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名探偵の降臨___(解決編)

第九章:冷血な名探偵の降臨

父・和田が逮捕されてから三日が経過した。

和田の店は『地域もりあげ隊』の嫌がらせを待つまでもなく、殺人犯の家として村八分にされ、シャッターは閉ざされたままだった。リビングには重苦しい沈黙が居座り、麗華と麗奈は互いに視線を合わせることすら避けていた。


(このままじゃ、お父さんが本当に人殺しにされてしまう。でも、警察に本当のことを言えば、私と彼が、あるいは麗奈が捕まる……)


八方塞がりの限界に達していた麗華は、ある夜、狂ったようにスマートフォンで「冤罪 弁護士」「殺人事件 調査」と検索し続け、一つの奇妙な個人事務所のホームページに辿り着いた。

――『一ノ瀬特殊事象調査事務所』。

そこには「警察が諦めた真実を、いかなる対価を払ってでも引きずり出す」という、不気味な文言が躍っていた。麗華は震える指で、藁にもすがる思いでメールを送った。


それが、和田家の地獄の蓋を完全に開けることになるとも知らずに。


翌日、和田家のリビングのドアを叩いたのは、村のどんよりとした空気にはおよそ似つかわしくない、仕立ての良い黒いスーツを纏った若い男だった。

整った顔立ちには一切の感情が浮かんでおらず、ガラス細工のような冷たい瞳が、麗華と麗奈をじっと見つめている。彼こそが、名探偵・一ノ瀬蓮だった。


「初めまして、和田麗華さん。ご依頼に基づき、お父上の冤罪を証明しに来ました」


一ノ瀬は傲慢とも取れる態度で自らソファーに腰を下ろすと、部屋の中をねめ回すように見渡した。その視線が、まるで部屋の空気に染み付いた嘘をスキャンしているかのように鋭く、麗華は思わず息を呑んだ。


「さあ、時間がありません。お父上が清水氏を殺害していないという『真実』を私に提示してください。……おや、どうしました? 顔色が悪い。父親が不当に逮捕された被害者の顔というよりは……まるで、自分たちの『秘密』が警察にバレるのを恐れている犯罪者のような顔だ」


「な、何を言うんですか! 私たちは、お父さんを助けたくて……!」

麗華が声を荒らげるが、一ノ瀬はフッと冷たい笑みを漏らし、手袋をはめた手で、机の上に一枚の写真を滑らせた。それは、清水が殺害された夜の、神社の木炭小屋の床の写真だった。


「警察は村の入り口に落ちていた工具だけでお父上を犯人と決めつけていますが、実に見込み捜査が酷すぎる。私が今朝、あの木炭小屋を調べてみたら、面白いものがいくつも見つかりましたよ。……例えば、床に不自然に残された、綺麗に拭き取られた『指紋の跡』。そして、埃の中に残されていた、君のものより少し大きな、スニーカーの足跡」


一ノ瀬の言葉に、麗華の心臓がドサリと激しく跳ね上がった。

(足跡……? 彼の足跡を、この探偵は見つけたの……!?)


「さらに、清水氏の遺体の第一発見現場である村の入り口。警察はそこでお父上が清水氏を撲殺したと考えているようですが、解剖結果の書類をハッキングして覗いてみたら(一ノ瀬は事もなげに違法行為を口にした)、清水氏の首には『麻紐のようなもので絞められた索条痕』があり、後頭部には『薪のようなもので殴られた一次打撲痕』があった。……ですが、彼の本当の死因はそれらではない。別の、もっと凄惨な頭部破壊だ」


一ノ瀬はスッと視線を動かし、今度はガタガタと震えて縮こまっている次女・麗奈を凝視した。


「つまり、清水氏はあの夜、最低でも『三回』、それぞれ別の人間に襲われている。木炭小屋で首を絞められ、頭を殴られ、その後、移動した先でトドメを刺された。……ねえ、麗奈さん。君はさっきから、どうして私の顔を見ようとせず、スマートフォンをそんなに強く握りしめているのかな? まるで、そこに『自分が誰かをそそのかした証拠のDM』でも入っているかのように」


