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無かったことにはできないので償ってください  作者: 莉央花


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3/4



絶句するネビルの隣から、エメリーが袖を引く。


「リーシャ様、まだ私を虐めるおつもりですか?そちらの方は何なんですか?」「ねぇネビー、私怖いです、」


次の瞬間、ドンッ!と鈍い音がした。


エメリーが床に尻もちをついたのだ。ネビルがエメリーを突き飛ばした。その事実に誰もが目を疑った。何が起きたか分からぬエメリーは、信じられないものを見る目でネビルを見上げた。


「‥‥ネビー?」

「離せ」

「え?」

「我が番からその手を離せ、誰だお前は」

「‥‥え?」


離せ、と言われた相手はエメリーではなかった。もはやネビルの視界にエメリーは入っていなかった。

ネビルの射殺すような視線の先では美しい令嬢が一人、紳士からのエスコートを受け、ゆっくりと歩みを進めていた。


「やっと会えた、私の番‥‥!」


食い入るように見つめるネビルの目には涙が溜まっている。ネビルはその情欲こもった視線の全てを、今しがた出会った令嬢に向けていた。


視線の先の令嬢は、美しい顔を悲し気に伏せた。



+++++++



「貴女も転生者なのではありませんか?アメリア・ブランシュ男爵令嬢」


王都から離れたブランシュ男爵領にいた彼女こそ、原作の主人公だった。

彼女の居所は原作の記憶だけでは判然とせず、王都で交流する者もない男爵令嬢ということもあって散々探し回る羽目になった。

手紙を出し、面会が許され、やっと茶会に漕ぎつけたのだ。


「‥‥えぇ、そうです。ということはデュオメッセ公爵令嬢も?」

「そうです」

「まぁ、まさか、こんなことがあるのですね。」


彼女も転生者では、と踏んだものの確認するまでは分からず肝が冷えた。


「よろしければリーシャと、呼んでください」

「宜しいのですか?公爵令嬢をそのようにお呼びして」

「構いません。こう言ってはなんですが、数少ない同郷仲間ではありませんか」

「では私のこともアメリアと」

「アメリア様。あの、これから私がご説明することは、アメリア様のお心を傷つける内容かもしれませんが‥‥どうか聞いていただけますか?」

「‥‥はい、リーシャ様はそのためにわざわざ会いに来てくださったのですよね。どうぞお聞かせください」

「実は‥‥」


リーシャは慎重に言葉を探しながら、アメリアに語り掛けた。



+++++++



ネビルは番を取り違えた

それは人の過ちというものの中で、誰しもが犯したくはない、代わりたくもない種類のそれだった。


夜会は早々にお開きとなった。

ネビルの生誕は祝われたが婚約の発表は為されなかった。ネビルはまだ誰とも婚約していない。

番であるアメリアが現れたのなら、しかもそれが両陛下のいる特別な夜会であれば、原作通りにその場で婚約が宣言されることもあり得た。


しかし彼の番、アメリアはそれを拒んだ。あの場で縋りつくネビルの手を振り払ったとき、ネビルは泣いていたがアメリアも涙を流していた



―――どうして。


‥‥ただそれだけを彼に言い残し、エスコート役の兄君と共に会場を後にした。ネビルは問いに答える機会を与えられなかった。


淡黄色のドレスを纏ったアメリアは裾がささやかに揺れるたびに香り立つような美しさであった。エメリーが花に誘われる妖精であったとしたら、アメリアはその花の中心に座する妖精姫と呼べる。小さな顔にほっそりとした体は壊れ物のような儚さがあり衆目を奪った。ブランシュ男爵が領地に隠したがったたのも頷ける。

と同時に、跪くネビルも突き放されたエメリーも、いずれも惨めであった。



真実の番が明らかになり無理やりに夜会を打ち切ったあとも会場は騒然とした。

すぐに追いかけるべきと募る者達を制したのは王妃殿下だ。強引に王子の傍に置いたとして、発作的に自害を図るおそれすらあると。


仮にアメリアが感情的になりネビルを非難したとすれば。ネビルが儚くなる危険もある。命をもって償うと言いかねない危うさが番にはあるのだ。




「アメリア‥‥あぁ、どうか許してくれ‥‥アメリア、俺の番‥‥!」


その言葉を、ネビル王子はその後も幾度となく繰り返すこととなった。



+++++++



「その後どう?第一王子殿下は」


向かい側のソファで身を投げ出すキールに尋ねる。茶の時間も惜しいほど埋め尽くされた執務の量に、互いにぐったりとしている。


「どうにもこうにも、使い物にならない。そうでなくてもあいつは波のあるタイプなのに、もうすっかり沈んでしまって発揮するものが何もない」

「そう‥‥ラシュゲル男爵令嬢の処遇は?」

「贖罪を終えたら自宅に押し込んで監視するって。」

「そう‥‥。」


“三度の贖罪”を課せられることになった。一回、二回‥‥と決死の覚悟をもって神への贖罪を述べる。自らの過ちを告白する。その一回ごとにその足を骨ごと砕く。それを三度繰り返し罪の全てが白日の下に晒されたときに刑が終わる。

