのはいかがなものか。

 とりあえず……。


「あたしも行く」


 リンカは言った。


「さすがにもう休んだ方が――」

「あんたに言われたくない」

「俺はそこまで大した傷じゃないって」

「そんな血だらけになって、よく言えたものね」

「いや、でもな……」

「色々痛むけど、もうなんかそういうの通り越した」


 興奮していたのか、戦いの最中にはそこまで痛みを感じることはなかった。

 とはいえ戦いが終わった今もそこまで痛みはない。

 もしかすると興奮が抜け切っていないのかもしれないが。

 ベルリオットが顔を引きつらせる。


「それって逆にやばい気がするんだが……」

「大体、さっきの奴がまたいたらどうするの。それこそあたしがいた方がいいでしょ」

「そうは言ってもな――」

「ほら、さっさと行く」


 ベルリオットを置いて、リンカはまず近場の防衛線へと向かって飛んだ。

 後ろから慌てたように彼が追いついてくる。


「そういや、いつの間にか呼び方変わってんだけど」

「そっちが呼び捨てなんだから、こっちも呼び捨てで問題ないでしょ」

「まあ、俺は別にいいんだけど」


 呼び方を変えたのは心境の変化だ。

 もちろんそれを彼にわざわざ教えるつもりはなかった。


「なあ」

「なに?」

「リンカの戦い方って、ほんとに踊りみたいでさ。なんていうか見てて飽きないな」

「いきなりなに言い出すの」

「いや、あの戦い方、結構好きだなって」


 ここでそんなことを言うなんて。


「……ほんと生意気」


 激戦を潜り抜けたあとなのに。

 このすぐあとにも新たな敵が待っているかもしれないのに。

 彼と肩を並べていると、不思議と不安な気持ちが生まれなかった。

 そればかりか、これまで生きてきた中で一番心地良い飛行だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