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到着――王都『カスル』

 すべての亡骸を、大地へと返す。

 歌が、どこからか聞こえた。遺された者が、鎮魂歌を歌っているようだ。

 形あるものは、永遠ではない。いつか、朽ちるもの。砂漠の砂を被せ、おやすみなさい。そう歌っているのだと、ヘマームが教えてくれた。

 砂漠の民は、死を迎えると砂の中で眠る。

 私も、砂に抱かれて死ぬ日がいずれくるのだろう。

 そう考えた瞬間、ようやく、この国にやってきたことを実感してしまった。


 夜の砂漠は酷く冷える。毛皮の外套をまとっても、ガタガタと震えるレベルだった。

 そんな中で、移動を開始する。

 遊牧民らは、荷物をまとめ悲惨な事件があった場所をあとにした。

 家畜を引き連れ、二時間かけて移動した先で、再びテントを張った。


 落ち着いたところで、族長が私に深々と頭を下げる。


『アイシャ姫、なんとお礼を言っていいのやらわかりませんが、心から感謝申し上げます』


 ヘマームが通訳してくれた。気にするなと返してくれるよう伝える。

 今回、三名もの若者の命を失ってしまった。運が悪かったとしか言いようがない。


『ささやかですが、食事を用意しました。どうぞ、召し上がってください』


 悲惨な事件があったあとなのに、私達に食事の準備をしてくれたようだ。

 年若い少女がテントの中に、食事用とみられる絨毯を広げる。

 次々と、大皿に載った料理が運ばれてきた。

 まず、目に付くのは、直径三十センチはありそうな巨大なパンだ。これは、ホブズと呼ばれるもので、インバラトゥーリーヤー国でもっとも有名なパンらしい。

 深皿の中に注がれたのは、砂漠風鶏肉汁ショルバ・ビ・ドゥッジャージという国民食ともいえるもののようだ。鳥の骨でじっくり出汁を取り、野菜と炙った鶏肉を入れて煮込んだスープなのだとか。

 他にメルゲーズと呼ばれる羊の腸のソーセージ、シャクシュウカという肉と野菜の炒め物、ハンバーグのようなケフタと、ごちそうが並んだ。


 インバラトゥーリーヤー国では片膝を立て、右手を使って料理を食べる。

 慣れない私に、族長がフォークとナイフを貸してくれた。たまに、異国人の商人を受け入れることがあるようで、客人用に持ち歩いているのだとか。

 最初は遠慮したが、食べにくいだろうからと勧めてくれたので、お言葉に甘えて使わせてもらった。


 料理はどれもおいしくいただいた。

 あとは眠るばかりである。慣れないラクダでの移動だったので、くたくただった。

 お風呂はないが、大きな桶一杯の湯を用意してくれた。

 エリーズとオディルの三人で、ありがたく使わせてもらった。


 テントも、三人で使えるように個別の物をわざわざ組み立ててくれた。

 その中で、エリーズとオディルと川の字になって眠る。


「なあ、エリーズ。ここ、大変な国なんだな」

「治安は、五年前よりはぐっとよくなったようですよ」


 五年前というのは、ダルウィッシュが即位してからか。


「そういえば、ダルウィッシュはどうして、属国の王子だったのに、国王になれたんだ?」

「それは――」


 エリーズは黙り込む。何か、大変な事情がありそうだ。


「まあ、いいか」


 他人の主観が入った話は聞かないほうがいいだろう。エリーズとオディルに「おやすみ」と声をかけて、眠ることにした。


 翌日――世話になった遊牧民の野営地を出て、王都を目指す。

 二日目は順調に進み、無事、王都にたどり着くことができた。


 インバラトゥーリーヤー国の王都『カスル』。オアシスの街とも呼ばれ、街中には豊富な水で溢れていた。

 建物の壁はすべて白。どこか神秘的な雰囲気で、異国情緒をビシバシ感じていた。

 街の道のほとんどは水路で、船を使って行き来するようだ。

 船上での商売も盛んで、移動船に乗っていると果物売りの商人から声がかかり驚いてしまった。

 街を流れる水に、そっと手を触れた。冷たくて、気持ちがいい。

 この砂漠に、こんなにたくさんの水があるのだと驚きを隠せない。

 いったい、これらの水はどこから湧いているのか。

 その正体は地下水脈だが、もともと多かった水は五年前のダルウィッシュの即位からさらに増えたようだ。

 国を守護する神が、王を認めたからだと云われている。

 治安もぐっとよくなったことから、ダルウィッシュはよき国王として国民に愛されているらしい。

 遠くに見えるドーム型の白い建物が、ダルウィッシュの住まう王宮のようだ。

 王宮の中でもっとも有名なのは、周囲を囲む『水の床』と『水の壁』だろう。豊富な水をこれでもかと、流しているようだ。

 美しいだけでなく、侵入者避けにもなっている。どういう構造なのかは謎だが、水の床と水の壁は、触れるともれなく水の中にどぼん。その後、帰ってくることができない。

 双方は、眺めて楽しむものだというのが、カスルに住む人々の間で囁かれている。


「へー、すごいな」


 じいやは深々と頷く。


「このように、豊かな水源を初めてみました」

「街を囲むように水が通っているからか、心地よい気候だな」

「ええ」


 移動船は王と百七名の妃が住まう、王宮へと向かっていった。


 王宮への出入りは、船でしかできないらしい。

 一部の者達だけが知る秘密の水路から、中へと入る。


「――わっ!」


 行き止まりかと思いきやそこは閘門となっていて、船乗りが笛を鳴らすと閘門こうもん扉が開かれる。


 そこから先は、室内となっていた。

 壁にはモザイクタイルが貼られていて、美しい花模様が描かれている。

 見とれているうちに、船は停まる。


「ココデ、降リロ」

「おう」


 ヘマームが先に降りて、手を貸してくれた。せっかくなので、手を握って降りる。

 そこからしばらく歩き、上の階へ繋がる梯子はしごを登った。


『コノ先ガ、後宮ハレムダ』


 ヘマームの説明を聞き、胸がドキンと高鳴る。

 とうとう、百七名もの妃が住まう、後宮へとやってきたのだ。


 歓迎されることはないだろう。どんな嫌がらせを受けるのやら。

 アランドロン公爵家以上の、えげつないことをしてくる可能性だってあった。

 まずは、妃達を刺激しないよう、大人しく従順な態度を見せていかなければ。


 そんなことを考えつつ、後宮へ一歩足を踏み入れた。 

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