「ひっ……!」

麗奈が短い悲鳴を上げて飛び退く。


「一ノ瀬さん! 妹を脅さないでください! 私たちは何も知りません!」

麗華は必死に麗奈を庇うように叫んだ。恋人を守るため、そして妹を守るために、これ以上この男を事件の核心に近づけてはならないと本能が警告していた。


しかし、一ノ瀬蓮は感情の消えた瞳で、二人を見下ろしながら残酷に言い放った。


「素晴らしい家族愛だ。だが、私を舐めないでほしい。君たちがそれぞれ別の『真犯人』を頭の中に思い浮かべ、そいつらを庇うために私に嘘をついていることくらい、この部屋に入った瞬間の空気の重さで全て理解できる。……いいでしょう。君たちがそこまでして泥船を守りたいのなら、私一人で『真実』を引きずり出すまでだ」


一ノ瀬は立ち上がり、ドアへと向かった。その背中に、麗華は恐怖に震えながら声をかけた。

「待って……あなた、本当にお父さんを助けてくれるの……?」


一ノ瀬は振り返らず、冷酷な声だけを残した。

「私はお父上を助けるとは言っていない。ただ『真実』を暴くだけだ。それが結果として、君たちの愛する誰かを、あるいは君たち自身を、破滅の淵へ叩き落とすことになったとしてもね」


パタン、と静かにドアが閉まる。

和田家のリビングに残された姉妹は、一ノ瀬が残していった強烈な疑惑の毒に侵され、もはやお互いの顔を見ることもできなくなっていた。名探偵という名の怪物が、自分たちの隠し事をすべて暴き、この村の闇を白日の下に晒そうと動き出したのだ。




第十章:名探偵・一ノ瀬蓮のロジック(真・完全崩壊版【確定修正版】)

事件から一週間後。和田家の座敷には、この事件の関係者たちが一堂に集められていた。

長女・麗華、次女・麗奈、麗華の恋人、そして麗奈の周囲をうろついていた大柄な男。さらに、警察から一時的に勾留を停止された父・和田も、刑事の立ち会いのもとで座らされていた。


部屋の重苦しい空気を切り裂くように、一ノ瀬蓮が冷酷な口調で語り始める。


「さて、皆さん。お揃いのようですから、始めましょうか。この村の誰もが自分の保身のために嘘をつき、結果として和田さんを犯人に仕立て上げた『多重誤認のドミノ』。そのすべてのピースを、今から私のロジックで叩き潰していきます」


一ノ瀬はまず、モニターに神社の木炭小屋の写真を映し出した。


「警察は、和田さんがこの小屋で清水氏を殺害し、遺体を村の入り口に運んだと考えていましたが、それは完全な誤りです。清水氏は、この小屋では死んでいなかった。……ねえ、麗華さん。君はあの祭りの夜、お父上の工具を持ち出してこの小屋へ潜入した。清水氏たちが夜な夜なここで集まり、何か怪しい悪行を働いていることを察知し、その『決定的な証拠』を暴いて、お父上や自分たちの生活を清水氏の支配から守るためにね。しかし彼に見つかって押し倒され、パニックになって床の麻紐で彼の首を絞めた。違いますか?」


「っ……!」

麗華は息を呑み、隣に座る恋人の腕を掴んだ。


「高度な防犯カメラの解析と現場の埃に残された足跡から、すべては明白です。君が清水氏に逆襲されかけたその時、君の隣にいる彼――『もりあげ隊』の青年が飛び込んできて、足元の薪で清水氏の頭を殴りつけた。清水氏はドサリと倒れ、君たちは『自分たちが清水を殺してしまった』と思い込み、お父上の工具を残したまま命からがら逃げ出した。……君たちは、自分たちが殺人犯だと信じ込み、互いを守るために今まで黙秘をしていたわけだ。実に美しい愛の絆だ」


麗華は涙を流しながら、恋人と固く手を握りしめた。「やっぱり、私たちが……」と呟く麗華の声を、一ノ瀬の冷徹な言葉が遮る。


「だが、君たちのその『美しい勘違い』は、ここで終わりだ」


一ノ瀬はポケットからスマートフォンの通信ログの束を取り出し、無慈悲にモニターに拡大表示させた。


「君は、彼が清水氏に無理やり従わされていた可哀想な被害者で、あの夜は君を救うために命がけで駆けつけてくれたヒーローだと思っているようだ。……だが、勘違いしないでほしい。彼は、清水氏が管理していた『あの裏チャットグループ』の主要メンバーだ。それどころか、最も積極的に、君の妹である麗奈さんの動画を要求し、欲望を貪っていた胸糞悪い加害者の一人だよ」


