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番外編 断食に挑戦する転生王妃

 嫁いできて初めての断食サウムを迎える。

 断食というのは数日食事を絶つものだと思っていたが、ラマダーンと呼ばれる一か月間、日の出から日没まで飲食を絶つというものらしい。

 つまり、朝食と昼食は抜くが、夕食は食べるという。

 断食をする目的は腹を空かせることによって、精神を鍛えるのだとか。

 食欲を我慢することにより、もれなく絶対神への信仰も高めるようだ。

 そして、みんなで断食をすることにより、仲間達と連帯感を固めるのだという。

 なんだか私にもできそうなので、断食に挑戦することにした。


「――腹減った!!」


 断食なんて、楽勝じゃん。なんて言っていた自分を呪いたい。

 二食抜くだけで、こんなにも空腹になるなんて。

 一日目から心が折れそうになる。


「アイシャ、アイシャは別に、断食をする必要はないのだ。食べるといいのだ」


 ダルウィッシュは大きなパンを差し出し、私を誘惑する。


「一度決めたことは、絶対に守る!」

「アイシャ……。余は、アイシャのそういう頑固なところが、好きなのだ」

「お前はなんでもかんでも、私のことだったらなんでも好きだろうが」

「その通りなのだ!」


 ダルウィッシュが持つパンを取り上げ、エリーズに手渡す。

 私が断食すると決意したせいで、エリーズやオディルまで断食をするはめになったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「とにかく! 日没まで、私は、何も食べない!」

「そうか。でも、慣れないうちは、何か囓っていたほうがいいのだ」

「囓る……」


 じっとダルウィッシュを見つめる。

 ダルウィッシュのふくふくの頰が、なんだかおいしそうに見えてきた。


「なあ、ダルウィッシュ」

「なんなのだ?」

「一回、お前の頰を囓らせてくれないか?」

「ど、どういうことなのだ? 余のほっぺは、その、おいしくないのだ」

「ちょっと囓るだけだ。実際に食べるわけではない」

「なるほど。そういう訳であるか。わかった。余のほっぺをお食べなのだ」

「すまない」


 ダルウィッシュに接近し、そっと、優しく頰を囓った。

 男子なのになんか良い匂いがするし、頰はすべすべ。素肌は舌触りがよくて、モチモチしている。


 十秒くらい噛んで、離してやった。

 服の袖で頰を拭ってやる。


「アイシャ、余のほっぺはどうだったのだ?」

「普通にうまい」

「よかったのだ」


 空腹なせいで、バカな行動と会話をしている自覚はあった。


 太陽が沈み、断食の時間が終わる。食事をすることが、許されるのだ。

 ダルウィッシュと共に、食事を取る。

 断食後、口にする料理を『イフタール』と呼ぶらしい。

 一日何も食べていないので、胃がびっくりしないよう、ミルクで穀物を煮込んだお粥みたいなものから食べる。


「か、体に沁みる……!」


 それから、ハリラと呼ばれる胃に優しいトマトと豆のスープを食べる。

 これが、おいしいのなんのって。

 お代わりしたくなったが、別の料理がどんどん運ばれてくる。

 香辛料をたっぷり効かせたラムチョップのグリルに、焼きなすとひき肉のグラタン、イワシの腹にクルミを詰めて焼いたものに、タコのサラダ。

 どれも本当においしくて、幸せになる。

 断食後の食事は最高だった。


 しかし、しかしだ。

 翌日は、また腹が減って死にそうになる。


 日の出前に起きて食べたらいいとダルウィッシュは教えてくれたが、早起きできなかったのだ。


「腹減って死にそう」

「アイシャ、無理はよくないのだ。パンを一つ、食べるといいのだ」

「断る!!」


 一度決めたことは、貫き通す。それが、私の信念だ。


「何か、少しでも囓ったほうがいいのだ」

「だったら――」


 この前ダルウィッシュが寝ているときに見せた太ももが、いい肉付きでとてもおいしそうだったのだ。

 少し、囓らせてもらえないかと頼み込む。


「太ももは、恥ずかしいのだ。昨日みたいに、ほっぺにしてほしいのだ」

「おいおい、恥ずかしがるなよ。私達、夫婦だろう?」


 そう言って、ダルウィッシュを押し倒す。


「な、な、何をするのだ! 止めるのだ!」

「ええい、大人しくしろ」


 そう言うと、ダルウィッシュは大人しくなる。


「ダルウィッシュがイヤだったら、しない」

「本当は、イヤじゃないのだ。恥ずかしいけれど、ぜひとも噛んでほしいのだ」

「いいんかーい!」


 思わず突っ込んでしまった。


 そんなこんなで、ダルウィッシュを囓りつつ、私は断食を乗り切る。


 断食を経て得たものといったら、ダルウィッシュを囓るという妙な趣味だった。


 どうしてこうなった。

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