果たして贖罪が果たされたと判断されるであろうか。




夜会の後、牢に置かれたエメリーと一度だけあった。


「どうしてヒロインに成り代われると思いましたの?」


そう声をかけると呆然とした顔を向けた。言葉はすぐに返ってこない。


「‥‥」


「貴方は‥‥貴方も悪役令嬢でしたのに」


儚い容姿で王都の社交界で人気者であったエメリー。作中では、突然第一王子の番として現れ時の人となったアメリアに嫉妬する。彼女を貶め、でもあっけなく返り討ちにされてラストは大円団。


小説のエピローグにほんの少しだけ登場する、端役でしかなかった彼女。

彼女は前世でも現世でも、一度たりともヒロインではなかった。


「‥‥だって主人公になりたいと思うのは当然でしょう?」

「でも他人からその地位を奪ったところで、一時的なものでしかないとは思いませんでしたの?」

「だって先に結ばれてしまえば、この国では伴侶を捨てたり別れたりしないじゃない」


この国に死別があっても離縁はない。番った伴侶は決して離さず大切にされる。それは事実だがしかし‥‥


「でもそうして結ばれたところで、番ではありませんのよ」

「‥‥」

「番以外の者と触れ合うなど、この国では禁忌ですのに」

「‥‥」



――――無かったことにはできませんわ。


そう言い残して、悪役令嬢リーシャ・デュオメッセはその役目を終えた。




+++++++


エメリーは番を偽った。それは信仰が厚いこの国では考えられない話であった。

番は出会えば分かる、代わりが効くはずもない存在。


偽りようがない。近づき、侍り、男女の仲になったとして。番を一目でも見れば熱情の全てが上書きされる。そんな結末が待っていると知りながら一時的にでも番の地位を得ようとする者はない。


中には不幸にも番と死に分かれ、番以外関係を持つ者もある。しかし子を為すことは非常に困難だと聞く。


仮に‥‥奇跡的な確率で授かったとして。

婚外子が王位を得られるような法制も理屈もこの国には存在ない。それこそ王族全員を、その末端の縁者に至るまで殺し尽くさない限りは。それは貴族の大半が廃され法も機能しない革命的状況であり、わざわざ番を偽って為す意味がない。


何よりも‥‥他人の番を偽る者は、自らの真実の番をも切り捨てることになる。

己の番を道連れに罪を犯すなど。



だからこそ、いわゆる番詐欺に対して王家は無防備だった。いや、ネビルが無防備だったというべきか。

身を寄せしどけなく迫ったエメリーにネビルは欲を刺激され、これが番なのだ思い込んだ。エメリーが自分たちは番であると繰り返し言っていたのも効いたであろうし、行為が円滑に運ぶよう準備していたのも相まって。

神の教えに反するが如き思い違いに、周囲はネビルへと失望の目を向けた。そして誰より失望したのは番であるアメリアだった。




アメリアにネビルの過ちを伝えたときは胸が痛んだ。

物語の中では生誕祭で出会うはずだった二人。しかし、先にネビルと出会い深い関係になったのはエメリーだった。


初めてそれを聞いた時のアメリアは、失意を隠さなかった。

一刻も早く状況を正さなければならないと、リーシャはすかさず申し出た。


「私は第二王子殿下の婚約者として登城することもございます。何らかの手順をとってアメリア様をお連れしてネビル様にお目通りすれば―――、」

「いえ‥‥それは、」

「それは?」

「‥‥正直に言いますと、決心ができません」



前世の記憶を持つアメリアが、番を、それも他の異性を侍らせている者を受け容れろと言ってもすぐにはできない相談であった。


「会って急に好意を向けられることも、他の女性と関係していたことも、受けとめられるか分かりません。」


そう言われてしまうと、リーシャも押し黙るしかなかった。

アメリアを王宮に連れていくことはおろか、領地から連れ出すためにブランシュ男爵を説得することさえ骨の折れることだった。さまざまな手順が要る。それに肝心のアメリアが否とするのなら‥‥。


リーシャは頭を抱えた。ひょっとすると、アメリアをこのまま逃がしてやる方が彼女のためかもしれない。そんな発想さえ脳裏をかすめたときに「修道院に行くことも考えてみます」と言われてしまったから、いよいよ本格的に頭を抱えたくなった。


その後もアメリアと交流を続け、生誕祭が間近に迫ったころ「会ってみます」と言われたときは、嬉しいようななんとも言い難い気持ちだった。これ以上傷つかないでほしい彼女にかける言葉がなかった。