「え……?」

麗華の思考が停止する。


「証拠に、祭りの数日前の彼の返信を見てみましょう。――『次の祭りの夜、例の場所(木炭小屋)で。清水さん、次の一杯、俺にも分けてくださいよ』……。麗華さん、あの夜、彼が木炭小屋に向かったのは、君を救うためでも、清水氏に逆らうためでもない。清水氏と合流し、祭りのドサクサに紛れて次の歪んだ密会を行うため、あるいは動画のデータを直接受け取るために、ウキウキしながら約束の場所へ向かっただけだ。そこで偶然、君が清水氏に遭遇した。……彼は焦ったはずだ。自分の裏の顔が恋人にバレるわけにはいかない。だから、口封じと、君の前で『正義の味方』を演じるために、咄嗟に清水氏を背後から殴りつけたんだよ。すべては、自分の醜悪な本性を隠し通すための、最低な保身の芝居だったのさ」


「嘘……嘘よ……! あなた、私を助けてくれたって……!?」

麗華の悲痛な叫びに、恋人の青年は血の気が引いた顔でガタガタと唇を震わせ、一言も返せなかった。


「ああ、麗華さん。君は本当に哀れな人だ」

一ノ瀬はあざ笑うように首を振ると、今度は視線を次女・麗奈へと向けた。


「そして、その裏チャットで男たちを狂わせていた『女王』、この異常な集まりの頂点に君臨していた怪物こそが、君の可愛い妹、麗奈さんだ」


「ひっ……!」

麗奈が短い悲鳴を上げる。一ノ瀬の冷酷な視線が、震える中学生の少女へと突き刺さる。一ノ瀬の目には、彼女が自分の意志で大人たちを操っていた「主犯」だと映っていた。


「麗奈さんのスマートフォンの隠しフォルダからは、おぞましい画像や動画の数々、そして村の大人たちを脅迫・選別していたチャットの履歴が大量に見つかりました。麗奈さん、君はこの閉鎖的な田舎村の大人たちが抱える歪んだ欲望に目をつけ、ネットの闇を利用して彼らを調教し、金を巻き上げる『小さな女王』として君臨していたんだ。しかし、その調教が裏目に出た。清水氏が、君の動画をネタに、取り分を増やすようリアルで君を脅してきた。コントロールを失い、限界を感じた君は、自らの忠実な飼い犬である、そこにいる大柄な男に、暗に清水の殺害をほのめかす言葉を伝えた。男は君のために神社の小屋へ向かったが、彼が着いた時には、清水氏はすでに意識を取り戻し、小屋を出て行った後だった。……そう、清水氏は麗華さんたちの攻撃では死んでおらず、酔いもさめて小屋から移動していたんだ」


一ノ瀬のロジックの矛先は、ついに父・和田へと向けられる。


「では、なぜ村の入り口にお父上の工具が落ちていたのか。和田さん、あなたがあの夜、清水氏に抗議するために木炭小屋へ向かい、空の小屋を見て、清水氏を探しに村の入り口へと向かったのは事実ですね? そこで、あなたは目撃したはずだ。頭から血を流して錯乱した清水氏が、ネットに流れる麗奈さんの過激動画を見て、その撮影場所を特定して村に潜入していた『不審な配信者』と、激しい掴み合いの乱闘を演じている最悪の光景を」


父・和田は声を詰まらせ、ただ拳を握りしめた。


「あの配信者の男は、村の入り口で清水氏に絡み、カメラを回しながら叫んだんだ。――『名前は言わねえけどさ、この村には画面の向こうで大勢の男を狂わせてる本物のド変態中学生が潜んでるんですよ!』とね。清水氏は、自分たちの裏チャットが暴かれたと誤認して激昂し、乱闘になった。驚いた和田さんは二人を引き離そうと割って入り、そのドサクサの最中、清水氏に突き飛ばされて仕事用の工具袋をぶちまけてしまった。自分の名前入りの工具を現場に残したまま、恐怖のあまり命からがらその場を逃げ出した……。あなたが黙秘していたのは、下手に現場にいたと言えば、自分が犯人にされてしまうという保身のためだ」


一ノ瀬は一呼吸置き、座敷の全員を見渡した。


「つまり、全員が『自分が殺した』『自分がそそのかした』『自分が現場に工具を落とした』という、それぞれの自己保身の嘘によって、勝手にパニックになり、互いに疑心暗鬼になっていたわけです。実に見苦しい」


