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「これはこれは!バートリー侯爵ではありませんか!」
会場に着く頃には、もう来賓が到着しており、各々会話に花を咲かせていた。
かく言うエリザベスもその一人だ。旅を通して仲を深めた要人たちと楽しく挨拶を交わしていく。そうして来賓の波に揉まれていると、「エリザベス様!」と背後から声がかけられた。
「——マデリン様!」
振り向いた先にいたのは、マデリンとその夫のヒュー。それから二人の子供たちだ。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「おかげさまで。エリザベス様もお元気そうでなによりだわ」
「おかあさま!エリザベスおねえさま、とってもおきれい!」
「おかあさまのいったとおり!」
「ああああすみません、言葉は慎むように言い聞かせていたのですが……」
以前と変わらず慌てるヒューに、エリザベス馬思わず笑みをこぼす。それから少し身を屈めて、内緒話をするように子供たちに囁いた。
「ありがとう。このドレス、わたくしもとても気に入っておりますの」
「ドレスもだけど、おねえさまがきれいなんだよ」
「ねー!」
「あああすみませんすみません……」
慌てるヒューをよそに、ふう、とマデリンは周囲を見渡す。
「それで?レナードは一体なにを見せてくれるのかしらね?」
主催であるレナードの姿はない。確かにどこにいるのだろう、レナードの計画が始まる前にこのドレス姿を見てもらいたかったのに……、そう思っていると、会場がざわめきだした。
「……あれが……」
「あれが例の男爵令嬢で?」
「……確かにお可愛いらしい方だが……」
「でも、ねぇ……」
人混みの隙間から騒ぎの方を見てみれば、マークとリリィ、それに国王夫妻が会場入りしているところだった。諸国の国王夫妻、それに国王から婚約破棄騒動を聞き付けたのであろう貴族たちがヒソヒソとマークとリリィについて耳打ちしあっている。
婚約破棄に泣き濡れる令嬢を演じた甲斐があったわ、とエリザベスは妙な誇らしさでいっぱいだ。
さてこれで役者は揃った。そろそろ始まるのだろうか。マデリン、それに両親と共に主役の登場を待っていると——
「——皆様、本日はお集まりいただきたきありがとうございます」
久しぶりに聞く声。
会場の視線が一箇所に集まる。視線の先には、レナード、その人が立っていた。
「今日は私の誕生日パーティーにご参加いたいたこと、心より感謝いたします。政務を投げ出して、自ら招待状を配った甲斐があったというものです」
そこで少し笑いが起きる。ふふ、とエリザベスも笑いながら、レナードの姿を見守る。
「さてこのめでたい祝いの場。実は他にもうふたつ、おめでたい話題を用意しております」
ほう、と会場のあちこちから嘆息が漏れた。
「我が国たった一人の王太子であるマーク様。この度真実の愛に目覚め、リリィ・ネイラー男爵令嬢との婚約が決まりました!」
ばっ、と片手を広げ、件の2人をレナードが指し示す。
マークとリリィは照れたように立ち上がった。仲の良さを見せつけるように、2人ぴったり寄り添っている。
「この度、リリィとの婚約が決まりました。両親のように真実の愛に目覚めたこと、心より誇りに思います」
誰もなにも促していないのに、勝手にマークが喋り出す。リリィはそれをうっとりした眼差しで眺め、国王夫妻もうんうんと頷いている。
が、
会場は、これ以上ないぐらいに、白けていた。
「……………………おい、拍手はどうした」
祝いの言葉どころか、誰も拍手をしない。さすがにおかしいと思ったのだろう、マークが呟いた。
「…………だって、ねぇ……」
マークの言葉を皮切りに、会場がひそひそ声で埋まる。さすがのマーク、国王夫妻にリリィとて、それが良い会話ではないことを察することはできる。みるみる顔を顔を赤くするマークをよそに、レナードが口を開いた。
「兄上。この国の次期王妃はリリィ様でよろしいでょうか?」
「当然だ。私の一人息子であるマークの妻なのだからなら」