そして結末はアメリアの予期した通りとなった。

エメリーの語った“真実の愛”は泡のように消え、ネビルは番に拒絶された。



+++++++



リーシャが久々に男爵家を訪れたときには季節が一つ変わっていた。

手紙は交わしていたが、実際に会うのは久しぶりだ。花壇を眺めるアメリアの表情は穏やかにも見える。


「あの時は、幸せと不幸がいっぺんに押し寄せて‥‥相手を滅して自分も滅ぶ、むしろ世界が滅びるに違いない‥‥って思いました。」


前世風の口ぶりで冗談めかして告げた彼女に、リーシャは気遣わしげな視線を向ける。経験した者にしか分からない感情だろう。


前世風にいえば過去の異性関係のこと。しかし、番であれば過去さえも問題になる。キールが真っ先にリーシャに問いただしたように。前世であっても嫉妬するくらいなのだ。目の前で異性を侍らせたネビルを見てどれだけ失望したことだろう。それでも彼女は見てみたかったのだと言う。控室で待つ手筈であったがあのタイミングで会場に現れた。


そしてアメリア自身が予想した通り、傍に侍らせていたエメリーを瞬時に捨て置いたネビルの姿‥‥その変わり身の早さに、前世の感覚が嫌悪感を抱かせた。


「‥‥まぁ、会いたくなったら会ってあげることにします。これからは、その気になれば会えますし」

アメリアがほんの少し口角を上げたから、リーシャもホッとする。


ネビルは臣下に下ることが決まった。男爵領に隣接する領地を申し訳程度に与えられ子爵位を賜る。これから時間を使って償う手段を探していくだろう。アメリアに、そして自らが失望させた人達に。





自分は『ヒロインだから』とエメリーは言った。


可愛らしい容姿であるのは確かだ。でもただそれだけで自分こそが世界の主人公であるなどと。そうなれると。なぜそんな風に思いこめたのか、リーシャには見当もつかない。


「おそらくそのエメリー様は、幸せになりたいというよりは、自分に立ち向かう誰かを排除したかったのでしょうね」

「‥‥と、言いますと?」

「王子妃として愛される素質というよりは、悪役令嬢をこらしめる素質をご自身に見出したのではないかと。負けん気の強い方ですね。思い込みが強いとも言えますが」

「それは‥‥思い込みが激しいのはそうでしょうね。」


神がそのように好戦的な者をこの世界に送り込んだとは信じ難い。

アメリアもリーシャも温和な性格だ。少なくとも現世の倫理を破壊するような嗜好は持ち合わせていない。エメリーだけが異質だった。転生者の中でも、この世界の中でも。



エメリーの番は、彼女が刑の確定を待つ間に見つかった。


学生であるエメリーの妹と偶然接触し、番に近い感覚を覚えた令息が「もしかすると」と申し出たのだ。申出を受けた看守は対応に苦慮したが、面会が許されて番であると分かった。

番が現れたことが情状として考慮されてかエメリーは死罪にはならなかった。“気狂い”であろうかとも言われた彼女。その命を奪うならネビルをも罰しなければならない。結局、明確に罪とされたのは公爵令嬢への度重なる無礼のみであった。

刑の執行が終われば今度こそ本物の番同士で暮らす。彼らの間に“真実の愛”は生まれるだろうか。



番が自分を見つけてくれるまで、ただ待っていれば良かったのに。

‥‥と、リーシャは思う。しかし待っているだけの幸せなど彼女の中には存在しなかったのかもしれない。


リーシャは、エメリーとネビルが添い遂げることになるかもしれない、とも思っていた。すでに肉体関係を結んでいたそうだから、それはそれ相応に固い結びつきであろうと。その場合は残された互いの番は不幸になるが。

王妃は「番と出会って番を捨て置くとは思えない」と首を振っていた。


自分に他にできることはあっただろうか、と、考えることもある。

しかし他の道などなかった。平凡なリーシャにできたことといえば、原作をなぞらえ偽りの“ヒロイン”を虐めることくらいしか。

第二王子の婚約者であるリーシャが毅然とした態度をとっていたことは、エメリー達の婚約を両陛下が承認していなかったことと相まって、王家そのものは偽の番に懐柔されていなかったと印象づけた。それでも民の反発は避けられないが。

王家の威信は今後の政策と、新たな慶事で塗り替えていくしかないだろう。



「それにしてもご結婚の準備でお忙しいでしょうね」

しんみりした空気を変えるように、アメリアが言う。


「‥‥考えたくないです。時間が足りない‥‥」

「ふふふ、一番華やかなイベントですのに?」

「前世ではそういう華やかさとは無縁でしたので。でも仕方ないですね、これも仕事と思えば」

「まぁ、王太子殿下のお耳に入ったら拗ねてしまわれるのでは?」

「本人にもいつも言ってますよ。そしたら職務に忠実なのがリーシャだろうって」

「あらまぁ」


王太子妃教育は過密を極める。第二王子の婚約者でさえ荷が重かったのに今度は王太子妃。頭が痛いことだ。

アメリアが男爵家自慢のタルトを薦めると、茶の香りと柔らかく過ぎる時間に心をほどかれ、リーシャはホッと息をつくのであった。




END


ありがとうございます。次回はエメリーSIDEで完結します。

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