立ち会っていた刑事がたまらず口を開く。

「一ノ瀬……! じゃあ、清水を本当に殺した真犯人は、その場にいた配信者の男なのか!?」


「いいえ」

一ノ瀬蓮は、冷酷なガラスの瞳を怪しく光らせ、不敵な笑みを浮かべた。


「配信者の男は、清水氏を薪で殴りつけはしましたが、致命傷は与えていない。清水氏の頭部を完全に粉砕し、絶命させた『真犯人』。それは、乱闘のドサクサに紛れ、闇の中から音もなく近づき、配信者の手から薪を奪い取って清水氏にトドメを刺した人物だ。……カメラの映像を高度に解析した結果、清水氏が殴り殺される直前、画面の端に、犯人の衣服の一部が鮮明に映り込んでいました。――それは、地域もりあげ隊の制服でも、配信者の服でも、お父上の作業着でもない」


一ノ瀬は、最後の一枚の写真を麗華の目の前に突きつけた。そこには、血飛沫を浴びた「ある人物」の決定的な証拠が写っていた。


「真犯人は、お前だ」


一ノ瀬の指が、麗華の隣に座る、あの『恋人の青年』を真っ直ぐに指さした。


「な、何だと……!?」

青年が立ち上がりろうとするが、一ノ瀬の冷徹な声がそれを許さない。


「君は、木炭小屋で麗華さんを連れて逃げた後、自分の裏チャットの履歴を消去するために、清水氏のスマートフォンを奪う必要があった。だから、麗華さんを家に帰した後、一人で清水氏を追ったんだ。連行される前にスマホを処分しなければ、自分の悪行がすべてバレるからね。そして村の入り口で、清水氏と配信者が乱闘している現場を発見した。君は、清水氏が警察や周囲にすべてをぶちまける前に、完全に口を封じる絶好の機会だと確信した。だから闇に乗じて乱闘に割って入り、配信者の手から薪を奪い取ると、清水氏の頭部を何度も激しく殴りつけて完全に殺害したんだ。お前が、この事件のすべてのドミノを動かしていた、本当の殺人犯だよ」


「ああ……ああああ……っ!!」


恋人の青年は、その場にへたり込み、完全に罪を認めて顔を覆った。

その瞬間、和田家の座敷に漂っていた無数の嘘と誤認の霧が、すべて晴らされた。


警察の手によって、恋人の青年、大柄な男、そして「裏チャットの主犯」として麗奈までもが連行されていく。一ノ瀬蓮は、約束通り父・和田の冤罪を証明し、完璧な『真実』を引きずり出して、満足げにこの村を去っていった。


名探偵・一ノ瀬蓮のロジックは、完璧だった。……ただ一点、彼が手に入れた『カメラの映像』すら、真犯人の計算の内であったことを除いては。


数日後。

誰もいなくなった静まり返る和田家のリビングで、長女・麗華は一人、ぽつんと座っていた。

お父さんは釈放されて帰ってきたが、疲弊しきって奥の部屋で眠っている。我が家はもう、完全に壊れていた。


麗華は、手元にあるスマートフォンをそっと開いた。画面に映し出されているのは、東京の有名配信者・わたるの限定配信チャンネルだ。


(ああ……渉様。やっと、あなたをお守りできました……)


麗華の瞳には、一ノ瀬の前にいた時の絶望など微塵もなかった。そこにあるのは、底知れない、陶酔しきった奴隷の笑みだった。

実は麗華もまた、妹の麗奈と全く同じように、ネットを通じて渉の熱狂的な信者となり、その肉体も精神も奪われ、彼に絶対の忠誠を誓う「奴隷(マインドコントロールの被害者)」だったのだ。姉妹は、お互いが同じ男に魂を売り渡していることなど、夢にも気づいていなかった。


あの日、麗華が清水を殺そうとした本当の動機は、妹を心配するような高尚な家族愛などではなかった。


数日前、麗華は渉から裏でメッセージを受け取っていた。

『俺が調教して動画を撮らせてる田舎のガキ(麗奈)がいるんだけどさ、そこの村の清水って奴が、動画をネタに俺を脅して金を要求してきてるんだよね。警察にチクられたら俺、配信できなくなっちゃう。麗華、お前が俺のためにあの男を消してよ。お前が一番の理解者だろ?』


その瞬間、麗華の脳内は狂気に染まった。

(清水が警察に言ったら、渉様が捕まっちゃう……。配信が見られなくなる。渉様に二度と会えなくなる。そんなの、絶対に耐えられない……!)