国王からの宣言にいっそう会場のざわつきが広がる。この会場にいる誰ひとりとして、マークとリリィを祝う者はいない。
「おいっ!さっきからなんなんだ!めでたい話だというのに拍手ひとつない!失礼だと思わないか!」
先に叫んだのはマークだ。まぁまぁ、とリリィが嗜めているが、怒りは収まらないようで、こぶしをきつく握る様子がエリザベスにも見えた。
「——お言葉ですが」
ざわめきを制するように一人の国王が声を上げた。たっぷり髭をたくわえたロックの父だ。
「この国において、王家の結婚とは私情だけでどうこうなるもので?私達は王族に生まれた者として、民を、国土を豊かにする使命を担っているはず。真実の愛だなんだか知りませんが個人の私情を挟む余地などないのではありませんか?」
そうだそうだとどこからともなく声が上がる。
「おい!お前!言って良いことと悪いことが——」
「まぬけ!お前、あのお方が誰がわからんのか!」
雑務やら政務を全てエリザベス投げていたせいで、意見を述べたのが一国の王だと知らなかったらしい。さすがに国王であるハリーが止めに入った。
「しかもそんな訳のわからない私情で婚約を覆すことが二代続けておきた。こうなってくると、こちらも国として警戒せざるを得ないんですよねぇ」
ロックの父を援護射撃するように話し出したのはリンゼイ——エリザベスがレナードと最初に訪れた、海産物が特産品の国の国王だ。
「なにを言っている!真実の愛がなぜ警戒に値する!」
「だって考えてみてくださいよ、勝手な私情で王家の婚約を覆す人間が王になったのなら——国家間で結ばれた協定も、勝手な私情で覆されるのでは、と警戒して当然では?」
「なっ」
「今回はたまたま自国の男爵令嬢だったから良いものの、それが他国の令嬢だったらどうするんです?もしそのご令嬢が、……たとえば、そうですねぇ、『私たちの真実の愛に免じて、私の国の通行料は安く済ませてください』なんて言ってきたらどうします?失礼ですが、こちらから様子を見る限り、そういったこともやりかねないと思っていますがねぇ」
うんうん、と会場が同意に包まれる。
国王夫妻とマークとリリィ。その4人だけが、顔を歪めて、来賓を睨み付けていた。
「たっ、他国の政治に口を出すとは烏滸がましい!身分をわきまえて言っているのか!?」
うわぁ、とエリザベスは思った。というか会場中が同じ意見だろう。
「身分だけで言えば私も一国の王ですがねぇ」
「私もだ」
「わたくしだって王妃ですわ」
「というか、この場に列席しているのは高位貴族ばかり……まさかそれも理解できていないのでは?」
ひそひそ話が広がる。その様子を目にしたマークは、今にも血管を千切らんばかりに顔を真っ赤にさせた。
「それがどうした!もういい!今!僕たちを馬鹿にした国との協定はとりやめだ!父上もそれで良いですよね!貴様たちの国との交流などこちらから願い下げ——」
「お言葉を遮ること、どうかお許しください」
マークの言葉を遮ったのは宰相だ。
「もしその協定を切り、通行料が取れなくなってしまったら我が国の財はどうやって蓄えますか?それに民は?行商人を相手取り生活する者がこの国には多数おります」
「だからそれがどうした!農業だってあるだろう!」
「…………失礼ですが、これ以上わがままを言うのであれば、臣下一同辞表を提出させていただきます」
「なっ、」
……あぁ、そうだったわ。宰相とも顔馴染みだったが、彼らはいつも疲れ切った顔をしていた。きっとエリザベスの知らない、数々の尻拭いが彼らを疲労させたのだろう。
「そうだなぁ、それが良い。この国を支えてきた臣下だ、他国に行けば腐るほど仕事はある」
「私のところで引き取っても良い」
「いやいや、ぜひうちに。ちょうど高齢の宰相から席を退きたいとの相談があり……」
もはや誰も、国王夫妻、マークとリリィのことを見ていない。ハリーも、マークも、怒りで顔を真っ赤にさせ、ぶるぶる震えている。
「レナード様、確か祝い事はもうひとつあったのでは?」
宰相が声をあげた。来賓の注目が再びレナードに集まる。
「おっとそうでした。ではもうひとつの発表を。……エリザベス・バートリー侯爵令嬢、こちらに」