麗華にとって、妹が過激動画を撮らされていることへの怒りや同情など二の次だった。ただ「大好きな渉様を脅かす清水が許せない」という一心で、あの秋祭りの夜、彼女は動いたのだ。


木炭小屋で彼氏が清水を殴り倒した時、麗華は「彼氏を犯人に仕立て上げる絶好のチャンス」だと確信した。わざと自分の服の一部が配信者のカメラに映り込むように乱闘の場に彼氏を誘導し、彼氏が清水を追うように仕向けた。一ノ瀬が「真犯人の証拠」としたあの映像は、麗華が意図して作らせた、彼氏をハメるための舞台装置に過ぎなかったのだ。彼氏は「自分が薪で殴った自覚」があるため、それがトドメだと思い込んで勝手に自白してくれた。


そして、彼氏が村の入り口で、清水や配信者ともみくちゃになって乱闘を始めた、あの決定的な瞬間。


麗華は、村の入り口付近の山の上にいた。

そこは、村の入り口の崖の上へと繋がる、鬱蒼とした茂み。すぐ近くには村の弓道場があり、入り口付近に練習用の矢が落ちていても誰も疑問を抱かない絶好のロケーション。


麗華は、祭りの神事で使う本物の弓を引き絞り、暗闇の向こう、乱闘で足元をふらつかせている清水の身体の芯を冷酷に狙い定めた。


(渉様のために……死んで、清水)


ヒュン、と夜風を切り裂いて放たれた鋭い矢は、乱闘のドサクサの中、清水の肉体に深く突き刺さった。激しい衝撃に清水の巨体はバランスを崩し、そのまま入り口近くの急な崖下へと真っ逆さまに転落していったのだ。

清水は落下しながら、崖の途中に突き出た鋭利な岩に頭部を幾度も激しくぶつけ、地面に叩きつけられた時には、頭部がぐちゃぐちゃに破壊されて今度こそ完全に絶命した。


警察も、そしてあの高慢な名探偵・一ノ瀬蓮すらも、死体の「凄惨な頭部破壊」を見て、現場にあった薪で執拗に殴られた打撲痕だと完全に誤認した。崖の上から放たれた一筋の矢が、清水を滑落死させた本物の凶器だとは、誰一人として気づかなかったのだ。


「ふふ……あはははは……っ!」


静まり返ったリビングに、麗華の狂気じみた甲高い笑い声が響き渡る。


一ノ瀬蓮は麗奈を「村の大人を操る悪女」だと決めつけ、彼氏を「口封じの殺人犯」だと断定して満足そうに去っていった。あの男は、麗奈の背後にいる渉様の存在にも、清水の本当の死因にも、何一つ気づけなかったのだ。


彼氏は身代わりになって刑務所へ行く。

目障りな清水は死んだ。

妹の麗奈も警察に連れて行かれたが、これで渉様を脅かす存在は、この村から完全に一掃された。


麗華はスマートフォンを愛おしそうに頬に摺り寄せ、光の消えた濁った瞳で、画面の向こうの「主人」へと囁きかける。


「渉様……見ましたか? 邪魔な虫は、私が全部お掃除してあげましたよ。彼氏も、私の可愛い妹も、あの自称・名探偵も……みんな、私の手のひらの上で、綺麗にドミノみたいに倒れていきました」


すべてを失った我が家で、最も深く、最もおぞましい闇に染まった少女が、東京の男に捧げるための笑みを浮かべている。

窓の外では、何も知らない名探偵が去っていった山あいの村に、ただ淀んだ秋風が、冷たく吹き抜けていた。



最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

『九条おどりの熱い夜』、いかがでしたでしょうか。


本作は、古き良き日本の伝統的なお祭りの熱狂と、現代のネット配信、SNSの闇に潜むマインドコントロールという、対極にある二つの「熱狂」を掛け合わせることで生まれたサスペンス・ミステリーです。


名探偵・一ノ瀬蓮が鮮やかに解き明かした「真実」。

それは客観的な証拠に裏付けられた、完璧なロジックでした。しかし、人間の心とは、そして誰かを盲信する狂気とは、時に探偵のカメラやスマートフォンのログすらも、都合のいい「舞台装置」に変えてしまうほどの恐るべき力を秘めています。


物語の結末を見届けた皆様の胸に、あの静まり返ったリビングで響いた、かすかな笑い声と冷たい夏風の感触が、少しでも長く残るのであれば作者としてこれ以上の喜びはありません。


画面の向こうの悪魔は、もしかしたらあなたのすぐ近くにも潜んでいるかもしれません。

また別の夜、別の物語でお会いしましょう。


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― 新着の感想 ―
初めまして。たまたま更新欄で知り、拝読させて頂きました。 とくに心理描写に惹かれました。 それぞれが謎を隠す動機が自己保身から、という点もすこし穿っていて、私には興味深かったです。 名探偵・一ノ瀬蓮…
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